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作者: 単細胞
残酷な描写あり R-15
第八話 黒狼とご苦労

 昔話の勇者に憧れて、父の反対を押し切り剣を始めた。
 周りはみんな男の子で、小柄な私に勝てる部分はなかった。だから人一番努力して、道場で一番強かった子も倒した。
 なのに、誰も私を褒めない。それどころか怒鳴られた。『生意気だ』、『まぐれだ』って。
 悔しかった。いつも寝る間際にあの時の……みんなに囲まれて怒鳴られた光景を思い出す。
 けれど諦めなれなかった。誰かに私の頑張りを認めて欲しかった。だから、道場では誰よりも真面目で、誰よりも強くあるようにした。そうすればいつか、みんな私を認めてくれるだろうと信じて。
 馬鹿な私は、本当の夢から自分が逸れていってることにも気づかずに。

「フィ〜ン〜! どこにいるんですか〜! 謝りたいので戻ってきて下さ〜い!!!」

 両手を口元に添えて声を上げながら、森の中を進む。
 フィンを探し始めてからかれこれ一時間。この森にはしょっちゅう来ていたが、こんなに奥まで進んだのは始めてだ。そろそろ喉の方がしんどくなってきた。
 ていうか、なんで俺がフィンに謝らなきゃならねぇんだよ。俺は何も悪いことしてないだろ。これだからガキは嫌いなんだ。馬鹿なくせに面倒なプライドばかり持って。
 ……まあそう言いつつも、このまま彼を放置するわけにもいかないし、仲違いしたままでは、フィンとばかり過ごしていた俺がぼっちになってしまうからな。ここは大人の俺が折れてやろう。

「うげ〜マジか……もう夕暮れじゃん」

 空を見上げればいつのまにか黄色くなった太陽が。まずい、そろそろ帰らないとヘイラ達に心配をかけてしまう。それに魔術が存在する世界だ。もしかしたら夜になると魔物とかが出るやもしれん。剣を置いて行ってしまったフィンには尚のこと危険だ。

 はぁ、見つけたらなんてあやま——

「ん……? なんだこれ……ペンライト?」

 憂鬱さと共に下を向いてトボトボと森を歩いていると、不思議なモノを見つけた。

「……いや違う、根っこだ。木の根っこ!」

 俺の目の前には、夕日の中でほんの少しだけ地面から隆起して薄らと光っている、蛍光色の木の根っこがあった。辺りを見回してもその根の持ち主らしき木は無い。おそらく相当大きな木が持つ根っこなんだろうな。
 今更大して驚きはしないが、やはりこういった不思議なモノに出会うとワクワクする。

 あまりにも綺麗だったので、思わず俺はそれに手を伸ばした。

「ッ!?」

 根に触れた瞬間、俺の身体中に電撃が走ったような感覚に襲われた。

「うわぁぁッ!?」

 突然脳内に流れ込んだ映像に、思わず尻餅をつく。
 目……今のは人間の目だ。真っ暗な場所で誰かが俺を見ていた。
 幻覚じゃない。一瞬だけどこか別の場所に居たような感覚が残っている……
 なんだったんだ今の——

「わァァァァァァァァァッッ!?!?!?」

 呆気にとられていたのも束の間、森中に響き渡った叫び声を聞いて、すぐさま立ち上がる。
 今のはフィンの声だ。反響のせいで断言は出来ないが、彼との距離はそう遠くない。
 何かあったみたいだが、急いで探せばなんとかなるはず……

 俺は迷いなく、叫び声の聞こえた方角に走り出した。

ーーー

「ハァ……ハァ……」

 夕焼け色の光が差し込む森の中、少女は背後から迫る獣から逃れようと必死に走る。
 獣の名は『黒狼』。冒険者ギルドにおいて、上から三番目の危険度であるA級に分類される、肉食の魔物である。

「くっ、来るな! ……なんでこんなのがいるんだよ!」

 少女は息を切らして涙目になりながらも走り続ける。
 しかし、いくら身体能力を魔力で強化したところで所詮は彼女は人間の子供であり、四足歩行型の獣——ましてや等級の高い魔物から逃げ切ることは難しい。
 現に、黒狼が少女を捕捉して追いかけ出してから、その距離は着実に、そして加速度的に縮まりつつある。

 木の上に逃げても、獣はその四肢を器用に使って登ってきた。
 申し訳程度の自衛手段である木剣は、先程親友とも呼べる少年と喧嘩した際に置いてきてしまった。
 体力の限界も近い。時期に全力疾走出来なくなる。
 少女は手詰まりであった。

「ッ……死んでたまるか!」

 それでも、彼女は諦めない。そんなことをしては、今までの自分を全否定することになってしまうから。終われないのだ。

 少女は覚悟を決めて迫り来る魔物の方に向き直り、足を止める。そして息を大きく吸い込んで、掌を黒狼に向けて希望の詩を唄う。

「其れはただ有り、硬く、穿つモノ。我、原初の舞台を語らん! 『岩礫』!!!」

 少女の詩に呼応して生成された拳ほどの大きさの岩の塊が、黒狼目掛けて勢いよく飛んでいく。

 そう、彼女が最後に取った手段は立ち向かうこと。数日前に親友から習ったばかりの魔術。その彼が使っていた『岩礫』は、それなりの樹木など容易く穴だらけにしていた。
 もしかすると、これならば……そんな希望を抱いて、少女は最後の抵抗を行った。

 だが少女は知らなかった。魔術ではなく、それを使用した友人が特別なだけだということを……
 
「ッ……き、効いてない……」

 全身全霊で放った魔術は確かに命中し、黒狼はその足を止めた。
 しかし、黒狼の体には傷一つなく、今度はジリジリと網を張り巡らせるかのようにして、少女へと近づいて行く。
 黒狼は非常に知能が高いため。次手の魔術を警戒して、咄嗟の回避を視野に入れた動きを取ったのだ。

「ヒッ……や、やだ……し、死にたくない……」

 頼みの綱が切れ、追い詰められた彼女は腰を抜かす。
 激しい手の震え、びしょ濡れのズボンと股間から立ち上る湯気。彼女は今にも泣き叫ぶところだった。

 黒狼は獲物が戦意を喪失したことを悟り、すぐさま少女に向けて飛びかかる。

「助けてお母さ——」

ーー岩砲弾ストーンキャノンーー

 少女の叫びに重なるようにして、森中に轟音が響き渡った。

「ギャウンッ!?」

 少女に踊りかかった黒狼を、周囲の木々を全て薙ぎ倒しながら飛来した大岩が、黒狼を巻き込んで彼女の目の前を一瞬のうちに通り抜けて行った。
 それはまさに、一筋の線の様に見えた。

 そしてその数秒後、再び森中に轟音が響き渡った。黒狼を巻き込んで飛んでいった岩が、森でも一際大きな樹木に衝突して砕け散った音だ。

「大丈夫ですかフィン!!!」

 呆然と虚空を見つめる少女——フィンの前に、大岩が地面を抉った跡を辿ってきた少年が、彼女のもとに駆け寄った。

「ディン……?」

 蹲っていた少女は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、ゆっくりとあげる。

「怪我は無いですか!? すみません! 咄嗟だったんであんな危険な魔術を……」

 ポカンと口を開けていたフィンの肩を、やってきた少年——ディンが強く握る。

「うっ、うぅ……ディン……ずびっっ」

 極度の緊張と恐怖から解放されたフィンは、あまりの安堵に大粒の涙を目に溜めながら鼻を啜る。

「あー、ちょっと泣くのは後に——」

「ワオォォォォォォォォォンッッッ!!!」

 突如森に響いた遠吠えに、ディンは顔を上げ、そして驚愕する。

「は? 嘘だろ……なんで生きてんの……?」

 ディンの元で泣きじゃくるフィンのその先で、こちらを睨んでいる黒狼に。

「あっ……『土槍アースランサー』ぁぁぁぁぁ!!!」

 ディンの叫びに呼応して、黒狼の足元に複数の魔法陣が展開される。

「フィン! 僕の後ろに!」

 高出力の『岩砲弾』が直撃して形を保っている……見たところ血も流していない生き物。それにただならぬ危機感を覚えたディンは、すぐさま次の手を打った。
 質量攻撃が効いていないのなら、四方からの『土槍』による刺突攻撃。これならば有効であろうと。
 しかし、その予想は外れる。

「え、まじか……」

 展開された魔法陣から魔法が起動するよりも速く、黒狼は回避行動を取り、遅れて起動した魔法陣から迫り出した『土槍』は空撃ちという結果に終わる。

 黒狼の動き自体は決して速くなかった。むしろ、ディンの魔術が遅いのだ。
 上級魔術を完璧に習得出来ていないディンは、過度の緊張と焦り、そして慣れない魔法陣の複数同時展開。それらの要因により彼の魔術の発動速度は、魔法陣の展開を目視してからでも、簡単に回避できる程度の物にまで落ちていた。

「グルルルルルルッッ」

 サイドステップで回避行動を取った黒狼は、再びディンとフィンを見据える。

「ふぇ、へへへ……どうしよ……」

 ディンは自信を失っていた。警戒体勢の黒狼は、きっと次の魔術も避けてしまう。敵の狙いは完全にフィンから自分へとシフトしている。今度こそ発射後の隙を突かれて食い殺されると考えて、何も出来ずにいた。
 敵の狙いは完全にフィンから自分へとシフトしている。
 
「済みませんフィン……勝てそうにな——」

 恐怖に押し負けたディンが全てを諦め、フィンに謝罪の言葉を溢しかけたその時、突然黒狼の首がボトりと地面に落ちた。

「……!?」

「女の前でくらいカッコつけろよ。ディン」

 黒狼の首が落ちてすぐに、空からディンの前に降りてきたその男は、そう言って彼の頭を軽く小突いた。

「た、たすかりました……父様」

 沈まりかけの夕焼けが、片刃の剣に着いた血を振り払っている男——ラルドを照らした。

「まあ、無事なら良い。ほら、帰るぞ」

 ラルドはそう言って不格好に笑いながら、二人の子供の頭を乱暴に撫でた。
 
ーーー

「ディン!!!」

 ラルド共にフィンを家まで送り、我が家の庭の入り口まで帰ってきたところで、そこで待っていたヘイラに飛びつかれた。
 
「心配した……心配したのよ? 中々帰ってこないからぁ……」

 声を震わせながら、彼女はさらに一層、俺を強く抱きしめる。

 ヘイラの服はボロボロで土まみれになっていた。きっと身重なのに俺を探していてくれたのだろう。
 そんなことを思うと、俺の彼女を抱き返す手にも自然と力が篭った。

「はい、ただいま戻りました。母様」

 いつもなら、こんなに強く抱きしめられたら鬱陶しくて突き放すところだが……
 もう少し。今日はもう少しだけ、このままでいたい。そう思った。
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