残酷な描写あり
R-15
第九話 諸行無常
一日が経って、フィンが親と共に我が家に尋ねてきた。
フィンの両親は二人とも裕福そうな格好をしている割に気のいい人達で、親父の方はなんというか親分って感じ、母親の方はお淑やかで優しそうな人だった。あとおっぱいもでかかった。フィンもこうなるのかな。
おっと話を戻そう。内容の方だが、『娘の命の恩人には直接会って礼を言いたい』という旨だったのだが……正直、俺はあの時何の役にも立てなかったので、早々にお引き取りいただいた。過剰に囃し立てられても歯痒いというか、逆に恥ずかしいのだ。
そうして両親にはお帰りいただき、フィンだけが俺の家に残った。
いや……もう『フィン』ではないな。
『アイン•エルロード』それが〝彼女〟の本名だそうだ。
まあ、昨日は色々と会ったし、俺らも真剣に話をした。アインがいじめっ子に抵抗しなかった理由とか。少しでも周りに受け入れられるために、名前まで偽って男みたいに振る舞っていたこととか……
まあ諸々と話して、お互い仲直りしてひと段落着いたところだ。
「そ、そういえば昨日のディン凄かったな!」
「あ、えぇまぁ……」
後で分かった事だが、黒狼に対して俺の魔術は効いていたらしい。
ラルド曰く、腹を掻っ捌いたら内臓が全てグチャグチャで、ほっといてもそのうち死んでいたそうだ。まあ、逆になんでその怪我でしばらく動いてたんだよって話だがな。恐るべし魔物よ。
「は、はは……」
「はははー……」
それにしても……気まずい。事務的な会話は終わってしまったし、ラルドは黒狼の毛皮を売りに行ってるし、ヘイラは外でアインの親と話してるしで、ずっとこいつと二人きりだ。
別に喧嘩の後だからとかじゃなくてさ。ほら、なんか改めてこいつを女の子として意識すると……若干緊張してしまうのだ。
だってこいつ、顔可愛いんだもん。そりゃあ、乱暴で、頑固で、頭が悪くて、小うるさくて欠点だらけもいいとこだけど……それを差し引いても可愛いのだ。
全く、あと何時間こいつと机で見つめ合ってればい——
「大変だぁぁぁぁぁ!」
静寂を切り裂くようにして、アインの親父が家の扉を勢いよく開いた。
「わっ、お父さん!?」
「あれ、どうしました?」
息も途切れ途切れで、顔も真っ青だ。なにか悪いことでもあったのだろうか。
「あ、あぁディン君……君のお母さんが……」
「——へ?」
ーーー
ビッグニュースだ。俺にも遂に弟が出来た。
アインの親父から『ヘイラが倒れた』と聞いた時は肝を冷やしたが、どうやらアインの両親との会話中に急に産気づいたらしい。
運が良かったよ。二人がすぐに産婆さん呼んでくれたり、必要な物をあれこれ用意してくれたから、何事もなくヘイラは出産を迎えられた。
まあ、肝心の俺はあたふたしただけで何もしてないんだがな。強いて言えば、お湯を魔術で用意したくらいか。
アインに連れられて急いで帰ってきたラルドも、大きくため息を吐いていたよ。
流石の彼も、この時ばかりはその鉄仮面が砕けて何とも形容し難い表情をしていた。
無理もない。俺の時もそうだったらしいが、出産に立ち会う人間の中で回復魔術を使えるのが産婆さんだけなのと、その人が使えるのは痛みを和らげる程度の効果しかない初級の回復魔術だからな。
万が一、出産中に出血多量なんて事態に陥っていたら……まあ、無事に終わったんだからこの話はもういいか。
ちなみに、名付けはその場に居合わせたみんなで考えて、アインのが採用された。
今日から俺の弟は、『イェン•オード』だ。なんでも、例のお伽話の英雄王の名前からとったものらしい。
英雄王だからといって、生まれた側から『雑種め!』とか叫ばないことを祈ろう。
なんにせよ、可愛い弟になると良いなぁ……
あと、ほんの少しだけヘイラのだる絡みがその子に向くと良いなぁ……
ーーー
弟が産まれて一年が経った。
上級魔術は発動スピードを上げる事に成功し、産婆さんに治癒魔術を習ったし、魔力による身体強化も相変わらず精度は酷いものだが、持続時間が伸びてきた。
俺ももう八歳ちょっと。身体もだいぶデカくなって、身長はアインに追いつきつつある。
そして肝心のアイン。一年前まで男だと勘違いしていたアインとは……
な゛に゛も゛……な゛か゛っ゛た゛。
そう、何もない。別に彼女が彼〝女〟だと判明したところで、俺達の日常にはなんの変化もなかった。
とは言っても、俺は少し意識することもあるし、アインだってそんな素振りを見せる時がある。
だが何だろうな……今まで親友みたいな感じでつるんで来たのに、急に男女の仲というのも何だか歯痒いというか、違和感があるというか。
ていうかそもそも、俺にとってあいつはめちゃくちゃ歳下だからな。
……まあともかく、そんな感じで俺達はお互いの距離感を図りかねているのだ。
そして今日も今日とて、いつもの森で俺とアインの実践稽古が幕を開ける。
「いい加減勝たせてもらうよ」
「お好きにどうぞ。手加減しませんからね?」
暖かな日差しが差し込む森林の中で、お互い剣を構えて向かい合う。
よーいどんの合図は無く、どちらかが動き出せば、勝負は始まる。
そして今日最初に動いたのは、アインの方だった。
ーー濃霧ーー
当然、正面から打ち合っては勝てっこない。ましてや、アインの初太刀に対応できるほどの反射神経も俺にはない。
だから俺は、開始とほぼ同時に大量の霧を散布する事に全神経を注ぐ。
最近になってふと思い立ったのだ。なぜ俺は複数の属性を扱えるのに、それらを混ぜる事なく使っているのかと。で、そんな疑問から生まれたのが、この水と炎の混合魔術『濃霧』だ。
「なんだこれ!?」
「驚きましたか!! なにせ使うのは今回が初ですから!」
とっておきを披露したかの様な言い草だが、実際は習得に苦戦しただけだ。
違う種類の魔術同時使用を、実戦で使えるレベルの発動速度まで持っていくのはかなり苦戦した。ピアノを弾く容量でやれば良い事に気づいてからはスムーズだったがね。
さて、霧の煙幕で撹乱したら、この場から少し距離を取る。
木の上に逃げることはしない。その戦法はやり過ぎてアインに対策を取られつつあるからな。
ーー風破ーー
風魔術で周囲の霧を払えば、その中から右往左往していたアインの姿が露わになる。
そしてアインがこちらに気づき、大きく腰を落とす構えをとった。
ラルドが扱うもう一つの流派、剣聖流『空斬り』の構えだ。あれはラルドが昔、俺が魔術で作り出した隕石を切り刻んだ時に繰り出した斬撃を飛ばす技。溜めも短く、斬撃の速度も速い。次に瞬きする頃には、アインの飛ばした斬撃は俺の目の前まで迫っている事だろう。
ーー土壁ーー
しかし、いくらアインが道場で一番の実力者といえど、所詮は十歳程度の子供。技の切断力はラルドに到底及んでいないので、こうして即興で岩の壁を生成してしまえば事足りる。
「あ、やべ……」
視界を覆っていた岩の壁が、飛んで来た斬撃によって真っ二つになったことで、重ねて大きく踏み込んだ構えをとっているアインの姿が目に入った。
相手との距離を一瞬で詰める一撃必殺、剣聖流『居合い』の型だ。
気づいた頃にはもう遅く、アインは一瞬にして俺の手前まで迫っていた。
「あ、あれ!?」
「ふっ……」
だがこう言おう。計画通り……
俺の眼前で木剣を振り抜こうとしたアインだったが、突然その足元が崩れて片足を持っていかれたことで体勢を崩す。
「それをやられると勝てないんでね。朝早くに掘っておきました。落とし穴」
そう、俺がアインに負ける時は大抵、この『居合い』を放つ隙を見せた時。なにか対策はないかと考えた結果、どうしてもその場で対応出来るものではないと気づいた。
だからあらかじめ用意しておいた罠を使うという考えに至ったのだ。
「ひっ……卑怯な——」
ーー水球ーー
悔しそうな顔をしながら倒れゆくアインに、容赦なく水魔術をお見舞いする。
近距離で土魔術を当てては危ないからな。これが試合終了の証だ。
ーーー
「ディン。真面目な話があるんだ」
試合終わり、地面に座り込んでいたアインに手を差し伸べると、彼女は俯いたまま口を開いた。
「その前に髪を乾かしましょう。風邪ひきますよ?」
「大事な話だ」
ずぶ濡れになった頭を軽く突っつきながら、少し煽るような声音で笑いかけるも、彼女はやけに凝り固まった表情を見せてそう言った。
まずいな、落とし穴作戦がよっぽど気に食わなかったか。たしかに卑怯だったもんな……
出来るだけアインを刺激しない様に、ひとまず俺は彼女の前に座り込んだ。
「で、話とは……?」
俺がそう尋ねると、アインは大きく息を吸い込んだ。
「もう、君とは一緒にいられないんだ」
それは、突然の別れの言葉だった。