狡猾なる眼光
強敵注意
森の奥へ消えていったナゾの男を追いかけて、わたしたちもまた茂みを足を踏み入れた。
わたしは闇に溶け込む衣装を身にまとっている。オジサンはマモノとの戦いで使ったピカピカ衣装じゃなくジミーなヤツ。そうしないと目立っちゃうからって、今ははじめて会った時のマタギのような格好をしてる。
みんな驚いてた。
そもそも猟銃の存在にびっくりしてた。
ここ異世界だよな? ってサっちゃんが言ってた。
ちなみにサっちゃん、異世界に迷い込んだ当初はきちんとした服を着てたらしいんだけど、森でサバイバルしてるうちにボロボロになって、親切な商人さんからもらって布で最低限の箇所を隠すスタイルでした。
集落に戻ったとき、オジサンが「さすがにマズイ」って言って新しい服を新調しようとしたんだけど、サっちゃんが「動きやすいほうがいい」としぶりに渋った結果、今もまだ『ぬののふく』みたいな装備をしてる。
まあでも丈夫で厚手な生地だし本人も満足してるっぽいからいいのかな?
迷いなく先を行く影を追って、わたしたちはより深みに入っていく。もうめっちゃ暗くなっていって、月明かりだけが支配する世界になる。
オジサンは音を立てないよう慎重に進んでいた。
「間違っても枝を踏み抜くなよ」
「うん」
「こんくらいの暗さならへっちゃらだぜ」
「エルフとの訓練で慣れている」
「どっちかってと、アタイはこの筋肉が木にぶつからないよう気をつけるほうが難しいけどな」
「ウソだろ、お前たち平気なのか……老眼にはまだ早いはずなんだがなぁ。っていうか、ん?」
こっち見てる。え、なに? 顔になにかついてる?
「気のせいか――さっき、グレースの目が光ってるように見えた」
「ほんとに?」
「いや、見間違いだろう。ともかく見失わぬようにしよう」
あの男の人は何度も同じルートを進んでいるようで、先々には獣道のような跡が見えていた。
このまま山頂まで行っちゃう? なんて考え始めたころ、先を進む影が動かなくなり、しゃがみ込んでなにかを確認する素振りを見せる。
彼の足元はうっすら光っていた。
「山の幸を収穫。ってワケでもないなぁ」
「ジョーダン言ってる場合かよオッサン。あれはいったいなんだ?」
「アレは……まさか」
「ビーちゃん知ってるの?」
わたしは息を呑むビーちゃんに訪ねた。
「エルフの聖域で聞いた話だ。この世界のどこかに力が湧き出る泉があるらしい」
「ちから?」
「生命力とでも言えばいいのか……そしてその力は世界各所に流れゆき、いくつかは地表へと湧出する。その流れを龍脈と呼ぶ」
「それに関しては私も聞いたことがある」
オジサンは監視対象から目を背けることなく口を開いた。
「龍脈、その源流たる"力の泉"。おとぎ話と言う者もいるが、これがなければ魔法を唱えられないと主張する魔術師もいるし、権力者が独占してるとかいう陰謀論まである始末だ」
「異世界でもそんなくだらないこと言い合ってんのかよ」
「そう言うなスプリット。ごく僅かとはいえ、龍脈は大陸各地に存在するのだ。民間にも知られているし、魔術師、僧侶らにとっては貴重なエネルギー源であると同時に研究対象でもあるのだ」
影への視線がさらに鋭くなる。
「エセ魔術師が自身の力を蓄えたいだけならまだしも、よからぬ研究で民間に被害を及ばせるワケにいかんのでな」
その男は地面の光に手を差し伸べていた。よくみると、光の中心にある地面はぽっかり穴が空いていて、そこから絶えず光を帯びた水? が溢れている。
その水は下に流れていくことなくすぐ蒸発して、はじめからそこに無かったかのように消えていく。
「……もういいだろう」
男が立ち上がる。そして、こちらを見た。
「いいかげん姿を見せたらどうだァ?」
なんかヤンキーっぽい、んーにゃチンピラっぽい声だった。
「……バレてたか」
「音がデカ過ぎんだよヴァーカ」
「まあ、そうだろうな」
オジサンはけっこー素直に茂みの外へ歩み出る。ただし、わたしたちに「まて」のハンドサインを示して。
「あ? ――テメーなんだその格好」
「この姿が珍しいか? さては、キミは異世界人だな?」
「だからなんだ」
「いや、私はちょっとだけ異世界人と縁があってね……で、単刀直入でもうしわけないが、ここで何してる?」
龍脈の光に照らされて、徐々に男の顔が明るくなっていく。
鋭い目、細長い四肢、背が若干低く、猫背になってるせいでより小さく子どもみたいに見える。
でもそれが纏う気配はまったく逆で、今にもオジサンの喉元に牙を突き立ててきそうな感じがする。
痩せきった四肢。その指先がオジサンを射止めた。
「テメーに言ってなんか得でもあんのかァ?」
「ある」
オジサンは腰から剣を抜いた。それは合図だ。
「ッ」
わたしも、スプリットくんも、ビーちゃんにサっちゃんも身体に力をいれる。
「素直に言ってくれなければ力尽くになる」
「……」
「その格好で"魔術の研究です"とは言うまい? どっちかと言えば荒っぽい仕事をする人のそれだ。つまるところ、素直に打ち明けてくれたほうがキミにとって得しかない。最悪ここで命を失うハメになるからな」
(オジサン、ほんきだ)
背筋に冷たいモノがはしる。しかし、それでも男は不敵な笑みを浮かべたまま対峙していた。
「年寄りが調子に乗んじゃねよ!」
猫背の男がさらに低くなる。
その懐から短剣を取り出して、
地面に砂埃を巻き上げて――、
(え?)
目の前にいた。
わたしの。
「――なんて、速さだ」
スプリットくんが苦悶の表情でわたしの前に立っていた。
眼の前に切っ先がある。
それはスプリットくんの剣を貫いて、腕を貫いて、スプリットくんの肉を引き裂き、ようやく止まった。
「なッ!」
オジサンが驚愕に目を見開く。ビーちゃんの弓矢とサっちゃんの拳が飛ぶ。それらをすべてすり抜けて、男ははるか先まで跳び退いていた。
「スプリットくん!!」
「ちったぁ動けるヤツぁいるようだな」
「やってくれたな!」
オジサンが今までにない敵意に満ちた表情を向ける。それすらも、スプリットくんの腕を壊した男は飄々と受け止めていた。
「ただでは済まさん」
「おーゥいいねぇその態度。次の瞬間には壮絶な叫び声になってるけどな!」
男が消えた。
オジサンが一歩引いた。
「おせェ!」
オジサンの背後で声がした。わたしが叫んだときにはもう、影がオジサンの背中に迫っていた。
「ッ!!」
けど、苦悶に顔を歪ませたのは男のほうだった。
「なん――だとッ!?」
「キサマは許さん」
さらに一撃。腕を掴んで飛ばさないようにしつつ執拗に腹を殴る。
「グウウッ!!!」
「ここに来た目的をすべて白状してもらおう。冗談に付き合うつもりはない。答えないなら命の保証はないと思え」
「グヲッ、ご、ごのヤロォ……ふざけるナァ!」
「だまれ」
「ギャア!!」
何かが折れる音がした。倒れそうになる彼の身体を腕いっぽんで立たせる。その腕はすでにあらぬ方向へと曲がっていた。
(オジサン……ほんとうにオジサンなの?)
なんか、こわい。いまあそこにいるオジサン。いつもわたしと旅をしていたオジサン。いったいどっちがホンモノのオジサンなの?
「ぐうゥゥ――へっ、へへへ」
「ほう、笑う余裕があるのか」
「油断、したが、ウデの一本くらいすぐ治せるぜ」
「なるほど、治療者が仲間にいるというワケか」
「ジャマが入ったが逆にちょーどイイ。そこの女で試すか」
その人と視線が合った。
人を見る時の目じゃなかった。
実験動物、モルモット、あるいは単なるもの。
「手出しさせねえ!」
片腕をだらりと下げたスプリットくんがその間に割って入る。それでもまだあの瞳がわたしを覗き込んでるようで、心の底にドロのようなモノが押し寄せてきた。
「ザコはすっこんでろ――スキル、俊足」
「ッ!!」
オジサンはウデを離さない。男はスキルを発動して、そしてウデだけを残して――。
「オラ」
「きゃっ!」
(な、なに?)
鋭い眼光の彼が目の前にいて、男は片方だけになった手になにかを持っている。
「さっさと飲めよ」
彼はそれをわたしの口に押し込んだ。
わたしは闇に溶け込む衣装を身にまとっている。オジサンはマモノとの戦いで使ったピカピカ衣装じゃなくジミーなヤツ。そうしないと目立っちゃうからって、今ははじめて会った時のマタギのような格好をしてる。
みんな驚いてた。
そもそも猟銃の存在にびっくりしてた。
ここ異世界だよな? ってサっちゃんが言ってた。
ちなみにサっちゃん、異世界に迷い込んだ当初はきちんとした服を着てたらしいんだけど、森でサバイバルしてるうちにボロボロになって、親切な商人さんからもらって布で最低限の箇所を隠すスタイルでした。
集落に戻ったとき、オジサンが「さすがにマズイ」って言って新しい服を新調しようとしたんだけど、サっちゃんが「動きやすいほうがいい」としぶりに渋った結果、今もまだ『ぬののふく』みたいな装備をしてる。
まあでも丈夫で厚手な生地だし本人も満足してるっぽいからいいのかな?
迷いなく先を行く影を追って、わたしたちはより深みに入っていく。もうめっちゃ暗くなっていって、月明かりだけが支配する世界になる。
オジサンは音を立てないよう慎重に進んでいた。
「間違っても枝を踏み抜くなよ」
「うん」
「こんくらいの暗さならへっちゃらだぜ」
「エルフとの訓練で慣れている」
「どっちかってと、アタイはこの筋肉が木にぶつからないよう気をつけるほうが難しいけどな」
「ウソだろ、お前たち平気なのか……老眼にはまだ早いはずなんだがなぁ。っていうか、ん?」
こっち見てる。え、なに? 顔になにかついてる?
「気のせいか――さっき、グレースの目が光ってるように見えた」
「ほんとに?」
「いや、見間違いだろう。ともかく見失わぬようにしよう」
あの男の人は何度も同じルートを進んでいるようで、先々には獣道のような跡が見えていた。
このまま山頂まで行っちゃう? なんて考え始めたころ、先を進む影が動かなくなり、しゃがみ込んでなにかを確認する素振りを見せる。
彼の足元はうっすら光っていた。
「山の幸を収穫。ってワケでもないなぁ」
「ジョーダン言ってる場合かよオッサン。あれはいったいなんだ?」
「アレは……まさか」
「ビーちゃん知ってるの?」
わたしは息を呑むビーちゃんに訪ねた。
「エルフの聖域で聞いた話だ。この世界のどこかに力が湧き出る泉があるらしい」
「ちから?」
「生命力とでも言えばいいのか……そしてその力は世界各所に流れゆき、いくつかは地表へと湧出する。その流れを龍脈と呼ぶ」
「それに関しては私も聞いたことがある」
オジサンは監視対象から目を背けることなく口を開いた。
「龍脈、その源流たる"力の泉"。おとぎ話と言う者もいるが、これがなければ魔法を唱えられないと主張する魔術師もいるし、権力者が独占してるとかいう陰謀論まである始末だ」
「異世界でもそんなくだらないこと言い合ってんのかよ」
「そう言うなスプリット。ごく僅かとはいえ、龍脈は大陸各地に存在するのだ。民間にも知られているし、魔術師、僧侶らにとっては貴重なエネルギー源であると同時に研究対象でもあるのだ」
影への視線がさらに鋭くなる。
「エセ魔術師が自身の力を蓄えたいだけならまだしも、よからぬ研究で民間に被害を及ばせるワケにいかんのでな」
その男は地面の光に手を差し伸べていた。よくみると、光の中心にある地面はぽっかり穴が空いていて、そこから絶えず光を帯びた水? が溢れている。
その水は下に流れていくことなくすぐ蒸発して、はじめからそこに無かったかのように消えていく。
「……もういいだろう」
男が立ち上がる。そして、こちらを見た。
「いいかげん姿を見せたらどうだァ?」
なんかヤンキーっぽい、んーにゃチンピラっぽい声だった。
「……バレてたか」
「音がデカ過ぎんだよヴァーカ」
「まあ、そうだろうな」
オジサンはけっこー素直に茂みの外へ歩み出る。ただし、わたしたちに「まて」のハンドサインを示して。
「あ? ――テメーなんだその格好」
「この姿が珍しいか? さては、キミは異世界人だな?」
「だからなんだ」
「いや、私はちょっとだけ異世界人と縁があってね……で、単刀直入でもうしわけないが、ここで何してる?」
龍脈の光に照らされて、徐々に男の顔が明るくなっていく。
鋭い目、細長い四肢、背が若干低く、猫背になってるせいでより小さく子どもみたいに見える。
でもそれが纏う気配はまったく逆で、今にもオジサンの喉元に牙を突き立ててきそうな感じがする。
痩せきった四肢。その指先がオジサンを射止めた。
「テメーに言ってなんか得でもあんのかァ?」
「ある」
オジサンは腰から剣を抜いた。それは合図だ。
「ッ」
わたしも、スプリットくんも、ビーちゃんにサっちゃんも身体に力をいれる。
「素直に言ってくれなければ力尽くになる」
「……」
「その格好で"魔術の研究です"とは言うまい? どっちかと言えば荒っぽい仕事をする人のそれだ。つまるところ、素直に打ち明けてくれたほうがキミにとって得しかない。最悪ここで命を失うハメになるからな」
(オジサン、ほんきだ)
背筋に冷たいモノがはしる。しかし、それでも男は不敵な笑みを浮かべたまま対峙していた。
「年寄りが調子に乗んじゃねよ!」
猫背の男がさらに低くなる。
その懐から短剣を取り出して、
地面に砂埃を巻き上げて――、
(え?)
目の前にいた。
わたしの。
「――なんて、速さだ」
スプリットくんが苦悶の表情でわたしの前に立っていた。
眼の前に切っ先がある。
それはスプリットくんの剣を貫いて、腕を貫いて、スプリットくんの肉を引き裂き、ようやく止まった。
「なッ!」
オジサンが驚愕に目を見開く。ビーちゃんの弓矢とサっちゃんの拳が飛ぶ。それらをすべてすり抜けて、男ははるか先まで跳び退いていた。
「スプリットくん!!」
「ちったぁ動けるヤツぁいるようだな」
「やってくれたな!」
オジサンが今までにない敵意に満ちた表情を向ける。それすらも、スプリットくんの腕を壊した男は飄々と受け止めていた。
「ただでは済まさん」
「おーゥいいねぇその態度。次の瞬間には壮絶な叫び声になってるけどな!」
男が消えた。
オジサンが一歩引いた。
「おせェ!」
オジサンの背後で声がした。わたしが叫んだときにはもう、影がオジサンの背中に迫っていた。
「ッ!!」
けど、苦悶に顔を歪ませたのは男のほうだった。
「なん――だとッ!?」
「キサマは許さん」
さらに一撃。腕を掴んで飛ばさないようにしつつ執拗に腹を殴る。
「グウウッ!!!」
「ここに来た目的をすべて白状してもらおう。冗談に付き合うつもりはない。答えないなら命の保証はないと思え」
「グヲッ、ご、ごのヤロォ……ふざけるナァ!」
「だまれ」
「ギャア!!」
何かが折れる音がした。倒れそうになる彼の身体を腕いっぽんで立たせる。その腕はすでにあらぬ方向へと曲がっていた。
(オジサン……ほんとうにオジサンなの?)
なんか、こわい。いまあそこにいるオジサン。いつもわたしと旅をしていたオジサン。いったいどっちがホンモノのオジサンなの?
「ぐうゥゥ――へっ、へへへ」
「ほう、笑う余裕があるのか」
「油断、したが、ウデの一本くらいすぐ治せるぜ」
「なるほど、治療者が仲間にいるというワケか」
「ジャマが入ったが逆にちょーどイイ。そこの女で試すか」
その人と視線が合った。
人を見る時の目じゃなかった。
実験動物、モルモット、あるいは単なるもの。
「手出しさせねえ!」
片腕をだらりと下げたスプリットくんがその間に割って入る。それでもまだあの瞳がわたしを覗き込んでるようで、心の底にドロのようなモノが押し寄せてきた。
「ザコはすっこんでろ――スキル、俊足」
「ッ!!」
オジサンはウデを離さない。男はスキルを発動して、そしてウデだけを残して――。
「オラ」
「きゃっ!」
(な、なに?)
鋭い眼光の彼が目の前にいて、男は片方だけになった手になにかを持っている。
「さっさと飲めよ」
彼はそれをわたしの口に押し込んだ。