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作者: 犬物語
ルームメイトと甘味料
ですわ同居
 唐突な提案である。これにはバクハツ、いやこれは大げさだな。えーっと髪型を整えるつもりでアイロンかけたら予想外にボンバっちゃったの少女も目を丸くしている。

(うん、こんどからヘンな例えやめとこ)

「この方と、ですか?」

 スパイクは柔和にほほえんで頷いた。

「それならうちの空き部屋があるだろうに」

「言っただろうチャールズ。これは彼女たちの問題なのさ」

 オヤジふたりの会話をよそに、ちょっと不安げな面持ちの少女。これは我がパーティーいちの陽キャ、このわたしがひと肌脱がねばなるまい。

「ねえねえ! わたしグレース! あなたはあんずっていうんだね。やっぱり異世界人さん?」

「え、ええ」

「そうなんだ! どこのひと? しこく? きゅーしゅー? それともとーほぐ? あーでも見た目都会ぐらしっぽいからやっぱトーキョーかな?」

「いえ、わたくしこの世界に来てからなにも思い出せなくて」

 あんずは困った顔をした。

「やっぱそうなんだ。じゃああーちゃんも気づいたら異世界に来ちゃったんだね」

「あーちゃん?」

「あっちゃんのほうがいい?」

「いえ、べつにどちらでも構いませんけど」

「じゃああっくんで」

「どっちでもありませんが?!」

 えー、もうワガママだなぁ。

「まいっか。これからよろしくね!」

 初対面のあいさつといったら? 友情のシェイクでしょ。ってことでわたしは手を差し出した。

「え、ええ。よろしくおねがいします」

 納得いかない様子ながら握り返してくれる。よし、この子はいい子だ。

「なーにやってんだか」

 もう片方のロリっ子は相変わらずふてくされた顔しちゃって。グウェンちゃんとはまたタイプがちがった問題児だなぁ。

「おうおうそこのロリっ子。そんなふてくされた顔しちゃってどーしたの?」

「勝手にやってて。うちはもう帰る」

 くるりと背を向ける少女。ちょっちクセのある髪の毛は黒い。さっきまで緑に赤にと大忙しだったのに。

「って、ちょっとまってよ!」

 せめて名前くらい教えてもらってもいーじゃん?

「わたしはグレース。あなたは?」

「どーでもいいでしょ。どうせもう会わないんだし」

「やーだ! おしえて!」

 そしてオトモダチになろ!

 熱意が伝わったのか、ロリっ子はほんのりどころかメッチャイヤそーな目と口と眉になりつつ仕方ないって感じで教えてくれた。

「ドロシーよ。これでいい?」

(ドロシーちゃんかぁ)

 いい名前。なんだかこれからたくさん会うことになりそう。

 そう思ったから、わたしは彼女に向かっておもいっきり手をブンブンした。

「またねー! こんどはいっしょに食べようねー!」

「……まあ、縁があればね」

 少女は足早にこの場を去っていく。もともと小さい身体がさらにちっちゃく消えていくのを見送って、わたしはここで重要なことに気づいた。

「そうだ! まだケーキひと口しか食べてない!」

 わたしは駆け出した。赤い扉をぬけその場所へ一直線に走った。

「ハァ、ハァ――け、ケーキは?」

「ん?」

 無鉄砲に振り向く少年。そのほっぺにはホイップクリームがついていた。

「戻ったか」

 落ち着いた声で迎えの言葉を紡ぐビーちゃん。彼女の手前には、空になったお皿が重なっていた。

 服のボタンがひとつ外れてる。きっとたくさんごちそうを頬張ったのだろう。

「あっけないケンカだったねぇ。途中からややこしい話になったけどお咎めなしになったんだろ?」

 そう言ってチートデイを楽しんでるのはサっちゃんだ。普段タンパク質の虜になってる筋肉マシマシ系アネキは、今日に限って際限なく甘味を貪っていた。

「……」

 そして黙々と食事を進めるのはスパイクの用心棒。いやいや護衛対象は外だぞ? とツッコミを入れる前に、わたしの目には彼が頬張る最後のワンピースに全集中のヨダレ。

「それ、さいご?」

 彼はだまって頷き、言った。

「うまかった」

「――――にゃ」

 わたしはネコじゃない。

「にゃ」

 人間だ。たぶん。だからおいしいケーキに目がないんだ。

「にゃん」

 いつも頑張ってる自分へのごほうびだって。そう思って楽しみにしてたのに。

「にゃ、にゃんてこと」

 山のようにそびえ立っていたケーキが、いまは無惨に突き崩され資源を吸いつくされた鉱山のように瓦解している。

 残っている部分はケーキが倒れないよう添えられた挿し具。つまり食べられるところなんてひとつもない。

「あぁぁ……」

 わたしは膝からガクンと崩れ落ちた。
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