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作者: 単細胞
残酷な描写あり R-15
第一話 見知らぬ天井

「・・- -・・- --- -・  ・・- -・・- --- -・ -- ・--・-!!」

 謎の声の後、一瞬意識が飛んだかと思えば、俺はまだ暗闇の中にいた。
 違いといえば、さっきまでとは違う声が響いていることだ。

「-- ・・・- ・-- -・  ・-・ -・・- -・--- -・・・ -・-・ --・-・ --!!」

 ていうかうるさいな。まるで耳元で叫ばれて……
 ——って、ん……? さっきまで頭に直接響く感じだったのに、急に聴こえるようになったぞ?
 身体の感覚も、ボヤついてはいるが、確かにある。
 重い瞼を持ち上げてみる。しかし、辺りは一面真っ白。
 確かに目は開いている。視界が安定するまでもう少し……

ーーー



 ようやく焦点があった。
 だが俺の目に映っているのは、見知らぬ天井だ。
 勿論、俺は紫色の人造兵器のパイロットじゃないし、FOXなんたらの特殊部隊でもない。
 ていうかまず『落ち着いて聞いてください』なんて言ってくれる医者が居ない。
 それどころか、俺を取り囲むようにして覗き込んでいるのはナースですらなく、金髪の美人さんと、銀髪の強面の男だ。

「・-・・・ -・・・ -- ・・- ・-・-- ・・ ・-・-・ 」

 言葉も何言ってるかさっぱりだし、そもそも日本人顔ですらない。

「おーあーあ?(どなたですか?)」

 あれ? 発音がうまくできない……

 舌が回らないので、今度は体を起こそうと両手を伸ばす。
 けれど、俺の視界に映ったのは、小さなブヨついたちぎりパンの様な手——赤子の手だった。

ーーー

 視界に映った赤子の手が、俺自身のモノだと気づくのにはそうかからなかった。
 だってまぁ、本来180センチぐらいあるはずの俺の体を、この金髪の美人が軽々抱き上げられるわけない。何より、怪我人相手に急におっぱい見せて、母乳を飲ませてくるわけがない。

 そう、おっぱいだ。
 あ、違う、間違えた。
 そう、俺は今、赤子の身体なのだ。

 どことも知らぬ場所で目覚め、気づけば身体は赤ん坊。
 これはいわゆる、転生というやつなのか……?

ーーー

 一ヶ月ほど経った。

 身体が幼いせいで自由に動けず、文字通りおんぶに抱っこの生活が続いていて退屈だが、大半は睡眠に時間を使っているのと、この金髪美人のおっぱいを毎日見れるというニ点のおかげで、なんとかやっていられる。
 あーいや、金髪美人なんて他人行儀だったな。銀髪の男がこの美人を『ヘイラ』と呼んでるので、多分名前は『ヘイラ』なんだろう。
 そういうわけで、おそらく俺の母親はヘイラだ。

 となると、同じ家にいる銀髪の強面の男が俺の父親ということになる。名前は『ラルド』であってるのかな?

 まあそれはさておき、赤ちゃんって、どれくらいで動けるようになるんだっけ。
 俺は後何ヶ月この退屈に耐えれば良いのだろう。
 自由に身動きが取れず、意識だけが鮮明な現状は地獄、生き地獄だ。俺の気が狂う前に早く……自由の翼を——

ーーー

 あれからさらに……何ヶ月だ?
 二ヶ月経った辺りから数えるのを辞めたので、よくわからない。『考えるのをやめた』ってやつだ。

 人間の成長って、こんなに遅かったっけ、生まれて一ヶ月の頃と何も変わってる気がしないんだけど。
 あ、でも言葉がほんの少しだけ分かるようになったのは進歩か。
 といっても『おはよう•おやすみ』とか『おかえり•ただいま』程度のことしかわかんないけどね。

 あははは、ははははははははは!
 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛誰か助けてぇぇえぇぇえ!!!!

ーーー

 ようやくだ。ようやく『ハイハイ』が出来るようになった。
 身体の感覚にも慣れてきた。転生体は良く馴染む、最高にHighってやつだ! あははははははははははははははは!!!

 そして最近分かったのは、俺のここでの名前は『ディン』だという事だ。
 残念ながら『ディオ』ではない。まあ良いだろう。

 あと、ほとんどの言葉が分かるようになってきた。俺、英語のリスニングとか苦手だったんだけどな……若い身体のおかげなのかな?
 まあ、ひとまずは自由に動けるようになったので、地獄からの脱却は成功だ。

ーーー

 歩けるようになった。
 けれど、ヘイラにはまだこの事を秘密にしている。立ち上がるタイミングを見兼ねているのだ。あんまり成長が早くて、気味悪がられても困るからな。

 まあそんなわけで、『ハイハイ移動』のみでの生活が数ヶ月続いてきたわけだが、この家のことは大体わかった。
 まず、家が結構広い。俺を含めて三人しか暮らしていないというのに、日本の二世帯住宅の平均くらいの大きさはある。
 『金持ちの家かよラッキー』なんて思っていたわけだが、驚くことにこの家の生活水準は低い。はぁ〜テレビもねぇ、コンロもねぇ、車やトイレや風呂もねぇ。
 って感じだ。あ、いや正確にはトイレはあるけど、昭和を彷彿とさせるポットン便所だ。

 ひょっとして俺タイムスリップとかしたのか?
 家がこんな調子だと、先が思いやられ——

「ディンは大丈夫なのかしら……」

 そんな事を考えながら家の廊下をうろついていたら、ヘイラとラルドがリビングで話している所に遭遇した。なんだか不穏な空気だ。

 慌てて入り口の影に隠れ、耳を澄ます。

「あ? あー……あれか、別に大丈夫だろ。いつも家をチョロチョロ動き回ってるんだし」

 ん……? 俺は何か心配されているのか?

「けど……普通の赤ちゃんって、もうとっくに立ってる頃じゃないかしら……」

 あ、はい立ちます。

「不安なら回復魔じゅ……って、おい。ディンが立ってるぞ」

 スクっと立ち上がって、リビングの入り口で待機していると、それに気づいたラルドがこちらを指差した。

「え、ディンがどうし……
 ——って、キャアァァッッッ!?」

 ラルドの指差す方向を追うヘイラ、そして目が合うと、彼女が腰を抜かして叫んだ。

「母さん危ない!」

 勢いよく尻餅をついたもんだから、慌ててヘイラの元に駆け寄る。

「あ、うん……大じょ——
 ……え?」

「あ?」

 2人が急に固まった。何かあったの——

「「喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 あ、喋っちゃったわ……
 やばいやばいッッッ、生後数ヶ月で歩いて流暢に喋るとか、こんなの化け物だろ!
 魔女だ、魔女裁判にかけられて火あぶりか、おかしな学者に生きたままバラバラにされる……カートリッジは嫌だッ!
 なんとか誤魔化さなきゃ!!!!!

「あー……うー、あいあううー!」
 
 というわけで、俺はすぐさま母音だけで喋った。
 これならきっと、二人も空耳だと思うだろう・

ーーー



 結論から言おう。誤魔化せなかった。
 流石に無理があった。
 だが幸い、魔女裁判にかけられることも、バラバラにされることもなかった。

「ディン〜お母様のところにおいで〜」

「……」

 ヘイラが俺のことを『才児』だとか言ってダル絡みし始めたということを除けば、問題無しだ。
 美人に溺愛されるのは悪くないが……半日近く抱き締め拘束されながら頬擦りはキツい。流石にここまでくると、相手をするのに疲れる。
 なので、いっそ思い切って無視してみた。

「もぉー! また無視してぇ……ほら! こっちに……おいでっ!」

 あー、うるさいなぁ……
 ——って、ん? ちょっ、あれ? え、え!?

 ヘイラがそう言って力んだのと同時に、俺の体が突然宙に浮かんだ。
 よく見ると、俺が座っていた場所には、薄緑色に光る妙な円——まるで魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。

「ほらほらおいでぇ〜」

「!?!?!?」

 ヘイラが手招きするままに、床の魔法陣らしきものから発生した風が、俺の体を彼女の元へ運ぶ。

「か、母様!? なんですかこれは!?」

「魔術よ〜やっと喋ってくれたわねぇ〜」

 ニマニマと俺に頬擦りをするヘイラが気にならないほどに、俺は驚愕していた。

 え……ひょっとして、ここは異世界なのか?

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