残酷な描写あり
エレノーア教会 6
アリアはシスティナに肩を貸しながら森の中を歩き、エレノーア教会へと戻った。
教会の入り口が見えてくると、雨の中、建物の外でアリアたちの帰りを待っていたユイが出迎える。
「あ、アリアお姉ちゃん! それに、旅人さんも……!」
頭上で大きく手を振るユイに、アリアは片手で小さく手を振り返して答えた。
隣を見ると、システィナも嬉しそうに少しだけ顔を綻ばせていた。ユイが無事でいることを確認して、ほっとしたのだろう。
「アリア……」
「ん? なぁに?」
「わたしは……ここまでで大丈夫です。……送っていただいて、ありがとうございました」
システィナはアリアの肩から離れると、ぺこりとお辞儀をした。
「今日のご恩は、かならず……何らかの形で、お返しいたします……」
「ま、待って!」
本当に背を向けて去っていきそうな雰囲気だったので、アリアは慌てて止める。
「ユイもお礼を言いたいと思うし、せめて雨宿りだけでもさせてもらおう? ね?」
「……で、でも――」
そう言いかけてから、システィナは口をつぐんだ。
先ほどのアリアの「でも、とか、けど、とか言わない」という言葉を思い出して、忠実に守っているのかもしれない。
そう思うと、あんまりにも律儀で、アリアは「ふふっ」と少しだけ笑ってしまった。
「どうしたの、お姉ちゃんたち」
ユイがアリアたちのほうへと近づいてくる。
教会の扉が開かれて、中から老修道女のキサラと、子供たち三人も顔を覗かせた。
「こっちに来て、アリアお姉ちゃん」
ユイがアリアの服の裾を掴んだ。
「旅人さんも……よければ、うちに寄っていって! 助けてくれたお礼がしたいから!」
続いてユイは、もう片方の手でシスティナの手を握る。
「あ……」システィナは、ぽかんとした表情をする。
「ほら、行こう。システィナ」
アリアもシスティナの手を握った。
「わ、わっ……」
システィナは二人に引かれるままに、教会へと入っていった。
アリアとシスティナに乾いたタオルを手渡しながら、キサラが深々とお辞儀をした。
「話は聞き及んでおります。システィナさん、ユイが魔物に襲われて危ないところを、助けてくださったのですね。……ありがとうございます」
「……いえ、そんな……」
アリアは恐縮するシスティナの背中を、ぽんと軽く押した。
「そのときにシスティナは怪我をしちゃったみたいで」
「あらまあ……! それは大変……!」
「それで……今日の宿もまだないらしいので、この教会に泊めてあげることはできませんか?」
「もちろんでございます。ユイを助けていただいたのですから、少しでもおもてなしをさせてください」
トントン拍子に話が進んでいくので、システィナはまた恐縮していた。
「そんな……悪いです。わたしは町に行って宿を取るか、野宿でも構わないので……」
遠慮するシスティナに、修道女のキサラは笑顔で言う。
「そんなこと言わずに……あなたさえよければ、ぜひうちで休んでいってください」
「ほら、システィナ。お言葉に甘えよう」
それでも迷っているシスティナのもとに、アーサとヒルダとノクス、三人の子供たちが駆け寄ってくる。
「旅人のお姉ちゃん、ユイお姉ちゃんを助けてくれたんでしょう」
「名前……システィナっていうんだ。ありがとう、システィナお姉ちゃん」
「今日はうちに泊まっていってよ。みんなでご飯を食べよう!」
わいわいと騒ぐ子供たちに囲まれて、システィナはオドオドと周囲を見回した。
「え、えっと……」
キサラが、アリアとユイが、そして三人の子供たちが、システィナに微笑みかける。
システィナは少しだけ泣きそうな顔をしながらも、口元を緩めた。
「……はい。……少しだけ……お世話になります」
システィナがそう言うと、ユイとキサラは二人で顔を見合わせて、満足そうにうなずいた。
キサラが夕飯の準備を始めたので、聖花でフローリアと話をしつつ霊薬を補充したアリアは、家事の手伝いをして時間を過ごした。
その間、システィナは子供たちに詰め寄られていた。どうやら彼らの興味は、アリアからシスティナに移ったらしい。
システィナは困惑しながらも、どこか嬉しそうに子供たちに接していた。
「ねぇ、キサラさん」
アリアが声をかけると、キサラは料理の手を中断して振り向いた。
「アリアさん、どうかしましたか?」
「これ……受け取ってもらえませんか?」
アリアはキサラに、革袋の中から一枚の金貨差し出した。
「これは……大金貨!? いただけませんよ、こんな……」
「いえ……私もユイたちに命を助けられて、ご飯までごちそうになって……こんなお礼しかできないのは、なんか嫌らしいですけど」
アリアは苦笑した。
この世界において、お金以外に何も持たないアリアには、こうしたものしか対価を払えない。
やはり無償で何かをしてもらうのは、失礼に当たるのではないか。システィナと出会ったことで、アリア自身も改めてそう思った。
まあ、システィナは逆に遠慮しすぎだと思うけど……。
「受け取ってください。教会への寄付だと思って」
「……承知いたしました。それでは、ありがたく頂戴しますね」
キサラは受け取った大金貨を、大事そうに胸元で握りしめた。
「よき出会いをもたらしてくださった、善なる神々に感謝を……。このお金を使って、アリアさんたちには、より一層おもてなしをさせていただきますね」
「はい、それはぜひ! 私もお世話になっている間は、たくさんお手伝いさせていただきます」
夕飯の時間。広い長テーブルに六人が椅子を並べて座り、食事の前の祈りを捧げた。
アリアは見よう見まねだったが、システィナの祈る姿は美しくひたむきで、まるで敬虔な信徒のようであった。
祈りが終わってみんなで食事を食べ始めると、システィナの左隣に座ったユイが口を開いた。
「ねぇシスティナお姉ちゃん」
「……何でしょうか?」
「聞いていいか、ちょっとわからないんだけどね……」
ユイは人差し指で、自分のほっぺたを指差した。
「システィナお姉ちゃんのお顔のそれ、どうしたの?」
ユイの言葉に、ヒルダも便乗する。
「そう! あたしたちも気になったんだけど、システィナお姉ちゃん、はぐらかしてばっかりで、ぜんぜん答えてくれなかったの」
システィナの顔の左側。結晶化とでも言うべきだろうか。
まるで頬のあたりが、まるで白い宝石のように角ばって、わずかに光を反射して煌めいている。
「えっと……それは……」
口ごもるシスティナに、キサラは気を遣いながら言う。
「子供たちがごめんなさいね。話したくない事情があるのでしたら、無理に話さなくてもいいのですよ……」
「いえ……」
システィナはかぶりを振った。
「これは、いずれ伝えなくてはならないことなので……」
システィナの小さな手が、自らの頬をなぞる。
そこだけ硬くなった皮膚。見る者によっては、おぞましくも美しくも映るだろう。
「これは……わたしの罪の証です……」
アリアが首をかしげる。
「罪?」
「はい。本当は……わたしは、こうしてゆっくりと皆さんのお世話になることなど、許されないのです」
システィナは、悲壮な面持ちで告げる。
「わたしの、この身と魂は、穢れに蝕まれています。顔の結晶は、穢れによって体が変化したことに由来しています」
ユイがハッと口元に手を当てる。
「それも穢れのせいなの? たいへん! 大丈夫なの?」
「はい。わたし自身は大丈夫なのですが……」
皆が神妙な顔をする中、事情のわからないアリアのためにユイが説明する。
「穢れっていうのは……穢れの神ダムクルドがこの世界にかけた呪いのことよ」
「呪い……。それがシスティナの体を変化させたってこと?」
「うん。……体が穢れに蝕まれたときの症状は、人によって違うのだけど、多くは体の一部が変化したり、不調を訴えたりするようになるわ。……そして、そこからさらに穢れに染まり続けると……」
「どうなるの?」
ユイは少しだけ低い声で言う。
「ダムドになるわ」
「ダムド?」
「そう。正気を失って魔物になっちゃうの。そうして生まれた人の魔物のことをダムドっていうのよ」
「……そんなことが」
アリアはうつむいた。
フローリアから穢れについてある程度の説明は受けていたが、こうして現地の人に聞くとより詳細に、問題となっていることがわかる。
「……どうしたら人は穢れに蝕まれるの?」
「『穢れの瘴気』に触れ続けると、人や動物の体はだんだんと穢れに染まっていくわ。……あとは……『穢れの怪異』という魔物に襲われたときに、穢れを発症してしまうこともあるそうよ」
穢れの怪異は、現実世界でアリアを襲った魔物もそれだ。
「それともう一つ。この辺だと、雨を浴びすぎるのもよくないわ」
「え、雨!?」
「うん。この地域において、もともと雨はリーティア様の祝福だったのだけど……穢れの神の影響を強く受けているせいで、今では『穢れの雨』なんて呼ばれているの」
「……」
世界の穢れというのは、やはり深刻なものだ。
その穢れを祓うのが、今のアリアの使命。
責任重大だ。ユイたちが安心して暮らせるためにも、今現在、穢れに蝕まれているシスティナのためにも、なんとしても使命を成し遂げないといけない。
「教えてくれてありがとう、ユイ」
「うん。この世界のことでわからないことがあったら、なんでも聞いてね」
システィナが遠慮していた理由も、やはりその身に穢れがあるからだろうか。それにしてもユイたちの反応を見る限りは、システィナは気にしすぎのような。
それに、彼女の言っていた「罪」というのも気になる。
「アリアは……もしかして、迷い人なのですか?」
今までの会話の流れから、システィナがそう尋ねた。
すると、またそこから話が膨らんでしまって、アリアは聞く機会を失ってしまった。
静寂と暗闇に包まれた教会に、雨の降る音と雷鳴が響き渡る。
皆が寝静まったはずの時間。教会の扉が開き、中から銀髪の少女が一人、姿を現した。
「アリア……ユイさん……教会の皆さん、ごめんなさい……」
音を立てないように、そっと扉を閉める。
降りしきる雨が、手負いの少女を濡らす。
「やっぱり、私は……」
教会に背を向け、うつむきながら歩き始めた、そのとき。
「どこに行くつもり?」
背後からの声に、びくりと肩を震わせながら銀髪の少女が振り返った。
「システィナ」
「アリア……どうして……」
教会の扉を開けて呼びかけてくるアリアを、システィナは雨に打たれながら呆然と見つめた。
教会の入り口が見えてくると、雨の中、建物の外でアリアたちの帰りを待っていたユイが出迎える。
「あ、アリアお姉ちゃん! それに、旅人さんも……!」
頭上で大きく手を振るユイに、アリアは片手で小さく手を振り返して答えた。
隣を見ると、システィナも嬉しそうに少しだけ顔を綻ばせていた。ユイが無事でいることを確認して、ほっとしたのだろう。
「アリア……」
「ん? なぁに?」
「わたしは……ここまでで大丈夫です。……送っていただいて、ありがとうございました」
システィナはアリアの肩から離れると、ぺこりとお辞儀をした。
「今日のご恩は、かならず……何らかの形で、お返しいたします……」
「ま、待って!」
本当に背を向けて去っていきそうな雰囲気だったので、アリアは慌てて止める。
「ユイもお礼を言いたいと思うし、せめて雨宿りだけでもさせてもらおう? ね?」
「……で、でも――」
そう言いかけてから、システィナは口をつぐんだ。
先ほどのアリアの「でも、とか、けど、とか言わない」という言葉を思い出して、忠実に守っているのかもしれない。
そう思うと、あんまりにも律儀で、アリアは「ふふっ」と少しだけ笑ってしまった。
「どうしたの、お姉ちゃんたち」
ユイがアリアたちのほうへと近づいてくる。
教会の扉が開かれて、中から老修道女のキサラと、子供たち三人も顔を覗かせた。
「こっちに来て、アリアお姉ちゃん」
ユイがアリアの服の裾を掴んだ。
「旅人さんも……よければ、うちに寄っていって! 助けてくれたお礼がしたいから!」
続いてユイは、もう片方の手でシスティナの手を握る。
「あ……」システィナは、ぽかんとした表情をする。
「ほら、行こう。システィナ」
アリアもシスティナの手を握った。
「わ、わっ……」
システィナは二人に引かれるままに、教会へと入っていった。
アリアとシスティナに乾いたタオルを手渡しながら、キサラが深々とお辞儀をした。
「話は聞き及んでおります。システィナさん、ユイが魔物に襲われて危ないところを、助けてくださったのですね。……ありがとうございます」
「……いえ、そんな……」
アリアは恐縮するシスティナの背中を、ぽんと軽く押した。
「そのときにシスティナは怪我をしちゃったみたいで」
「あらまあ……! それは大変……!」
「それで……今日の宿もまだないらしいので、この教会に泊めてあげることはできませんか?」
「もちろんでございます。ユイを助けていただいたのですから、少しでもおもてなしをさせてください」
トントン拍子に話が進んでいくので、システィナはまた恐縮していた。
「そんな……悪いです。わたしは町に行って宿を取るか、野宿でも構わないので……」
遠慮するシスティナに、修道女のキサラは笑顔で言う。
「そんなこと言わずに……あなたさえよければ、ぜひうちで休んでいってください」
「ほら、システィナ。お言葉に甘えよう」
それでも迷っているシスティナのもとに、アーサとヒルダとノクス、三人の子供たちが駆け寄ってくる。
「旅人のお姉ちゃん、ユイお姉ちゃんを助けてくれたんでしょう」
「名前……システィナっていうんだ。ありがとう、システィナお姉ちゃん」
「今日はうちに泊まっていってよ。みんなでご飯を食べよう!」
わいわいと騒ぐ子供たちに囲まれて、システィナはオドオドと周囲を見回した。
「え、えっと……」
キサラが、アリアとユイが、そして三人の子供たちが、システィナに微笑みかける。
システィナは少しだけ泣きそうな顔をしながらも、口元を緩めた。
「……はい。……少しだけ……お世話になります」
システィナがそう言うと、ユイとキサラは二人で顔を見合わせて、満足そうにうなずいた。
キサラが夕飯の準備を始めたので、聖花でフローリアと話をしつつ霊薬を補充したアリアは、家事の手伝いをして時間を過ごした。
その間、システィナは子供たちに詰め寄られていた。どうやら彼らの興味は、アリアからシスティナに移ったらしい。
システィナは困惑しながらも、どこか嬉しそうに子供たちに接していた。
「ねぇ、キサラさん」
アリアが声をかけると、キサラは料理の手を中断して振り向いた。
「アリアさん、どうかしましたか?」
「これ……受け取ってもらえませんか?」
アリアはキサラに、革袋の中から一枚の金貨差し出した。
「これは……大金貨!? いただけませんよ、こんな……」
「いえ……私もユイたちに命を助けられて、ご飯までごちそうになって……こんなお礼しかできないのは、なんか嫌らしいですけど」
アリアは苦笑した。
この世界において、お金以外に何も持たないアリアには、こうしたものしか対価を払えない。
やはり無償で何かをしてもらうのは、失礼に当たるのではないか。システィナと出会ったことで、アリア自身も改めてそう思った。
まあ、システィナは逆に遠慮しすぎだと思うけど……。
「受け取ってください。教会への寄付だと思って」
「……承知いたしました。それでは、ありがたく頂戴しますね」
キサラは受け取った大金貨を、大事そうに胸元で握りしめた。
「よき出会いをもたらしてくださった、善なる神々に感謝を……。このお金を使って、アリアさんたちには、より一層おもてなしをさせていただきますね」
「はい、それはぜひ! 私もお世話になっている間は、たくさんお手伝いさせていただきます」
夕飯の時間。広い長テーブルに六人が椅子を並べて座り、食事の前の祈りを捧げた。
アリアは見よう見まねだったが、システィナの祈る姿は美しくひたむきで、まるで敬虔な信徒のようであった。
祈りが終わってみんなで食事を食べ始めると、システィナの左隣に座ったユイが口を開いた。
「ねぇシスティナお姉ちゃん」
「……何でしょうか?」
「聞いていいか、ちょっとわからないんだけどね……」
ユイは人差し指で、自分のほっぺたを指差した。
「システィナお姉ちゃんのお顔のそれ、どうしたの?」
ユイの言葉に、ヒルダも便乗する。
「そう! あたしたちも気になったんだけど、システィナお姉ちゃん、はぐらかしてばっかりで、ぜんぜん答えてくれなかったの」
システィナの顔の左側。結晶化とでも言うべきだろうか。
まるで頬のあたりが、まるで白い宝石のように角ばって、わずかに光を反射して煌めいている。
「えっと……それは……」
口ごもるシスティナに、キサラは気を遣いながら言う。
「子供たちがごめんなさいね。話したくない事情があるのでしたら、無理に話さなくてもいいのですよ……」
「いえ……」
システィナはかぶりを振った。
「これは、いずれ伝えなくてはならないことなので……」
システィナの小さな手が、自らの頬をなぞる。
そこだけ硬くなった皮膚。見る者によっては、おぞましくも美しくも映るだろう。
「これは……わたしの罪の証です……」
アリアが首をかしげる。
「罪?」
「はい。本当は……わたしは、こうしてゆっくりと皆さんのお世話になることなど、許されないのです」
システィナは、悲壮な面持ちで告げる。
「わたしの、この身と魂は、穢れに蝕まれています。顔の結晶は、穢れによって体が変化したことに由来しています」
ユイがハッと口元に手を当てる。
「それも穢れのせいなの? たいへん! 大丈夫なの?」
「はい。わたし自身は大丈夫なのですが……」
皆が神妙な顔をする中、事情のわからないアリアのためにユイが説明する。
「穢れっていうのは……穢れの神ダムクルドがこの世界にかけた呪いのことよ」
「呪い……。それがシスティナの体を変化させたってこと?」
「うん。……体が穢れに蝕まれたときの症状は、人によって違うのだけど、多くは体の一部が変化したり、不調を訴えたりするようになるわ。……そして、そこからさらに穢れに染まり続けると……」
「どうなるの?」
ユイは少しだけ低い声で言う。
「ダムドになるわ」
「ダムド?」
「そう。正気を失って魔物になっちゃうの。そうして生まれた人の魔物のことをダムドっていうのよ」
「……そんなことが」
アリアはうつむいた。
フローリアから穢れについてある程度の説明は受けていたが、こうして現地の人に聞くとより詳細に、問題となっていることがわかる。
「……どうしたら人は穢れに蝕まれるの?」
「『穢れの瘴気』に触れ続けると、人や動物の体はだんだんと穢れに染まっていくわ。……あとは……『穢れの怪異』という魔物に襲われたときに、穢れを発症してしまうこともあるそうよ」
穢れの怪異は、現実世界でアリアを襲った魔物もそれだ。
「それともう一つ。この辺だと、雨を浴びすぎるのもよくないわ」
「え、雨!?」
「うん。この地域において、もともと雨はリーティア様の祝福だったのだけど……穢れの神の影響を強く受けているせいで、今では『穢れの雨』なんて呼ばれているの」
「……」
世界の穢れというのは、やはり深刻なものだ。
その穢れを祓うのが、今のアリアの使命。
責任重大だ。ユイたちが安心して暮らせるためにも、今現在、穢れに蝕まれているシスティナのためにも、なんとしても使命を成し遂げないといけない。
「教えてくれてありがとう、ユイ」
「うん。この世界のことでわからないことがあったら、なんでも聞いてね」
システィナが遠慮していた理由も、やはりその身に穢れがあるからだろうか。それにしてもユイたちの反応を見る限りは、システィナは気にしすぎのような。
それに、彼女の言っていた「罪」というのも気になる。
「アリアは……もしかして、迷い人なのですか?」
今までの会話の流れから、システィナがそう尋ねた。
すると、またそこから話が膨らんでしまって、アリアは聞く機会を失ってしまった。
静寂と暗闇に包まれた教会に、雨の降る音と雷鳴が響き渡る。
皆が寝静まったはずの時間。教会の扉が開き、中から銀髪の少女が一人、姿を現した。
「アリア……ユイさん……教会の皆さん、ごめんなさい……」
音を立てないように、そっと扉を閉める。
降りしきる雨が、手負いの少女を濡らす。
「やっぱり、私は……」
教会に背を向け、うつむきながら歩き始めた、そのとき。
「どこに行くつもり?」
背後からの声に、びくりと肩を震わせながら銀髪の少女が振り返った。
「システィナ」
「アリア……どうして……」
教会の扉を開けて呼びかけてくるアリアを、システィナは雨に打たれながら呆然と見つめた。