正論は正しい論理じゃない
正しさに押しつぶされそうなアナタへ
「ごめんなさい、よく聞こえませんでした。もういちど言ってくれませんか?」
グウェンちゃんがほんのり声のトーンを下げた。それに対しオジサンはさらっといつものトーン。
「ムリをしすぎてないか? 今日ずっと働き詰めだろう」
「べつに、いつもどおりのことですから」
「村にたどり着いてそうそう教会の手伝い。道具一式抱えてこの時間まではたらくとは。何もしてないグレースと違って疲れも溜まるだろう」
(なにおぅ! わたしだってごあいさつとかにもつ運びとかいろいろやったもん!)
ってことばは飲み込んだ。だってなんかあやしい雰囲気なんだもん。
「見てたのですか? ちょっと感じわるいですね」
「そうツンツンするな。パーティーメンバーの行動や性格を把握するのはリーダーとして当然のことだろう?」
(そのりくつでストーカーはないわ)
「そのりくつでストーカーはないわ」
こんどは思ったこと言った。
「まあ、私のことは置いといてだ……なにを焦っている?」
「あせる? あたしがですか?」
「滞在期間がわずかとはいえ、その日のうちに村すべてを巡業するのはハードスケジュールだろう」
「助けを求める人々に手を差し伸べてなにかわるいことでも?」
「そうは言ってない。ただ、使命感というにはあまりにも急ぎすぎだ。キミ自身がまるで楽しんでないじゃないか」
「これは村の人々のために行っています。あたしが楽しんでなんの意味があると――」
「あるだろう?」
オジサンがグウェンちゃんに手を差し伸べる。まるで、グウェンちゃんが村の人々にそうしたように。
「キミがみんなを助けたいと思うように、彼らとてキミを案じている。時間に追われるようにこなしていては、いずれ心配されてしまうのではないか?」
「自分のことは自分がいちばんよく知ってます。それに、この程度で音を上げてるようではアニスさまに顔向けできません」
「やけにアニス殿を慕っているようだな。命の恩人だからか?」
「やっぱり聞いてたんですね……はい。あたしはアニスさまを尊敬しています」
少女の瞳に迷いはなかった。
「この世界で目覚めたとき、あたしはじぶんの名前しか覚えてませんでした。なぜこのような場所にいるのか、なんでじぶんがこんな目に遭わなきゃいけないのか――雨に打たれて荒んだこころに手を差し伸べてくださった。ううん、差し伸べるだけじゃない。あたしの手を掴んで、引っ張ってくれた」
「……そうか」
厳しい目をするグウェンちゃんに対し、オジサンはいつまでもやさしい目をしていた。
「キミの本心は、人を救いたいのではないのだな」
「ええそうです。しょーじきに白状します。やさしさとか慈しみなんかこれっぽっちもありませんよ。あたしはアニスさまに救われたから、アニスさまの望みをじぶんの望みとし、アニスさまの願いをじぶんの願いとしているのです」
(グウェンちゃん)
オジサンがグウェンちゃんのからにヒビを入れた。それはぱっくりと割れて彼女のこころを溢れさせた。さいごに残されたのは、本心をさらけだした幼い少女の嘲笑だった。
(でも、なんだろう? それもなんかちがう気がする)
なんだろう? グウェンちゃんが見せる表情のひとつひとつが、わたしにちがうと伝えてるような気がした。
「なにか問題ありますか?」
「いやそうは思わん。だが彼女を言い訳の道具にするな」
「ちょっとオジサン」
それは言い過ぎじゃない? そう言おうとしたけど遅かった。
「なにを、なぜそう言い切れるのですか!」
「アニス殿は、キミが自分を押し殺して日々を過ごしていることに気づいていたぞ。もっと自由に羽ばたくべきだともな」
グウェンちゃんがはっとしたような表情になった。
「アニスさまがそんなことを」
「今のキミは教会に縛られているとも言っていた」
「それは、べつにいいんです! あたしはアニスさまの理想を自分の理想だと思って――」
「そう思うならさっさと親離れしたらどうだ。アニス殿はたしかに偉大な人物だが、いつまでもその背中を追いかければ良いだけではないだろう」
「オジサン、それは――」
それは、たぶん合ってるんだろう。正しいのかもしれない。
オジサンが言ってることは理屈っぽくて、たぶんそういう考えで見たら正解なんだと思う。けどそうじゃない。
「あ、あたしは、アニスさまのために。でもアニスさまはそんなことを」
迷う子どもに、オジサンは小さいため息とともに諭すような声色を放った。
「アニス殿のためにも、自分の目標を見据えた行動をしていこう」
オジサンは、たぶんグウェンちゃんのことを考えて言ってるんだと思う。言ってくれてるんだと思う。
見た目はこんなだけど、人にあれこれ教えるのがとてもうまくて、わたしたちはオジサンにいろいろなことを教えてもらった。短剣の扱い方だって教わったし、どうやって獲物を仕留めたらいいかとか、火起こしのコツとか寝袋がなくてもあったかく眠れる方法とか。
だからなんでもかんでも教えようと思っちゃう。じぶんが知ってる正しいことを伝えようとしちゃう。
「それなら」
正しいことを言えばいい。それはきっと正しくない。
これは正しいかどうかとか良い悪いとかかんけーないんだ。
「アニスさまからそのことばを聞きたかった!」
「グウェンちゃん!」
光るモノを頬から落として、少女は走りだした。
このままいなくなってしまうんじゃないか、そう思った瞬間勝手に足が動いてた。
背中のほうでオジサンの声が聞こえたような気がしたけど、いまはそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
ただ、さみしくて泣いてるあの子のもとへ。自分の行いを否定されて、なにも言い返せなくて、悔しさと寂しさを感じてるあの子のもとへ走りたかった。
グウェンちゃんがほんのり声のトーンを下げた。それに対しオジサンはさらっといつものトーン。
「ムリをしすぎてないか? 今日ずっと働き詰めだろう」
「べつに、いつもどおりのことですから」
「村にたどり着いてそうそう教会の手伝い。道具一式抱えてこの時間まではたらくとは。何もしてないグレースと違って疲れも溜まるだろう」
(なにおぅ! わたしだってごあいさつとかにもつ運びとかいろいろやったもん!)
ってことばは飲み込んだ。だってなんかあやしい雰囲気なんだもん。
「見てたのですか? ちょっと感じわるいですね」
「そうツンツンするな。パーティーメンバーの行動や性格を把握するのはリーダーとして当然のことだろう?」
(そのりくつでストーカーはないわ)
「そのりくつでストーカーはないわ」
こんどは思ったこと言った。
「まあ、私のことは置いといてだ……なにを焦っている?」
「あせる? あたしがですか?」
「滞在期間がわずかとはいえ、その日のうちに村すべてを巡業するのはハードスケジュールだろう」
「助けを求める人々に手を差し伸べてなにかわるいことでも?」
「そうは言ってない。ただ、使命感というにはあまりにも急ぎすぎだ。キミ自身がまるで楽しんでないじゃないか」
「これは村の人々のために行っています。あたしが楽しんでなんの意味があると――」
「あるだろう?」
オジサンがグウェンちゃんに手を差し伸べる。まるで、グウェンちゃんが村の人々にそうしたように。
「キミがみんなを助けたいと思うように、彼らとてキミを案じている。時間に追われるようにこなしていては、いずれ心配されてしまうのではないか?」
「自分のことは自分がいちばんよく知ってます。それに、この程度で音を上げてるようではアニスさまに顔向けできません」
「やけにアニス殿を慕っているようだな。命の恩人だからか?」
「やっぱり聞いてたんですね……はい。あたしはアニスさまを尊敬しています」
少女の瞳に迷いはなかった。
「この世界で目覚めたとき、あたしはじぶんの名前しか覚えてませんでした。なぜこのような場所にいるのか、なんでじぶんがこんな目に遭わなきゃいけないのか――雨に打たれて荒んだこころに手を差し伸べてくださった。ううん、差し伸べるだけじゃない。あたしの手を掴んで、引っ張ってくれた」
「……そうか」
厳しい目をするグウェンちゃんに対し、オジサンはいつまでもやさしい目をしていた。
「キミの本心は、人を救いたいのではないのだな」
「ええそうです。しょーじきに白状します。やさしさとか慈しみなんかこれっぽっちもありませんよ。あたしはアニスさまに救われたから、アニスさまの望みをじぶんの望みとし、アニスさまの願いをじぶんの願いとしているのです」
(グウェンちゃん)
オジサンがグウェンちゃんのからにヒビを入れた。それはぱっくりと割れて彼女のこころを溢れさせた。さいごに残されたのは、本心をさらけだした幼い少女の嘲笑だった。
(でも、なんだろう? それもなんかちがう気がする)
なんだろう? グウェンちゃんが見せる表情のひとつひとつが、わたしにちがうと伝えてるような気がした。
「なにか問題ありますか?」
「いやそうは思わん。だが彼女を言い訳の道具にするな」
「ちょっとオジサン」
それは言い過ぎじゃない? そう言おうとしたけど遅かった。
「なにを、なぜそう言い切れるのですか!」
「アニス殿は、キミが自分を押し殺して日々を過ごしていることに気づいていたぞ。もっと自由に羽ばたくべきだともな」
グウェンちゃんがはっとしたような表情になった。
「アニスさまがそんなことを」
「今のキミは教会に縛られているとも言っていた」
「それは、べつにいいんです! あたしはアニスさまの理想を自分の理想だと思って――」
「そう思うならさっさと親離れしたらどうだ。アニス殿はたしかに偉大な人物だが、いつまでもその背中を追いかければ良いだけではないだろう」
「オジサン、それは――」
それは、たぶん合ってるんだろう。正しいのかもしれない。
オジサンが言ってることは理屈っぽくて、たぶんそういう考えで見たら正解なんだと思う。けどそうじゃない。
「あ、あたしは、アニスさまのために。でもアニスさまはそんなことを」
迷う子どもに、オジサンは小さいため息とともに諭すような声色を放った。
「アニス殿のためにも、自分の目標を見据えた行動をしていこう」
オジサンは、たぶんグウェンちゃんのことを考えて言ってるんだと思う。言ってくれてるんだと思う。
見た目はこんなだけど、人にあれこれ教えるのがとてもうまくて、わたしたちはオジサンにいろいろなことを教えてもらった。短剣の扱い方だって教わったし、どうやって獲物を仕留めたらいいかとか、火起こしのコツとか寝袋がなくてもあったかく眠れる方法とか。
だからなんでもかんでも教えようと思っちゃう。じぶんが知ってる正しいことを伝えようとしちゃう。
「それなら」
正しいことを言えばいい。それはきっと正しくない。
これは正しいかどうかとか良い悪いとかかんけーないんだ。
「アニスさまからそのことばを聞きたかった!」
「グウェンちゃん!」
光るモノを頬から落として、少女は走りだした。
このままいなくなってしまうんじゃないか、そう思った瞬間勝手に足が動いてた。
背中のほうでオジサンの声が聞こえたような気がしたけど、いまはそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
ただ、さみしくて泣いてるあの子のもとへ。自分の行いを否定されて、なにも言い返せなくて、悔しさと寂しさを感じてるあの子のもとへ走りたかった。