グッバイ宣言
子離れと親離れのむずかしさ
意外だ。どっちかっていうとサっちゃんは争い事がキライだと思ってた。
(っと、決めつけはよくないよね)
もしかしたら他に事情があるかもしれないし。オジサンに軍隊に入ったらプロテイン1年分プレゼントとか言われてしかたなくかもしれないし。
(いや10年ぶんかな?)
「なにボケーっとした顔してんだ?」
ふだんからボケーっとしてる少年に言われた。しつれーな、たとえボケーっとしてたとしてもせめてポケーくらいだよ。
「大した理由じゃないんだけどさ――強いヤツと戦いたくなったってとこかな」
サっちゃんの口から放たれる単語を聞いて、やっぱりという気持ちとまさかとう気持ちが入り交ざった。
「あぁ勘違いしないでおくれよ。アタイだって野蛮な殺し合いはゴメンさ。だけどこの身体を鍛えてきてアタイは――そうだな、うん」
自分の手を握り、力を抜く。常に重いものを持ち上げ続けた彼女の手は硬く丈夫で、それでいてだれよりハリツヤがあるように見える。美容に気を使ってないように見えて実はちゃっかりしてて、それもこれも自分の筋肉を美しく魅せるためだったんだろう。
「鍛錬用の施設もあるんだってさ。っふふ、筋肉にいい食べ物もたくさんあるって話だからね」
「やっぱりタンパク質を人質にされてたんだね!?」
「ひとじちって」
ビーちゃんが呆れた声と顔になった。
「あーあ。みんな離ればなれになっちゃうんだね」
ひととおり話を聞いてまわって、それぞれの決断を知っていろいろな思いが渦巻く。わたしはそんな胸の重さにつっかえ棒を求めてテーブルに身体を寄せた。
もともとフラーに来て、王さまに報告するまでの旅だった。けど、今になって寂しさが募る。目の前においしい食べ物が並んでるのに、この瞬間だけは何も食べる気になれなかった。
「はぁ~あ、なんだか食欲なくなっちゃうなぁ」
「肉くちに運びながら言うセリフか」
「ん?」
(あっ)
ほんとだ。
ジト目の少年が入ったとおり、わたしの手はフォークで肉だんごを刺し口にはこび、わたしの口はそのまるい物体をおいしそうに頬張っていた。
「なんてことだ……手と口が勝手に動いた!」
「やってろ」
オジサンが鼻で笑う。それからさらに続けた。
「グレース、お前こそどうするんだ?」
「このタイミングでそれ言う?」
「むしろ聞くべきタイミングだろ。幸い反逆者の汚名を着せられることもなくなったし、このままうちで――」
「ヤだ、出てく」
わたしの顔はオジサンに、そしてそのとなりで意味深に目を閉じるスパイクに向いていた。
「出てくって、行く宛もないのにどうするつもりだ」
驚いたような、それでいて無知な子どもを諭すような態度でオジサンは続けた。
「右も左もわからぬままフラーで生きていけると思ってるのか?」
「自分でしごと探すもん」
「ギルド登録はどうするつもりだ?」
「登録なしでもしごとできるんでしょ?」
また、オジサンが驚いたような表情を見せる。こんどは純度百パーセントの驚きだ。
「なぜそれを……いやでもダメだ。皿を割ってクビになり路頭に迷うのが目に見えてる」
「なんで皿洗い限定なのさ」
となりのチョビひげが呆れ返った。
(見た目はこんなんなんだけどなぁ)
貴族風味の衣装でありつつくたびれた浮浪者みたいな顔。一件ただの冴えない吟遊詩人風味でありつつ、その正体は迷える子犬におうちとごはんを与えてくれた神様のような人だった。
(ごはんは自分で稼げスタイルだったけどね)
それでも何もないよりはぜんぜんマシだ。
「お嬢さんの意志を尊重してあげなよ」
「スパイク! お前まで子どもを甘やかすようなことを」
「こども――っふふ」
親友の目を見る眼差しは慈愛に満ちていた。
「ちゃんと自分でやってけるさ。彼女はもう子どもじゃないし、幸いこの街の治安は国内トップクラスだろ」
「どこがだ」
テーブルの上で拳をつくり、彼は力説した。
「ひとたび路地裏に入れば幻覚剤を身体にぶち込んだ浮浪者どもが野ざらしになってるんだぞ? 町並みに目を向ければ土地の売買で勢力争い、地区ごとに物価が異なる格差、そんな現実から目を背けて自ら動かぬ国民たち。この現状は私が昔旅した、衰退の末隣国に滅ぼされた弱小国と同じだ」
(そこまで言っちゃう?)
わたしをはじめ、異世界組がこぞってそんな顔をした。
「おいらがそうさせないよ」
(すっごい自信!?)
「チャールズ、キミはちょっと過保護すぎるんだよ。いまの彼女を見てごらん?」
オジサンに披露するように、スパイクがこちらに向かって腕をひろげた。
「キミがいっぱしのぉ、その、狩人に育て上げたんでしょ? なら食い扶持くらいいくらでもある。冒険者ギルドで仕事探しもできるし力仕事だって問題ない」
(んー、そうかな?)
我がチームの力仕事といえばサっちゃんだけど、わたしはあんなパワー持ってないし、できてイノシシさんの突進を受け止めて川の向こう岸まで投げ込むくらい?
「しかし、しかしだな? ここから出ていくことはないじゃないか」
(……オジサン?)
うろたえたような声色。その声は、外堀を埋められ反論できなくて、それでも手放したくない何かを求めるような悲嘆をもっていた。
「ありがとう」
気づけば、わたしはそんなことばを口走っていた。
「グレース」
困り顔のオジサンに宣言する。わたしは立派なレディーだよって。
「わたしね、みんなといっしょにいろいろな場所を旅してほんとに楽しかった」
その楽しさがずっと続けばいいと思ってた。
「オジサンからいろんなことを教えてもらった。すっごく感謝してるよ、ありがとう!」
国がそれを許さなかった。
「異世界人にはふしぎなパワーがあるんだよね。だからみんなこの力を使っていろいろさせたいんでしょ? でもね」
これは他の人とケンカするための力じゃない。
「わたしはみんなが笑顔になれるような世界がすき。ケンカして怒った顔するのはイヤなの」
だから、これはわたしのグッバイ宣言。
オジサンのことは好き。だけどオジサンは戦いが好き。そんなオジサンはイヤだ。
「戦争をやめたらこっちに来てね」
わたしは待ってるから。
「……グレース、おまえ」
(えっ)
やだ、そんなジロジロ見られたらはずかしーんだけど?
「大きくなったんだな」
「ほんと!?」
わたしは思わず立ち上がった。んーでもとくに視線が高くなったと感じないなぁ。
「あっはっは! たぶん1ミリくらい背が伸びたんじゃないかな?」
スパイクの笑い声だけが響き、オジサンはそんな親友に非難の目を向けた。
(っと、決めつけはよくないよね)
もしかしたら他に事情があるかもしれないし。オジサンに軍隊に入ったらプロテイン1年分プレゼントとか言われてしかたなくかもしれないし。
(いや10年ぶんかな?)
「なにボケーっとした顔してんだ?」
ふだんからボケーっとしてる少年に言われた。しつれーな、たとえボケーっとしてたとしてもせめてポケーくらいだよ。
「大した理由じゃないんだけどさ――強いヤツと戦いたくなったってとこかな」
サっちゃんの口から放たれる単語を聞いて、やっぱりという気持ちとまさかとう気持ちが入り交ざった。
「あぁ勘違いしないでおくれよ。アタイだって野蛮な殺し合いはゴメンさ。だけどこの身体を鍛えてきてアタイは――そうだな、うん」
自分の手を握り、力を抜く。常に重いものを持ち上げ続けた彼女の手は硬く丈夫で、それでいてだれよりハリツヤがあるように見える。美容に気を使ってないように見えて実はちゃっかりしてて、それもこれも自分の筋肉を美しく魅せるためだったんだろう。
「鍛錬用の施設もあるんだってさ。っふふ、筋肉にいい食べ物もたくさんあるって話だからね」
「やっぱりタンパク質を人質にされてたんだね!?」
「ひとじちって」
ビーちゃんが呆れた声と顔になった。
「あーあ。みんな離ればなれになっちゃうんだね」
ひととおり話を聞いてまわって、それぞれの決断を知っていろいろな思いが渦巻く。わたしはそんな胸の重さにつっかえ棒を求めてテーブルに身体を寄せた。
もともとフラーに来て、王さまに報告するまでの旅だった。けど、今になって寂しさが募る。目の前においしい食べ物が並んでるのに、この瞬間だけは何も食べる気になれなかった。
「はぁ~あ、なんだか食欲なくなっちゃうなぁ」
「肉くちに運びながら言うセリフか」
「ん?」
(あっ)
ほんとだ。
ジト目の少年が入ったとおり、わたしの手はフォークで肉だんごを刺し口にはこび、わたしの口はそのまるい物体をおいしそうに頬張っていた。
「なんてことだ……手と口が勝手に動いた!」
「やってろ」
オジサンが鼻で笑う。それからさらに続けた。
「グレース、お前こそどうするんだ?」
「このタイミングでそれ言う?」
「むしろ聞くべきタイミングだろ。幸い反逆者の汚名を着せられることもなくなったし、このままうちで――」
「ヤだ、出てく」
わたしの顔はオジサンに、そしてそのとなりで意味深に目を閉じるスパイクに向いていた。
「出てくって、行く宛もないのにどうするつもりだ」
驚いたような、それでいて無知な子どもを諭すような態度でオジサンは続けた。
「右も左もわからぬままフラーで生きていけると思ってるのか?」
「自分でしごと探すもん」
「ギルド登録はどうするつもりだ?」
「登録なしでもしごとできるんでしょ?」
また、オジサンが驚いたような表情を見せる。こんどは純度百パーセントの驚きだ。
「なぜそれを……いやでもダメだ。皿を割ってクビになり路頭に迷うのが目に見えてる」
「なんで皿洗い限定なのさ」
となりのチョビひげが呆れ返った。
(見た目はこんなんなんだけどなぁ)
貴族風味の衣装でありつつくたびれた浮浪者みたいな顔。一件ただの冴えない吟遊詩人風味でありつつ、その正体は迷える子犬におうちとごはんを与えてくれた神様のような人だった。
(ごはんは自分で稼げスタイルだったけどね)
それでも何もないよりはぜんぜんマシだ。
「お嬢さんの意志を尊重してあげなよ」
「スパイク! お前まで子どもを甘やかすようなことを」
「こども――っふふ」
親友の目を見る眼差しは慈愛に満ちていた。
「ちゃんと自分でやってけるさ。彼女はもう子どもじゃないし、幸いこの街の治安は国内トップクラスだろ」
「どこがだ」
テーブルの上で拳をつくり、彼は力説した。
「ひとたび路地裏に入れば幻覚剤を身体にぶち込んだ浮浪者どもが野ざらしになってるんだぞ? 町並みに目を向ければ土地の売買で勢力争い、地区ごとに物価が異なる格差、そんな現実から目を背けて自ら動かぬ国民たち。この現状は私が昔旅した、衰退の末隣国に滅ぼされた弱小国と同じだ」
(そこまで言っちゃう?)
わたしをはじめ、異世界組がこぞってそんな顔をした。
「おいらがそうさせないよ」
(すっごい自信!?)
「チャールズ、キミはちょっと過保護すぎるんだよ。いまの彼女を見てごらん?」
オジサンに披露するように、スパイクがこちらに向かって腕をひろげた。
「キミがいっぱしのぉ、その、狩人に育て上げたんでしょ? なら食い扶持くらいいくらでもある。冒険者ギルドで仕事探しもできるし力仕事だって問題ない」
(んー、そうかな?)
我がチームの力仕事といえばサっちゃんだけど、わたしはあんなパワー持ってないし、できてイノシシさんの突進を受け止めて川の向こう岸まで投げ込むくらい?
「しかし、しかしだな? ここから出ていくことはないじゃないか」
(……オジサン?)
うろたえたような声色。その声は、外堀を埋められ反論できなくて、それでも手放したくない何かを求めるような悲嘆をもっていた。
「ありがとう」
気づけば、わたしはそんなことばを口走っていた。
「グレース」
困り顔のオジサンに宣言する。わたしは立派なレディーだよって。
「わたしね、みんなといっしょにいろいろな場所を旅してほんとに楽しかった」
その楽しさがずっと続けばいいと思ってた。
「オジサンからいろんなことを教えてもらった。すっごく感謝してるよ、ありがとう!」
国がそれを許さなかった。
「異世界人にはふしぎなパワーがあるんだよね。だからみんなこの力を使っていろいろさせたいんでしょ? でもね」
これは他の人とケンカするための力じゃない。
「わたしはみんなが笑顔になれるような世界がすき。ケンカして怒った顔するのはイヤなの」
だから、これはわたしのグッバイ宣言。
オジサンのことは好き。だけどオジサンは戦いが好き。そんなオジサンはイヤだ。
「戦争をやめたらこっちに来てね」
わたしは待ってるから。
「……グレース、おまえ」
(えっ)
やだ、そんなジロジロ見られたらはずかしーんだけど?
「大きくなったんだな」
「ほんと!?」
わたしは思わず立ち上がった。んーでもとくに視線が高くなったと感じないなぁ。
「あっはっは! たぶん1ミリくらい背が伸びたんじゃないかな?」
スパイクの笑い声だけが響き、オジサンはそんな親友に非難の目を向けた。