教会のやくわり
ちっちゃいカラダにガンコな意志
光を反射する黒髪は長く、春風のような新芽の香りが漂ってくる――そんな気がするのは、きっと目の前にいる少女の見た目がそうだから。
若い、というには若すぎる。たぶん小学生だよね。女性としての成長がまだな感じに見えるし、ツーサイドアップにした髪型からなんとなーく背伸び感が垣間見えるような気がする。
すべてわたしのカンである。
「テーブルに置いておいてください」
漆黒の髪と対照的な純白の肌。少女はことばのままにテーブルへと水を運んだ。
「グウェンと申します」
アニスさんとちがい、この子は修道服を身につけていない。どこにでもあるようなフツーの服。あ、どこにでもっていうのはここでのことね。
少女が指先で服の裾をつまみ恭しくお辞儀する。ひとつひとつの所作がとても上品で、見てるこっちがなんか恥ずかしい気持ちになっちゃう。
(ぐぬぬ、なんかワケのわからぬ敗北感が)
「こちらがチャールズさま。そして旅の方々は、あなたとおなじ異世界からやってきたそうよ」
「ッ、そうですか」
一瞬驚いたような表情を見せ、不安と好奇心が混ざったような目でわたしたちを見つめる。
強い意志を宿した瞳だった。
「なんだ、ガキんちょじゃねーか」
彼女と視線が合ったとたん口を開いたのはスプリットくん。初対面だというのになんたる口のききかたよ。
あーほらグウェンちゃんの目に敵意が混じっちゃったぞ。こりゃあ"こども"ってワードは禁止みたいだね。
「初対面で失礼だぞ」
すかさずビーちゃんがしつけ役を買ってでる。ビーちゃんがことばならサっちゃんは物理で対応します。
「ばか」
「いてっ」
「よせ、ここは教会だぞ……申し訳ない。なにぶん子どもの異世界人とははじめてなのだ。無礼を詫びさせてくれ」
「ッ――そうですか」
さらっと本人が気にしてるワード使っちゃうの"男"って感じだよねー。
「うーむ、しかしこうなると難しいな」
「むずかしい、とは?」
「ああいえ、我々には治療魔法の心得がある者がいないので――異世界からやってきた上治療魔法が扱える異世界人がいると聞いて訪ねてきたのだが、まさかこのような子どもだったとは」
また言ったよこのオジサン。んもう、グウェンちゃんが「ああ、このオジサンはそういう人なんだな」って顔してるし。
「なるほど……いえ、むしろちょうど良いかもしれませんね」
アニスさんはグウェンに向き直った。
「どうでしょう? 彼らとともに旅に出てみては?」
「……」
グウェンちゃんはもういちどわたしたちを見渡して、そしてハッキリとした意志を示した。
「申し訳ありません。その提案はご遠慮させていただきます」
「ちぇ、どんなヤツがいるのかと思ってたのによー。よりによってあんなちんちくりんかよ」
「そういうこと言わないの」
ふたりが席を外した後、わたしたちは同じ部屋で話し合っていた。
なんですぐ出ていかないのかっていうと、寄付を申し出たオジサンに心からのお礼がしたい的な流れです。たぶん、もうすぐアニスちゃんがおれーの品とやらを持ってくると思います。
っと思っていた時期がわたしにもありました。
扉を叩いて現れたのは、やさしい笑顔の修道女ではなく、なんかすっごいキラッとしてる服のオジサン。
真っ赤だしところどころキンキンに光っててまぶしい。壮大ではあったけど豪華けんらん! って感じじゃなかった教会のイメージとは真逆で、わたしは同じことを思ったっぽいサっちゃんといっしょに目を丸くした。
「おお! やはり二十年前の戦役の英雄チャールズ殿ではありませんか!」
オジサンの姿を確認するやいなや、白髪あんど白ひげが攻めた笑顔でこちらに寄ってくる。
「さいきんこのあたりにいらっしゃるとお伺いしまして、アニスから同じ名前を聞いてまさかとは思ったのですが、いやぁこの出会いを神に感謝しなければなりませんなあ」
「あ、ああ……そうですか」
強引に手をとられ握手されるオジサン。珍しく引きつった笑顔を向けてらっしゃる。
「これも神のお告げでしょう。ぜひともお話を」
「いや、私たちは急いでいるので」
「そうおっしゃらずに!!」
(うわーすごい)
有無を言わさぬ勢いっての? けっきょく断りきれなくて赤い服のうしろに続いてくことになりました。
途中でアニスさんとすれ違った。相変わらずステキな笑顔だったんだけど、どこかよそよそしいというか、いやわたしたちに対してじゃなくてだよ?
なんかこう、違和感があるっていうか――とにかくなんかそういう感じだったの。
「どうぞ楽にしてください」
教会の奥のおく。階段をのぼって、なんかエラい人がいそーな扉を開いた先がその人の部屋だった。
実際おじちゃんはエラい人で、立場でいうと司教なんだそうな。どういう仕事をするのかは知らんけど、司教っていうからにはなんかスゴい人なんだろうな。
「こちらのテーブルを好きに使ってください。お好みでお菓子やワインもございますよ」
「司教様、彼らはまだ未成年で――」
「おお、これは失礼。ですがこちらヴィンテージものでして」
ぜんぜん話聞いてねー。
(いや聞いてないっていうかオジサンしか見えてないってかんじ?)
なにかにつけてオジサンに話題をふってる。ってなわけでヒマ人は首をぐるりと回すのだ。
(おー)
すごい。
教会が控えめなぶんここに全力注ぎ込んで盛大にしてみましたよ感。壁とかつくり自体は変わんないんだけど、用意されたテーブルとかなんかがもれなく「わたし、高級品ッスから」的な雰囲気を醸し出してる。
ゔぃんてーじ? ってのがどういう意味か知らんけどたくさんのワインが棚に飾られていて、その隣にはやたら存在感ありすぎる置き時計がチックタック音を鳴らしてる。
(この世界には時計があるのか)
そーいえば村や集落にはひとつも無かったなーなんて考えてみる。まあ、あったほうがべんりだよねー時計って。
「そうだ、今夜はぜひここに宿泊していただきたい」
「いや、すでに宿はとってあるので……そろそろ失礼します。司教の私室にご招待いただきありがたい経験をさせてもらった」
できる限り温和なことばで、しかしその内面ではっきりと拒絶を示す。シキョーさんはまだ名残惜しそうにしてたけど、そそくさと出ていくオジサンにしたがい、わたしたちはそのまま部屋を後にした。
来た道を進み広いホールにもどってくる。そこにはアニスさんとグウェンちゃんがいた。
「世話になったな」
「チャールズ様……司教様の様子はいかがでしたか?」
「様子はどうだ、とは妙な質問だな」
「いえ、とくに悪い意味は」
「……まあ、言わんとしてることはわかる」
オジサンはどこか困ったようにアタマをかいた。
「教会の住人は質素な暮らしを好むと言われているが、ここの司教はそうでもないらしいな」
アニスさんはことばを返すことなく、ただ苦しそうな表情だけを残す。
「……彼はもともと敬虔で質素な暮らしを好む方でした。ですがある時から変わってしまわれて」
「人は変わるものだ。それに時間など必要ない」
「ですが、司教様は本当に信心深く、その教えを厳に守っておられました。それがなぜあのような……神はわたしたちに何を望んでいるのでしょう?」
「それはキミたちの力で考えなければならないだろう。私もそうやって歩み、そして過ちを犯したこともある」
それ以上言葉を交わすことなく、オジサンは扉を押した。乾いた音がホールに響き、わたしたちは閉鎖された空間から離れていく。
「アニスさん」
彼女の悲痛な表情が、わたしの瞼に張り付いていた。
若い、というには若すぎる。たぶん小学生だよね。女性としての成長がまだな感じに見えるし、ツーサイドアップにした髪型からなんとなーく背伸び感が垣間見えるような気がする。
すべてわたしのカンである。
「テーブルに置いておいてください」
漆黒の髪と対照的な純白の肌。少女はことばのままにテーブルへと水を運んだ。
「グウェンと申します」
アニスさんとちがい、この子は修道服を身につけていない。どこにでもあるようなフツーの服。あ、どこにでもっていうのはここでのことね。
少女が指先で服の裾をつまみ恭しくお辞儀する。ひとつひとつの所作がとても上品で、見てるこっちがなんか恥ずかしい気持ちになっちゃう。
(ぐぬぬ、なんかワケのわからぬ敗北感が)
「こちらがチャールズさま。そして旅の方々は、あなたとおなじ異世界からやってきたそうよ」
「ッ、そうですか」
一瞬驚いたような表情を見せ、不安と好奇心が混ざったような目でわたしたちを見つめる。
強い意志を宿した瞳だった。
「なんだ、ガキんちょじゃねーか」
彼女と視線が合ったとたん口を開いたのはスプリットくん。初対面だというのになんたる口のききかたよ。
あーほらグウェンちゃんの目に敵意が混じっちゃったぞ。こりゃあ"こども"ってワードは禁止みたいだね。
「初対面で失礼だぞ」
すかさずビーちゃんがしつけ役を買ってでる。ビーちゃんがことばならサっちゃんは物理で対応します。
「ばか」
「いてっ」
「よせ、ここは教会だぞ……申し訳ない。なにぶん子どもの異世界人とははじめてなのだ。無礼を詫びさせてくれ」
「ッ――そうですか」
さらっと本人が気にしてるワード使っちゃうの"男"って感じだよねー。
「うーむ、しかしこうなると難しいな」
「むずかしい、とは?」
「ああいえ、我々には治療魔法の心得がある者がいないので――異世界からやってきた上治療魔法が扱える異世界人がいると聞いて訪ねてきたのだが、まさかこのような子どもだったとは」
また言ったよこのオジサン。んもう、グウェンちゃんが「ああ、このオジサンはそういう人なんだな」って顔してるし。
「なるほど……いえ、むしろちょうど良いかもしれませんね」
アニスさんはグウェンに向き直った。
「どうでしょう? 彼らとともに旅に出てみては?」
「……」
グウェンちゃんはもういちどわたしたちを見渡して、そしてハッキリとした意志を示した。
「申し訳ありません。その提案はご遠慮させていただきます」
「ちぇ、どんなヤツがいるのかと思ってたのによー。よりによってあんなちんちくりんかよ」
「そういうこと言わないの」
ふたりが席を外した後、わたしたちは同じ部屋で話し合っていた。
なんですぐ出ていかないのかっていうと、寄付を申し出たオジサンに心からのお礼がしたい的な流れです。たぶん、もうすぐアニスちゃんがおれーの品とやらを持ってくると思います。
っと思っていた時期がわたしにもありました。
扉を叩いて現れたのは、やさしい笑顔の修道女ではなく、なんかすっごいキラッとしてる服のオジサン。
真っ赤だしところどころキンキンに光っててまぶしい。壮大ではあったけど豪華けんらん! って感じじゃなかった教会のイメージとは真逆で、わたしは同じことを思ったっぽいサっちゃんといっしょに目を丸くした。
「おお! やはり二十年前の戦役の英雄チャールズ殿ではありませんか!」
オジサンの姿を確認するやいなや、白髪あんど白ひげが攻めた笑顔でこちらに寄ってくる。
「さいきんこのあたりにいらっしゃるとお伺いしまして、アニスから同じ名前を聞いてまさかとは思ったのですが、いやぁこの出会いを神に感謝しなければなりませんなあ」
「あ、ああ……そうですか」
強引に手をとられ握手されるオジサン。珍しく引きつった笑顔を向けてらっしゃる。
「これも神のお告げでしょう。ぜひともお話を」
「いや、私たちは急いでいるので」
「そうおっしゃらずに!!」
(うわーすごい)
有無を言わさぬ勢いっての? けっきょく断りきれなくて赤い服のうしろに続いてくことになりました。
途中でアニスさんとすれ違った。相変わらずステキな笑顔だったんだけど、どこかよそよそしいというか、いやわたしたちに対してじゃなくてだよ?
なんかこう、違和感があるっていうか――とにかくなんかそういう感じだったの。
「どうぞ楽にしてください」
教会の奥のおく。階段をのぼって、なんかエラい人がいそーな扉を開いた先がその人の部屋だった。
実際おじちゃんはエラい人で、立場でいうと司教なんだそうな。どういう仕事をするのかは知らんけど、司教っていうからにはなんかスゴい人なんだろうな。
「こちらのテーブルを好きに使ってください。お好みでお菓子やワインもございますよ」
「司教様、彼らはまだ未成年で――」
「おお、これは失礼。ですがこちらヴィンテージものでして」
ぜんぜん話聞いてねー。
(いや聞いてないっていうかオジサンしか見えてないってかんじ?)
なにかにつけてオジサンに話題をふってる。ってなわけでヒマ人は首をぐるりと回すのだ。
(おー)
すごい。
教会が控えめなぶんここに全力注ぎ込んで盛大にしてみましたよ感。壁とかつくり自体は変わんないんだけど、用意されたテーブルとかなんかがもれなく「わたし、高級品ッスから」的な雰囲気を醸し出してる。
ゔぃんてーじ? ってのがどういう意味か知らんけどたくさんのワインが棚に飾られていて、その隣にはやたら存在感ありすぎる置き時計がチックタック音を鳴らしてる。
(この世界には時計があるのか)
そーいえば村や集落にはひとつも無かったなーなんて考えてみる。まあ、あったほうがべんりだよねー時計って。
「そうだ、今夜はぜひここに宿泊していただきたい」
「いや、すでに宿はとってあるので……そろそろ失礼します。司教の私室にご招待いただきありがたい経験をさせてもらった」
できる限り温和なことばで、しかしその内面ではっきりと拒絶を示す。シキョーさんはまだ名残惜しそうにしてたけど、そそくさと出ていくオジサンにしたがい、わたしたちはそのまま部屋を後にした。
来た道を進み広いホールにもどってくる。そこにはアニスさんとグウェンちゃんがいた。
「世話になったな」
「チャールズ様……司教様の様子はいかがでしたか?」
「様子はどうだ、とは妙な質問だな」
「いえ、とくに悪い意味は」
「……まあ、言わんとしてることはわかる」
オジサンはどこか困ったようにアタマをかいた。
「教会の住人は質素な暮らしを好むと言われているが、ここの司教はそうでもないらしいな」
アニスさんはことばを返すことなく、ただ苦しそうな表情だけを残す。
「……彼はもともと敬虔で質素な暮らしを好む方でした。ですがある時から変わってしまわれて」
「人は変わるものだ。それに時間など必要ない」
「ですが、司教様は本当に信心深く、その教えを厳に守っておられました。それがなぜあのような……神はわたしたちに何を望んでいるのでしょう?」
「それはキミたちの力で考えなければならないだろう。私もそうやって歩み、そして過ちを犯したこともある」
それ以上言葉を交わすことなく、オジサンは扉を押した。乾いた音がホールに響き、わたしたちは閉鎖された空間から離れていく。
「アニスさん」
彼女の悲痛な表情が、わたしの瞼に張り付いていた。