ライフ・ストリーム
マモノがたくさん出現して得する側は?
「うぅ……」
黒く粘性の強い糸。その束縛から逃れようともがけばもがくほど、その糸はわたしの身体を深く蝕んでいく。
その姿を見物しつつ、男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「あんま動くなヨケーにめんどくさくなるだけだ」
彼は懐から小瓶を取り出し、それをわざとらしく見せつけた。
「いーシゴトしやがる。あの司教ほどのパワーはねぇが、使いやすいコマにはこんくらいがちょーどイイぜ」
「なんで、なんでこんなことするの!」
「あぁん?」
両手両足を拘束されて動けない。それでもわたしの口は攻撃の意志をもち続けた。
「ヒドイよ! みんな楽しく遊んでただけなのに!」
「たのしく――まあ、たしかにオタノシミ中ではあったな」
「ッ!」
彼の手がわたしに触れる。
アゴを掴み強引に引き上げる。ムリやり視線をあわせられて。
「見たことねぇスキルだな。まあ、十中八九管理者のせーだろうが……ってかよ、テメーの勝手な都合でオレさまをワルモノ扱いしないでくれねーか?」
「人をマモノにしといてそんな言い方ないでしょ!」
「だからそれはこっちだって同じだっつの!」
手を離し、両手を振り上げ、何者かに抗議の意志を示した。
「てめぇはどうなんだよ? モルモット扱いされてうれしーのかぁ?」
「いったいなんのこと?」
「自分がこのクソみたいな世界にぶちこまれた理由はなんだ?」
(え?)
男のこれまでに見たことのない表情。ふざけた笑みが消え、どこか訴えかけるような表情に変貌する。
まるで、だれかに助けを求めているような。
「だれがオレたちをこの世界に連れてきた? この世界はなんなんだ? なぜ異世界人だけ特殊なスキルを発動できる? なんでこの世界は、オレたちが知るあちこちの国がゴチャマゼになってんだ?」
「……それは」
(なんで?)
ここは異世界だ。目覚めた瞬間にわたしはそれを理解できた。
なんで?
(それは――異世界が、あるから)
異世界にいる。そして物語がはじまる。それはあたりまえのことでしょ?
べつにトラックに轢かれるとか働き過ぎて過労死しちゃったとかそういうありふれた設定じゃなくて、ああそういえばわたしたち記憶が無いんだった――。
え?
「おめぇ記憶あるか? この世界に来る前のよォ」
まさにソレを考えていた瞬間、スナップからダイレクトな質問が飛ぶ。
「記憶がない理由を考えたことは? ――もしかして、まあいいかぁで済ませちまったりするだろ? でよ、まずは第一村人とごたいめーん的なイベントがあったりしてよ? 親切にもこの世界について教えてくれるんだ。まるで」
キンとした音が耳に入ってくる。
「ゲームの世界みたいにな」
「……なにが言いたいの?」
「この世界はまやかしなんだよ。で、オレたちはこの世界をつくったヤツのモルモットにされてるワケだ。だからアレはエヌピーシー」
言って、彼は逃げ遅れた人に目をつけた。
「のん、ぷれいやー、きゃらくたー。存在しない生き物。だからよぉ、べつに好き勝手してもいーだろ?」
途端に彼の表情が変わった。またあの顔、人を人とも思ってないような冷たい目。
「だめだよ!」
その手にナイフが握られている。次の行動を思い、わたしは叫んだ。
「みんな生きてるもん! 司教さんだって、アニスさんにとって大切な人だったんだから」
「ああ、そういう設定のようだな」
掌でナイフをころがし、刃を肌に立てたりまわしたりする。曲芸のように刃物を操っているが、それは曲芸のような楽しさがなく、演舞のような美しさもない。
ただ凶器をいじってる。そのまま視線を巡らせ、彼はひとりの中年に目をつけた。
「おまえの言う"いいひと"ってのはあのジジイのことか? モブにしちゃあやるようだが」
「オジサンをモブなんて言わないで。オジサンにはチャールズって名前があるもん」
「ならテメーもそう言えよ」
「それは、そうだけどオジサンはオジサンだもん!」
「どっちでもいーよめんどくせぇ……あぁーあ、アイツらまだやってら」
下ではスプリットくんたちがマモノと戦っていた。マモノは複数いて、やっぱり動物を模した形をしている。空を飛ぶマモノはビーちゃんが、突進してくるマモノはサっちゃんが、そのほかのマモノはオジサンとスプリットくんが主体になって武器を振るっている。
それらの様子を眺めつつ、彼は思案するように唸る。
「ぁ~、はぁ。戦闘力は並、スキルを使わない低レベル帯異世界人とトントンか。まあ戦力になってりゃいいさ」
「人間をマモノにして何を企んでるの? ――まさか、いままでのマモノたちは」
「ちげーよ。ったくほんと何も知らねーんだな。ゲームにはストーリーってのがあるんだぜ?」
「なんの話?」
その質問を待ってたと言わんばかりに、彼は口を大きく引きつらせて笑った。
「さいきんマモノが増えてるよなぁ?」
「アナタの仕業でしょ!」
「ちげーよ」
「うそつき! ほかにだれがやったって――」
ゴン。
頭に激痛が走った。
「ひとつイイことを教えてやる」
「イ"ッ!」
頭を鷲掴みにされている。
キツく締め付けられて、そのまま壁に叩きつけられたんだ。
「マモノがどうやって生まれるかはもう見たよな?」
激痛に耐えることで精一杯で、わたしは彼の質問に答えることができなかった。
答えさせるつもりもない力の入れ方だ。
「じゃあ龍脈の水はどこから湧いてくる? 源流はどこだ?」
(みず――?)
それは、人が寄り付かないような山奥にあるって。
それらの源流は力の泉と呼ばれていて、だれもしらない場所にあるって。
でも、龍脈の水を飲んだら人は死んじゃう。
身体が焼けて服だけが残るってあのおばあちゃんが言ってた。
(じゃあ、どうやってマモノは生まれるの?)
「龍脈の源流はこの世界のどこかにある力の泉から湧き出している。それは限られたヤツにしか知られてない。たとえば魔王なんかがそうだ」
「まおう……でも、魔王はにんげんと仲良しになったって」
「そーだなそーゆー設定だ。むかーしむかし人間と魔族が戦争をくり広げました。突如マモノが現れ斬って殴っての殺し合い。そんで、人間はそれを魔王のしわざだと決めつけましたっていうストーリーだ」
「それは、オジサンがみんなの誤解を解いて――」
「問題なのはソコじゃねえ」
「キャッ」
チリッとしいた白髪を翻し、彼は無造作にわたしの頭から手をどけた。
「マモノはなぜ大量に現れた?」
「それは……だれかが」
「だれだ?」
「そんなのわかんないよ!」
猫背の男は引きつった笑みを浮かべる。
「ストーリーってのはウラがあるもんだぜ?」
「じゃあアナタは知ってるの?」
「へっ!」
スナップは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「よくある異世界モノじゃぁよお、もう魔王が世界をどうこうって話は時代遅れなんだよ。今はアレだ、実は人間がぜーんぶウラで糸を手繰って、魔王はただ傍観してるだけっつーのがトレンドだぜ?」
「だからなんなの」
このおしゃべり饒舌猫背おとこ。
さっさと答えろよ。
「魔族の王が力の泉の場所を知るように、人間の王だってその場所を知ってる。つまりはそういうことだ」
「そんなデタラメ」
ありえない。わたしがそう叫ぼうとした瞬間だった。
「あり得るの。ここはゲームの世界だから」
なにもない空間に、ひとりの少女があらわれる。
「スナップ、やりすぎ」
その言葉と彼女の態度に、彼はバツが悪いように頭を掻いた。
「ンだよ、アイツの実験に付き合ってるだけじゃん」
「アナタはだれ?」
夜闇ではっきり見えないけど、声と見た目はおんなの子であることを示している。
ローブで身を包み、その合間に控えめな素肌が見える。暗がりでもはっきりとわかるような白い肌。杖らしきものを両手に持って、小さな身体をさらに縮めるような姿勢をしているから子どものような大きさに見える。
でも、彼女はグウェンちゃんに見えた子どもがムリしてる風は感じられず、むしろ自然でありのままな感じが。
「まほう、つかい?」
うっすらと確認できる緑色の髪。おかっぱみたいな感じで、ほんのりクセッ毛なのか先端が自由に曲がって、緑色の瞳が密やかにわたしの姿を反射していた。
「魔法ビルドにしたの。ゲームは結局スキルと魔法ゲーになりガチだって教えてもらったから」
伏し目がちな目で、彼女は手に持った杖を掲げた。
黒く粘性の強い糸。その束縛から逃れようともがけばもがくほど、その糸はわたしの身体を深く蝕んでいく。
その姿を見物しつつ、男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「あんま動くなヨケーにめんどくさくなるだけだ」
彼は懐から小瓶を取り出し、それをわざとらしく見せつけた。
「いーシゴトしやがる。あの司教ほどのパワーはねぇが、使いやすいコマにはこんくらいがちょーどイイぜ」
「なんで、なんでこんなことするの!」
「あぁん?」
両手両足を拘束されて動けない。それでもわたしの口は攻撃の意志をもち続けた。
「ヒドイよ! みんな楽しく遊んでただけなのに!」
「たのしく――まあ、たしかにオタノシミ中ではあったな」
「ッ!」
彼の手がわたしに触れる。
アゴを掴み強引に引き上げる。ムリやり視線をあわせられて。
「見たことねぇスキルだな。まあ、十中八九管理者のせーだろうが……ってかよ、テメーの勝手な都合でオレさまをワルモノ扱いしないでくれねーか?」
「人をマモノにしといてそんな言い方ないでしょ!」
「だからそれはこっちだって同じだっつの!」
手を離し、両手を振り上げ、何者かに抗議の意志を示した。
「てめぇはどうなんだよ? モルモット扱いされてうれしーのかぁ?」
「いったいなんのこと?」
「自分がこのクソみたいな世界にぶちこまれた理由はなんだ?」
(え?)
男のこれまでに見たことのない表情。ふざけた笑みが消え、どこか訴えかけるような表情に変貌する。
まるで、だれかに助けを求めているような。
「だれがオレたちをこの世界に連れてきた? この世界はなんなんだ? なぜ異世界人だけ特殊なスキルを発動できる? なんでこの世界は、オレたちが知るあちこちの国がゴチャマゼになってんだ?」
「……それは」
(なんで?)
ここは異世界だ。目覚めた瞬間にわたしはそれを理解できた。
なんで?
(それは――異世界が、あるから)
異世界にいる。そして物語がはじまる。それはあたりまえのことでしょ?
べつにトラックに轢かれるとか働き過ぎて過労死しちゃったとかそういうありふれた設定じゃなくて、ああそういえばわたしたち記憶が無いんだった――。
え?
「おめぇ記憶あるか? この世界に来る前のよォ」
まさにソレを考えていた瞬間、スナップからダイレクトな質問が飛ぶ。
「記憶がない理由を考えたことは? ――もしかして、まあいいかぁで済ませちまったりするだろ? でよ、まずは第一村人とごたいめーん的なイベントがあったりしてよ? 親切にもこの世界について教えてくれるんだ。まるで」
キンとした音が耳に入ってくる。
「ゲームの世界みたいにな」
「……なにが言いたいの?」
「この世界はまやかしなんだよ。で、オレたちはこの世界をつくったヤツのモルモットにされてるワケだ。だからアレはエヌピーシー」
言って、彼は逃げ遅れた人に目をつけた。
「のん、ぷれいやー、きゃらくたー。存在しない生き物。だからよぉ、べつに好き勝手してもいーだろ?」
途端に彼の表情が変わった。またあの顔、人を人とも思ってないような冷たい目。
「だめだよ!」
その手にナイフが握られている。次の行動を思い、わたしは叫んだ。
「みんな生きてるもん! 司教さんだって、アニスさんにとって大切な人だったんだから」
「ああ、そういう設定のようだな」
掌でナイフをころがし、刃を肌に立てたりまわしたりする。曲芸のように刃物を操っているが、それは曲芸のような楽しさがなく、演舞のような美しさもない。
ただ凶器をいじってる。そのまま視線を巡らせ、彼はひとりの中年に目をつけた。
「おまえの言う"いいひと"ってのはあのジジイのことか? モブにしちゃあやるようだが」
「オジサンをモブなんて言わないで。オジサンにはチャールズって名前があるもん」
「ならテメーもそう言えよ」
「それは、そうだけどオジサンはオジサンだもん!」
「どっちでもいーよめんどくせぇ……あぁーあ、アイツらまだやってら」
下ではスプリットくんたちがマモノと戦っていた。マモノは複数いて、やっぱり動物を模した形をしている。空を飛ぶマモノはビーちゃんが、突進してくるマモノはサっちゃんが、そのほかのマモノはオジサンとスプリットくんが主体になって武器を振るっている。
それらの様子を眺めつつ、彼は思案するように唸る。
「ぁ~、はぁ。戦闘力は並、スキルを使わない低レベル帯異世界人とトントンか。まあ戦力になってりゃいいさ」
「人間をマモノにして何を企んでるの? ――まさか、いままでのマモノたちは」
「ちげーよ。ったくほんと何も知らねーんだな。ゲームにはストーリーってのがあるんだぜ?」
「なんの話?」
その質問を待ってたと言わんばかりに、彼は口を大きく引きつらせて笑った。
「さいきんマモノが増えてるよなぁ?」
「アナタの仕業でしょ!」
「ちげーよ」
「うそつき! ほかにだれがやったって――」
ゴン。
頭に激痛が走った。
「ひとつイイことを教えてやる」
「イ"ッ!」
頭を鷲掴みにされている。
キツく締め付けられて、そのまま壁に叩きつけられたんだ。
「マモノがどうやって生まれるかはもう見たよな?」
激痛に耐えることで精一杯で、わたしは彼の質問に答えることができなかった。
答えさせるつもりもない力の入れ方だ。
「じゃあ龍脈の水はどこから湧いてくる? 源流はどこだ?」
(みず――?)
それは、人が寄り付かないような山奥にあるって。
それらの源流は力の泉と呼ばれていて、だれもしらない場所にあるって。
でも、龍脈の水を飲んだら人は死んじゃう。
身体が焼けて服だけが残るってあのおばあちゃんが言ってた。
(じゃあ、どうやってマモノは生まれるの?)
「龍脈の源流はこの世界のどこかにある力の泉から湧き出している。それは限られたヤツにしか知られてない。たとえば魔王なんかがそうだ」
「まおう……でも、魔王はにんげんと仲良しになったって」
「そーだなそーゆー設定だ。むかーしむかし人間と魔族が戦争をくり広げました。突如マモノが現れ斬って殴っての殺し合い。そんで、人間はそれを魔王のしわざだと決めつけましたっていうストーリーだ」
「それは、オジサンがみんなの誤解を解いて――」
「問題なのはソコじゃねえ」
「キャッ」
チリッとしいた白髪を翻し、彼は無造作にわたしの頭から手をどけた。
「マモノはなぜ大量に現れた?」
「それは……だれかが」
「だれだ?」
「そんなのわかんないよ!」
猫背の男は引きつった笑みを浮かべる。
「ストーリーってのはウラがあるもんだぜ?」
「じゃあアナタは知ってるの?」
「へっ!」
スナップは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「よくある異世界モノじゃぁよお、もう魔王が世界をどうこうって話は時代遅れなんだよ。今はアレだ、実は人間がぜーんぶウラで糸を手繰って、魔王はただ傍観してるだけっつーのがトレンドだぜ?」
「だからなんなの」
このおしゃべり饒舌猫背おとこ。
さっさと答えろよ。
「魔族の王が力の泉の場所を知るように、人間の王だってその場所を知ってる。つまりはそういうことだ」
「そんなデタラメ」
ありえない。わたしがそう叫ぼうとした瞬間だった。
「あり得るの。ここはゲームの世界だから」
なにもない空間に、ひとりの少女があらわれる。
「スナップ、やりすぎ」
その言葉と彼女の態度に、彼はバツが悪いように頭を掻いた。
「ンだよ、アイツの実験に付き合ってるだけじゃん」
「アナタはだれ?」
夜闇ではっきり見えないけど、声と見た目はおんなの子であることを示している。
ローブで身を包み、その合間に控えめな素肌が見える。暗がりでもはっきりとわかるような白い肌。杖らしきものを両手に持って、小さな身体をさらに縮めるような姿勢をしているから子どものような大きさに見える。
でも、彼女はグウェンちゃんに見えた子どもがムリしてる風は感じられず、むしろ自然でありのままな感じが。
「まほう、つかい?」
うっすらと確認できる緑色の髪。おかっぱみたいな感じで、ほんのりクセッ毛なのか先端が自由に曲がって、緑色の瞳が密やかにわたしの姿を反射していた。
「魔法ビルドにしたの。ゲームは結局スキルと魔法ゲーになりガチだって教えてもらったから」
伏し目がちな目で、彼女は手に持った杖を掲げた。