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作者: 犬物語
稼げるお仕事募集中
ただし闇バイトはノーサンキュー
「すっくな!」

 明細書に記された数字にアゴが外れましたよ。ケタ違ってんじゃね?

 あそこ船上よ? っつーか戦場よ? 揺れるしちょっと気を抜くと落ちるしその先には凶暴なサメさんがこんにちはしてるしフツーに命賭けてんだけど?

「それがこんな、マジですか」

 チャリン。お給金が入った巾着袋からそれを取り出す。
 虚しい数枚の音だけが響く。
 おててに響く無機質な旋律。
 金色は当然ながら無い。
 銀色のそれすらしょっぱい数。

「やってられませんわ旦那ぁ」

 船旅を共にしたおっちゃんどもの顔がありありと浮かぶ。それと同時に、彼らもこんなお給金で過ごしているのかという思いが湧き上がった。

 わたしね、今はギルド報告を済ませてエントランスホールでのんびりしてるわけですよ。
 壁際の長椅子に腰を下ろして、今回の稼ぎチェックしてさきほどの叫びをいたしましてね? そんで再度受付のおねーさんに直撃し「こんくらいだったんですけど?」と聞いてみたら「それが適正価格ですけど?」って返ってきた。

 フラーやヒガシミョーのような都会でなくてもさすがにコレはいかんでしょ。

「地方格差とはまた別の格差を感じましたわ」

 話によると、テトヴォは他地域より最低給与の基準が低く経済格差が大きいらしい。その度に耳に入るのは例の悪徳政治家。その名前は――。

「またひとり捕まったらしい」

 グレースちゃんの隠密イヤーが遠くの会話をキャッチしました。また例のふたり組である。暇人か?

「今度は政敵とその協力者だってよ」
「くそ、これでますます好き勝手できるようになっていく……テトヴォは、メイスの支配を逃れることはできないのか?」
(メイス)

 件の悪徳政治家の名前である。
 数年前に突如現れ、気づけばみぶんなんとか議会で発言力を獲得。各派閥と太いパイプを構築してテトヴォを実質的支配下におさめているのだとか。

 彼の政策に反対する声も少なくないけど、それらは片っ端から反論され黙るしかないか、周囲からの圧力で押し込められるか、それでもダメな場合は物理で対処される。なんか、テトヴォいちの武器商人さんが味方についてるんだって。えーっと名前はー。

「なんとかならねぇのか? 事情を話してギルドのメンツに協力してもらえれば――」
「やめとけ。ヤツらはそれ以上の人と装備をもってやがる。アルも店をやめてメイス側に付いたしな」
「シティーザか……アルの野郎、アイツが台頭するまではいい商人だったのに、どうして変わっちまったんだ」

(ああそうそう、そんな名前)

 大通りに面した武器屋さんがあったらしいのですよ。名前はシティーザで店主の名前がアルさん。でも今はもぬけの殻。たくさんの人で賑わってるのに、そのお店だけ常時閉店中なので逆に目立ってたんだ。

 なんでも揃ってるともっぱら評判。
 ところがある日とつぜん閉店。
 同じタイミングに悪徳政治家登場。
 潤沢な装備で反乱分子を制圧してく。
 その影にはいつもナゾの悪徳商人がいると。
 スリーアウトだね。

「最悪、この町を出た方がいいのか?」
「そんなワケにもいかねーだろ家族はどうする?」
「そんなこと言ったってよぉ……」
(なんかきな臭いなぁこの町)

 こういうのってアヴェスタ教会がなんとかしてくれるんじゃなかったっけ?
 こんどお邪魔してみようかな。もしかしたらアニスさんやグウェンちゃんみたいな正義感溢れる人がいるかもしれないし。

(いずれにしても、さみしい収入の理由は悪い人たちですかそうですか)
「困ったなぁ。みんなの稼ぎがわからないけど、これと一緒と仮定したらお宿代金と食費でトントンくらい。これじゃお金を貯める余裕なんてないわー」
「なにブツクサ言ってんの」
「あ、ドロちん」

 私服もお仕事も同じユニフォームなドロちん登場。そーいやドロちんもそうだけどブッちゃんも常に青いローブ姿だな。あの中身はどうなってんだろう?

「おしごと?」
「終わったわ。そっちの稼ぎはイマイチのようね」

 わたしの両手に広げられたそれを眺め、やや落胆したような、それでいて受け入れたような言葉遣い。ドロちんのことだから、この町の経済事情はすでに知ってるんだろう。

「ドロちんは?」
「ウチはこんなもんよ」

 言って、魔法少女は小さな手にコインを一枚だけ落とした。
 やっぱそうだよねーと。
 でもドロちんなら魔法とか錬金術でいい仕事見つかりそうじゃない? なんてフォローの言葉をかけようとしまして、そのコインの色に気づきました。

「すっご!」

 金貨だ。
 これいちまいで豪遊できるヤツ。
 銅貨が束になってもかなわないヤツ。

「すっご! どうやったの?」
「頭を使っただけよ。それよりも」

 間を開けて、彼女は噂話大好きメンズへと目を向けた。

「悪徳政治家と悪徳商人ねぇ」
「メイスとアルさんだって」
「どーでもいいわ」

 心底どーでも良さそう。

「アンタ盗賊なんだから盗んじゃえば?」
「盗賊じゃねーしニンジャだし!」

 わたしは叫んだ。
 みんながこっちを向いた。
 恐るべき風評被害である。

「同じことじゃない」
「ちがうもん! ニンジャはもっとシュッ! としてバッ! っとしてるもん!」
「なによそれ」

 ってかそんなことしないし。

「同じ盗みで、悪いヤツからなら盗めば罪悪感ないわよね」
「そういう問題じゃないし」
「あっそ、冗談よ。でもどうなんでしょうね」

 ドロちんはストンと腰掛けにすわった。
 ちっこくてかわいいから着地音さえかわいいのヒキョーだと思います。

 さて、冗談に聞こえないドロちんの冗談はさておきまして、腰を下ろし身体の力を拔いた少女は、背伸びついでに天井を見上げる。

「人の家に忍び込んで金品財宝を奪い去るのを"盗む"とするなら、他人の収入から何かと理由をつけて必要以上に巻き上げる行為は"盗む"のうちに入らないのかしら」
「何いってんの? ドロちん」
「独り言よ。理解できないなら聞かなくていいわ」

 それきり少女は黙り込む。とんがり帽子が邪魔するけど、その奥には寝癖っぽいショートな黒髪と、人を惹きつけるまあるいおめめが隠れてる。

 見た目は愛らしいのに、ひとたび口を開けば耳を引き裂くようなキャンキャン模様。そんなギャップがまた魅力なのか、度の先々で声をかけられることもあるらしい。でもまあ、ドロちんに声かけるようなヤツって基本ソッチ系の人だと思うけど。

「なんか失礼なこと考えてない?」
「気のせいだよ」

 チャリン。布袋に追加された銀貨の音色が、ざわついたエントランスホール内に響いた。
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