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作者: 犬物語
異世界言うたら腐った政治家だよね?
時代や国によって政治体系ちがうしどこモデルにしようか、あーめんどくせー……いっそぜんぶ混ぜちゃえばいいのでは?
「ひゃっほーい!」

 うみだー!

「はは! 小娘ぇ活きが良いな!」
「だって海なんだもーん! おお! そこにお魚はっけーん!」

 ナイフをズバッ!
 糸を手繰って引き上げた。
 切っ先にはまるまると太ったカツオ? ブリ? マグロ? なんか知らんけどそういうヤツがいた。

「やるな! てめーにかかりゃ網なんざいらねーか」
「まっかせてくださいよオヤビン!」

 わたしは船長にビシッと敬礼した。
 あ、立てるのは中指と人差し指だけでおねがいします。

 ここは戦場、じゃなかった船上。
 ギルドの手続きからはや一日過ぎ、わたしは指定された漁船を探し港までやってきたのだ。

 漁船の朝は早い。陽も見えぬ黎明にて潮風が寒く候。行き交う人がモクモクと作業する中、いくつかの漁船に魔法の光が灯り、そのなかのひとつにわたしは乗り込んだ。

 紅一点ってことばあるじゃん? そのまんまなの。かわいい女の子ガールはグレースちゃんひとりだけで、そのほかみーんなおっちゃんおじちゃんおじいちゃん。わたしだけで平均年齢さんじゅーは下げたと思う。

「グレースちゃんよ! そっちの縄引っ張ってくれ」
「あいよ!」

 指示されたとおりにする。それは船外の水面につながっており、引っ張れば引っ張るほど重量感が増していく。

「よろしく!」
「よっしゃ!」

 網を別の人に託すと、パスされたおっちゃんはそれらをまとめてフックに引っ掛けた。その先にはホイールから伸びたワイヤーがあり、まずは手動で、人の力で足りなくなったタイミングで船内制御に切り替わる。

(っはは、マジか)

 なんか知らないけどさー、この船エンジン積んでんだよねー。

(ここ異世界だよね?)

 しかも運転室にアレあったよ?
 お魚さんのいる場所わかるやつ。
 剣と魔法のファンタジーはどこいった?

「グレース! こんどはこっち頼む!」
「あ、はい!」

 引き続きお仕事モードを発揮。むさっ苦しい潮とおとこの香りに包まれながら、かよわい女の子は一生懸命がんばります。やがて全ての網を回収し、ドボドボ穴に落ちていく魚たちを眺め、いい汗かきつつ帰りの船旅中、ぼーっと海を眺めてたわたしに後ろから話しかける声がした。

「ほれ」
「ひゃん!」

 ほっぺたに冷たい感触。
 振り返ると、赤い顔したおっちゃん。
 満面の笑みでビンを差し出してきた。

「おまえさんも呑みな、今日は大入り祝杯だべ」

 オジサンと同じ香りを感じた。
 てーねーにお断りしておきました。
 しゃーねーなと渋りつつ、おっちゃんは酔わないドリンクをくれた。っつーか運転手も酔っ払ってんだけど?

「しかしなんだ、はじめは小っせえメスガキだと思ってたが、いざ船に乗せてみりゃそこらの鈍くせえ野郎男どもより使えるもんで、まいったなあ!」
(めすがき……)

 こちらの心配そっちのけで談笑に浸る野郎ども。大入りだからと誘われたが、おめーらさては毎回こうだな?

「にしても船長! よくこんな当たり・・・見つけましたね!」

 おっさんどもの中でも比較的若い男性がひとり、こっちに視線をよこし笑う。
 いやーな笑み。

「動けて器量良しで笑顔がかわいい! もうウチの嫁さんにほしーわ!」
(はは、お断りだわ)
「んぇ? なんか言ったかい?」
「あーいえ! 何事にもゲンキがイチバンですよね!」

 うぜー。
 当たりとかほしいとか、こいつわたしをなんだと思ってるわけ?
 っていう思いは胸に秘めておきまして。

「この程度なら問題ないよ! だって冒険者だもん」
「へぇ、冒険者ってのはこういうこともできるのかい。すげぇな」

 また別の人から話しかけられる。
 相変わらずアルコール臭がするけど、さっきのヤツよりきちんとした礼儀正しい御人です。

「オレの知り合いも冒険者ギルドに登録してるらしいんだけどな? なんかここ最近稼ぎが悪いらしくてよ」
「そうなの?」

 あーでも、確かに他の町より報酬額低かった気がする。わたしそういうの気にしないからあまりチェックしてないんだけど。

(そーいえばこの仕事の報酬額も知らないや)

 まいっか。それなりにするでしょう。

「冒険者ギルドだけじゃねえ、こっちだってそうさ」

 となりのおじいちゃんが嘆きの声。白髪が妙に哀愁漂う。

「昔はどこもウハウハだったのに、ここ最近はめっきり稼げなくなっちまって」
(うはうはとは)
「それもこれもぜんぶあのクソ政治家のせいじゃ」
「ちょ、じっちゃん!」

 そのグチを聞いた瞬間、みんなが凍りつき周囲を気にする素振りを見せた。

「こんなトコじゃだれも聞いとらんわい」
「けどよ、ウワサじゃボソッと呟いただけでブタ箱にぶち込まれたって言うじゃねーか」
「バカもんが! そういう下郎を放っとくほうが問題だろうが」
「やめとけ、ここでこんなこと話しても意味ないだろ」
「なにを!」
「わ、ちょっとみなさん落ち着いてください!」

 酒の席でみなさま荒ぶっておられます。
 そのまま拳での語り合いになりそうなところ、こっちと視線が絡み合ったダンディ漁師にアプローチ。あちらも騒ぎに巻き込まれぬよう存在感を消していたようだ。

「あの、クソ政治家って誰のことですか?」
「……」

 少しだけ目を泳がせ、遠慮がちにこう答える。

「数年前、突然テトヴォの身分制議会に表れた貴族だ」
「みぶ、ん?」

 まーとりあえず貴族ね、わかった。

「どこの生まれかは知らない。だが他の貴族や聖職者どもに好かれてるらしく、町の政治をすべて牛耳ってるんだ」
「え、でもそんなに悪いことしてるなら誰かが――」
「そういうヤツらはみんな粛清されるか牢屋にぶち込まれるかだ」
「そうだ!」

 言い争いをしてたおじちゃんのひとりが険しい声を出す。

「アイツのせいでカミさんは……くそっ!」
「そんな、だれかに相談とかは? 国のエラい人がなんとかしてくれるはずじゃ」
「ダメだ」

 ダンディは伏せて首を振った。

「よほど支配体制が強力らしい。国もそうだがテトヴォ領主まで骨抜きにされてらぁ。オマケにテトヴォいちの武器商人まで味方につけられちゃあな」

 そのセリフにみんなが意気消沈した様子だ。

「何かと理由をつけてこっちの稼ぎまで奪いやがって。日用品も高くなる一方だし、これじゃ生活できなくなる」
「悪いことは言わん。用が済んだらこんな町さっさと出ていきな」
「おじいちゃん、そんなこと……」

 言わないで。
 元気出して。
 そう言えなかった。

「湿っぽくなっちまった。ほら追加だお前も飲め!」
「うぐ!」

 ビンを口に突っ込まれた。
 お酒じゃなくてよかった。もしそうだったらお腹グルグルで苦しんでたと思う。
 スティさんもそうだったし、他のみんなもそうだった。異世界人はみんな下戸なんだろう。
 空と海はどこまで青く白く光ってた。
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