ひとのこころには層がある
アナタが今やってること、それをなぜやり始めたのですか?
教会のひとたちは、いつも貧しい暮らしをしてるんだって。
ほんとうはたくさんお金も持ってるし、食べ物もたくさんあるし、その気になればたくさんの兵隊さんを雇ったり、自力で戦えたりする。自衛のための戦闘スキルはもちろん、教会では治療魔法をおべんきょうするのが当たり前なんだって。
でもそれは戦うためじゃない。本質は人に手を差し伸べ救うことにあるってアニスさんが言ってた。それを証明するために、教会のひとたちは積極的に人助けをする。たとえばアニスさんとグウェンちゃんがやってたやつとか。
教会はどんなに小さくてもかならず治療師さんがいて、常に開放され夜中でも人を受け入れる。この教会は、外観はいっぱんてき? なものだったけど中に入ると教会っていうより神殿って感じの見た目だった。
「はぇ~、きょうかいのひとってみんな熱心なんだね」
「これくらい当然です」
おじいさんの手当てをすませたグウェンちゃんは、そのまま道端の石壁にちょこんとすわった。
「さっきもいーっぱい人がいたよね。教会っていいつもあんなかんじなの?」
「日によりますけど、今日はとくに多かったですね」
それはきっとグウェンちゃん目当てのお客さんがいたからだ。
「こういった村ではただ傷を癒やすだけではなくて、教会と人との交流も大切なのです。でなければ絆をむすぶことはできませんから」
「ふ~ん」
なんだかよくわからないけど、みんななかよくはいいことってことだね!
「次に生きますよ」
「え、もう行っちゃうの?」
さっき休みはじめたばかりなのに?
「休んでたわけじゃありません。道具を確認して次の場所に向かう準備をしてただけです」
言って早々に歩いていく。そんな少女についていくと、村のすみっこにちいさな一軒家が建っていた。
「こんにちは」
数度のノック。そして返事がくるのを待ってから、彼女は扉のノブをまわした。
「いらっしゃい」
「お久しぶりです。ヒガシミョー教会のグウェンです。おばあさんはいらっしゃいますか?」
「あぁ教会の方ですね、すこしお待ちください」
わたしたちを迎えた女性は、グウェンちゃんのことばを受けて部屋の奥に行き、すこししてからまた戻ってくる。
「いま起きたところです。どうぞ」
部屋を通されて、グウェンちゃんは小さな一室へと足をすすめた。そこにはひとつのベッドがあり、窓から外をみつめるおばあちゃんの姿があった。
「あら、あのときの天使さま」
「てんし?」
「アニスさまのことです。いろいろな村でこういった活動をして、いつしかそう呼ばれるように」
「ありがとうねぇ、おかげでぜんぜん動かなかった身体が、多少は立ってあるけるようになったんだよ」
「それはよかったです」
おばあさんと会話をしつつ、その手はてきぱきとカゴから道具を広げている。なにか透明な液体が入ったビンと布。白いカケラと葉っぱと、それらをすりつぶすための道具。
治療魔法も使うけど、グウェンちゃんやアニスさんは薬草を使った治療もよく行っていた。
「そちらのお嬢さんは?」
「気にしないでくださいカンケーない人ですから」
「ひっど! わたしだってこういうのできるもん」
おじさんと旅してる間だっていろいろなトコで働いたんだからね!
バーでウェイトレスとして働いておぼんをひっくり返したり!
受付をやるかわりに無料宿泊させてくれたお宿でお客さんからおかねもらうのわすれたり!
教会の壁に登って窓拭きしようとしたらヒビ入れちゃったり!
(――あれ?)
いい思い出がないのですがそれは。
「グレースさまは何もしないでください。くれぐれも」
ちなみに、グウェンちゃんは教会の件を知ってます。
めっちゃ疑り深いおめめをしてます。
ってうかもう逆に「アナタはそういう人であると信じてます」的な?
(くれぐれもって念押しをいただきました)
「はい」
ってことで、部屋の隅っこでだまって見てます。
「ほんともうしわけないねぇ、こちらにはお金もありゃしないのに」
「いいんです。お金目当てでこうしてるわけではありませんから」
そのことばを聞いて、おばあさんは感極まったかのように目から雫を垂らした。
「ああ……なんという」
「さあ、これを飲んでください」
ふたりの話は教会のことからアニスさん、そしてこの村のことにまでなって、黙ってられず参加したわたし、そして途中で部屋に入ってきたわたしたちを迎え入れてくれたおんなのひとを含めて会話に花を咲かせた。
むかーしむかし、この村に勇者が立ち寄って、村の住民におねがいされて作物を荒らすマモノを討伐することになったそうな。
そのマモノは羊の姿をしており、激しい戦いの末、勇者はみごとマモノの討伐に成功します。
それから、この村では牧羊が盛んになりましたとさ。
(うーん……なんか話がビミョーにつながってないような気がするんだけど)
「いろいろ引き止めちゃってすまないね……あんた、このおふたりにりんごを分けておやり」
「そのお気持ちだけでけっこうです。どうぞお身体に気をつけてください」
小さな外見に大人びた態度。グウェンちゃんはそのままおうちを後にした。
それからいろんな家をまわって、それぞれ感謝のことばをもらったりお供え物を断ったりして治療の旅はおわった。
「くぅつかれた~」
もう足がぼーになってるよぼーに!
「そうですね」
グウェンちゃんも小さな身体を上下に動かしている。
基本はおくすりを飲んでもらって、身体におかしいところはないかたずねて、ほんとうに必要なときだけ治療魔法を使う。アニスさんが使うそれとは違い、グウェンちゃんは異世界人のスキルとして魔法を使ってた。
「教会のおしごとっていそがしーんだね」
「そうですね……ですが、あたしは教会のお役目だからというだけでこの活動をしてるわけではありません。彼らを見てください」
グウェンちゃんの視線は、広場であそぶこともたちに向いていた。
「あはは、こどもたちはどんなに走ってもげんきだよねぇ~」
「アナタがそれを言いますか」
「むむ、それってどういう意味?」
「べつに」
お?
(いまわらった?)
よし表情チェックだ! って顔を覗き込む。わたしのそんな態度におっきなため息をだしつつ、グウェンちゃんは子どもたちに慈しみの眼差しを向けた。
「アニスさまはほんとうに民衆を想って行動しているのです」
ほんとうに、こころのソコからそう思ってることばだった
「人のために行動し人のために成すべきことを成す。もし、村はずれで倒れていたあたしをアニスさまが見つけていなかったら、あたしは今頃死んでいたかもしれない。もしくは心いやしい盗賊に成り果てていたかもしれない」
「そんなこと……」
ない、という言葉がノドから出なかった。いやだっているじゃん?
「人はよわい。よわさ故に他者を助けようとしない。そんななか、アニスさまはあたしを助けてくださいました」
「そういえば、グウェンちゃんも草原とかで目がさめたの?」
「ええ。その時は嵐が近づいて大荒れの天気でした」
「え! だいじょうぶだったの?」
わたしの問いにグウェンちゃんは顔を伏せる。
「……目覚めたときにはすでに風が強く、すぐ雨が降り始めました。わけがわからないまま木陰に入ったはいいものの、そこで野生動物に襲われてしまって」
(うわあ)
それはヒドい。
「嵐のなか、あたしは逃げました。にげてにげて、やっと人が暮らす建物が見えたところで力尽きて――そこで、アニスさまに助けていただきました」
「そうだったんだ」
村のひとたちじゃないけど、極限状態のなか救いの手を差し伸べてくれたアニスさんの姿は、グウェンちゃんの目にもきっと天使に見えたんだろう。
「あたしはアニスさまに助けられました。命を助けていただいた御恩をまだ返しきれていません。アニスさまの願いはあたしの願いでもあるのです」
「ねがい?」
「すべての人々にすべからく救いの手を。それがアニスさまの信念でありあたしの信念です」
「……すごいね、グウェンちゃん」
この身体にどれほどのパワーを秘めてるんだろう。わたしのほうが目線もそのほかいろいろもおっきーけど、目の前にいる少女のほうが何倍も大きな存在感をもってるような気がした。
「なるほど、つとめて立派な心意気だな」
「オジサン?」
教会に向かう途中、建物の一軒に身体を寄せたオジサンと出くわした。
出くわしたっていうより、オジサンがタイミングを見計らっていたような気がする。
「だがそれが、アニス殿の望まぬことだとしたらどうする?」
「……なんですって?」
少女が不審な目を向けた。
ほんとうはたくさんお金も持ってるし、食べ物もたくさんあるし、その気になればたくさんの兵隊さんを雇ったり、自力で戦えたりする。自衛のための戦闘スキルはもちろん、教会では治療魔法をおべんきょうするのが当たり前なんだって。
でもそれは戦うためじゃない。本質は人に手を差し伸べ救うことにあるってアニスさんが言ってた。それを証明するために、教会のひとたちは積極的に人助けをする。たとえばアニスさんとグウェンちゃんがやってたやつとか。
教会はどんなに小さくてもかならず治療師さんがいて、常に開放され夜中でも人を受け入れる。この教会は、外観はいっぱんてき? なものだったけど中に入ると教会っていうより神殿って感じの見た目だった。
「はぇ~、きょうかいのひとってみんな熱心なんだね」
「これくらい当然です」
おじいさんの手当てをすませたグウェンちゃんは、そのまま道端の石壁にちょこんとすわった。
「さっきもいーっぱい人がいたよね。教会っていいつもあんなかんじなの?」
「日によりますけど、今日はとくに多かったですね」
それはきっとグウェンちゃん目当てのお客さんがいたからだ。
「こういった村ではただ傷を癒やすだけではなくて、教会と人との交流も大切なのです。でなければ絆をむすぶことはできませんから」
「ふ~ん」
なんだかよくわからないけど、みんななかよくはいいことってことだね!
「次に生きますよ」
「え、もう行っちゃうの?」
さっき休みはじめたばかりなのに?
「休んでたわけじゃありません。道具を確認して次の場所に向かう準備をしてただけです」
言って早々に歩いていく。そんな少女についていくと、村のすみっこにちいさな一軒家が建っていた。
「こんにちは」
数度のノック。そして返事がくるのを待ってから、彼女は扉のノブをまわした。
「いらっしゃい」
「お久しぶりです。ヒガシミョー教会のグウェンです。おばあさんはいらっしゃいますか?」
「あぁ教会の方ですね、すこしお待ちください」
わたしたちを迎えた女性は、グウェンちゃんのことばを受けて部屋の奥に行き、すこししてからまた戻ってくる。
「いま起きたところです。どうぞ」
部屋を通されて、グウェンちゃんは小さな一室へと足をすすめた。そこにはひとつのベッドがあり、窓から外をみつめるおばあちゃんの姿があった。
「あら、あのときの天使さま」
「てんし?」
「アニスさまのことです。いろいろな村でこういった活動をして、いつしかそう呼ばれるように」
「ありがとうねぇ、おかげでぜんぜん動かなかった身体が、多少は立ってあるけるようになったんだよ」
「それはよかったです」
おばあさんと会話をしつつ、その手はてきぱきとカゴから道具を広げている。なにか透明な液体が入ったビンと布。白いカケラと葉っぱと、それらをすりつぶすための道具。
治療魔法も使うけど、グウェンちゃんやアニスさんは薬草を使った治療もよく行っていた。
「そちらのお嬢さんは?」
「気にしないでくださいカンケーない人ですから」
「ひっど! わたしだってこういうのできるもん」
おじさんと旅してる間だっていろいろなトコで働いたんだからね!
バーでウェイトレスとして働いておぼんをひっくり返したり!
受付をやるかわりに無料宿泊させてくれたお宿でお客さんからおかねもらうのわすれたり!
教会の壁に登って窓拭きしようとしたらヒビ入れちゃったり!
(――あれ?)
いい思い出がないのですがそれは。
「グレースさまは何もしないでください。くれぐれも」
ちなみに、グウェンちゃんは教会の件を知ってます。
めっちゃ疑り深いおめめをしてます。
ってうかもう逆に「アナタはそういう人であると信じてます」的な?
(くれぐれもって念押しをいただきました)
「はい」
ってことで、部屋の隅っこでだまって見てます。
「ほんともうしわけないねぇ、こちらにはお金もありゃしないのに」
「いいんです。お金目当てでこうしてるわけではありませんから」
そのことばを聞いて、おばあさんは感極まったかのように目から雫を垂らした。
「ああ……なんという」
「さあ、これを飲んでください」
ふたりの話は教会のことからアニスさん、そしてこの村のことにまでなって、黙ってられず参加したわたし、そして途中で部屋に入ってきたわたしたちを迎え入れてくれたおんなのひとを含めて会話に花を咲かせた。
むかーしむかし、この村に勇者が立ち寄って、村の住民におねがいされて作物を荒らすマモノを討伐することになったそうな。
そのマモノは羊の姿をしており、激しい戦いの末、勇者はみごとマモノの討伐に成功します。
それから、この村では牧羊が盛んになりましたとさ。
(うーん……なんか話がビミョーにつながってないような気がするんだけど)
「いろいろ引き止めちゃってすまないね……あんた、このおふたりにりんごを分けておやり」
「そのお気持ちだけでけっこうです。どうぞお身体に気をつけてください」
小さな外見に大人びた態度。グウェンちゃんはそのままおうちを後にした。
それからいろんな家をまわって、それぞれ感謝のことばをもらったりお供え物を断ったりして治療の旅はおわった。
「くぅつかれた~」
もう足がぼーになってるよぼーに!
「そうですね」
グウェンちゃんも小さな身体を上下に動かしている。
基本はおくすりを飲んでもらって、身体におかしいところはないかたずねて、ほんとうに必要なときだけ治療魔法を使う。アニスさんが使うそれとは違い、グウェンちゃんは異世界人のスキルとして魔法を使ってた。
「教会のおしごとっていそがしーんだね」
「そうですね……ですが、あたしは教会のお役目だからというだけでこの活動をしてるわけではありません。彼らを見てください」
グウェンちゃんの視線は、広場であそぶこともたちに向いていた。
「あはは、こどもたちはどんなに走ってもげんきだよねぇ~」
「アナタがそれを言いますか」
「むむ、それってどういう意味?」
「べつに」
お?
(いまわらった?)
よし表情チェックだ! って顔を覗き込む。わたしのそんな態度におっきなため息をだしつつ、グウェンちゃんは子どもたちに慈しみの眼差しを向けた。
「アニスさまはほんとうに民衆を想って行動しているのです」
ほんとうに、こころのソコからそう思ってることばだった
「人のために行動し人のために成すべきことを成す。もし、村はずれで倒れていたあたしをアニスさまが見つけていなかったら、あたしは今頃死んでいたかもしれない。もしくは心いやしい盗賊に成り果てていたかもしれない」
「そんなこと……」
ない、という言葉がノドから出なかった。いやだっているじゃん?
「人はよわい。よわさ故に他者を助けようとしない。そんななか、アニスさまはあたしを助けてくださいました」
「そういえば、グウェンちゃんも草原とかで目がさめたの?」
「ええ。その時は嵐が近づいて大荒れの天気でした」
「え! だいじょうぶだったの?」
わたしの問いにグウェンちゃんは顔を伏せる。
「……目覚めたときにはすでに風が強く、すぐ雨が降り始めました。わけがわからないまま木陰に入ったはいいものの、そこで野生動物に襲われてしまって」
(うわあ)
それはヒドい。
「嵐のなか、あたしは逃げました。にげてにげて、やっと人が暮らす建物が見えたところで力尽きて――そこで、アニスさまに助けていただきました」
「そうだったんだ」
村のひとたちじゃないけど、極限状態のなか救いの手を差し伸べてくれたアニスさんの姿は、グウェンちゃんの目にもきっと天使に見えたんだろう。
「あたしはアニスさまに助けられました。命を助けていただいた御恩をまだ返しきれていません。アニスさまの願いはあたしの願いでもあるのです」
「ねがい?」
「すべての人々にすべからく救いの手を。それがアニスさまの信念でありあたしの信念です」
「……すごいね、グウェンちゃん」
この身体にどれほどのパワーを秘めてるんだろう。わたしのほうが目線もそのほかいろいろもおっきーけど、目の前にいる少女のほうが何倍も大きな存在感をもってるような気がした。
「なるほど、つとめて立派な心意気だな」
「オジサン?」
教会に向かう途中、建物の一軒に身体を寄せたオジサンと出くわした。
出くわしたっていうより、オジサンがタイミングを見計らっていたような気がする。
「だがそれが、アニス殿の望まぬことだとしたらどうする?」
「……なんですって?」
少女が不審な目を向けた。