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作者: 単細胞
残酷な描写あり R-15
第七話 幼馴染は……

 ヘイラが貴族の出身だというカミングアウトを受けてから一年ほど経ち、俺も六歳になった。というかもうすぐ七歳だ。
 そしてその間、実家のお屋敷にお呼ばれするようなワクワクイベントはなかった。
 まあそれもそのはず、ヘイラはほぼ家出のような形でラルドと結婚したらしく、長らく実家との連絡は途絶えたままだそうだ。
 考えてみれば、貴族の長女がこんなパッとしない村で庶民的な暮らしをしているはずがないもんな。ちょっとがっかりだ。

 だが、この一年間何もなかったというわけではない。

「ディン〜、悪いけど薪を取ってきてくれないかしら〜 夕飯の準備をしたいの〜!」

 大きくなったお腹をさすりながら、リビングの椅子に座っているヘイラが、窓越しに庭で素振りをしていた俺を呼ぶ。

「はーい母様!」

「あ、僕も手伝うよ!」

 薪を取りに行こうと歩き出した俺に、弾むような足取りのフィンが続く。

「ありがとうございます。でも大丈夫、これも兄の務めです!」

 そう、この一年間で一番のニュースといえば、ヘイラが孕ったことだ。
 正直、素直に嬉しい。俺は生前一人っ子だったから、兄弟というものに少し憧れていた。歳の差もあるし、きっと可愛いんだろうなぁ……

「そ、そうか! じゃあそれが終わったら久しぶりに打ち合い稽古でもしよう!」

 頭頂部のアホ毛を尻尾のように揺らしながら、フィンはそう言って素振り稽古に戻った。
 最近のフィンは道場にめっきり行かなくなり、俺と一日を過ごすようになってきた。
 正直フィンとは性格が合わないし、まだ喧嘩も多々ある。けれど、こう……ずっと一緒だったせいか、お互い諦めがついたというか、上手い具合にやれるようになってきた。
 だから、今はフィンといてもそこまでストレスは溜まらない。というかむしろ楽しいと思う時だってある。

「母様、これで足りますか?」

 運んできた薪を、暖炉の前にドカドカと落とす。全部で六切れ程か……うん、少ない。身体強化は出来るようになったが、練度が低くてダメだ。フィンなら十切れ以上運べるだろうに。

「ええ、ありがとう!」

 台所に立っていたヘイラは、笑顔でそう答える。室内まで運んできて仕舞えば、あとは彼女の風魔術で離れたところからでも自在に動かせるのだ。念力みたいで羨ましい。

「おーいディーン! まだか〜?」

 外からフィンの声。しまった、彼を待たせていたな。用も済んだし、さっさと庭に戻ろっと。

ーーー

 枝から枝へと飛び移りながら、草木の中を駆ける。

「前より速くなったなディン!」

 振り向けば後方には、同じく枝木を足場にこちらを追ってくるフィンの姿。
 
 ここは村から少し離れたところにある巨大樹の森。俺とフィンの遊び場兼、修行場だ。
 というのも、フィンが『魔術師と戦ってみたい』と言い出したのをきっかけに、試合中に俺の魔術使用が解禁されたからだ。で、流石に土やら風魔術を庭でバカスカ連射するわけにはいかないので、こうして人気のないところを修行場にしたのだ。

 そして魔術の使用が可能になった今の俺は、フィンに勝ち越している。五分五分ではない。七-三くらいで俺が勝ってるのだ。
 そして今日も俺が勝ち、フィンの悔しそうな顔をオカズに白米を食うのだ。まあ、白米なんかないんだがな。

 さて、さっきから巨大樹の枝を伝って飛び回っているが、身体強化の練度において圧倒的上をいくフィンなら、すぐに追いついてしまうだろう。
 魔術が使えても、近接に持ち込まれては勝てない。だから、こうして逃げ回っているうちに仕留めなければ俺の負けだ。
  
 正面から魔術を放ったところで、フィンは剣でそれらを弾くなり避けるなりしてしまう。
 だからこそ、俺も成長することができた。

 一瞬だけ足を止めて、足元の幹に触れる。

ーー岩礫ーー

 木々の死角を利用して、フィンの真横方面の木で魔法陣を起動する。
 そう、俺は上級魔術を習得したのだ。といっても発動条件は限定的で、土魔術でしか出来ないし、空中に展開させることもできないがな。
 まあ、本来は掌で展開する魔法陣を、そこから離れたどこにでも展開出来るというのが上級魔術だから、ヘイラ曰く上級を習得したと言っても良いそうだ。
 願わくば、ヘイラのように家中どこにでも魔法陣を展開できて、二階から一階まで風魔術で物を運んでくると言った様な芸当が出来れば良いのだが……まだ俺はその域ではないようだ。
 
「うわっ!? 何だこれ!?」

 死角から突然飛来した岩の礫に驚いて、フィンは空中で体勢を崩し、落下する。

 『岩礫』は避けられてしまったが、まあ……よし、結果的にフィンの上を取った。あとは地の利を活かして上からトドメを——

「おわぁッ!?」

 フィンに次なる魔術を浴びせようと、地面に落ちた彼を目視するため前屈みになった瞬間、凄まじい速度で飛んできた木刀が、俺の鼻先をかすめた。反射的に体をのけぞらせなかったら、顔に穴が空いていたことだろう。

 くそ、やられた。剣の投擲だ。まさか俺が以前使った卑怯な手段を取るとは思わなんだ。
 いやしかし、それにしても——

「おかしいだろ今の速度……」

 背後の木に深くめり込んだ木刀を見て、胸を撫で下ろす。

「ちょっと! 今の当たってらどうす——
 ぐぇぇッ!?」

 流石に今のはやり過ぎだと声を上げるべくフィンの方に向き直ったら、彼が俺のすぐ目の前まで登ってきており、そのまま組み伏せられてしまった。

「君の魔術だって、当たったら危なかったぞ」

 仰向けになった俺にまたがるフィンは、そう言ってニヤリと笑う。
 
 くそ、両腕を抑えられた。しかも魔術を当てられないように手の甲を上にして……
 だがまだだ、まだ終わらんよ! 

ーー砂塵サンドーー

 腕を塞がれたところで、今の俺は物体に触れてさえいればそれ伝いに魔法陣を展開できる。
 そして幸い、掌が足場にしていた枝木に触れている。つまり、この足場のどこからでも土魔術を使用できるということだ!

「うわっ、目がッッ!!」

 俺が目を閉じたタイミングで足場から大量の砂埃を発生させ、フィンの目を潰す。目潰し戦法を彼にやるのは初めてだからな。対応は不可能であろう。

ーー風破ウィンドバーストーー

 あとは力が弱まったフィンの拘束を振り解きつつ、風魔術で周囲の砂埃を払い、目を開ける。

「僕の勝ちですねフィン」

 そして仕上げに、目を抑えて膝をついたフィンに、土魔術で作った石の剣を向けて、試合終了だ。

ーーー

「う、うぅ……まだ目がゴロゴロする」

「すみません……もう一回こっち来てください。水で洗うんで」

 地面に座り込んで、半泣きになりながら目を擦るフィンの顔を覗き込む。試合が終わってからかれこれ十分以上経ったが、ずっとのんな状態が続いている。
 いくらフィンが相手だったとはいえ、少し悪いことをしたなと思う。次から目潰しは控えよう。

「あぇ!? ちょっ、ちょっと顔!!」

 水魔術でフィンの目を洗おうと彼の顎に手を添えると、彼は裏返った声と共に俺を突き飛ばした。

「は、はい……? 僕の顔がどうかしました?」

「その……か、顔が近……かったから」

 目を逸らしながら、ボソボソと話すフィン。なんだか様子がおかしい。
 ひょっとして……俺の息が臭かったのかな。一応歯磨きみたいなことは毎日してるんだけど……

「……」

 突如訪れた静寂の時間。
 非常に気まずい。なにか別の話題を探ろうにも、俺とフィンは稽古しか共通の話題がない。
 結局、散々避けようとしていた『カラダだけの関係』みたいになってしまっているしな。

「そ、そういえば今日の魔術は凄かったな。こう……砂がぶわーって」

 話題も見つからず、静寂の中で悶々としていると、フィンの方から話題を振ってきた。
 珍しいな。いつも勝負が終わるとダメ出しばかりで、褒めてきたりしないのに。

「あ、ああ『砂塵』ね……! これは便利ですからね、胸ぐら掴まれた時とかに使うといいんですよ!」

「む、胸ぐらを……!? 誰にそんなことされたんだ!?」

「誰も何も、ジルですよ。『イジメは辞めろ』って言っ……た、ら……」

 あ、やべ。口が滑った。いじめっ子退治の件は秘密にしておくんだった……
 まあでも、フィンが怒るとは限らな——

「バカにしてるのか!!!!!!!!」

 フィンがいきなり俺の肩をがっしりと掴んで、怒鳴り散らした。

「へ、へ???」

 あまりのフィンの変貌具合に、面食らってしまい、裏返った声で返事をした。

「これは僕の問題なんだ! 余計なことをするなって前に言っただろ!!!」

「は? 自分の問題ならとっとと解決しろよ!!」

 頭に来た。人が善意でやってやったことなのに、そんな言い方はないだろう。そもそもガキが大人に逆らうんじゃねえよ。

「なっ……君が邪魔したんだろ!」

 俺の反論に怯まず、再びギャーギャーと声を上げるフィン。
 
「一緒にいるこっちだって迷惑なんだ……よッッ!!」

「キャッッ」

 目の前で叫ぶもんだからやかましくて、ついフィンの胸を突き飛ば……し……た? 

「ぷにゅ……?」

 なんだ? この手に残る妙に柔らかい感触は。マシュマロのような、どこか懐かしいような……

 わけもわからず、フィンの方に目をやった。
 彼……いや彼女は、目元に大量の涙を溜めながら、顔を真っ赤にしていた。

「あ、あの……ごめんなさ——」

「ディンなんか大ッッ嫌いだッッッ!!!」

 俺の謝罪も待たずして、地を揺らすような叫び声と共に、フィンは凄い速さでどこかへと逃げ出してしまった。
 
 やってしまった。あの様子じゃしばらく戻ってこない。夕暮れも近い、流石に彼——彼女をこのまま放置するわけにもいかないな。

 俺はすぐさまフィンを追って、広大な巨大樹の森を駆け出した。
 ——いや、それにしても……

「フィンのおっぱい……結構あったな」
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