旅立ちは朝がいい
覚醒スキルと呼べばいいのか超絶スキルと呼べばいいのか
「これが、オレ?」
夜。
本来の暗さをとりもどした空間に、ひとりのケモノがいた。
ううん、その姿は青年を飛び越えてオトナな雰囲気さえある。もともと背が高めだったけど、それに厚みが加わって、毛がふさふさになったことでそれに拍車がかかってる。
身体が大きくなったせいか声も変わってる。さっきのおんなの子、なまえはキャスっていったかな? ――あの子が使った水の魔法のせいで、いまのスプリットくんは水に濡れてた状態になってる。
それがなんていうか、あの姿のワイルドな雰囲気をつよくしてるっていうか……かっこいいっていうか。
(あ、ちょっとだけだからね! ぜんぜん、べつに好きになったとかそういうワケじゃないからね!)
だれに言うでもない言い訳をこころのなかで繰り返してみる。いや実際そうだし。
「へへ、なんか知らねーけど使えちまった」
じぶんの両手をグーしてパーして、ジャンプして、おもったより跳んじゃったせいでバランスを崩して、
「キャッ!」
「おっと」
眼前にフサフサな胸板があった。
それに触れそうになった。
「わりぃ、まだ馴れてないから」
わたしは慌てていっぽさがった。
「ううん! いいの」
「それよりだいじょぶか? どこかケガは?」
おっきくなったスプリットくんの問いかけに、わたしは全身を見回したり痛いところがないか確認したり。
「へーき」
「ふたりとも無事か? ――えっと」
そんなやりとりをしていたとき、物陰からオジサンがあらわれた。
「だれだ?」
「スプリットくん」
「はぁ?」
オジサンは信じられないって顔でふさふさなケモノを見上げて、こちらを見て、またスプリットくんを見た。
「冗談だろ?」
「ジョーダンでこんなカッコできるかって」
「スプリットくんも変身を使えるようになったんだよ」
「なるほどぉ……これも異世界人の能力か。それはケモノのしっぽか? 猪ともシカとも言えんふしぎな模様だな」
「いや、まじまじ見つめんなよ気色わるいな。ってかオッサン今までナニしてたんだよ」
言われて、オジサンは肩をすくめた。
「スキを見て不意打ちしようと思ったら妙な魔術師があらわれて水をあっちこっちにばらまいてくれたんだ。こっちとしては手が出せん」
「それで隠れてたってワケか?」
「そうじゃなきゃ今のおまえみたいになってるだろう――寒いだろ?」
ずぶ濡れの身体を指摘される。いいタイミングで、スプリットくんは鼻をすすった。
「私が魔法使いだったら火の魔法のひとつくれてやったんだが、今はマモノが好き勝手暴れまくってくれた後始末をつけるとしよう」
建物の屋上から見渡せる一帯に、マモノたちが暴れた跡が残ってる。人にも被害が出てて、国の兵士らしき鎧を着た人たちがにわかに集まってきていた。
サっちゃんはガレキを持ち上げて子どもたちを助けてる。ビーちゃんは兵士にここであった出来事を説明してるようだ。それらを眺めてるうちにスプリットくんの身体が光って、身体が縮んで、ふわってなって、もとのスプリットくんが戻ってきた。
「時間で解けるのか?」
「わかんない。でもながく変身してるとすっごく疲れるの」
「ふーん。ま、オレはまだ元気だけど」
「異世界人の事情について話しあってるとこ悪いんだが、今日は徹夜作業になりそうだぞ」
兵士の幾人かがこちらに気づいて指をさした。
「マモノを消せるならこの惨状も元通りにしてくれればいいんだがなぁ」
結局その夜は一睡もできなかった。みんなでガレキの撤去とかケガした人を助けたりして、兵隊さんたちに後を任せて、次の日の朝にアニスさんと合流したんだけど、みんなねむーい目してたのわかったアニスさんが「出発はあすにして、ほんじつはゆっくりおやすみください」っておいしい食事と教会のベッドを使わせてくれた。
ビスケットおいしかった!
おにくやわらかかった!
あとウシさんのミルクおいしい!
みどりいろのやさいはぁ……よけようとしてビーちゃんにおこられた。
オジサンは「好き嫌いするな」って言ってたけどわたし見たからね! 隠れてみどりのやさいすみっこに除けたの見たからね!
アニスさんはほかの修道女さんといろいろ話をしてて、あと司教さんほどじゃないけど、なんかピカッとした服のおじーさんたちともいろいろ話してた。ついでにアタマもピカッとしてた。
教会はやっぱり大騒動になっちゃったみたい。そうだよね、いきなり司教さんがいなくなっちゃって、しかも今まであった問題がぜんぶその司教さんのせいだったんだから。どのくらいエラい人だったのかわからないけど、彼がいなくなった後の教会はまいにちだれかが忙しく走り回ってる。そのなかにアニスさんがいて、彼女はみんなから報告をもらったり相談されたり、なんか彼女のほうが司教っぽく見えてきた。
強烈な眠気ってさ、一定ライン超えると逆にハイになっちゃうけどそれ過ぎたらスイッチ切れたようにストンて落ちちゃうよね。
オジサンはへーきな顔してるけどやっぱり眠そうだったし、サっちゃんは「寝不足は筋肉の敵だ」ってさっさと眠っちゃった。じゃあわたしはどうしたのかって言うと、なんかドッと疲れが押し寄せてきてもーダメ、みたいな感じだった。
たぶん、あのスキルを使ったせいだと思う。おいしー食べ物があった時までゲンキだったんだけど、教会の寝室に案内されたときにはもうはんぶん寝てて、サっちゃんといっしょにとなりのベッドに身体をあずけて、気づいたらお昼すぎになってた感じ。
で、もういっかい寝て、夕方になって、もういっかい寝たら夜中になって、じゃあもういっかいってことで朝になりました。
「もう向かわれるのですか」
教会が朱い光に照らされて、その広場には人の影がない。
朝というにはまだ早いタイミングにはもう、オジサンが教会の扉を開いていた。
「あまり出立が遅いと公官に足止めをくらうのでな」
「そうですか……では、お気を付けて。グウェン、アナタも達者で」
わたしたちのパーティーに澄ました顔の少女がくっついていた。
「オトモダチだね!」
「仲間になったわけじゃありません。ただ同行者として首都に赴くだけです」
「いいですか? アナタの役目はとても重要なものです。みなさまの前で粗相をしてはなりませんよ?」
「わかっています」
「ねえねえオトモダチなんだからニックネームつけよーよ! なにがいい?」
「どうとでも」
「じゃあじゃあウェンちゃんは?」
「かまいません」
「グーちゃんなんてどう?」
「お好きにどうぞ」
「ぐっさん!」
「ぇ」
「ウェンちゃんは言いにくいからグーちゃんとぐっさんどっちにしよーかなー」
「……ふつうにグウェンと呼んでください」
「うふふ。どうぞグウェンをよろしくおねがいします」
「いや、むしろよろしくされるのはコッチのほうかもしれん。ちょうど回復役が欲しかったところだ」
「治療魔法は使いません。自分の身は自分でまもってください」
「ああ? いーじゃねぇかこのケチガキ」
「ッ! だれがケチガキですって!!」
「おいおい、ケンカはよしてくれよ」
「やめておけトゥーサ。こどものケンカに巻き込まれるぞ」
「ビシェル! オレはこどもじゃねえ!」
「っははは! こりゃあ飽きない旅になりそうだ」
騒がしい同行者に囲まれて、オジサンは首都への第一歩を踏みしめていった。
夜。
本来の暗さをとりもどした空間に、ひとりのケモノがいた。
ううん、その姿は青年を飛び越えてオトナな雰囲気さえある。もともと背が高めだったけど、それに厚みが加わって、毛がふさふさになったことでそれに拍車がかかってる。
身体が大きくなったせいか声も変わってる。さっきのおんなの子、なまえはキャスっていったかな? ――あの子が使った水の魔法のせいで、いまのスプリットくんは水に濡れてた状態になってる。
それがなんていうか、あの姿のワイルドな雰囲気をつよくしてるっていうか……かっこいいっていうか。
(あ、ちょっとだけだからね! ぜんぜん、べつに好きになったとかそういうワケじゃないからね!)
だれに言うでもない言い訳をこころのなかで繰り返してみる。いや実際そうだし。
「へへ、なんか知らねーけど使えちまった」
じぶんの両手をグーしてパーして、ジャンプして、おもったより跳んじゃったせいでバランスを崩して、
「キャッ!」
「おっと」
眼前にフサフサな胸板があった。
それに触れそうになった。
「わりぃ、まだ馴れてないから」
わたしは慌てていっぽさがった。
「ううん! いいの」
「それよりだいじょぶか? どこかケガは?」
おっきくなったスプリットくんの問いかけに、わたしは全身を見回したり痛いところがないか確認したり。
「へーき」
「ふたりとも無事か? ――えっと」
そんなやりとりをしていたとき、物陰からオジサンがあらわれた。
「だれだ?」
「スプリットくん」
「はぁ?」
オジサンは信じられないって顔でふさふさなケモノを見上げて、こちらを見て、またスプリットくんを見た。
「冗談だろ?」
「ジョーダンでこんなカッコできるかって」
「スプリットくんも変身を使えるようになったんだよ」
「なるほどぉ……これも異世界人の能力か。それはケモノのしっぽか? 猪ともシカとも言えんふしぎな模様だな」
「いや、まじまじ見つめんなよ気色わるいな。ってかオッサン今までナニしてたんだよ」
言われて、オジサンは肩をすくめた。
「スキを見て不意打ちしようと思ったら妙な魔術師があらわれて水をあっちこっちにばらまいてくれたんだ。こっちとしては手が出せん」
「それで隠れてたってワケか?」
「そうじゃなきゃ今のおまえみたいになってるだろう――寒いだろ?」
ずぶ濡れの身体を指摘される。いいタイミングで、スプリットくんは鼻をすすった。
「私が魔法使いだったら火の魔法のひとつくれてやったんだが、今はマモノが好き勝手暴れまくってくれた後始末をつけるとしよう」
建物の屋上から見渡せる一帯に、マモノたちが暴れた跡が残ってる。人にも被害が出てて、国の兵士らしき鎧を着た人たちがにわかに集まってきていた。
サっちゃんはガレキを持ち上げて子どもたちを助けてる。ビーちゃんは兵士にここであった出来事を説明してるようだ。それらを眺めてるうちにスプリットくんの身体が光って、身体が縮んで、ふわってなって、もとのスプリットくんが戻ってきた。
「時間で解けるのか?」
「わかんない。でもながく変身してるとすっごく疲れるの」
「ふーん。ま、オレはまだ元気だけど」
「異世界人の事情について話しあってるとこ悪いんだが、今日は徹夜作業になりそうだぞ」
兵士の幾人かがこちらに気づいて指をさした。
「マモノを消せるならこの惨状も元通りにしてくれればいいんだがなぁ」
結局その夜は一睡もできなかった。みんなでガレキの撤去とかケガした人を助けたりして、兵隊さんたちに後を任せて、次の日の朝にアニスさんと合流したんだけど、みんなねむーい目してたのわかったアニスさんが「出発はあすにして、ほんじつはゆっくりおやすみください」っておいしい食事と教会のベッドを使わせてくれた。
ビスケットおいしかった!
おにくやわらかかった!
あとウシさんのミルクおいしい!
みどりいろのやさいはぁ……よけようとしてビーちゃんにおこられた。
オジサンは「好き嫌いするな」って言ってたけどわたし見たからね! 隠れてみどりのやさいすみっこに除けたの見たからね!
アニスさんはほかの修道女さんといろいろ話をしてて、あと司教さんほどじゃないけど、なんかピカッとした服のおじーさんたちともいろいろ話してた。ついでにアタマもピカッとしてた。
教会はやっぱり大騒動になっちゃったみたい。そうだよね、いきなり司教さんがいなくなっちゃって、しかも今まであった問題がぜんぶその司教さんのせいだったんだから。どのくらいエラい人だったのかわからないけど、彼がいなくなった後の教会はまいにちだれかが忙しく走り回ってる。そのなかにアニスさんがいて、彼女はみんなから報告をもらったり相談されたり、なんか彼女のほうが司教っぽく見えてきた。
強烈な眠気ってさ、一定ライン超えると逆にハイになっちゃうけどそれ過ぎたらスイッチ切れたようにストンて落ちちゃうよね。
オジサンはへーきな顔してるけどやっぱり眠そうだったし、サっちゃんは「寝不足は筋肉の敵だ」ってさっさと眠っちゃった。じゃあわたしはどうしたのかって言うと、なんかドッと疲れが押し寄せてきてもーダメ、みたいな感じだった。
たぶん、あのスキルを使ったせいだと思う。おいしー食べ物があった時までゲンキだったんだけど、教会の寝室に案内されたときにはもうはんぶん寝てて、サっちゃんといっしょにとなりのベッドに身体をあずけて、気づいたらお昼すぎになってた感じ。
で、もういっかい寝て、夕方になって、もういっかい寝たら夜中になって、じゃあもういっかいってことで朝になりました。
「もう向かわれるのですか」
教会が朱い光に照らされて、その広場には人の影がない。
朝というにはまだ早いタイミングにはもう、オジサンが教会の扉を開いていた。
「あまり出立が遅いと公官に足止めをくらうのでな」
「そうですか……では、お気を付けて。グウェン、アナタも達者で」
わたしたちのパーティーに澄ました顔の少女がくっついていた。
「オトモダチだね!」
「仲間になったわけじゃありません。ただ同行者として首都に赴くだけです」
「いいですか? アナタの役目はとても重要なものです。みなさまの前で粗相をしてはなりませんよ?」
「わかっています」
「ねえねえオトモダチなんだからニックネームつけよーよ! なにがいい?」
「どうとでも」
「じゃあじゃあウェンちゃんは?」
「かまいません」
「グーちゃんなんてどう?」
「お好きにどうぞ」
「ぐっさん!」
「ぇ」
「ウェンちゃんは言いにくいからグーちゃんとぐっさんどっちにしよーかなー」
「……ふつうにグウェンと呼んでください」
「うふふ。どうぞグウェンをよろしくおねがいします」
「いや、むしろよろしくされるのはコッチのほうかもしれん。ちょうど回復役が欲しかったところだ」
「治療魔法は使いません。自分の身は自分でまもってください」
「ああ? いーじゃねぇかこのケチガキ」
「ッ! だれがケチガキですって!!」
「おいおい、ケンカはよしてくれよ」
「やめておけトゥーサ。こどものケンカに巻き込まれるぞ」
「ビシェル! オレはこどもじゃねえ!」
「っははは! こりゃあ飽きない旅になりそうだ」
騒がしい同行者に囲まれて、オジサンは首都への第一歩を踏みしめていった。