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作者: 犬物語
新たな人材
オトモダチの輪は異世界人にとどまらない
 船員が紙とエチケット袋を持参。
 床に飛び散った吐瀉物を拭き取っていく。

 サンダーランドと名乗ったやさぐれ系男子はその様子をめんどくさそーに眺める。それからナニが隠されてるかわからない緑のコートをパタパタして、残る作業をすべて任せ、こちらに歩み寄ってきた。

「ッ!」

 男が懐に手を伸ばす。
 取り出すモノによっては――そう身構えそうになって、男が差し出した以外な物に拍子抜けした。

「拭きな」
「ふぇ?」

 ハンカチだ。

「胃の内容物は無菌っぽく見えてそうでない。消毒しとかねぇと後で病気になるぞ」
「は、はい、ありがとうございます」

 手元に差し出されたソレを受け取る。
 一見フツーのハンカチだ。
 けど匂いがする。
 スーっと鼻につくキツい感じ。
 思わず目をキュッと瞑ってしまうような刺激臭。

「あまり鼻を近づけるな。ダメになるぞ」
「わっと!」

 慌てて鼻から遠ざける。
 え? でも今からこれで顔を拭くんだよね?

「息を止めときゃいいだろ」

 ハンカチを両手にチラリ。
 アイ・コンタクトの意図を察したサンダーさんは呆れ顔。

(それもそっか)

 わたしは顔を拭いた。
 清涼感たっぷりできもちいい。
 この感覚はアレだ、汗を拭き取る用のウェットシート。
 あれイーよね! 気持ち悪いの取れる上にお肌さらさらになるし。

 それと同じってことはさぞかし香りもいーんだろうなぁ――あっ。

「にょわー!」
「だから言っただろ……こいつバカか?」
「バカじゃないもん!」

 ちょっとおっちょこちょいなだけだもん!

「サンダーランドと言ったな。助かった」
「サンダーで構わない。言うほどのことじゃないさ。あんたがいなけりゃあの男を担ぎ上げられなかったからな」

 介護され運ばれていく男性に目を向ける。
 よく見ればけっこう立派な体躯。
 一般人が持ち上げるにはなかなか重たそうだ。

 そして、ランドはこちらを一瞥した。
 わたしと、わたくしと、ウチに対して。

「この嬢ちゃんたちじゃムリだっただろうさ」
(むー、見た目で人を判断するのダメだとおもいまーす)

 こちとらヨユーですわ。

「わたしたち異世界人だもん!」

 二の腕をぶんぶん。
 ただの細腕だと思うなよ? こう見えて数多のマモノたちを屠ってきたのだ!

「異世界人?」

 男の眉がぴくり。

「あんたら異世界人だったのか」
「いかにも。拙者の名はブーラー。こっちは――」

(むむ!)

 いかんのですよ!
 自己紹介は自らやらねば!

「グレースだよ! よろしくね!」
「あ、ああ……よろしく」

 わたしが差し出した手を、しかしサンダーさんは握り返してくれなかった。
 ならば。

「よーろしくぅ!」
「お、おい」

 サンダーさんのお手を拝借。
 いっちにぃのさんとしぇいきん!

「こっちがあんずちゃん。わたしの親友だよ! んでこのツンツンしたロリっ子がドロちん」
「ドロシーよ! ったく初対面の人にヘンな名前教えないでよね」

 困惑顔でやりとりを眺めるサンダーさん。
 少なくとも"ドロちんがツンツンしてる"ってのはご理解いただけたと思います。

「我々は東の地を目指し、テトヴォに向かっている。サンダー殿もフラーからこちらへ?」
「いんや。宛もない旅でふらふらしてる浮浪者さ」

 我がパーティーの外交担当黒人男性がアプローチ。
 そこから会話が始まりました。

「この間までフラッツ・スワンを目指そうと思ってたんだが、気づいたらこっちに来ちまってな」
(寄り道というレベルではないのでは?)

 方角すら間違ってます。

「目的地なんてあってないようなものだが……あんたらはどこを目指してる?」
「カニスだ」

 またもやサンダーの眉がぴくり。
 っていうかそこまで教えちゃっていいの?

「カニスだと? 魔族の国の?」
「うむ。ギルドの仕事でカニスへ向かっているのだ」
「ちょっとブーラー」

 サンダーが興味をもたげ、会話が広がりそうなタイミングでドロちんが割り込んだ。

「喋りすぎよ。いったい何を考えてるの」
「わたくしも思いましたわ。だって旅団の重要任務じゃないですか。あまり他人に打ち明けるのは」

 あんずちゃん墓穴。

「旅団の重要任務?」
「あっ」

 やっちまったって顔。
 いや気づくっしょ。あんずちゃんさすがにそのボケはないわぁ~。

「バッカじゃないの?」

 ドロちんもとことん見下げた表情である。
 こらこら、それ以上はあんずちゃんが涙目になるからやめたげて、ということで助け舟。

「そうなんだ。他の人には頼れないということで、旅団屈指のエリート部隊であるグレースちゃん一行におまかせなのです!」
「誇張も甚だしいわねそれ」
「実際のところ人手不足といったほうが正しいですわ」
「少なくともエリートでは無いだろう」
「みんなヒドくない?」

 チームの友情どこいった?

「ああ、事情はなんであれカニスを目指してるわけか」
「左様。そこで提案なのだが」

 言って、ブッちゃんは真面目にサンダーさんへアプローチ。

「サンダー殿もこの旅に同行してはもらえないだろうか?」

 みんなが驚きや困惑でブッちゃんを見つめる。
 肌黒く、青い装飾に身を包んだ僧侶を前に、緑のコートに身を包んだ男は迷いなくその視線を受け止めた。
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