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作者: 単細胞
残酷な描写あり R-15
第二話 地獄のレッスン
「えーっと、何です?」

「だーかーらっ、こうやって……こうよ!!!!」

 ヘイラがそう叫んで、その掌に小さな竜巻を発生させた。

「はい……? だから『こうやって、こう』じゃわからないです」

「えっ、え〜っと……おへそに力を入れて……? 掌に意識を集めて……」

「集めて……?」

「こうよ!!!」

「だから『こう』とは!?!?」

 ヘイラの魔術を見てすぐに自分にも教えて欲しいと頼み込み、そして了承を得たまでは良かった。
 しかし、いざ指導となればこの有様である。
 さっきからマジで何言ってるのか理解らない。何度聞いても、『あれ』や『これ』といった抽象的な説明しかしてくれない。

「うーん……難しいわね……私はこれで出来たのだけれど……」

 さらには、彼女のやや天然な部分も相まって、ちょくちょく悪意の無い煽りが飛んでくる。
 言っておくが、俺の体は二歳にも満たないんだ。おそらく彼女は、その点を全く考慮しないで説明をしている。知らない単語をバンバン使うのがその証拠だ。勘弁してくれ。

「もっと、こう……言葉とかないんですか?『炎よ、出ろ』みたいな……」

 ここはもう『詠唱』と言ってしまいたい所だが、こっちの世界でそれを指す単語を俺は知らない。まあ、知ってても使わない。
 だって気味悪いじゃん。
 ただでさえ、一歳ちょっとの子供がこんなペラペラと喋ってるんだ。他所の家の奴にでも見られたら、即刻魔女裁判かも知れないのに……

 それに、この家族だって、余りにも俺の行動がおかしければ不気味がるに決まっている。
 だから言葉選びも慎重にだ。

「——あ、そうね!! 『-・--- ・- --・-・ ・・- 』があったわ!!」

 ここにきてまた聞き覚えのない単語。だが流れからするとひょっとして……

「どういう意味ですか?」

「えーっとね!? 魔術を使う時に、決まったおうたを唄うの! 例えば……」

 ヘイラはそう言って掌を突き出しながら、目を閉じた。

「其れは始まりを照らすもの……」

「!?!?」

 ヘイラの言葉に耳を疑った。
 日本語、彼女が突然日本語を使い出したのだ。

「其れはただ揺らぎ、昇り、溶け消える。我、原初の始まりを語る者。『発火フレア』」

 ヘイラが歌い終えた直後、彼女の掌に小さな火の玉が生成された。
 間違いない。今のが——

「今のが『詠唱』……ですか?」

「ええ、そうよ! これを知っていれば、大体できるはずよ!」

「おお!! じゃあ教えてください!!」

「もちろんよ! ディンはお勉強が好きなのね!! とってもお利口よ!!!」

 ヘイラは嬉々として俺の顔にグイグイと頬擦りをしてきた。
 しかし、それが鬱陶しいとは思わない程に今の俺は興奮している。
 そう、ついに俺にも魔術を使う日が来たのだ。学生時代に散々妄想にふけっていた成果、今こそ見せてやろう。

ーーー

「其れはただ揺らぎ、走り、弾けるモノ。我、原初の光を語らん! 『火炎球ファイヤーボール』!!!」 

 叫んだ言葉と同時に、手のひらで生成された火の玉が狙っていた方向へと飛んでいった。
 火の玉が命中した枯れ木は大きくその幹を凹ませ、そこから炎が上がった。
 これが初級魔術である『発火』に制御を加えた中級魔術、『火炎球』だ。

「……やっ、やっと出来た〜」

 真っ黒に焦げた木を前に、ほっと胸を撫で下ろしながら、その場で尻餅をついた。
 大袈裟だなと思う奴もいるかもだが、そんな事は決して無い。
 なぜなら、初めて魔術を教わったあの日から実に1週間近くが経っているからだ。

「頑張ったわね! 偉いわ!!!」

 ヘイラはそう言って俺の頭を撫でる。
 この1週間で分かったことだが、彼女は人に物を教えるのがド下手だ。
 土、風、水、雷と、五つあるうちの他の属性魔術も並行して教わってきたわけなのだが、どの説明も珍紛漢紛だった。

「これで中級魔術は全部の属性で出来たわね!」

「母さまのおかげです!」

 思っても無い事を笑顔で口にし、ぺこりと頭を下げる。
 でもまあ、下手くそな教え方でも最後まで根気強く俺を見ていてくれたんだ。彼女の存在も無意味だったわけでは無いか。

「じゃあ次は上級魔術ね!!」

「はい! どうやってやれば良いんですか?」

「ん〜……まずは『こう』やって……」

「あばばばばばばばばば」

「やっ、ちょっとディンどこ行くの!?」

 俺は頭を空にして、この小さな体で行くあてもなく走り出した。

ーーー



 中級魔術をある程度身につけ、上級魔術のステップに入ってからおよそ3年が経った。
 季節も巡り、庭の木は紅葉を始め、気温もだんだんと下がってきている。
 冬明けに俺は産まれたらしいから、もうすぐ5歳というわけだ。月日が経つのは早い。

「ディン〜そろそろ出来るようになったかしら〜?」

 今日も今日とて庭で魔術を練習していたら、家からヘイラがやってきた。
 別に彼女がいてもいなくても上達には関係が無いことに気づいたので、ここ数年は1人で修行していたのだ。
 そして肝心の成長度合いの方だが——

「ッッッ!! なんの成果もッッッ……!!! 得られませんでしたッッッ!!!!!!」

 そう、3年間朝から夕方まで修行し続けても、一向に上級魔術は習得できなかった。
 3年だ。1人の人間が高校に入ってから卒業するまでの期間。
 それ程の時が経っているのにだ。

「まっ、まあ上級魔術を使える人ってあんまりいないから大丈夫よ!!」

 そしてヘイラにすら気を遣われる始末だ。
 だがしかし、何も悪い事ばかりでは無い。遠隔発動型魔術——つまり上級魔術を習得することは出来なかったが、その過程で別のものを得たからだ。

「ほら落ち込まない! 無詠唱魔術が出来るだけで貴方は特別なのよ!!!」

 そう、今ヘイラが言った通り、俺は魔術を詠唱抜きで行使出来るようになったのだ。
 彼女曰く、無詠唱魔術を使う人間は決して珍しいわけでは無い。だが俺は、それでも俺は特別なのだ。常人が無詠唱で魔術を扱えるのはあくまで一つの属性のみ。しかし俺は5属性全てを無詠唱で行使できる。
 まあそれもひとえに、この世界の魔術詠唱が日本語で行われていたお陰だ。
 詠唱とは魔術の設計図、詩の一言一言に魔力操作の役割があり、唱える手順が決まってる。あとはそのイメージをもとに脳内で詠唱を行う。するとびっくり、無詠唱魔術の完成です。
 簡単そうに言ったが、実際イメージを掴むまでに2年以上掛かってるんだがね。

「あ、あとこれを見て欲しいです」

 ヘイラが必死に俺を慰める中、掌を庭の外の木に向けて見せる。
 そういえば、俺は彼女に見せたい成果があったのだ。

「ん? なにかし——」

ーー岩礫ストーンバレットーー

 ヘイラが静かになるのを待たずして魔術を発動させると、俺の掌から生成された大岩が、凄まじい速度で狙った木に向かって飛んでいき、周囲に轟音と砂埃を撒き散らした。

「……へ?」

 ヘイラはポカンと口を開けている。
 どうやら、彼女を驚かせることに成功したようだ。
 見たか! この超火力を!! 私は大砲よ!!!

「私の花壇が……」

 ヘイラはそう言い残して頭から倒れ、そして死んだ。

「え、ちょっ!? お母様!?」

 いや死んでない! 息がある! 気を失ってるだけだ!
 早く蘇生しないと!!!

ーーー

 その後、ヘイラはすぐに目を覚ましてくれた。頭を強く打っていたようだが、特に目立った怪我も無さそうだ。

 ひとまずヘイラを家の椅子に座らせ、後頭部に濡らした布を当てることにした。

「ごめんなさい、大事な花壇を……」

「いいのよ、また直せばいいもの。それよりもディン、さっきは反応できなくてごめんなさい、凄いわねあの魔術。一体何をしたの?」

 彼女は優しく微笑みながらこっちに振り向いて、穏やかな口調で俺の頭を撫でた。

「ただの土中級魔術です!」

 なんだか、量産型のラノベ主人公みたいなセリフだ。
 少し恥ずかしいな。

「でも、中級はあんなパワーでないわよ?」

 そう、本来の『岩礫』は最大でもバスケットボールぐらいの岩を、プロ野球選手よりちょっと速く飛ばす程度のものだ。
 というか『岩礫』に限った話では無く、魔術というものはその等級でおおよその威力、そして消費魔力が決まっているっぽい。
 まあ、余分に魔力を込めて威力を上げられるが、その込められる量も技量次第だ。

 ——だが俺は気づいた。無詠唱魔術は、詠唱有りの魔術より魔力の消費が少ないのだ。つまり、『詠唱とは補助輪のようなもので、つけると余計に力が必要だが安定する』ということだ。

 長ったらしくなるので手短に言おう。
 『詠唱という行為自体にも魔力を消費している』と考えると、無詠唱によって節約できた魔力を魔術の威力に回すとどうなる? 
 その答えが先程の魔術だ。ヘイラが原型を特定出来ない程度には、破壊規模が肥大化している。

「とにかく頑張ったら出来たんです!」

 と、これをヘイラに説明しても分かるはずがないので、適当に誤魔化す。

「凄いわね! ディンは努力の天才よ!!」

 そしてヘイラもそんな説明すんなりと受け入れ、俺の頭をぐしぐしと強く撫でる。

 よしよし。魔術も苦戦したが、俺なりの強みを見つけ、ヘイラとの関係も良好。
 とりあえず、俺の第二の人生の滑り出しは好調と言えようか。

 いやしかし、一つ課題があったな……

「戻ったぞー」

 抑揚のない声と共に、その男は我が家の戸を開けた。

「おかえりなさい、あなた」

「おかえりなさい父様!」

「……ああ」

 長身の銀髪、そして触れるもの皆傷つけそうなほど鋭い目付きの我が父、ラルドはこちらにちらりと目線をやった後、そっけなく頷いて、家の奥へと歩いて行った。

 ——そう、俺はラルドと不仲なのである。
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