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作者: 栗一
残酷な描写あり
エレノーア教会 7
 皆が寝静まっている真夜中ということもあってアリアの声は低かったが、それでも語気を強めて言った。

「こんな時間に、一人でどこに行くの……?」
「そ、それは……」

 口ごもるシスティナに、アリアは小声で叫ぶ。

「ちゃんと言葉にしてくれなくちゃ、わからないよ!」
「……っ」

 アリアは教会の扉から外に出た。
 穢れの雨が、身にまとった寝衣と黒髪を濡らす。

「ま、待ってアリア、あなたも濡れてしまいます!」
「またキサラさんにタオルを借りないといけないね……」

 アリアはシスティナへと歩み寄って、その細い腕を掴んだ。

「教えて。なんで、そうまでして一人になろうとするの?」

 システィナはうつむいたまま、少しの間、無言だった。
 軽く伏せた瞳。長いまつ毛に雨水が伝う。

「……どうして」
「なぁに?」
「……どうして、わたしに構うのですか? ……わたしのような者なんて、放っておけばいいのに」

 そう言われたアリアは、少しだけ表情を和らげて、小さくため息をついた。

「だって……システィナ、なんだか寂しそうに見えたから」
「わ、わたしが……?」
「寂しそうというか、人恋しいって感じなのかな」

 システィナの瞳が、わずかに揺れる。

「あのね……システィナは、私と似ている気がするんだ」
「似てる?」
「うん」
「似てなんて……いないわ。アリアはわたしと違って、強くて優しくて……皆が必要とするような、立派な人」
「え、そう思ってたの?」
「……短い間だったけど、わたしにはそう感じました」
「そ、そう……」

 思ったよりもシスティナの評価が高くて、今度はアリアのほうが戸惑ってしまった。
 だけど少し落ち着いてから、アリアは自重気味に微笑んだ。

「でも、そんなことないんだよ……。私は……私も、許されない人間だから」
「アリアが……」

 システィナはかぶりを振った。

「そんなことない。アリアはわたしを救ってくれました……。教会の方たちにだって慕われていて……」
「それは、システィナもそうでしょう?」
「だ、だけど……。きっとこれからも、あなたは多くの人の助けに……」

 アリアは肩を下ろして息を吐いた。
 会話が途切れると、ずぶ濡れの二人の少女に打ち付けている雨の音が、静寂の中に響く。

「私は……取り返しのつかないことをしたから」
「え……」
「私も、きっと罪人なんだよ」

 罪の形と大きさは違うだろうけど、同じように内に秘めている。アリアもシスティナも。
 背負った罪から目を背けることができない。そんなところが、たぶん似ている。

「罪……」
「まあ……なんていうか、システィナの背負っているものに比べたら、ぜんぜんありきたりなことかもしれないけど」
「……。いえ……」

 アリアはシスティナの手を、今度は両手で握り直した。

「ねえ、教えてシスティナ。あなたのこと……」
「わたしの……」

 システィナは、それに小さく答えた。

「……はい」

 アリアが微笑む。互いのことを知ることができて、もっと距離も縮めることができたら、それは素敵なことだと思うから。
 システィナはしばし口を閉ざして、何度も深呼吸をした。
 彼女にとってそれほど話すのに勇気がいることなのだろうか。

「あ、あのさ……ごめんね。そんなに言うのがつらかったら、べつに話さなくても……」
「いえ……わたし……は……」

 システィナは自らの胸元を強く押さえつけながら「うぅ……」と苦しげにうめいた。
 肩で激しく息をしながら、ぎゅっと固くつむったまぶたを、わずかに震わせている。

「う……あぁ……」
「どうしたのシスティナ、大丈夫!?」

 思わずアリアは、システィナの肩を抱いた。
 しかし、

「はな……れて……ください……」

 そう言われてしまったら従うしかなく、アリアはシスティナから少し離れた。
 するとシスティナは、ばしゃん、と濡れた地面に膝をついて、そのままうずくまってしまう。

「システィナ!」

 アリアはもう一度システィナの背に触れようとするが、振り払われてしまう。

「来ないで……っ!」

 システィナが細い声で、絞り出すように叫んだ。
 直後、彼女の全身が、青白い光を放ち始める。

「な、なに……?」

 アリアは思わず後退った。
 システィナから発せられる青い光が、雨すらもかき消しそうなほど眩く、真夜中の森を照らす。
 それは、魔族との戦いでシスティナが放った魔法の光に似ていた。

「はぁ、はぁ……」光に包まれながら、システィナは苦しげに肩で息をする。
 何が起こっているのかアリアにはわからないが、システィナの身によくないことが起こっていることは確かだろう。

(ど、どうしよう……。あっ!)

 アリアが迷っているうちに、システィナは背を向けて、ふらふらとよろめきながら夜の森のほうへと歩いていく。

「待って、システィナ!」

 アリアがその背に手を伸ばすと、システィナの体を包む青白い光の一部が、光弾となってアリアへと飛来してくる。

「うわっ!」

 アリアがとっさに横へと転がって光弾を避けると、青い光は横にあった木に着弾して、幹の一部を焦がした。

「今のは、魔法……?」

 濡れた地面を起き上がりながら、煙を上げる木の幹に思わずアリアは目を奪われる。
 がちゃん、と背後の扉が開く音が聞こえた。

「アリアお姉ちゃん!」
「いったい、どうなさったのですか?」

 ユイとキサラだった。二人ともアリアと同じく寝衣姿。

「何があったの? システィナお姉ちゃん、どこに行ったの……?」

 不安そうな声に、アリアは告げる。

「二人は、危ないから家の中にいてください。私がシスティナを連れ戻して来ます!」
「ちょっと待って、お姉ちゃん!」

 背を向けるアリアを、ユイが呼び止めた。
 そして、いったん室内に入っていったユイは、アリアの剣を持って戻ってきた。

「夜の森は危ないから、これ!」
「ありがとう、ユイ!」

 ユイから剣を受け取ったアリアは、システィナを追って教会裏の森へと走った。



 アリアが走れば、すぐにシスティナに追いつくことができた。
 システィナは、よろけながらもかろうじて体を前に進めていていたが、すぐに限界が来て地面に倒れてしまう。
 それでも、少しでも前に進もうと、泥だらけになりながら地面を這って進む。

「離れないと……みなさんを、巻き込んでしまう……」

 雨音に混ざってつぶやくシスティナの声が、アリアの耳にも届いた。

「待って、システィナ!」
「アリア……」

 アリアを見据えるシスティナ。その瞳は、もとの薄青色から銀色へと変化していて、瞳孔が獣のように狭まっていた。

「システィナ、その目……」
「アリア、逃げて……。ここから、少しでも遠くへ……」

 地面に倒れたシスティナが、小さく悲鳴を上げる。
 すると青白い光の塊が一直線に飛んできて、アリアの体に直撃。まばゆい光を発しながら炸裂した。

「きゃあッ!」
「ア……アリア!」

 システィナは目を見開き、絶望の表情を浮かべた。
 強い電流を浴びながら、体の内側まで焼かれているような苦痛に、アリアは地に伏せながらうめく。肉体を壊されるという感覚があるとしたら、こういうものなのか。

「う……ぐ……」
「いや……やめて……アリアを、傷つけないで……」

 システィナは両手で頭を抱えてうずくまった。
 あの青い光は、彼女の意思とは無関係にアリアを襲っているのだろうか。

(いったい……システィナの身に、何が起こっているの?)

 いったい、どうしたらいいのか。
 必死に考えを巡らすアリアへと、またも青白い光弾がシスティナの体から発射された。

「うわっ!」

 起き上がりかけていたアリアは、ふたたび地面に倒れ込むようにして光弾を回避する。
 ばしゃっ! と水たまりに飛び込んで、飛沫しぶきを上げた。

「くぅ……」

 頭を振りながら上体を起こすアリアの視界に、無数の光弾を周囲に浮かばせたシスティナの姿が映った。

「だ、め……」

 システィナの漏らした絶望の声。それを合図に、蒼白の光弾があたり一面へと発射された。

「わわわっ!」

 ばしゅん! ばしゅん! という炸裂音がそこら中で鳴り響き、青白い光が周囲を昼のように照らす。
 光の爆発の一つが体をかすめて、しびれるような痛みとともに吹き飛ばされて地面を転がった。

(ど、どうしたらいいの……?)

 何度も転がっては吹き飛ばされて、頭がくらくらとする。顔も体も、身にまとっているバスローブに似た寝衣も泥だらけになりながらアリアはなんとか起き上がる。

『オースアリア』

 そのとき、頭の後ろあたりから声が聞こえてきた。

「フローリア?」
『はい、わたくしです。声が届いてよかった』

 アリアはシスティナを追ううちに、気づいたら教会の裏手にある聖花の近くまで来ていた。
 おそらくその聖花からフローリアはコンタクトを取っているのだろう。

『アリア。いま、その少女の魔力は暴走を起こしています』
「魔力の……ぼ、暴走?」
『はい。彼女の持つ魔力には、何か別の存在の意識が宿って――』

 青白い魔力の光弾が足元に撃ち込まれ、炸裂する轟音がフローリアの声を途中でかき消した。
 ギリギリのところで横っとびに回避したアリアは、勢い余ってまた地面を転がった。
 傷を増やしていくアリアを前に、システィナは呆然と謝罪の言葉を並べ立てる。

「……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 立ち上がり、肩で息をしながら、アリアはフローリアに助言を求める。

「魔力って、魔法を使うための力ってことだよね?」
『はい。この世界の人間は、魔術を扱うための力――魔力をその身に宿しています』
「その……暴走を止めるには、どうしたらいい?」
『彼女自身の精神力と生命力が頼りです。平常時であれば、彼女は自らの力によって暴走を抑えることができていたはず』
「じゃあ、どうしてこうなっちゃったの!?」
『おそらく、心身が大きなダメージを受けて弱っていたからでしょう。そのせいで彼女は魔力を抑えておく余力がなかったのです』

 ばしゅん! ばしゅん! と次から次へ飛んでくる魔力の矢をアリアはギリギリで避け、余波を受けて吹き飛びながら、なんとか持ち堪える。
 たしかに、魔族にいたぶられたことで、システィナの体はボロボロだった。

『そして――彼女が死に瀕したことで、彼女の中の“獣”が目覚めて暴れ始めたのでしょう。宿主を守るために』
「獣……?」
『はい。彼女の魔力の中に宿った、意思のようなものです』
「魔力に意思が宿るの?」
『普通は、人の操る魔力に意思が宿ることなどありません。なので彼女には、何か特殊な要因が……』

 アリアがフローリアの会話に気を取られた、そこへ。
 魔力の光弾がアリアの足元に飛んできて着弾し、ばしゅん! と青白い爆発を起こした。

「あああッ!」

 熱とも電流とも違う、重い痛みがアリアを襲い、肌が焼かれる。
 システィナの放つ魔力の光弾は、明らかに先ほどより威力が上がっていた。

「アリア! う、あぁ……!!」

 絶叫のような、苦しげなシスティナの喘ぎ声。
 アリアは地面に倒れ込んだ状態から体を起こして、システィナのほうへと向き直った。

 激しい頭痛に耐えるように、頭を抱えるシスティナ。その体を覆っていた青白い魔力の光が溢れ出し、形を成していく。

 最初に形成されたのは牙。青い獣のあぎと。折れ曲がった鋭い角。
 鋭い爪。四本足の獣の体に、青い炎のごとき長い尻尾。
 そして、稲妻のように広がる両の翼。

 青い光で形成された、獣だった。
 それも、

「り、竜……!」

 アリアの目の前に姿を見せたのは、システィナの魔力によって象られた光の竜だった。
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