残酷な描写あり
1.月夜の朗報-2
「リュイセンが『最後の総帥』になるから、女王は『最後の王』になれ――ってさ。無茶苦茶だよな」
兄貴分との通信内容をメイシアに語り終え、ルイフォンは、そんな感想で締めくくった。口調は苦笑混じりでありながら、彼の顔は上機嫌に緩んでいる。
イーレオが鷹刀一族の解散を考えていることは、最近、聞いた話だ。一族を抜けたルイフォンには、本来、秘密にされるべき事柄なのだが、『対等な協力者』として、特別に明かされたのだ。
リュイセンの心の内では、もうずっと前から『最後の総帥』になる覚悟を決めていたらしい。だからといって、それを女王にも勧めるなんて、いくらなんでも話が飛躍しすぎだろう。
……ついでにいえば、鷹刀一族の重要機密である『最後の総帥』の話を、あっさり女王に明かした点は、いただけない。携帯端末という情報の宝庫を、何も考えずに彼女にあげてしまった件も併せて、兄貴分は情報管理意識が甘すぎる――!
それはさておき。
『最後の王』なんて、いったい、どれほどの困難が待ち受けているのか、見当もつかない。リュイセンは直感的に口走ったらしいのだが、一足飛びの閃きも、ここに極まれり、だ。
「でも、リュイセンの言うことは正論だ、って――ルイフォンは思っているんでしょう?」
ジャスミンティーのグラスを挟んだ向かい側で、メイシアが微笑む。
「ああ、勿論」
ルイフォンは、我がことのように、得意げに答えた。
「現在の〈神の御子〉は、『犠牲』としか言いようがねぇ。それをなんとかしようと考えるのは、正常な精神だ」
それから、ほんの少し、眉を寄せる。
「まぁ、『最後の王』というのが現実的かといえば、かなり難しいと思うけどさ」
常識的に考えれば、無茶苦茶だ。さすがに無茶は、女王も分かっているらしく、本来なら一番に相談すべき摂政には、当分の間、秘密にするらしい。確かに、なんの準備もなく、『最後の王』などと言ったところで、一笑に付されるだけだろう。
「でも、女王は、すっかりその気で、リュイセンも全力で手を貸すと誓ったみたいだ」
理屈を組み上げ、計算づくで攻め込むルイフォンには絶対に辿り着けない境地に、兄貴分は天性の勘だけを頼りに踏み込んでいく。その直感は、いつだって正しくて、けれど、茨の道だ。
それでも、『やるべきことをやるだけだ』と、静かに笑う兄貴分だからこそ、あの〈蝿〉を『血族として裁く』などという芸当をやってのけたのだろう。
あのときと同じ興奮を、今も感じている。無謀だと思う理性の裏側で、胸が騒ぐ。悔しさに似た憧憬を抱きながら、心が躍る。
「別にさ、女王を玉座に縛りたくないだけなら、『最後の王』じゃなくてもいいんだよな。黒髪黒目の王族にも王位継承権を認めるよう法を改正して、あの摂政にでも押し付ければいい。〈神の御子〉の姿は信仰の対象になっているから、すんなりとはいかないだろうけど、王制廃止よりは簡単だ」
ルイフォンの言葉に、メイシアが瞳を瞬かせた。言いたいことは違うんでしょう? と、表情が問うている。
まったく、彼女は察しがいい。以心伝心の上目遣いに首肯しつつ、ルイフォンは口元をほころばせる。
「でも、法改正じゃ駄目なんだ。リュイセンの心にあった思いは『鷹刀が解散するのと同じように、女王も解放されるべきだ』なんだからさ。『王家』という古い因習から、女王の身も心も、自由にしてやりたい。――そしたら、『王家』そのものをなくすしかない」
無論、これはルイフォンの理詰めの解釈であり、野生の勘で動く兄貴分には、無意識の衝動があっただけだろう。
……けど。本当に、なんで、よりによって『女王』なんだよ?
今までミンウェイひと筋だったリュイセンが、誰かに心を動かしただけでも驚きなのに、こんな厄介な相手を選ぶとは。そもそも、生粋の凶賊である兄貴分は、上流階級の人間を毛嫌いしていたのではなかったか?
そんな揶揄のような気持ちを抱きつつも、生真面目な兄貴分と、純粋無垢な女王なら、惹かれ合ったとしても不思議ではないと思っている。何しろルイフォンは、女王本人に直接、会っているのだから。
あの純真な少女が、リュイセンを愛するというのなら、兄貴分は幸せになれるだろう。――障害は、とてつもなく大きいだろうが。
『恋人』ではなく、『共犯者』なのだと主張していたが、そんなのは言葉の上での問題でしかない。出逢ったばかりで、先のことは分からないのは確かであるが、あのふたりの性格なら、ずっと変わらぬ想いを抱き続けるだろう。
兄貴分へと思いを馳せ、頬を緩めていたルイフォンであるが、不意に、メイシアの顔に翳りが落ちていることに気づいた。
「どうした?」
「リュイセンと陛下は、偉いと思うの」
「?」
彼女の言葉には同意する。しかし、思い詰めたような表情に、ルイフォンは首をかしげる。
彼が目線で促すと、彼女は、うつむき加減に続けた。
「貴族だった私は、ハオリュウに死んだことにしてもらったから、こうして今、ルイフォンと一緒にいられる。でも、リュイセンと陛下は、自分の立場から逃げないの。それどころか、正面から立ち向かうことにした。――なんだか、申し訳なくて……」
「……」
それは、ルイフォンも思った。自分たちは恵まれている。皆の優しさに、甘やかされている。
……だからといって、メイシアが暗い顔をしても仕方がないのだ。
「俺たちは、俺たちだ」
ジャスミンティーのグラスを避けながらテーブルに身を乗り出し、黒絹の髪を、くしゃりと撫でる。猫の目を細め、ルイフォンは、愛しげな眼差しをメイシアに向けた。
「俺たちは『ふたりきり』じゃなくて、『皆に囲まれたふたり』なんだからさ。立場に縛られた奴らの代わりに、『自由に動ける俺たちだからこそ、できること』を見つけていくべきだろ? 引け目を感じている場合じゃないぜ?」
にやりと不敵に笑うルイフォンに、黒曜石の瞳が、ぱっと見開かれた。花の顔が、徐々にほころんでいく。
「そうよね。――ありがとう、ルイフォン」
零れんばかりの笑顔に、彼女がそばにいる幸せを実感する。……そう思うと、やはり、ルイフォンだって、少々、後ろめたい。
だが、メイシアに言った通り、自分たちは自分たちなのだ。だから、自分たちは、自分たちにできることをすべきだ。
ルイフォンは、強引に頭を切り替えた。
「『ライシェン』のことだけどさ。思いがけず、女王の意見を聞けたことで、状況が一変したと思う」
今回のリュイセンからの報告の中で、ルイフォンの個人的な大衝撃は、当然のことながら、兄貴分の激変ぶりだ。あの魅惑の低音で、『アイリー』と、甘やかに女王の名が紡がれるのを聞いたときには、正直なところ度肝を抜かれた。冗談抜きで、心臓が止まるかと思った。
だが、女王もまた、リュイセンに恋情を抱いているというのなら、これはもう、解決済みの案件なのだ。細かいことを気にすれば、多少の問題はあるのかもしれないが、あいにく、ルイフォンは細かいことを気にしない。
だから、真に重要なのは、『ライシェン』のこと。――『ライシェン』の未来だ。
「女王が、『ライシェン』を次の王として必要としていない以上、彼女に託す、という案は却下だよな」
名案だと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。ルイフォンは少し悔しげに、癖の強い前髪を掻き上げる。
「私……、女王陛下がおっしゃった道が一番、『ライシェン』にとって幸せだと思うの。ヤンイェン殿下の息子として、海外で暮らすのが……」
「けど、ヤンイェンは『ライシェン』に記憶を入れたがるはずだ、って、異母妹の女王が断言したんだよな」
「うん……」
ヤンイェンが記憶にこだわるのであれば、彼に『ライシェン』を渡すわけにはいかない。
これは、譲れない決定事項だ。
何故なら、『死者は、決して生き返らない』。これまで『デヴァイン・シンフォニア計画』の作り出した不幸を見続けてきた身として、認められない境界線だ。
ルイフォンは、深い溜め息を落とした。
『ライシェン』の未来について、ヤンイェンからは、いまだ明確な『返事』のようなものはない。
携帯端末の連絡先は交換していたので、多少のメッセージのやり取りはしている。だが、相変わらずの態度で、文面はこんな調子だ。
『私が『ライシェン』に、どんな未来を望むのか。君はきっと、早く答えてほしいと焦れていることだろう。
その気持ちは分かるんだ。私が君の立場だったら、きっと、そう思っているはずだから。
けど、私は、『私が、どうしたいか』よりも、まず先に、『私には、どんな手段が残されているのか』を考えたい。考えなければならないんだ。
すまない。――私の義弟ルイフォン』
こう下手に出られては、こちらからは強く言えなくなってしまう。どことなく、『何もかも、お見通し』という感じがして、非常にやりにくい。
「ヤンイェンの『私には、どんな手段が残されているのか』というのが、女王の言っていた『四年前から既に〈天使〉だった者を探す』ってことなんだろうな」
ルイフォンの呟きに、メイシアが沈んだ声で同意する。ふたりは視線を交わし合い、互いの困り顔を瞳に映す。
四年前からの〈天使〉を連れてきたところで、ルイフォンとメイシアは、『ライシェン』にオリジナルの記憶を入れることを認めない。ヤンイェンの努力は、無駄になるのだ。
「ヤンイェン殿下には、本当に申し訳ないと思うの……」
心優しいメイシアが、痛ましげに俯く。だから、ルイフォンは努めて明るい声を出した。
「でもさ。女王が凄ぇ、いいこと言ったじゃん?」
「え?」
「オリジナルのライシェンは、人を殺している。その記憶を――罪を『ライシェン』が背負う必要はない、って」
「あ……。それを伝えれば、ヤンイェン殿下だって……」
「ああ」
明るさを取り戻したメイシアに、ほっとしつつ、ルイフォンは返す返すも惜しいと思う。
――そんなふうに考えられる女王になら、安心して『ライシェン』を託せたのにな……。
なかなか、うまくいかないものだ。
やはり、ヤンイェンを根気強く説得して、オリジナルとは別人として、『ライシェン』を受け入れてもらうのが一番なのだろう。
「まぁ、ヤンイェンは、かなり手強そうだけどな……」
メッセージの文面を思い返し、苦笑まみれの愚痴が口を衝いて出る。
すると、「ルイフォン」と、鈴を転がすような声が凛と響いた。
「でも、『私たちなら、できる』――でしょう?」
メイシアが、ぐっと身を乗り出し、癖の強いルイフォンの前髪を、くしゃりと撫でる。白い指先に誘われ、知れず下がっていた目線を上げると、そこには覇気に満ちた笑顔があった。
「ああ。そうだよな。面倒臭え、なんて思っていないで、しっかりやらねぇとな!」
彼女に応えるように、好戦的に彼も笑った。
傍らに寄り添い、励まし、励まされているのを実感する。
互いに支え合い、良いことも、悪いことも、共に分かちて生きていくのだ。
夏の終わりに、メイシアと、そんな会話を交わした。
そして、秋が訪れ、軒の風鈴がしまわれ、ちりん、という澄んだ音色を耳にしなくなって少し経ったころ――。
『ルイフォン!』
ハオリュウの秘書となり、藤咲家に住み込みで働いている緋扇シュアンの濁声が、携帯端末を通して、ルイフォンの耳朶を打ちつけた。
どうした? と尋ねる間もなく、いつもの皮肉げな調子の欠片もない、険しい声が続けられる。
『ハオリュウが、逮捕された――! 貴族だから、監獄にぶち込まれちゃあいねぇが、王宮に連行された』
「なっ? どういことだ?」
『罪状は、こうだ』
鋭く吐き出された言葉が、弾丸となって、ルイフォンの鼓膜を撃ち抜く。
『自分が当主になるために、父と異母姉を殺した、殺人の罪』
兄貴分との通信内容をメイシアに語り終え、ルイフォンは、そんな感想で締めくくった。口調は苦笑混じりでありながら、彼の顔は上機嫌に緩んでいる。
イーレオが鷹刀一族の解散を考えていることは、最近、聞いた話だ。一族を抜けたルイフォンには、本来、秘密にされるべき事柄なのだが、『対等な協力者』として、特別に明かされたのだ。
リュイセンの心の内では、もうずっと前から『最後の総帥』になる覚悟を決めていたらしい。だからといって、それを女王にも勧めるなんて、いくらなんでも話が飛躍しすぎだろう。
……ついでにいえば、鷹刀一族の重要機密である『最後の総帥』の話を、あっさり女王に明かした点は、いただけない。携帯端末という情報の宝庫を、何も考えずに彼女にあげてしまった件も併せて、兄貴分は情報管理意識が甘すぎる――!
それはさておき。
『最後の王』なんて、いったい、どれほどの困難が待ち受けているのか、見当もつかない。リュイセンは直感的に口走ったらしいのだが、一足飛びの閃きも、ここに極まれり、だ。
「でも、リュイセンの言うことは正論だ、って――ルイフォンは思っているんでしょう?」
ジャスミンティーのグラスを挟んだ向かい側で、メイシアが微笑む。
「ああ、勿論」
ルイフォンは、我がことのように、得意げに答えた。
「現在の〈神の御子〉は、『犠牲』としか言いようがねぇ。それをなんとかしようと考えるのは、正常な精神だ」
それから、ほんの少し、眉を寄せる。
「まぁ、『最後の王』というのが現実的かといえば、かなり難しいと思うけどさ」
常識的に考えれば、無茶苦茶だ。さすがに無茶は、女王も分かっているらしく、本来なら一番に相談すべき摂政には、当分の間、秘密にするらしい。確かに、なんの準備もなく、『最後の王』などと言ったところで、一笑に付されるだけだろう。
「でも、女王は、すっかりその気で、リュイセンも全力で手を貸すと誓ったみたいだ」
理屈を組み上げ、計算づくで攻め込むルイフォンには絶対に辿り着けない境地に、兄貴分は天性の勘だけを頼りに踏み込んでいく。その直感は、いつだって正しくて、けれど、茨の道だ。
それでも、『やるべきことをやるだけだ』と、静かに笑う兄貴分だからこそ、あの〈蝿〉を『血族として裁く』などという芸当をやってのけたのだろう。
あのときと同じ興奮を、今も感じている。無謀だと思う理性の裏側で、胸が騒ぐ。悔しさに似た憧憬を抱きながら、心が躍る。
「別にさ、女王を玉座に縛りたくないだけなら、『最後の王』じゃなくてもいいんだよな。黒髪黒目の王族にも王位継承権を認めるよう法を改正して、あの摂政にでも押し付ければいい。〈神の御子〉の姿は信仰の対象になっているから、すんなりとはいかないだろうけど、王制廃止よりは簡単だ」
ルイフォンの言葉に、メイシアが瞳を瞬かせた。言いたいことは違うんでしょう? と、表情が問うている。
まったく、彼女は察しがいい。以心伝心の上目遣いに首肯しつつ、ルイフォンは口元をほころばせる。
「でも、法改正じゃ駄目なんだ。リュイセンの心にあった思いは『鷹刀が解散するのと同じように、女王も解放されるべきだ』なんだからさ。『王家』という古い因習から、女王の身も心も、自由にしてやりたい。――そしたら、『王家』そのものをなくすしかない」
無論、これはルイフォンの理詰めの解釈であり、野生の勘で動く兄貴分には、無意識の衝動があっただけだろう。
……けど。本当に、なんで、よりによって『女王』なんだよ?
今までミンウェイひと筋だったリュイセンが、誰かに心を動かしただけでも驚きなのに、こんな厄介な相手を選ぶとは。そもそも、生粋の凶賊である兄貴分は、上流階級の人間を毛嫌いしていたのではなかったか?
そんな揶揄のような気持ちを抱きつつも、生真面目な兄貴分と、純粋無垢な女王なら、惹かれ合ったとしても不思議ではないと思っている。何しろルイフォンは、女王本人に直接、会っているのだから。
あの純真な少女が、リュイセンを愛するというのなら、兄貴分は幸せになれるだろう。――障害は、とてつもなく大きいだろうが。
『恋人』ではなく、『共犯者』なのだと主張していたが、そんなのは言葉の上での問題でしかない。出逢ったばかりで、先のことは分からないのは確かであるが、あのふたりの性格なら、ずっと変わらぬ想いを抱き続けるだろう。
兄貴分へと思いを馳せ、頬を緩めていたルイフォンであるが、不意に、メイシアの顔に翳りが落ちていることに気づいた。
「どうした?」
「リュイセンと陛下は、偉いと思うの」
「?」
彼女の言葉には同意する。しかし、思い詰めたような表情に、ルイフォンは首をかしげる。
彼が目線で促すと、彼女は、うつむき加減に続けた。
「貴族だった私は、ハオリュウに死んだことにしてもらったから、こうして今、ルイフォンと一緒にいられる。でも、リュイセンと陛下は、自分の立場から逃げないの。それどころか、正面から立ち向かうことにした。――なんだか、申し訳なくて……」
「……」
それは、ルイフォンも思った。自分たちは恵まれている。皆の優しさに、甘やかされている。
……だからといって、メイシアが暗い顔をしても仕方がないのだ。
「俺たちは、俺たちだ」
ジャスミンティーのグラスを避けながらテーブルに身を乗り出し、黒絹の髪を、くしゃりと撫でる。猫の目を細め、ルイフォンは、愛しげな眼差しをメイシアに向けた。
「俺たちは『ふたりきり』じゃなくて、『皆に囲まれたふたり』なんだからさ。立場に縛られた奴らの代わりに、『自由に動ける俺たちだからこそ、できること』を見つけていくべきだろ? 引け目を感じている場合じゃないぜ?」
にやりと不敵に笑うルイフォンに、黒曜石の瞳が、ぱっと見開かれた。花の顔が、徐々にほころんでいく。
「そうよね。――ありがとう、ルイフォン」
零れんばかりの笑顔に、彼女がそばにいる幸せを実感する。……そう思うと、やはり、ルイフォンだって、少々、後ろめたい。
だが、メイシアに言った通り、自分たちは自分たちなのだ。だから、自分たちは、自分たちにできることをすべきだ。
ルイフォンは、強引に頭を切り替えた。
「『ライシェン』のことだけどさ。思いがけず、女王の意見を聞けたことで、状況が一変したと思う」
今回のリュイセンからの報告の中で、ルイフォンの個人的な大衝撃は、当然のことながら、兄貴分の激変ぶりだ。あの魅惑の低音で、『アイリー』と、甘やかに女王の名が紡がれるのを聞いたときには、正直なところ度肝を抜かれた。冗談抜きで、心臓が止まるかと思った。
だが、女王もまた、リュイセンに恋情を抱いているというのなら、これはもう、解決済みの案件なのだ。細かいことを気にすれば、多少の問題はあるのかもしれないが、あいにく、ルイフォンは細かいことを気にしない。
だから、真に重要なのは、『ライシェン』のこと。――『ライシェン』の未来だ。
「女王が、『ライシェン』を次の王として必要としていない以上、彼女に託す、という案は却下だよな」
名案だと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。ルイフォンは少し悔しげに、癖の強い前髪を掻き上げる。
「私……、女王陛下がおっしゃった道が一番、『ライシェン』にとって幸せだと思うの。ヤンイェン殿下の息子として、海外で暮らすのが……」
「けど、ヤンイェンは『ライシェン』に記憶を入れたがるはずだ、って、異母妹の女王が断言したんだよな」
「うん……」
ヤンイェンが記憶にこだわるのであれば、彼に『ライシェン』を渡すわけにはいかない。
これは、譲れない決定事項だ。
何故なら、『死者は、決して生き返らない』。これまで『デヴァイン・シンフォニア計画』の作り出した不幸を見続けてきた身として、認められない境界線だ。
ルイフォンは、深い溜め息を落とした。
『ライシェン』の未来について、ヤンイェンからは、いまだ明確な『返事』のようなものはない。
携帯端末の連絡先は交換していたので、多少のメッセージのやり取りはしている。だが、相変わらずの態度で、文面はこんな調子だ。
『私が『ライシェン』に、どんな未来を望むのか。君はきっと、早く答えてほしいと焦れていることだろう。
その気持ちは分かるんだ。私が君の立場だったら、きっと、そう思っているはずだから。
けど、私は、『私が、どうしたいか』よりも、まず先に、『私には、どんな手段が残されているのか』を考えたい。考えなければならないんだ。
すまない。――私の義弟ルイフォン』
こう下手に出られては、こちらからは強く言えなくなってしまう。どことなく、『何もかも、お見通し』という感じがして、非常にやりにくい。
「ヤンイェンの『私には、どんな手段が残されているのか』というのが、女王の言っていた『四年前から既に〈天使〉だった者を探す』ってことなんだろうな」
ルイフォンの呟きに、メイシアが沈んだ声で同意する。ふたりは視線を交わし合い、互いの困り顔を瞳に映す。
四年前からの〈天使〉を連れてきたところで、ルイフォンとメイシアは、『ライシェン』にオリジナルの記憶を入れることを認めない。ヤンイェンの努力は、無駄になるのだ。
「ヤンイェン殿下には、本当に申し訳ないと思うの……」
心優しいメイシアが、痛ましげに俯く。だから、ルイフォンは努めて明るい声を出した。
「でもさ。女王が凄ぇ、いいこと言ったじゃん?」
「え?」
「オリジナルのライシェンは、人を殺している。その記憶を――罪を『ライシェン』が背負う必要はない、って」
「あ……。それを伝えれば、ヤンイェン殿下だって……」
「ああ」
明るさを取り戻したメイシアに、ほっとしつつ、ルイフォンは返す返すも惜しいと思う。
――そんなふうに考えられる女王になら、安心して『ライシェン』を託せたのにな……。
なかなか、うまくいかないものだ。
やはり、ヤンイェンを根気強く説得して、オリジナルとは別人として、『ライシェン』を受け入れてもらうのが一番なのだろう。
「まぁ、ヤンイェンは、かなり手強そうだけどな……」
メッセージの文面を思い返し、苦笑まみれの愚痴が口を衝いて出る。
すると、「ルイフォン」と、鈴を転がすような声が凛と響いた。
「でも、『私たちなら、できる』――でしょう?」
メイシアが、ぐっと身を乗り出し、癖の強いルイフォンの前髪を、くしゃりと撫でる。白い指先に誘われ、知れず下がっていた目線を上げると、そこには覇気に満ちた笑顔があった。
「ああ。そうだよな。面倒臭え、なんて思っていないで、しっかりやらねぇとな!」
彼女に応えるように、好戦的に彼も笑った。
傍らに寄り添い、励まし、励まされているのを実感する。
互いに支え合い、良いことも、悪いことも、共に分かちて生きていくのだ。
夏の終わりに、メイシアと、そんな会話を交わした。
そして、秋が訪れ、軒の風鈴がしまわれ、ちりん、という澄んだ音色を耳にしなくなって少し経ったころ――。
『ルイフォン!』
ハオリュウの秘書となり、藤咲家に住み込みで働いている緋扇シュアンの濁声が、携帯端末を通して、ルイフォンの耳朶を打ちつけた。
どうした? と尋ねる間もなく、いつもの皮肉げな調子の欠片もない、険しい声が続けられる。
『ハオリュウが、逮捕された――! 貴族だから、監獄にぶち込まれちゃあいねぇが、王宮に連行された』
「なっ? どういことだ?」
『罪状は、こうだ』
鋭く吐き出された言葉が、弾丸となって、ルイフォンの鼓膜を撃ち抜く。
『自分が当主になるために、父と異母姉を殺した、殺人の罪』