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作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
5.白蓮の来訪-4
『父と異母姉あねの殺害』の容疑で囚われたハオリュウが、軟禁という名の滞在を余儀なくされている王宮の一室。

 罪人ハオリュウの見張りやら、お付きの侍従やらを華麗に退け、部屋に乗り込んできた女王は、慣れた手つきで携帯端末に指を走らせる。

 そして、狼狽するハオリュウに、問答無用で手渡した。





 呼び出し音が一回ワンコール――鳴るかならないかのうちに、端末の小さな画面が、荒い映像に切り替わった。

『ハオリュウ!』

 高い叫びが、耳朶を打つ。

 雑音ノイズをまといながらも、まっすぐに届いた響きを抱きとめ、ハオリュウの心が震えた。

「クーティエ……」

 彼女の背後には、ルイフォンと異母姉メイシアの姿も見えた。

 どうやら、あらかじめ話をつけてあったらしい。異母姉あねたちが居候をしている草薙家の客間で、彼らは回線が開くのを待ち構えていたのだろう。

『ハオリュウ、大丈夫!?』

「――っ」

 何をもって『大丈夫』と答えればいいのか。

 ハオリュウには分からないし、おそらく尋ねたクーティエにだって分かっていないだろう。

 ……状況から考えて、女王との婚約の件は、クーティエにも伝わっているはずだ。

 ハオリュウは口ごもり、沈黙に陥る。

 そのとき、不鮮明な画像の中で、クーティエが、つんと唇を突き出した。少しねたような仕草で……けれど、可憐に微笑む。

『ハオリュウ。今度は、女王陛下をどんなふうに利用しようと考えているの?』

「――!?」

『あなたのことだもの。黙って摂政殿下に踊らされるつもりなんてないんでしょう? ――じゃあ、何を企んで、女王陛下の婚約者になると言い出したのよ?』

「ク、クーティエ!」

 ハオリュウは焦った。

 すぐそばに女王がいるのだ。いくら、鷹刀一族と親しくなったとはいえ、本人を前に『利用しようとしている』はまずいだろう。

 どう取り繕うべきかと、善人顔ポーカーフェイスの下で慌てていると、すかさず、天界の琴のような美しい音色が響く。――ただし、棘を含んだ口調の。

「藤咲の当主。あなたのことは、皆から、いろいろ聞いているわ。だから、遠慮なく、『腹黒いほうの顔』で話して」

「!?」

『腹黒いほうの顔』って、なんだ?

『皆』って、誰だ?

 疑問が渦巻くハオリュウに、女王は憤然と告げる。

「クーティエはね、あなたと私の婚約の話を聞いたとき、驚きながらも、すぐに『何かの作戦だと思う』って、答えたのよ。――あなたのことを、ちっとも疑わないの。頭から信じているのよ。そんな彼女に、隠しごとなんてしていいと思っているの?」

 女王は、如何いかにも『怒っているのよ!』というていで頬を膨らませ、ただでさえ幼く見える童顔に拍車を掛けた。正直なところ、滑稽な様相……しかし、突きつけられた言葉は、ハオリュウの心を強く揺さぶる。

 彼は、ごくりと唾を飲み、端末の小さな画面を見つめた。

「クーティエ」

 かすれる声で、彼女の名を呼ぶ。

『うん』

 いつもと変わらぬ、彼女の声。いつもと変わらぬ、直刀のような、まっすぐな眼差し。

 ――僕とクーティエの、絆……。

 急に胸が苦しくなり、ハオリュウは心臓を押さえた。

 喉がつかえて、声を出せない。だが、沈黙すれば、周りは不審に思うだろう。

 だから彼は、無理やりに言葉を吐き出す。

「クーティエ、ごめん。僕は、策を誤った」

『え?』

 ハオリュウは、クーティエの背後に映る異母姉あねに視線を走らせる。

 誤魔化ぼかした言い方をしても、聡明な異母姉あねは、異母弟おとうとの真意は自分を王宮から遠ざけることにあったと、気づいてしまうだろう。

 もはや、どうしようもない。

 かくなる上は、得ることのできた情報をルイフォンと異母姉あねに託し、あとを委ねる。

 ハオリュウは、小さな溜め息と共に口を開いた。

「僕が『女王陛下の婚約者になる』と言えば、摂政殿下の機嫌を取ることができると考えた。他にも、殿下にとって都合の良いことを並べ立てて、『ライシェン』を諦めさせ、僕の逮捕は間違いだったとして解放するよう、働きかけたんだ。――けど」

『けど?』

「摂政殿下の目的は、『ライシェン』じゃなかった。勿論、『ライシェン』を必要としていることは事実だけれど、それ以上に、セレイエさんを捕まえることに固執していた」

 狂気にも似た、カイウォルの信念は、どう言えば伝わるだろうか。

 私利私欲ではない。正道とすら言える執念。

 彼の思いは、間違ってはいない。

 だからこそ、厄介だ。

「セレイエさんは、過去の王の遺伝子をすべて廃棄した。そして、唯一の〈神の御子〉となった『ライシェン』を切り札に、先王殺しの罪人であるヤンイェン殿下の幽閉を解かせた。――このことは、皆、知っているよね?」

 ハオリュウの確認に、一同は思い思いに頷く。

「カイウォル殿下の主張は、こうだ。『セレイエさんは、自分の身勝手で、王家を存続の危機に陥らせている。彼女の暴挙は許しがたい。国賊として捕らえ、誅するべし』」

 端的に告げてみたが、こんな言葉では不充分だ。

 ハオリュウは歯噛みする。

 それでも、携帯端末からは、幾つもの息を呑む音が聞こえてきた。そして、すぐそばからは、激しく音階を外したような調べが。

「お兄様ったら、そんなことを考えていたの!? ――そんな……、だって、もう……っ、セレイエは……」

 亡くなっているのに。

 声にならなかった息が、苦しげに漏れる。

「セレイエさんが亡くなっていることは、僕の口からは言えなかった。言えば、鷹刀一族とヤンイェン殿下が接触を持ったことを、証言することになってしまうからだ」

 セレイエについて、もっとうまく話を進めればよかった。

 後悔が付いて回る。

「カイウォル殿下は、僕を人質エサに、セレイエさんを連れてくるよう、姉様に命じるつもりだ。姉様、申し訳ございません。姉様にご迷惑を……」

『迷惑だなんて、思ってない! どうして、あなたは、ひとりで全部、背負い込もうとするの!?』

 ハオリュウを遮り、メイシアが叫んだ。

 あまり似ていない異母弟おとうとの彼と、唯一そっくりな黒絹の髪が画面をよぎり、クーティエを押しのける。

『ハオリュウ、私は書状を出したの。『父と異母姉あねの殺害』という、あなたの冤罪を晴らすために、王宮で釈明をする機会を与えてほしい、って』

「――っ」

『あなただって、初めから気づいていたんでしょう? カイウォル殿下の目的が『私を動かすことにある』って。なのに、『女王陛下の婚約者』になって殿下の機嫌を取る、だなんて……! クーティエが可哀想でしょう! それに、陛下だって、リュイセンだって、いい迷惑だわ!』

 唇をわななかせ、まなじりを吊り上げるメイシアに、ハオリュウは、びくりと身を震わせる。

 ――勿論、気づいていた。

 カイウォルは権力を駆使して、メイシアが表に出て来ざるを得なくなるよう追い詰めた。逃げ場など、なかった。

 それでも、と。

 ルイフォンのもとに『嫁がせた』異母姉あねをそのままにしたかったから、ハオリュウは悪あがきをした。結局、メイシアの王宮行きを阻止できなかったのだから、彼のしたことは、文字通り『無駄な悪あがき』だ。

 ――分かっている。僕は失敗した。負けを認める。でも、だからといって、この場を悲観的な方向に持っていくことには、なんの益もないから……。

 だから、せめてもの償いに、皆の心のようを変える。

 ハオリュウは、伏し目がちに深呼吸をひとつ落とした。

 次に顔を上げたとき……。

 彼は、冷ややかな光沢を放つ、絹の貴公子だった。

「姉様、それから皆も。落ち着いて、聞いてほしい。――確かに、カイウォル殿下の機嫌を取って、僕を無罪放免にしてもらう、という目論見は失敗した。けれど、その代わり、殿下は僕に最大限の譲歩をしてくださった」

『最大限の……譲歩?』

 回線の向こうのメイシアが、困惑を示す。

藤咲家我が家を陥れようとした厳月家に『正当な裁きを下す』と、約束してくださった。僕の逮捕によって近衛隊の調査が入り、『いろいろ判明した』と発表される。最終的には、僕も姉様も、何も恥じることはない、不幸な被害者だった――と、落ち着くはずだ」

『え……? どういうこと?』

「詳しいことは、あとで女王陛下に携帯端末をお借りして、書面メッセージで送るよ」

 そのほうが口頭で話すより、正確に伝わるであろう。

 それに、婚約の件で女性陣が次から次へと責め立ててくるため、情報を共有しておきたいルイフォンと、まったく言葉を交わせていないのだ。カイウォルに関する報告が、山ほどあるというのに。

 あとで、全部まとめて書面メッセージだ。

 ハオリュウは、にこやかな顔を保ちつつ、目元だけに苛立ちを含ませ、小さな画面の端を見やる。かろうじて映っているといったていのルイフォンが、苦笑混じりに口の端を上げたので、どうやら心情を理解してもらえたらしい。

 一方、画面のこちら側、ハオリュウの目前にいる女王は、臣下であるはずの彼に、勝手に『端末を借りる』と言われたことを怒るどころか、むしろ『説明は当然でしょう』とばかりに大きく頷いていた。

 ――純粋無垢で、善良な女性ひとなんだよな……。

『使い勝手のよい駒』としか見ていなかった自分に、ほんの少しだけ罪悪感を覚えながら、ハオリュウは「こほん」と咳払いをした。

「それで、皆は、僕と女王陛下との婚約を問題視しているようだけど、実のところ、たいした問題ではないんだ」

「どうしてよ!?」

 当事者である女王が、誰よりも早く噛みついた。

 ハオリュウは、すかさず彼女に問う。

「陛下。あなたは、私と結婚したいと思っていますか?」

「えぇっ!? あ、あなた、何を寝ぼけたことを言っているのよ!? あなたには、クーティエっていう人がいて、私にはっ! ……、その……」

 透き通るような先天性白皮症アルビノの白い肌を、さぁっと朱に染め、女王は口ごもる。

「ええ、あなたには、リュイセンさんという人がいます。身分や立場を考えると、なかなかいばらの道だとは思いますが、自分たちの関係を『共犯者共に歩む者』と定めた、あなたたちなら、必ずや添い遂げることでしょう」

「……そ、そうなると、いいな……って、思っているわ……」

 初めの勢いはどこへやら。あちらこちらへと視線を彷徨さまよわせる女王に、ハオリュウは畳み掛けた。

「ならば、たとえ私たちが婚約をしたところで、じきに破談となるのは自明の理。ほら、なんの問題もないでしょう?」

「は? ちょ、ちょっと……、な、何よ、それ……?」

 狐につままれたような顔をする女王を横目に、ハオリュウは端末の中のクーティエに視線を移す。いつもは可憐な彼女が、今だけは間抜けに、ぽかんと口を開けていた。

 彼と目が合うと、クーティエは、はっと真顔に戻り、それから胡散臭げに眉根を寄せた。

『ハオリュウ……、えっと、その……、なんか、納得できないんだけど……?』

「摂政殿下が、僕に『女王陛下の婚約者になりませんか』と持ち掛けたときの話を、よく思い出してほしい。彼は『女王陛下が相思相愛の相手と出逢うまでの時間を稼ぐために、年若い僕を婚約者にしたい』と言ったんだ」

『うん。それは聞いたけど……?』

「だから、陛下がリュイセンさんと出逢った今、僕はお役御免なんだよ」

『何を言っているのよ!? 摂政殿下が、リュイセンにぃを『女王陛下のお相手』と認めるわけがないでしょ!』

 目をとがらせたクーティエが、口早に言い返す。

 予想通りの反応に、ハオリュウは笑みを漏らしそうになり、慌てて口元を引き締めた。こんなことで、彼女の不興を買いたくはない。

「そうだろうね。――でも、問題ないよ」

『どういうことよ!?』

「僕が婚約者になれば、女王陛下のご結婚は、僕が十八歳になるまで延期される。――そして、いざ僕が十八歳になったとき、陛下は二十一歳だ」

『それが、どうしたのよ?』

「カイウォル殿下は、いつまでも『摂政』でいられるわけじゃない。女王陛下が成年を迎えられれば、『未成年の王の代理』である摂政の任を解かれる。つまり、僕が結婚できる歳になったときには、カイウォル殿下は既に『摂政』ではないんだよ」

『え?』

「王兄とはいえ、カイウォル殿下は女王陛下の『臣下』になるんだ。『臣下』が勝手に決めた婚約なんか、女王陛下は『王』という最高の権力でもって、破棄してしまえばいい」

『ああっ!』

 クーティエの声が、高く震えた。同時に、至近距離からも女王の驚愕が重ねられ、立体音響ステレオとなる。

「以前、『女王の婚約者』を勧められたときには、まだ陛下とリュイセンさんが出逢っていなかった。それに、陛下のお人柄も分からなかったから、迂闊なお返事はできなかった。――けど、事情が変わった。ノーリスクで、カイウォル殿下の機嫌を取れるなら、『女王の婚約者』のカードを手にしない理由がない」

 鋭く言い切ったハオリュウの言葉に、画面のあちらこちらも、しんと静まる。

 ……これは詭弁だ。

 皆がこれ以上、状況を悪く捉えないようにするための。

 そして、クーティエに伝えるための。

 もう少しだけ、待っていてほしい、と。

 厚顔ポーカーフェイスの下に、ハオリュウは祈るような気持ちを隠す。

 不意に、高い声が響いた。



『ハオリュウ、腹黒!』



 小さな画面のクーティエが、『言ってやったわ』とばかりに、ぐっと口角を上げた。それから、緩やかに目を細め、悪戯いたずら好きの森の妖精のように、可憐に笑う。

『とっても、ハオリュウらしいわ!』

 あなたの思惑は分かったから、受け止めてあげる。――そんな無言の声が聞こえた。

 ハオリュウは、誰にも気づかれないように、そっと唇を噛む。

 クーティエは、いつだって、そうやって笑い飛ばしてくれる。本当は、泣きたいほどに傷ついていても。

 彼女には我慢させてばかりだ。

 破棄が前提とはいえ、他の女性ひととの婚約に抵抗がないはずがない。平気なふりをして笑ってくれる彼女に、彼は甘えているのだ。

 ――だから僕は、身分のない世界を、あなたに贈る。僕自身のために。

 ハオリュウは胸の内で誓い、クーティエが作ってくれた明るい流れに乗るべく、気持ちを切り替えた。

「これで、納得していただけましたでしょうか?」

 改まった口調で、ハオリュウは皆に問いかける。

「……やっぱり、なんか、もやもやするわ」

 女王が、不満げに口をとがらせた。

「そうですね。やはり、私などが陛下の婚約者というのは、不遜かもしれませんね」

「だから、そういうことじゃなくて!」

 テーブルの向こうから、白金の頭が詰め寄る。綺麗に整えられた毛先が、ハオリュウの頬をぺちんとはたいた。

 距離感のおかしさ以外は、計算通り。うまく誘導できた反発に、ハオリュウは満足げに微笑む。

「陛下。私は婚約者として、あなたに服を贈りましょう」

「はい?」

 何を言っているの? と。青灰色の瞳が、胡乱うろんに歪んだ。

「あなたのお気に入りのデザイナーであるユイランさんが、王都で開いている店にお連れいたします」

「え?」

「もしも、その店に――」

 焦らすように、ゆっくりと。ハオリュウは、女王に目線を合わせる。

「ユイランさんの息子である、リュイセンさんが手伝いに来ていたとしても、それはとても自然なことですよね?」

「ええっ!? リュイセンに、逢えるの!?」

 白蓮のような笑顔が、ぽんと花開いた。

 しかし、ハオリュウは何も答えず、淡々と続ける。

「それから、孫のクーティエが、自分が考案デザインした髪飾りの売れ行きが気になって、店をうろうろしている――なんてことも、あるかもしれません」

 小さな「あ!」という叫びと共に、綺羅の美貌が輝いた。

「つまり、私たちが婚約者だってことを隠れ蓑に、それぞれの相手に逢いにいくのね!」

 女王にしろ、ハオリュウにしろ、想い人とは身分に差があるために、なかなか逢うことは叶わない。だから、これは名案――。

 ハオリュウは口元をほころばせながらも、返答はせずに言葉を重ねる。

「服を注文したあとは、リュイセンさんを護衛に、クーティエに道案内を頼んで、お忍びで王都を歩かれるのは如何いかがでしょうか。勿論、黒髪のウィッグと、カラーコンタクトも、ご用意いたしましょう」

「えっ!? 何それ! ダブルデートってこと!?」

 頬を紅潮させた女王に、ハオリュウは、しれっと「ただの王都見物ですよ」と答えつつ、我が意を得たりとばかりの笑みを浮かべる。

 携帯端末に視線を移すと、クーティエが『腹黒!』という目で、こちらを見ていた。

 うまく女王陛下を言いくるめたわね?

 可憐な表情かおが、そう告げる。

 本当にクーティエは良き理解者パートナーだ。

 ――今まで僕は、何に見栄を張っていたんだろう?

 ハオリュウは自嘲する。

 単独ひとりでできると意地を張ることに、どれほどの価値があるというのか。

 自分の望みを見誤ったら、元も子もないではないか。

 だから――。



 世界を変える。

 クーティエを傍らに迎えるために。

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