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作者: 犬物語
気力回復に快感を添えて
ボス前のセーブポイント的なアレ
 飽きた。
 いったいなんなの? ここ。

 ずっとおんなじつくり。地下だから外が見れる窓もないし、ずっと無機質で野生動物もいない。普段見慣れた緑溢れる景色が、ほんとはとっても暖かく尊いものなんだなと実感できたという詩人めいた感想。

(ウサギさんいないかなー。いないよなー。追いかけっこしたいなー)

 で、さいごはおにく。
 たまに、ながーく遊んで感情移入しちゃうときもあるけど空腹には勝てないのだ。

 たまに出るマモノやモンスターを狩り、罠を避け、深部への階段をたどることさらに数回。今たぶん地下十階くらいかな? そろそろマジで飽きてきたぞ帰っちゃうぞ、でもワープ罠に嵌まる以前のルートわからないどうしよう? まで考え出したころ、その扉にぶつかった。

「これは」
「扉ですわね」

 たぶん、みんなも飽きがきてたんだろうな。ブッちゃんが吐息まじりにそれを見上げ、ヤケくそ投げやりモードになったあんずちゃんが気だるく同じ場所へ視線を向ける。

「……」

 ドロちんだけはうさんくさいモノを見つめる態度になりつつ、その奥に広がっているだろう景色をイメージしてるようだ。さすがドロちん抜け目ない。いつどこで敵が襲ってくるかわからないもんね。

 ってことで、グレースちゃんの隠密スキルご披露ですぞ。

(スキル、探知かくれんぼ

 わたしは心の中で呪文を唱えた。
 ちなみに言う必要はないのだ。なんかパッシブ? っていうスキルらしくて、普段から発動してるスキルらしいんだけど、こうしたほうがなんか探しやすくなる気がするから。

 これがジーニアスくんの解説でした。これを意識するとなんか目が良くなった気がして、壁の向こうにいる敵の気配とかアイテムとかが見分けやすくなるの。

「敵影なーし、アイテムなーし、扉の向こうはなんにもないよ」
「グレースがそう言うのならそうなのだろう。しかし、よく見えもしない存在を言い当てられるものだ」
「んー、なんかね、壁の向こうが透けて敵が赤っぽく見えるの」
「信じられませんわ。いったいどういう理屈ですの?」
「わかんない」

 そう見えるんだからしかたない。
 わたしがこれ・・に気づいたのは、オジサンと旅をはじめてちょっとしてからだった。
 木に隠れてその日のごはんを探してたとき、ふと見えないはずの動物に緑色の光の輪郭が重なって見えたんだ。
 その動物はイノシシさん。
 あっちもこっちに気づいて、
 そしたら光が赤くなって、
 イノシシはこちらに突進してきた。

 たぶん、光の色で種類・・が判別できる。
 有効的か敵意があるか。
 この扉の向こうに赤い光はなかった。

「グレースだけの特別なスキルかもしれませんわね」
「マジで? わたし、実は才能に溢れちゃってました?」
「そういう方向に能力を伸ばしたんでしょ。大したことじゃないわ」
「ガビーン!」

 地下へ潜るごとにストレスフル度マシマシドロちんの毒舌が冴え渡っております。

 ちっちゃな魔法少女は、その白く小さな手で大きな扉に手を這わせていた。
 装飾された模様、重厚な取手、天井の高さまで伸び、それはいかにも「めっちゃ重要な部屋がこの先にありますよ」というメッセージ。
 隅々まで観察して、手を離して、またその扉を見上げて少女の口から漏れた言葉。

「ボス部屋」
「ドロシーさん? 何か見つけましたの?」
「ううん。それよりみんな戦いの準備をしたほうがいい」
「どういう意味だ」
「こういう扉の向こうには大ボスが待ち構えてるものよ。まったく、ここまで来るのだって体力使ったのに……どこかで魔力を回復できないかしら」
「そんな都合の良い展開が待ち受けてるはずもなかろう。覚悟を決めるしかるまい」

 扉の前でそんなやりとりが繰り広げられている。
 それとは別に、わたしは扉からすこし離れた壁をじーっと見ていた。
 パッシブスキル発動中。
 敵は赤く、アイテムなどは緑色。
 ほか、青色に光る場合もあるけど滅多にない。

「……」

 壁が青く光ってた。
 より正確には、壁から染み出している水。
 手前にはコップ。
 どこかで見たことある景色。

(あれだ)

 教会地下の湧き水。
 ただの地下水だと思ったらめっちゃ元気になったヤツ。
 コップに手を伸ばそうか、
 それとも引っ込めるか、
 みんなに知らせるか、
 見なかったことにしようか。

 迷ってたら、頭の中に直接声が聞こえた。
 ぴこん。

「ミズヲノミマスカ?」
(きた!)

 意を決して、わたしはコップに手を伸ばした。

 ごきゅごきゅ。
 ぴこん。

「HP、MPが全快しました」
(うひょー)

 謎の音声が言うとおり、身体の底から力が溢れていく感覚。
 ダルダルだった身体に軽さが戻っていく。目が冴え精神さえ俊敏さを取り戻していく。なんだったらお腹いっぱい元気百倍ですぞと思ったけど水で腹は膨れねーわ。わたしは懐に隠しておいた非常食のパンを頬張った。

「グレース?」

 こっちの様子に気付いたあんずちゃんが声をかけてくる。

「みんなこれ飲んで」

 わたしはコップを差し出した。

「やめておけ。そんなものを飲めば腹を下すぞ」
「いいからほらほら!」
「ぇええ?」

 あんずちゃんにおすすめ倍プッシュ。
 流されるままにコップを手に持つあんずちゃん。
 そーれイッキ、イッキ、イッキ!

「あんずちゃんのいーとこみてみたーい!」
「なんですのそれ……んく」

 流されやすい女騎士。ごくりと喉を鳴らしその液体を体内に取り入れた。

「あぁ――」

 途端、少女の口からピンク色の吐息が漏れる。
 うんうんわかる。この感覚クセになるよねー。
 なんかいろんな快感が身体の中を貫いてくかんじ?

「これは……なんですの? 身体中に力がみなぎっていきますわ!」

 お手本通りのすばらしいリアクションありがとうございます。それに興味を覚えた巨体がのっしりご登場。

「どういうことだ?」
「いいから飲んで!」
「あ、ああ」

 続けてブッちゃんもごくり。

「おお!!」
「なにしてんの?」
「はいドロちん」
「ングッ!?」

 魔法少女にも飲んでもらった。
 というか飲ませた。
 後頭部押さえて逃げられないようにしつつ、抵抗する両手がお口ガードする前にすばやく添えてのとくとく。
 見方によっちゃか弱い幼女をイジメるおねーさん的な?
 いや、どちらかというと反抗期の妹にムリやり薬を飲ませる方向性でおねがいします。

「ぶあっ! な、なんなのよいきなり! ――えっ?」

 ロリっ子魔法少女、自分の身体を抱きしめます。

「か、カラダが、アツい。あ、アンタ何飲ませたの!?」
「みず」

 たぶんスーパーでいちリットル五百円くらいのやつ。

(ん?)

 スーパー?
 いちリットル?
 ごひゃくえん?

(なんのこと?)

 まあいっか。

「ぁ、いやぁ」

 ドロちんの頬が上気する。身体の下から熱が登っていく感覚。ぺたんと地面に膝をつき、背を丸め、激しい吐息とともに身体を上下している。
 いつも以上に、少女の身体が小さく見えた。

「あぁ、はあン! ――アツい、身体のナカに何かが満ちていくような」
(満ちていく……あ)

 もしかしてえむぴーってヤツ?
 たくさん魔法使って減ってるから回復効果マックス的な?

「ドロちんだいじょーぶ?」

 飲ませた側としてさすがにもうしわけ。ってことで、少しでも力になろうと寄り添いました。

「ッ! や、やめ」

 少女は拒否の姿勢。けどわたし、良かれの精神が働き背中をスーっとさすってあげました。

「ンンッ!!」

 背中に触れた瞬間、少女の身体がビクンと跳ねた。

「ドロちん?」
「な、なんでも、ン! ない、わよ」

 少女はそう言って、歯を食いしばりつつ立ち上がった。

「い、いずみの水に回復効果があるらしいわね! おかげで魔力も最大まで高まったわ、さあ行くわよ」

 おぼつかない足取りでみんなの脇を通り過ぎていく。それに声をかける者はなく、扉へ向かう少女に従いみんな背中を追っていく。わたしもそれに習おうとしたところで、一歩目を踏み出したとき足元に妙な感触をおぼえた。

「みず?」

 小さな水たまり。あれ、でもわたしちゃんとこぼさず飲ませたはずなんだけど。

「置いてくわよ!」
「って、あ、ちょっとまって!!」

 すでに扉は開かれ、ドロちんとブッちゃんがその先へ足を踏み入れていた。わたしは慌てて駆け出し、頬に残っていたパンくずをぺろりと舐めた。
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