たたかう目的
変身の度合いはそれぞれちがう
「杖ってふしぎ。見た目はただの木なのに、これを持って魔法を唱えるだけで威力がぜんぜんちがうんだもの」
言って、少女は手に持った杖をくるくるまわす。彼女はただの木扱いしたけど、それにはふつうの木とは違うような気配があって、くるくるされた動きに呼応するようにぴかっと光る。
「スキル、光」
杖がまわされて、その中心に光が生まれた。
「ただ光を生み出すだけのまほう。だけどとてもべんりだから好き」
(――きれい)
ほのかに輝くひかりに照らされ、少女の顔がさらによく見えるようになった。
まるで妖精さんみたい。ちいさくて、かわいくて、気ままな風のように振る舞っては周囲を笑顔にしてくれる。この子をはじめて見たけれど、なんとなくそんなことを思った。
(でもなんだろう? どこかげんきがないっていうか、じぶんを押し殺してるっていうか……)
「悩んでるの?」
わからない。だけど、わたしの口は勝手にうごいてた。
「……そう、みえる?」
少女はただわたしの目を見ていた。
「おいおいキャス。てめーの出番はねーんだけど?」
「この人数を相手にできるの? あっちの戦い、おわりそうだよ」
「あん?」
少女が指さした方向では、オジサンとスプリットくんがさいごのマモノを打倒していた。
スナップとスプリットくんの視線が絡み合う。片方はあからさまに見下した笑顔で、もう片方は激しい怒りを込めた視線で。
「グレース無事か!」
「うん、わたしはだいじょーぶ」
身動きできないけど。
両手両足拘束されてるけど。
あとなんかおなかへった。
「だめかも」
「どっちだよ!」
「ふざけてる場合か」
どこからかオジサンのつっこみが届く。オジサンはこの建物の入口から、スプリットくんはスキルを使って壁を伝ってここまで登ってきた。
「マモノをけしかけてたのはテメーの仕業だったのか」
「ぁあ? だからどーしたってんだよ」
言い終えるのを待たず、スプリットくんは剣をくりだし、スナップはそれを片手で受け止めようとして、
「ッ!」
受け止めきれず、両手になって、それでも勢いを止められなくて、ちょっと地面をすべった後両足でふんばった、
「なんだ、さっきより重くなってやがる」
「今までの襲撃もぜんぶそうだったのか!」
「――ヘッ」
スナップはただ笑う。
それをどう受け止めたのかはわからない。けど、スプリットくんは彼の態度を見ていっそう表情を険しくした。
「ッ! ――おっちゃんのカタキィ!」
彼の周囲で風が舞った。
「スキル、変身」
「なっ!」
スナップが、そしてみどり色の髪をした少女も驚愕に目をひらいた。っていうかわたしも。
「スプリットくんどうしちゃったの!?」
とつぜん光に包まれたと思ったら、すらっとした身体がもっと高くなって、分厚くなってく。
サっちゃんがムキムキだったらこっちはモリモリ? なんかそんな感じ。見慣れた少年の姿があっという間に変化していって、素肌がまっしろい被毛に覆われていく。
(これ、変身だ)
そういえば、あのわんちゃんが「条件をクリアすればだれでも使える」って言ってた。自分自身の姿を変化させて能力がアップするスキル。だけど、スプリットくんのそれはわたしと大きくちがう点がひとつある。
「なにが起こった?」
光から開放されたスプリットくんは、自分の身体に触れた。いろいろ毛深くなったりおおきくなったりして、彼はいちばん大きく変化した顔をペタペタ触って驚きの表情を見せる。
「ハナが長い。これ、もしかして耳か?」
彼の顔は犬っぽくなってた。っていうかそのまんま?
まっしろな顔でたまーに黒いまるぽち。で、あたまにのっかった耳がたれてる。ひらべったいおデコにつぶらな瞳。
(これどーみても犬だ)
慌てるかな? っと思ったらスプリットくんは思ったより自分を受け入れてた。
「……なるほど、これがグレースが言ってたスキルか」
警戒したのか、スナップは硬直して彼の変化を見つめたまま。
だから、スプリットくんが変身して、自分の状態を確かめて、剣を捨てる時間ができた。
「いくぜ」
そこから猛攻がはじまった。
金属と金属が打ち合う音が切れ目なく続く。その音が激しさを増していって、重たい一撃が猫背の男を深くえぐった。
「ぐはっ!」
「トドメだ!」
「させない」
それまで傍観を決め込んでた少女が杖をかざした。
「スキル、風」
少女の目の前に見えない塊が生成されて、それがスプリットくんめがけてとぶ。
死角からの攻撃。それを、今の彼は難なく避ける。
「それなら――スキル、散水」
少女がそう唱えると、その杖の先に水が生成される。それは意志をもってるように分裂していき、縦横無尽に散らばる。
「ちっ」
いくら今のスプリットくんが速いといっても、面いっぱいに降りかかる水はよけられない。
「水そのものの質量に魔法でエネルギーを加えた。ただの水と思わないで」
「いてっ、この、これじゃ近づけねぇ」
「毛深くなったのが命取り。アナタの被毛は水を吸収してどんどん重くなる――スキル、風」
少女の攻撃を大きくジャンプして躱し、それがスナップの体勢をととのえる時間をつくった。
「油断大敵」
「わりぃなキャス」
対して悪びれてない猫背の男に、少女はちいさく息を吐いた。
「もうここの住人に認知されることは避けられなくなった……あれだけ警告したのに」
ひかえめながらハッキリと呆れの感情がうかがえる。スナップはバツが悪いような顔になった。
「じゃあ、後処理するから」
言って、少女は杖を掲げて言葉を放った。
「スキル、光輝」
「――え?」
一瞬で夜が昼みたいになった。
光に照らされた闇はすべて消え去って、マモノたちが身にまとう闇も光に染め上げられていく。それに影響されるように、マモノたちの色もどんどん薄くなっていった。
わたしたちがマモノを倒した時とはちがう。ほんとうに影が光に照らされていくように、ただうっすらと消滅してく。
ほんとうの消滅。
「ったくこっからがおもしろかったのによー……ああそうだ」
建物の端に立ったスナップがこちらへ振り返った。
「さっき言ったことべつに信じなくてもいいぜ? てめーが信じようが信じまいがこの世界の住人がやる事ァ同じだからな」
「まって!!」
わたしはそちらの方向へ向けて、背中を見せて立ち去ろうとする少女に向けて叫んだ。彼女はなんかちがうと思ったから。
(なんであんな男の味方をするの? あの子はぜんぜんそういう風じゃないのに)
「アナタはどうして!?」
その問いかけに少女はすぐ答えず、ただ感情のない視線だけをこちらに向けた。そして、
「アナタはこの世界をどうおもう?」
ふたりは夜の闇に姿をくらました。
言って、少女は手に持った杖をくるくるまわす。彼女はただの木扱いしたけど、それにはふつうの木とは違うような気配があって、くるくるされた動きに呼応するようにぴかっと光る。
「スキル、光」
杖がまわされて、その中心に光が生まれた。
「ただ光を生み出すだけのまほう。だけどとてもべんりだから好き」
(――きれい)
ほのかに輝くひかりに照らされ、少女の顔がさらによく見えるようになった。
まるで妖精さんみたい。ちいさくて、かわいくて、気ままな風のように振る舞っては周囲を笑顔にしてくれる。この子をはじめて見たけれど、なんとなくそんなことを思った。
(でもなんだろう? どこかげんきがないっていうか、じぶんを押し殺してるっていうか……)
「悩んでるの?」
わからない。だけど、わたしの口は勝手にうごいてた。
「……そう、みえる?」
少女はただわたしの目を見ていた。
「おいおいキャス。てめーの出番はねーんだけど?」
「この人数を相手にできるの? あっちの戦い、おわりそうだよ」
「あん?」
少女が指さした方向では、オジサンとスプリットくんがさいごのマモノを打倒していた。
スナップとスプリットくんの視線が絡み合う。片方はあからさまに見下した笑顔で、もう片方は激しい怒りを込めた視線で。
「グレース無事か!」
「うん、わたしはだいじょーぶ」
身動きできないけど。
両手両足拘束されてるけど。
あとなんかおなかへった。
「だめかも」
「どっちだよ!」
「ふざけてる場合か」
どこからかオジサンのつっこみが届く。オジサンはこの建物の入口から、スプリットくんはスキルを使って壁を伝ってここまで登ってきた。
「マモノをけしかけてたのはテメーの仕業だったのか」
「ぁあ? だからどーしたってんだよ」
言い終えるのを待たず、スプリットくんは剣をくりだし、スナップはそれを片手で受け止めようとして、
「ッ!」
受け止めきれず、両手になって、それでも勢いを止められなくて、ちょっと地面をすべった後両足でふんばった、
「なんだ、さっきより重くなってやがる」
「今までの襲撃もぜんぶそうだったのか!」
「――ヘッ」
スナップはただ笑う。
それをどう受け止めたのかはわからない。けど、スプリットくんは彼の態度を見ていっそう表情を険しくした。
「ッ! ――おっちゃんのカタキィ!」
彼の周囲で風が舞った。
「スキル、変身」
「なっ!」
スナップが、そしてみどり色の髪をした少女も驚愕に目をひらいた。っていうかわたしも。
「スプリットくんどうしちゃったの!?」
とつぜん光に包まれたと思ったら、すらっとした身体がもっと高くなって、分厚くなってく。
サっちゃんがムキムキだったらこっちはモリモリ? なんかそんな感じ。見慣れた少年の姿があっという間に変化していって、素肌がまっしろい被毛に覆われていく。
(これ、変身だ)
そういえば、あのわんちゃんが「条件をクリアすればだれでも使える」って言ってた。自分自身の姿を変化させて能力がアップするスキル。だけど、スプリットくんのそれはわたしと大きくちがう点がひとつある。
「なにが起こった?」
光から開放されたスプリットくんは、自分の身体に触れた。いろいろ毛深くなったりおおきくなったりして、彼はいちばん大きく変化した顔をペタペタ触って驚きの表情を見せる。
「ハナが長い。これ、もしかして耳か?」
彼の顔は犬っぽくなってた。っていうかそのまんま?
まっしろな顔でたまーに黒いまるぽち。で、あたまにのっかった耳がたれてる。ひらべったいおデコにつぶらな瞳。
(これどーみても犬だ)
慌てるかな? っと思ったらスプリットくんは思ったより自分を受け入れてた。
「……なるほど、これがグレースが言ってたスキルか」
警戒したのか、スナップは硬直して彼の変化を見つめたまま。
だから、スプリットくんが変身して、自分の状態を確かめて、剣を捨てる時間ができた。
「いくぜ」
そこから猛攻がはじまった。
金属と金属が打ち合う音が切れ目なく続く。その音が激しさを増していって、重たい一撃が猫背の男を深くえぐった。
「ぐはっ!」
「トドメだ!」
「させない」
それまで傍観を決め込んでた少女が杖をかざした。
「スキル、風」
少女の目の前に見えない塊が生成されて、それがスプリットくんめがけてとぶ。
死角からの攻撃。それを、今の彼は難なく避ける。
「それなら――スキル、散水」
少女がそう唱えると、その杖の先に水が生成される。それは意志をもってるように分裂していき、縦横無尽に散らばる。
「ちっ」
いくら今のスプリットくんが速いといっても、面いっぱいに降りかかる水はよけられない。
「水そのものの質量に魔法でエネルギーを加えた。ただの水と思わないで」
「いてっ、この、これじゃ近づけねぇ」
「毛深くなったのが命取り。アナタの被毛は水を吸収してどんどん重くなる――スキル、風」
少女の攻撃を大きくジャンプして躱し、それがスナップの体勢をととのえる時間をつくった。
「油断大敵」
「わりぃなキャス」
対して悪びれてない猫背の男に、少女はちいさく息を吐いた。
「もうここの住人に認知されることは避けられなくなった……あれだけ警告したのに」
ひかえめながらハッキリと呆れの感情がうかがえる。スナップはバツが悪いような顔になった。
「じゃあ、後処理するから」
言って、少女は杖を掲げて言葉を放った。
「スキル、光輝」
「――え?」
一瞬で夜が昼みたいになった。
光に照らされた闇はすべて消え去って、マモノたちが身にまとう闇も光に染め上げられていく。それに影響されるように、マモノたちの色もどんどん薄くなっていった。
わたしたちがマモノを倒した時とはちがう。ほんとうに影が光に照らされていくように、ただうっすらと消滅してく。
ほんとうの消滅。
「ったくこっからがおもしろかったのによー……ああそうだ」
建物の端に立ったスナップがこちらへ振り返った。
「さっき言ったことべつに信じなくてもいいぜ? てめーが信じようが信じまいがこの世界の住人がやる事ァ同じだからな」
「まって!!」
わたしはそちらの方向へ向けて、背中を見せて立ち去ろうとする少女に向けて叫んだ。彼女はなんかちがうと思ったから。
(なんであんな男の味方をするの? あの子はぜんぜんそういう風じゃないのに)
「アナタはどうして!?」
その問いかけに少女はすぐ答えず、ただ感情のない視線だけをこちらに向けた。そして、
「アナタはこの世界をどうおもう?」
ふたりは夜の闇に姿をくらました。