スレイプニール
あしはっぽんとか逆に走りにくくない?
「スレイプニールだ」
ブッちゃんが柵の手前に立ちその馬を眺めている。その視線には懐かしさを感じているようだ。
「足が八本ある馬だ」
「あしがはっぽん」
へぇ~。
「それウマなの?」
「馬だ」
「ウソだ!」
どっからどーみてもウマじゃないじゃん!
「だって足がはっぽんだよ! どうやって走るの? 転んじゃうでしょ」
「ご覧のとおりだ」
ブッちゃんが仏頂面で言った。見れば、スレイプニールがはっぽんの足を操り見事なギャロップを披露してるではありませんか。
(はっや)
あれ? もしかしたらスキル使ったわたしより速くない? 右から左まであっという間なんですけど?
「相変わらず美しい」
うちの僧侶はその姿をまじまじと見つめている。それだけでなくドロちんも動きをとめ、草原を駆る白馬に視線を向けていた。
純白の馬。倍の数ある足に視線がいきガチだけど、その馬はどう手入れしてるのかと思うほど繊細で細やかな被毛をしていた。
絹のようなたてがみが、激しいスピードのなかに優雅さを演出してくれる。
「美しいですわ……」
あんずちゃんがうっとりとした瞳でその姿を追いかけていた。カラッとした太陽に照らされる純白のフォルムはどうあがいてもヴィダルでサスーン。こいつ風呂上がり状態がデフォなのか? ってくらいツヤツヤ被毛。マジでうらやましい。
それでいて他者を寄せ付けないような威厳ある顔はなんなの? 白目なく、エメラルドブルーに染まった目が何を主張してるのかわからず、そのミステリー具合も相まって神々しさを醸し出していた。
(む?)
背後から足音がする。重さは成人男性よりちょっち低め。足取りはのっしりして力がない。お年寄り?
「久しいの、ブーラー」
「これは」
同じく感づいてたブッちゃん。名前を呼ばれ振り向き、その対象を視覚で捉え正体を確定する。
「ティベリア殿」
聞いたことのない名前だ。そう思って振り向くと、そこにはわたしと同じくらいの身長のおじいちゃんがいた。
「また修行中かな?」
短い白髪にちょんとした白いヒゲ。ティベリアさん? は柔和な笑顔でメガネのレンズを光らせた。
「修行は生涯の賜物。終焉は程遠くある。お久しゅう」
「知り合いさん?」
気になって尋ねてみると、ブッちゃんは彼に腕を伸ばし同じ名を口にする。
「こちらはティベリア殿。この牧場の責任者だ」
「こんにちは。かわいいお嬢さん」
見た目からしてけっこーなお年だ。でも背筋がスッとしていて年齢を感じさせない。
彼は僧侶の丁寧な口調に応えるかのように、わたしたちを歓迎する微笑みを浮かべていた。
「スレイプニールは特別な馬じゃよ」
彼は年齢を感じさせるしわくちゃの手でカップを持ち、それを手元に運んだ。
ほのかに漂うハーブの香り。それが鼻孔を突き抜け、頭が透き通る心地よさを覚える。同じコップがそれぞれの前に置かれ、部屋全体が木のやわらかな香りと混ざり合っている。
「ワシが若いころ、そう、たしか二十年ほど前じゃったか……いつものように農作業をしていたらとつぜんに現れたんじゃ」
「とつぜん?」
「ああ、何の前触れもなくな」
木目のテーブルにカップを置く。まっしろな湯気が宙に漂う。窓から見える野原をはっぽんあしの馬が駆け抜けていた。
「はじめはマモノの類かと思ってな……腰が抜けたわい」
当時のことを懐かしむようにティベリアさんは笑った。
「マモノじゃなくてよかったですね」
となりからの声。それに対し、彼は身体をゆすって笑う。
「でなければ、ワシはとうにここにはおらんからの。それに、愛する家族とも会えんかったなぁ、ジェネザレス」
慈しむような目だ。その先には、おじいさんと同い年くらいのおばあさんがいた。
物腰も笑顔もやわらかい。目尻にシワが寄っており、おだやかでよく笑う人なんだと思った。
「ためしに牧草を与えてみたら、よろこんで食べたんですよね?」
「ああ。それから世話をするようになってのう。もの好きな旅人の間ではちょっぴり有名なんじゃよ?」
などと言いつつ、彼は暖炉の上を示す。鉄の柵とレンガに囲われた棚には数多くの写し身が飾られている。その多くがスレイプニールとおじいちゃん。それに知らない人のさんにんショットだった。
「スレイプニールというのは、あの馬の種類なのですか? あのような姿の馬なんて見たことも聞いたこともありませんが」
置く場所もないので甲冑を着たままのあんずちゃん。軽量化したとはいえ鎧だし、背中に抱えた大剣といいこのおうちの雰囲気にマッチしない。
「いんや、名前じゃ。ワシが名付けた」
(へぇ)
あしがはっぽんの馬さんね。それはそれとして、なんかスレイプニールっていう名前どこかで聞いたことがある。たぶん、この世界にくる前の世界で。
(うーん思い出せない。けどなんか引っかかるんだよなぁ)
つっかえる思いから、わたしはおじいさんに質問してみた。
「ねえねえ、なんでスレイプニールって名前なの?」
問われて、ティベリアさんははてと首を傾げた。
「なんでじゃろうなぁ」
(おい)
おめーが名付けたんだろ。っという意思が伝わったっぽい。ティベリアさんは指でメガネを押しあげた。
「いやいや、なぜか知らんがそう名付けるべきだと感じたんじゃ」
「直感か、なるほど。さながら神の意思を感じたのだろう」
と無宗教の僧侶が申しております。
「足が八本ある馬なんて聞いたこと無いわ。どの魔導書や研究所にも載ってないし、そもそもあんなナリで走りにくくないのかしら」
「それがあの通りでな」
窓の外ではゲンキに走り回るスレイプニールの姿が。ふつうの馬さんぷらすよんほん。倍ある足を駆使してなんかすっげー走ってる。なにあれ、ムカデ?
「面白い話じゃろ? それだけじゃないんじゃよ。あの馬は魔法使いなんじゃ」
(まほうつかい?)
うちのパーティーにもいますわよ? やたら口がわるいロリっ子枠の魔法少女が。
(あのおうまさんも、魔法使うとき髪の色かわるのかなぁ)
「なによ?」
「なんでも?」
「突然ひょっこり消えおって、かと思えばまた戻ってくる。あの足があればどこへでも行けるじゃろうにこんな片田舎の馬小屋に居座っておるでな」
何が気に入ったのかわからん。おじいさんは肩をすくめた。
「それより、今日はここに泊まっていきなさい」
「良いのですか?」
遠慮がちなブッちゃんの声。おじいさんはとびきりの笑顔だった。
「馬の治療をしてくれたじゃろ。医者が安楽死させたほうが良いと言うなかブーラーだけは諦めなかった。この程度では恩を返しきれんわい」
「馬も治療できるのですか」
「うむ……あんずよ、お主の身にまとっている鎧は鉄で打つものだな」
「ええ、そうですわね」
「剣もまた同じように作る。同じ材料と道具だが完成するものは違う。つまりそういうことだ」
「はぁ」
「ワケわかんないこと言わずに、はじめから人も馬も同じ"生き物"だって説明すればいいじゃない」
「そうなのですか」
女騎士がわかったかわからないかわからないって顔してる。あんしんしてください、わたしもわかりません。
「ジェネザレス。みなさんに料理と寝所を用意してあげなさい」
「はいはい。さぁて、人数分あったかしらね」
「かたじけない。もし足りなければ拙者は寝袋を使おう」
「だいじょうぶですよ。もし足りなければ孫娘のベッドを使っていいですから」
いたずらっぽい笑みをうかべ、おばあさんは別室へと消えていった。
ブッちゃんが柵の手前に立ちその馬を眺めている。その視線には懐かしさを感じているようだ。
「足が八本ある馬だ」
「あしがはっぽん」
へぇ~。
「それウマなの?」
「馬だ」
「ウソだ!」
どっからどーみてもウマじゃないじゃん!
「だって足がはっぽんだよ! どうやって走るの? 転んじゃうでしょ」
「ご覧のとおりだ」
ブッちゃんが仏頂面で言った。見れば、スレイプニールがはっぽんの足を操り見事なギャロップを披露してるではありませんか。
(はっや)
あれ? もしかしたらスキル使ったわたしより速くない? 右から左まであっという間なんですけど?
「相変わらず美しい」
うちの僧侶はその姿をまじまじと見つめている。それだけでなくドロちんも動きをとめ、草原を駆る白馬に視線を向けていた。
純白の馬。倍の数ある足に視線がいきガチだけど、その馬はどう手入れしてるのかと思うほど繊細で細やかな被毛をしていた。
絹のようなたてがみが、激しいスピードのなかに優雅さを演出してくれる。
「美しいですわ……」
あんずちゃんがうっとりとした瞳でその姿を追いかけていた。カラッとした太陽に照らされる純白のフォルムはどうあがいてもヴィダルでサスーン。こいつ風呂上がり状態がデフォなのか? ってくらいツヤツヤ被毛。マジでうらやましい。
それでいて他者を寄せ付けないような威厳ある顔はなんなの? 白目なく、エメラルドブルーに染まった目が何を主張してるのかわからず、そのミステリー具合も相まって神々しさを醸し出していた。
(む?)
背後から足音がする。重さは成人男性よりちょっち低め。足取りはのっしりして力がない。お年寄り?
「久しいの、ブーラー」
「これは」
同じく感づいてたブッちゃん。名前を呼ばれ振り向き、その対象を視覚で捉え正体を確定する。
「ティベリア殿」
聞いたことのない名前だ。そう思って振り向くと、そこにはわたしと同じくらいの身長のおじいちゃんがいた。
「また修行中かな?」
短い白髪にちょんとした白いヒゲ。ティベリアさん? は柔和な笑顔でメガネのレンズを光らせた。
「修行は生涯の賜物。終焉は程遠くある。お久しゅう」
「知り合いさん?」
気になって尋ねてみると、ブッちゃんは彼に腕を伸ばし同じ名を口にする。
「こちらはティベリア殿。この牧場の責任者だ」
「こんにちは。かわいいお嬢さん」
見た目からしてけっこーなお年だ。でも背筋がスッとしていて年齢を感じさせない。
彼は僧侶の丁寧な口調に応えるかのように、わたしたちを歓迎する微笑みを浮かべていた。
「スレイプニールは特別な馬じゃよ」
彼は年齢を感じさせるしわくちゃの手でカップを持ち、それを手元に運んだ。
ほのかに漂うハーブの香り。それが鼻孔を突き抜け、頭が透き通る心地よさを覚える。同じコップがそれぞれの前に置かれ、部屋全体が木のやわらかな香りと混ざり合っている。
「ワシが若いころ、そう、たしか二十年ほど前じゃったか……いつものように農作業をしていたらとつぜんに現れたんじゃ」
「とつぜん?」
「ああ、何の前触れもなくな」
木目のテーブルにカップを置く。まっしろな湯気が宙に漂う。窓から見える野原をはっぽんあしの馬が駆け抜けていた。
「はじめはマモノの類かと思ってな……腰が抜けたわい」
当時のことを懐かしむようにティベリアさんは笑った。
「マモノじゃなくてよかったですね」
となりからの声。それに対し、彼は身体をゆすって笑う。
「でなければ、ワシはとうにここにはおらんからの。それに、愛する家族とも会えんかったなぁ、ジェネザレス」
慈しむような目だ。その先には、おじいさんと同い年くらいのおばあさんがいた。
物腰も笑顔もやわらかい。目尻にシワが寄っており、おだやかでよく笑う人なんだと思った。
「ためしに牧草を与えてみたら、よろこんで食べたんですよね?」
「ああ。それから世話をするようになってのう。もの好きな旅人の間ではちょっぴり有名なんじゃよ?」
などと言いつつ、彼は暖炉の上を示す。鉄の柵とレンガに囲われた棚には数多くの写し身が飾られている。その多くがスレイプニールとおじいちゃん。それに知らない人のさんにんショットだった。
「スレイプニールというのは、あの馬の種類なのですか? あのような姿の馬なんて見たことも聞いたこともありませんが」
置く場所もないので甲冑を着たままのあんずちゃん。軽量化したとはいえ鎧だし、背中に抱えた大剣といいこのおうちの雰囲気にマッチしない。
「いんや、名前じゃ。ワシが名付けた」
(へぇ)
あしがはっぽんの馬さんね。それはそれとして、なんかスレイプニールっていう名前どこかで聞いたことがある。たぶん、この世界にくる前の世界で。
(うーん思い出せない。けどなんか引っかかるんだよなぁ)
つっかえる思いから、わたしはおじいさんに質問してみた。
「ねえねえ、なんでスレイプニールって名前なの?」
問われて、ティベリアさんははてと首を傾げた。
「なんでじゃろうなぁ」
(おい)
おめーが名付けたんだろ。っという意思が伝わったっぽい。ティベリアさんは指でメガネを押しあげた。
「いやいや、なぜか知らんがそう名付けるべきだと感じたんじゃ」
「直感か、なるほど。さながら神の意思を感じたのだろう」
と無宗教の僧侶が申しております。
「足が八本ある馬なんて聞いたこと無いわ。どの魔導書や研究所にも載ってないし、そもそもあんなナリで走りにくくないのかしら」
「それがあの通りでな」
窓の外ではゲンキに走り回るスレイプニールの姿が。ふつうの馬さんぷらすよんほん。倍ある足を駆使してなんかすっげー走ってる。なにあれ、ムカデ?
「面白い話じゃろ? それだけじゃないんじゃよ。あの馬は魔法使いなんじゃ」
(まほうつかい?)
うちのパーティーにもいますわよ? やたら口がわるいロリっ子枠の魔法少女が。
(あのおうまさんも、魔法使うとき髪の色かわるのかなぁ)
「なによ?」
「なんでも?」
「突然ひょっこり消えおって、かと思えばまた戻ってくる。あの足があればどこへでも行けるじゃろうにこんな片田舎の馬小屋に居座っておるでな」
何が気に入ったのかわからん。おじいさんは肩をすくめた。
「それより、今日はここに泊まっていきなさい」
「良いのですか?」
遠慮がちなブッちゃんの声。おじいさんはとびきりの笑顔だった。
「馬の治療をしてくれたじゃろ。医者が安楽死させたほうが良いと言うなかブーラーだけは諦めなかった。この程度では恩を返しきれんわい」
「馬も治療できるのですか」
「うむ……あんずよ、お主の身にまとっている鎧は鉄で打つものだな」
「ええ、そうですわね」
「剣もまた同じように作る。同じ材料と道具だが完成するものは違う。つまりそういうことだ」
「はぁ」
「ワケわかんないこと言わずに、はじめから人も馬も同じ"生き物"だって説明すればいいじゃない」
「そうなのですか」
女騎士がわかったかわからないかわからないって顔してる。あんしんしてください、わたしもわかりません。
「ジェネザレス。みなさんに料理と寝所を用意してあげなさい」
「はいはい。さぁて、人数分あったかしらね」
「かたじけない。もし足りなければ拙者は寝袋を使おう」
「だいじょうぶですよ。もし足りなければ孫娘のベッドを使っていいですから」
いたずらっぽい笑みをうかべ、おばあさんは別室へと消えていった。