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作者: 犬物語
急がばつっきれ
深夜帯に大声、ダメ、ゼッタイ
 ひたすら謝りたおすあんずちゃん。敬虔な僧侶が渋い表情で追加料金を支払い、店主がこれ以上不機嫌になるのを防ぐ。諸悪の根源となったふたり・・・は朝からずぅっと部屋のすみっこの床反省室でおすわりの刑。この事件はこれで手打ちとなりました。

(いやいやいやいやいやおかしくない?)

 わたし何もしてないよ? なんでドロちんといっしょに正座させられてるの?

「あんたのせいよ」

「ちがうもん! 何もしてないもん! 大きな声出してみんな起こしたのドロちんだもん!」

「いい加減にしろ」

 頭上からめっちゃ低い鬼のような声が轟く。全身暗色の巨人に上から見下されるとすげー威圧感。

「それを誘発したのがキサマではないか」

「だって、ドロちんがヘンな本読んでて気になったから、そしたら」

「ああああああもう!!」

(ひぃ!)

 耳がキーン!

「ウチが悪かったでいいからその話はしないで!」

「なら少しは黙っていろ。まったくたわけどもめ」

 振り向きざまにそんな言葉を残し、彼は店主のもとへと向かう。数多くの人が行き交う宿屋は情報の宝庫だ。オジサンもそうやって情報収集してたし、場合によっては今後の旅路にも影響するかもしれない。

 いつもならそれに参加してるんだけどなー。なーんでこんなところにいるんだろーなー。

「わたしのせいじゃないもん」

「それでなんどめよ、ったく」

 ふたりのか弱い少女の心境に引き換え、今朝はこれ以上ないほどの快晴でした。





「良い情報をもらった」

 足のしびれが最高潮に達したころ、ようやくお許しをいただいたわたしとドロちんはイスという文明の利器におしりを落とした。正座より快適である。文句なし。

 宿の一画にあるテーブルを使い、ブッちゃんが得た情報をもとに今後の方針を考えていくのですが、どうやらルート変更の提案がされそうです。

「ガラリーまでは森を迂回するルートが王道だが、森を突っ切るルートを使えば一晩またがずガラリーに到着できるそうだ」

「え?」

 足のしびれに顔をしかめつつ、ドロちんが不審そうな目を僧侶に向ける。

「あそこは何十年も使われてないはずでしょ」

 その問いにブッちゃんは深く頷いた。

「道は険しく急斜面も多い。もの好きな旅人でもなければそちらを洗濯する理由はないだろう。ただ」

 ブッちゃんは指をたてみんなの意識を集中させた。

「先ほど、そのルートを選んだ酔狂な旅人と話をした。それによると、きちんと舗装されておりキケンも無いそうだ」

「それは、どういうことですの?」

「ウワサでしかないが、犯罪組織がそのルートを独占したいがためにそのような触れ込みを出したのだろう。そして、使われてない道を舗装し使いやすくした」

 ドロちんが合点がいったようにテーブルにヒジをつき、手で頬を支える。

「なるほどね」

「うーん、どゆこと?」

「わからないの? グレース」

 いや、そんな信じられないって顔されても。

「そっちのルートを使えば情報やブツをいち早く輸送することができる。もし軍に追われたとして、移動速度に一晩の差が出れば逃げ切れたも同然ね」

「ああそっか」

 オジサンが言ってた。速さは何よりも尊ばれるものだって。

「ブーラー、要はそっちのルートにしたいってことでしょ。ウチはそれで構わないわよ」

「なんだかよくわかりませんが、より早く目的地へ到着できるのでしたら、わたしくも賛成ですわ」

「で、グレースは?」

 ドロちんが頬杖のままこちらを向く。その傍らには例のポシェットがあり、今はピッチリ蓋が閉じられていた。

(……あとでもっかい観察しよ)

「うん、いいよ」

 それから程なくして、ひと組のパーティーが旅の列を離れ森へ向かっていった。





「本当にキレイな道路でしたわね」

 村の入口の手前にて、あんずちゃんがそんなことを言った。

 呆気にとられたような声も納得。だって、ほんとに一晩またがずどころか、まだ日差しを感じられる時間帯なのだ。

「だれも使ってないなんてウソね。じゃなきゃコンクリート製の道路なんてありえないもの」

「コンクリート」

 マジでコンクリートだった。しかもピッカピカのツッルツル。車どころかブルドーザーが通ってもキズひとつねーんじゃない? ってくらい完璧なコンクリートだった。

(走りやすいんだけど照り返しがキツいんだよなぁ)

「森にうまく隠れ表向きには発見できない。やはり、ウワサが真であると考えざるを得んな」

「どーでもいいでしょそんなこと。それより、さっさと入るわよ」

「ああ、お待ちになって」

 ドロちんを斥候に、我がパーティーは新たな村、ガラリーに足を踏み入れた。

 のどかな風が漂う涼しいところだった。いっぽ足を踏み入れると、石造りや木造建築の建物がならび、村の中心らしき箇所には水を汲み上げるための井戸が設置されていた。たぶん、これが生活用水なんだろう。

 そこには複数人のおんなの人がいて、大きな桶に水を入れ、何かの粉末をふりかけ、それらを足で踏みつけている。

「宿はないのですか?」

 村を見渡し、あんずちゃんがそれに気づいたようだ。わたしもあっちこっち見渡してみたけど、雑貨屋さんはあれど人と泊めてくれるような場所が見当たらない。

「ドロちんとブッちゃんはここ来たことあるんでしょ? 野宿したの?」

「素通りしたわよ」

 ドロちんは淡々と答えた。

「ウチひとりなら飛行魔法でひとっ飛びだし」

(ああそうか)

 なにそれズルい。

「拙者は近くの厩舎に頼ったが、果たしてまた世話になって良いものか」

「悩んでる場合じゃないでしょ。また野宿するくらいならアテがあるだけいいじゃない」

 と、雑魚寝イヤイヤなドロちんが申しております。そんな流れもあり、ブッちゃんの案内でそこへ向かうことになった。

 場所はもうわかってた。馬さんたちが暮らすためのおうち。今までの旅路でも目にしてきたそれは、にんげん用のいちばん大きな建物よりもなお大きい。きっとたくさんいるんだろうな。

「あ、見てみて! あそこにいっぱいいるよ!」

 木の柵がわたしたちを阻むなか、その向こう側の世界で自由奔放に駆ける四つ足の動物がいた。ふさふさのたてがみ、ぴょこぴょこ動くみみ、愛くるしい表情。まちがいない、あれはウマだ。

「うっ」

 あんずちゃんがちょっち腰を引かせる。たぶん、この前マモノの馬さんに乗っかった記憶が蘇っているのだろう。本人にとってはタイヘンな記憶だったかもしれないけど、見てる側からすっとめっちゃ大活躍だったんだよなぁ。

(いいなー乗ってみたいな……えっ?)

 馬がいる。そりゃそーでしょ牧場なんだから、じゃなくて。

(いやいやそーじゃなくて。)

 なんかヘンな馬がいるんだよ。

(あれー気のせいかな)

 目をシパシパさせてみた。手でグリグリしてみた。そのままギューっとしてみた。

(見間違いじゃない。なんで?)

 混乱する頭を落ち着かせるように、わたしは見たまま感じたままをそのまま口にしていた。

「あしがはっぽんある」
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