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作者: 犬物語
感覚遮断罠
落とし穴って夢が詰まってるよね
「スキル、ヴァイン!!」

 ドロちんの手から複数の緑が伸びていく。
 植物のツルだ。
 それがあんずちゃんの身体に巻き付き、締め上げた。

「ちょ、ドロシーさん?」

 見るからにキツく締め付けられたあんずちゃん。
 戸惑いと若干の窮屈さから、視線でその拘束を解くよう訴える。
 その願いは無視された。
 ドロちんは誰が見ても切羽詰まった顔で呪文を唱えて、大きく目を見開いて地面に埋まった少女を引っ張り上げようとしている。

「みんな手伝って!!」
「えっ、なんで」
「いいからはやく!!」

 その様子にただならぬ気配を感じたブッちゃんはすぐ助成する。

「迷いを断ち切る。スキル、勇気むいせ!」

 攻撃力と防御力を強化するスキルだ。ブッちゃん自身に赤いエフェクトが立ち上り、その大きな手であんずちゃんの身体を引っ張り出そうとする。

「い、イタいですわ! みなさんもうちょっとやさしく!」
「くっ、抜けん!?」
「まずい、この罠はまずいわ!」
「ねえドロちんこれなんなの?」

 さすがに空気読んだ。
 こっちも必死こいて救出活動しますが、なにぶんわたくしパワーファイターじゃないのでね? いちおう隠し持ってたロープをぐるぐる巻きにしてみましたが頼りなさレベルマキシマムなのです。
 一向に抜ける気配なし。あんずちゃんは大きなカブなのですか?

「あ、あのみなさん」

 おずおずといった顔であんずちゃん。

「どうやら普通の落とし穴みたいですわ。わたくしはこの通り平気ですから――」
「それが感覚遮断罠なのよ!!」
(かんかく、なに?)

 初めて聞いたワードなのですが。

「なにそれ?」
「かんかくしゃだんわな!! 落とし穴に嵌まると抜け出せなくなって、その下ではいろんな――」
「いろんな、なに? 何があるの?」

 わたしは純粋な好奇心から、純粋な瞳でドロちんにたずねた。
 けど答えがない。
 ドロちんは目を泳がせて、
 顔を真っ赤にして、
 口をぱくぱくさせてる。

「と、とにかく助けるの!!」
「えー」

 教えてくれないの?

(まあ後でいっか)

 とりあえずあんずちゃんを助けないとね。
 ということで作業の続きなのですが、これホントに抜けるの? 落とし穴と思えないくらいあんずちゃんサイズにジャストフィットなんだけど。

「これさー、別の手ぇ探したほうがいいんじゃない?」
「ふむ」

 ブッちゃんも同意見だったらしい。ふとアゴに指を這わせ、少し考えた後視線をドロちんに向けた。

「ドロシーよ、理屈はわからんが、とにかくこの下にモンスターが潜んでいるということだな?」
「そう! はやくしないとあんずが危ない!」
「わかった」

 その情報を確認し、ブッちゃんが拳を握った。

「スキル、二重ふたえ! スキル、掌波しょうは!!」

 威力マシマシ、全力故に拳がピカピカ光る。
 それを勢いよく振り上げて、あんずちゃんの近くの地面におもいっきり叩きつけた。

 ドゴーン!

 石が木屑のようにバラける。その光景を見て、わたしは在りし日の筋肉ウーマンを思い出していた。

(あー懐かしいコレ)

 川に拳を叩きつけて、魚を中に舞わせて直接手づかみしてた。
 あれもスキルだったのかな?
 サっちゃん、今も元気してるかな。
 今もどこかで身体を鍛えてるのかな。それとも、国の兵隊さんになって他の人と――。

「おおおおおお!」
「あう」

 そんな空想は、飛び散った石が額にぶつかることでキャンセルされた。
 ブッちゃんが連続して地面に拳を叩き込んでいく。イッパツごとにありありと穴が深くなっていき、それがあんずちゃんの足と同じ深さまで達した後、ブッちゃんの拳が今度は囚われの女騎士へと向けられた。

「ブーラーさん!? ひ、控えめにお願いしますわ!」
「保証はせん!」

 ドゴーン!

「ヌッ!?」

 あんずちゃん周辺の石が破壊された。
 わたしの位置からはよく見えないけど、距離感からしてあんずちゃんの下半身を目視できたようだ。
 そこから発せられた声とリアクション。ブッちゃんがこれまで見せたことないようなすっごい驚愕の表情を見せてる。

「これは、なんという」
「ッ!」

 瞬間、ドロちんが生み出したツルがブッちゃんの目を覆った。

「ドロシー!」

 抗議の意思を示すブーラーを尻目に、ドロちんはあんずの元へと駆け寄る。

「ごめんあんず。けど最低限の尊厳は確保するから」
「はい?」

 石床による拘束を解かれたあんずを引き上げる。
 ようやく自由になった下半身。
 いやーよかったよかったって、え?

「助かりましたわ! ――あら?」

 喜び、その後すぐ戸惑い。

「なんか下半身がスースーするような……ちょ!」
「は?」

 あんずは驚愕。
 ドロちんは真顔。若干戸惑ってるようにも見える。

「わたくしの大切な鎧がァァア!」
「それだけ?」

 だけって、ドロちん?
 もっと何かあるはずだったの?

 まあそれはそれとして、あんずちゃんを引っ張り出したことで、地下に潜んでいたモンスターの正体が暴かれた。
 イソギンチャクかな?
 なんか筒状のウニョウニョした生き物。てっぺんに口のようなすぼみがあり、そこであんずちゃんをチュッチュしてたらしい。そのせいであんずちゃんの鎧が脱げたのか、そうかそうか。

(ってんなワケあるか!)

 金属重装鎧だよ?
 金具固定だよ?
 引っ張られただけじゃ取れないよ?
 と否定したいんだけどモンスターの口からチラリしてるから確定だわこれ。

(さぁてどうしたものか)

 ドロちんに「だけとは?」とインタビューするか、それともモンスターと戦うか。
 決断する前に、あんずちゃんがフロア全体に響き渡る怒声を響かせた。

「よくもわたくしの大切な甲冑おおおおおおおおお!!!!!!」
(あんずちゃんが消えた!)

 いや、ものすごい勢いでモンスターに突進したんだ。
 身軽になったぶん素早い。
 っていうかなんか身体光ってない?
 パワーアップしてる? これってもしかして、わたしが変身トランスファーしたときと同じ光?

「スキル、雪崩アバランチ!」

 天高く飛び上がり、あんずちゃんは大剣を分身させてウニョウニョに叩きつけた。
 モンスターがまばゆい光と共に分断され、あるいは大剣の重量に押しつぶされる。質量ある分身とは恐れ入った。

「ああ!」

 そっからのあんずちゃん早かった。
 まずはモンスターだった塊に手を突っ込み掻き分け、奪われた自身の装備をひとつひとつ集めていく。普段のあんずちゃんなら「そんな汚いもの触りたくありませんわ」なんて言いそうだけど鎧は別なのね。
 愛だね。

「かわいそうに、こんな姿になってしまって――すぐ手入れしますからね」
(うわー)

 いくら大切にしてるからって、粘液がネッチョリ付着した甲冑に頬ずりはないわー。
 なんか、あんずちゃんの闇に触れてしまったような気がする。その話題は置いといて、あんずちゃんはステキな笑顔でドロちんに感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます。まさか相手の装備を奪うモンスターが存在していたなんて……それを知っていたから、わたくしがこの甲冑を大切にしていることをご存知だったから素早く助けようとしてくれたのですね?」
「ぇえ? ……ええ、まあ」

 また目が泳いでるドロちん。違いますという言葉は飲み込んだ模様。そしてボソリと一言。

「感覚遮断罠じゃなかったんだ」

 わたしの耳は聞き逃さなかった。

「ねードロちん、結局かんかくしゃだんわなって何だったの?」
「ッ! な、なななんでもないわよ!」
「おいチビすけ。この目隠しをさっさと解かぬか」

 そんなテノールボイスが部屋に響き、ブッちゃんが形成した穴の瓦礫がガラガラと音を立て崩れ落ちた。
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