残酷な描写あり
R-15
第三話 ハルマゲドン(自滅)
「おい、しがみつくな。歩けないだろ」
ラルドはため息混じりに、玄関前で自分の足に纏わりついていた俺の体を掴み上げた。
「いーやーでーすぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ラルドに襟ごと掴み上げられたまま、空中で駄々をこねる。
「僕も道場行ってみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみた——」
「あーわかった! わかったから騒ぐな!」
そう言って頭を掻きむしりながら、ラルドはヒョイっと俺を床に下ろした。
「本当ですか!?」
「ああ」
ラルドは面倒くさそうにそう言って、玄関の戸に手をかけた。
作戦は成功だ。早朝から3時間粘った甲斐があった。流石のラルドでも耐えられまいて。
——おっと、まずはどうしてこんな状況になっているのかを話さねばなるまい。
そう、あれはつい昨日の出来事だ。
ーーー
まるで便器に吐き出された痰カスのようだった第一の人生に比べて、俺の転生ライフの滑り出しは実に順調なものといえよう。
ゴールがない、将来のが見えないというのは問題だが、人生においてそんなもの考えても仕方ない。そこはなんでも精一杯やればいいだけだ。
だが一つ、未解決のタスクが残っているのだ。
「おいディ〜ン。いつまで入ってんだ〜、早く変われ〜」
そう、今俺の入っているトイレの戸を叩いた男——ラルドのことだ。
あ、それよりまずはトイレを出よう。
さて、邪魔が入ったので庭に出て魔術の練習をすることにした。
最近は家のトイレの狭さがちょうど気に入って、用を足すついでにそこで考え事をするようになった。ポットン式なので普通なら長居するような場所じゃないし、最初の頃は毎回吐きそうになってたが、最近は少し慣れたのと、風や水魔術を使えば臭いはある程度どうにか出来るようになってしまったので、つい篭ってしまう。
悪い癖だな。いい加減治そう。
って違う違う、話が逸れた。ラルドのことだ。
——そもそも、この世界に来て5年以上が経ったというのに、俺はラルドのことを良く知らない。夕飯がどうだとか〝家族っぽい会話〟はそれなりにするが、あくまでそれ止まり。『お父さんはどんな仕事してるの?』みたいな〝親子らしい〟中身のある会話は一切交わさないのだ。
なぜ? と聞かれれば答えは一つ。お互いに敢えて距離を取っているからだ。
どうにも、ラルドは俺のことを警戒しているらしい。当然と言えば当然だがな。今に至るまでの俺の振る舞いは、流石に早熟という言葉で済ませられるものではない。
きっと俺のことを悪魔憑きか、妖怪の類とでも思っているのだろう。なんならヘイラが俺を一ミリも疑っていない事に驚いているよ。
——とまあそんなわけで、こっちを警戒している奴と関わるのも危険だから、俺も俺でラルドを少し避けていたのだ。
しかし最近思うのだ。ラルドとの距離があればある程、余計に気味悪がられるのではないかと。むしろ彼と親密にしていた方が、変に勘繰られたりしないのではないか、とな。
だが、今更彼と仲良くするのもそれはそれで違和感がある。どうにかして、自然に打ち解けたいのだ。
そしてその方法が思い浮かばず、こうして何日もぐだぐだと過ごしているわけだ。
ああ勿論、魔術の修行はしている。今もこうして——
「——はっ! へっ! ヘッッックションッッッッッッ!」
最悪だ。魔術を放つタイミングと、くしゃみのタイミングが被った。
幸い、放った魔術は家とヘイラの花壇の方向には飛んでいない。
けれど……
「あー……まずいなこれ」
つい力んで撃ち出してしまった最大出力の『岩礫』は空に向かって飛んでいき、今現在我が家に目掛けて落下中だ。
まるで巨大隕石。地球の終焉に立ち会った気分だ。
——って、そんなこと言ってる場合じゃない。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!
どうしよう。もう一度同じのを撃って相殺させるか? いや、それじゃ破片が家に降り注いで危ない。
くそ……考えていてもしょうがない。
ひとまず最大出力の風中級魔術『竜巻ウィンドストーム』で、降り注ぐ巨大隕石を受け止める。
「痛ッッッはああぁぁぁぁぁ!!!」
最大出力を出すと毎度腕に少し痛みが走るのだが、なるほど……それを維持するとなるとかなり辛い。腕の内側から焼けていくような痛み……
この調子だと保って10秒か? 最悪だ。自分の撃った魔術で家ごと壊滅とか。
「おいディン、なんの騒ぎだ」
俺の叫びを聞いたせいか、ラルドが家から出てきた。
「父様!!! 母様と一緒に逃げてください!!!」
「あ?」
そう言って首を傾げたラルドの視線は、俺からゆっくりと空の隕石へと向かう。
そして『あぁ、なるほどね』と言わんばかりに、ポカンと口を開けた。
巨大隕石が家に落ちてる最中だってのに、どうしてこうも仏頂面を保っていられるのか不思議だ。
「ッッッちょっと! 早く逃げて!!!」
だがそれよりも、俺の限界が近い。このままじゃ本当に全滅だ。
頼むから早く避難を——
「ディン、そのまま抑えとけ」
「は!?」
突然そう言い出したラルドの右手には、いつの間にか青白い刀身を持った片刃の剣が握られていた。
剣なんか腰に差してすらいなかったのに……どういう手品だ?
ていうか隕石に対して剣ってなんだよ。厨二病なら他所で発作してく——
「フッッッッ!!」
構えたラルドが斬りあげるように振った剣からは、剣閃のようなものが飛び、それが隕石を両断してしまった。
「はえ?」
続け様にラルドが剣を何度も何度も振り、飛ばした斬撃で隕石をさらに細かく切り刻んでいく。
「ディン! 飛ばせ!」
隕石が石ころ程度の大きさにまでなったところで、ラルドが叫ぶ。
俺はすぐさま魔術を切り替え、『竜巻』で絡めとった多量の瓦礫を、『風破』で家の敷地の外へと撃ち出した。
「ふぅ〜 危なかったぁ〜……」
ため息と共に、思わず尻餅をついた。
ひとまず、我が家の消滅は回避できた。
「——ていうかさっきの剣なんですか!?」
ーーー
とまあ、そんなことがあって今に至るわけだ。
聞けば、ラルドはこの村と近くの街で剣を教えているらしく、俺もそこに連れて行ってくれと頼んでいたのだ。
だってあんなの見せられたら誰だってやってみたくなるだろ。斬撃を、飛ばして、隕石を、両断だぞ?
最高じゃないか。ぜひ俺もやりたい。『月牙転生ォォォ』なんて叫びながら魔力の斬撃を飛ばしたいのだ。
しかしラルドときたらどうだ。俺が教えを乞うや否や、『魔術が使えるお前には必要ない』と言って突っぱねたのだ。
まあ、結局ラルドが折れたから結果オーライだけどね。
「じゃあ、もう出るからついてこい」
ラルドはそう言って頭を掻きむしりながら、家の戸を開けた。
「はい!」
かくして、俺の剣聖への道が開かれたのだ。
ラルドはため息混じりに、玄関前で自分の足に纏わりついていた俺の体を掴み上げた。
「いーやーでーすぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ラルドに襟ごと掴み上げられたまま、空中で駄々をこねる。
「僕も道場行ってみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみたいみた——」
「あーわかった! わかったから騒ぐな!」
そう言って頭を掻きむしりながら、ラルドはヒョイっと俺を床に下ろした。
「本当ですか!?」
「ああ」
ラルドは面倒くさそうにそう言って、玄関の戸に手をかけた。
作戦は成功だ。早朝から3時間粘った甲斐があった。流石のラルドでも耐えられまいて。
——おっと、まずはどうしてこんな状況になっているのかを話さねばなるまい。
そう、あれはつい昨日の出来事だ。
ーーー
まるで便器に吐き出された痰カスのようだった第一の人生に比べて、俺の転生ライフの滑り出しは実に順調なものといえよう。
ゴールがない、将来のが見えないというのは問題だが、人生においてそんなもの考えても仕方ない。そこはなんでも精一杯やればいいだけだ。
だが一つ、未解決のタスクが残っているのだ。
「おいディ〜ン。いつまで入ってんだ〜、早く変われ〜」
そう、今俺の入っているトイレの戸を叩いた男——ラルドのことだ。
あ、それよりまずはトイレを出よう。
さて、邪魔が入ったので庭に出て魔術の練習をすることにした。
最近は家のトイレの狭さがちょうど気に入って、用を足すついでにそこで考え事をするようになった。ポットン式なので普通なら長居するような場所じゃないし、最初の頃は毎回吐きそうになってたが、最近は少し慣れたのと、風や水魔術を使えば臭いはある程度どうにか出来るようになってしまったので、つい篭ってしまう。
悪い癖だな。いい加減治そう。
って違う違う、話が逸れた。ラルドのことだ。
——そもそも、この世界に来て5年以上が経ったというのに、俺はラルドのことを良く知らない。夕飯がどうだとか〝家族っぽい会話〟はそれなりにするが、あくまでそれ止まり。『お父さんはどんな仕事してるの?』みたいな〝親子らしい〟中身のある会話は一切交わさないのだ。
なぜ? と聞かれれば答えは一つ。お互いに敢えて距離を取っているからだ。
どうにも、ラルドは俺のことを警戒しているらしい。当然と言えば当然だがな。今に至るまでの俺の振る舞いは、流石に早熟という言葉で済ませられるものではない。
きっと俺のことを悪魔憑きか、妖怪の類とでも思っているのだろう。なんならヘイラが俺を一ミリも疑っていない事に驚いているよ。
——とまあそんなわけで、こっちを警戒している奴と関わるのも危険だから、俺も俺でラルドを少し避けていたのだ。
しかし最近思うのだ。ラルドとの距離があればある程、余計に気味悪がられるのではないかと。むしろ彼と親密にしていた方が、変に勘繰られたりしないのではないか、とな。
だが、今更彼と仲良くするのもそれはそれで違和感がある。どうにかして、自然に打ち解けたいのだ。
そしてその方法が思い浮かばず、こうして何日もぐだぐだと過ごしているわけだ。
ああ勿論、魔術の修行はしている。今もこうして——
「——はっ! へっ! ヘッッックションッッッッッッ!」
最悪だ。魔術を放つタイミングと、くしゃみのタイミングが被った。
幸い、放った魔術は家とヘイラの花壇の方向には飛んでいない。
けれど……
「あー……まずいなこれ」
つい力んで撃ち出してしまった最大出力の『岩礫』は空に向かって飛んでいき、今現在我が家に目掛けて落下中だ。
まるで巨大隕石。地球の終焉に立ち会った気分だ。
——って、そんなこと言ってる場合じゃない。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!
どうしよう。もう一度同じのを撃って相殺させるか? いや、それじゃ破片が家に降り注いで危ない。
くそ……考えていてもしょうがない。
ひとまず最大出力の風中級魔術『竜巻ウィンドストーム』で、降り注ぐ巨大隕石を受け止める。
「痛ッッッはああぁぁぁぁぁ!!!」
最大出力を出すと毎度腕に少し痛みが走るのだが、なるほど……それを維持するとなるとかなり辛い。腕の内側から焼けていくような痛み……
この調子だと保って10秒か? 最悪だ。自分の撃った魔術で家ごと壊滅とか。
「おいディン、なんの騒ぎだ」
俺の叫びを聞いたせいか、ラルドが家から出てきた。
「父様!!! 母様と一緒に逃げてください!!!」
「あ?」
そう言って首を傾げたラルドの視線は、俺からゆっくりと空の隕石へと向かう。
そして『あぁ、なるほどね』と言わんばかりに、ポカンと口を開けた。
巨大隕石が家に落ちてる最中だってのに、どうしてこうも仏頂面を保っていられるのか不思議だ。
「ッッッちょっと! 早く逃げて!!!」
だがそれよりも、俺の限界が近い。このままじゃ本当に全滅だ。
頼むから早く避難を——
「ディン、そのまま抑えとけ」
「は!?」
突然そう言い出したラルドの右手には、いつの間にか青白い刀身を持った片刃の剣が握られていた。
剣なんか腰に差してすらいなかったのに……どういう手品だ?
ていうか隕石に対して剣ってなんだよ。厨二病なら他所で発作してく——
「フッッッッ!!」
構えたラルドが斬りあげるように振った剣からは、剣閃のようなものが飛び、それが隕石を両断してしまった。
「はえ?」
続け様にラルドが剣を何度も何度も振り、飛ばした斬撃で隕石をさらに細かく切り刻んでいく。
「ディン! 飛ばせ!」
隕石が石ころ程度の大きさにまでなったところで、ラルドが叫ぶ。
俺はすぐさま魔術を切り替え、『竜巻』で絡めとった多量の瓦礫を、『風破』で家の敷地の外へと撃ち出した。
「ふぅ〜 危なかったぁ〜……」
ため息と共に、思わず尻餅をついた。
ひとまず、我が家の消滅は回避できた。
「——ていうかさっきの剣なんですか!?」
ーーー
とまあ、そんなことがあって今に至るわけだ。
聞けば、ラルドはこの村と近くの街で剣を教えているらしく、俺もそこに連れて行ってくれと頼んでいたのだ。
だってあんなの見せられたら誰だってやってみたくなるだろ。斬撃を、飛ばして、隕石を、両断だぞ?
最高じゃないか。ぜひ俺もやりたい。『月牙転生ォォォ』なんて叫びながら魔力の斬撃を飛ばしたいのだ。
しかしラルドときたらどうだ。俺が教えを乞うや否や、『魔術が使えるお前には必要ない』と言って突っぱねたのだ。
まあ、結局ラルドが折れたから結果オーライだけどね。
「じゃあ、もう出るからついてこい」
ラルドはそう言って頭を掻きむしりながら、家の戸を開けた。
「はい!」
かくして、俺の剣聖への道が開かれたのだ。