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作者: 犬物語
ちからみず
※ この水は飲めません
 気がつけば、わたしはだれかの攻撃で遠方に吹き飛ばされていた。

 殺意に満ちた目が間近にある。それは頬まで引きつった笑みを浮かべながら一本だけになった腕に力を込めた。

「あ? おいさっさと飲めってメンドクセーな」

「――ッ!」

(ゼッタイ飲み込んじゃダメだ!)

「さっさとしろよ!」

 口の中にビンを押し込まれ、それでも喉を開かずに抵抗する。

 それに痺れを切らした狂人は、わたしのお腹にヒザを打ち込んだ。

「ンーッ!」

 思わず出る声、今は空気のかわりに液体が流し込まれている。

「さぁーて……どうなる?」

 色もない味もない。でもロクでもないモノだということだけは確かだ。

 男は決して手を離さず、液体が全て喉をとおり過ぎるまで押し付けて、やがてその力が抜けていって、そして――、

 身体に熱が溢れた。

(ッ! ――ナに、コレ)

「グレース!」

 スプリットくんの声。緊張が含まれていて、わたしの耳には俊足スキルを発動したような小刻みな足音だけが響く。

「ジャマだうっとおしい」

「くそッ」

 すぐそばで戦いが繰り広げられているのに、わたしは顔を上げるどころか身体のどこも動かすことができなかった。

(からだ、ガ――あつい、なん――――?)

 宙に浮いてる? ここは水のなか? すずしい空気がわたしの身体をすりぬけて、真っ逆さまにマグマの中へとおちていく。

(あつい)

 あつい。

 あついあついあついあついあついやけるやけるやけるやけるカラダが焼けちゃうイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ嫌だ!!!!

「あ、ああああアあぁぁあぁァああああ"あ"あ"」

「……チッ、まーた失敗かよ」

 どこか遠くで、そんな声が聞こえた。

「力を直接ブチこまれたらそーなるわな……あぁーあつまんねー」

「キサマ何をした!」

「しつけーんだよジジイ!」

「くぅ――素の状態でスプリットの俊足しゅんそくより速いとは」

「あたりめーだ。選ばれた存在ものとただの三下を同じにすんじゃねーよ」

「グレース! グレース聞こえるか!!」

「あッ――ぁぁ」

 どこを向いてるのか、いまがいつなのか自分がだれなのかわからない。

 けど、だれかの声が聞こえる。だれの声かわからない。けど聞こえる。

(あ、あはは)

 返事しなきゃ。みんなでたのしく、わらって、オトモダチになって、

(わタし、わ、だいジョーブ、だよ)

「ぁ……」

「そいつはもー死ぬぜ」

 またあの声。何よりも暗く冷たい声だ。

「龍脈から湧き出る泉の水。その純粋なエネルギーを霧散する前に凝縮して飲ませたんだ……ンだよ、じゅーにんにひとりは適応できるってウソじゃねーのか?」

「ウソを言うな! グレースはまだ生きてる!!」

「なんだよ筋肉オンナ。言っとくけど身体鍛えときゃな勝てると思ってんならおーまちがいだぜ?」

「……グレース、無事か?」

(あっ)

 なにもかもグチャグチャに混じり合った意識のなか、ハッキリと聞き覚えのある声が届いた。

 この世界でずっと聞こえていた声。ちょっぴりお茶目で恥ずかしがり屋。世話焼きで、なんだかんだ言いながらずっと背中を見守ってくれるあたたかい声。

「――ぉじ、さ」

「安心しろ。この程度なら村の薬屋がなんとかしてくれる。だがその前に」

(あ、だめ)

 まって、いかないで。

 オジサンの声が遠くなっていく。

「キサマは生かす。だが生涯最悪の時間を約束しよう」

「ヘッ、ザコがいばってんじゃねーよ。わざわざウデ一本くれてやったのはなぁ、テメーらをヤるにゃあ充分だからだよォォ!」

 風の音。そして、苦痛に歪む声を聞いた。

「な、ぜ?」

「さっきから同じ動きばかり――素早いのは結構だが、毎回消して背後から首を狙うでは始末におえんな。それで」

 何が起きてるのかわからない。ただ何かを殴打する音と、だれかの悲鳴だけがわたしの耳に飛び込んでいる。それがいちど、にど、さんど、数え切れないほど続いた。

「飼い主はだれだ?」

「……」

「勘違いしないでほしいのだが、これは世間話でも尋問でも拷問でもない。ただキサマを殴って、洗いざらい訪ねて、答えなければただ殴るだけ。素直に答えれば治療してやる。そうじゃなければ死体から情報収集するだけだ」

 わからない。オジサンはなんの話をしてるの? ただ感じられるのは、わたしの傍にいるだれかが息を呑んでいること。

 そして、なんか、あたらしい熱が、はるか天上のどこかに生まれて――。

「あぶ、な、イ」

「グレース、まだ動かないほうがいい。チャールズ殿がまだ」

「ちがう、なにか、なにかが」

 くる。そう言おうとした。

 この世界に光が満ちた。

 刹那、激しい爆発音が轟いた。

「なんだ! 何が起こった!」

「チャールズ殿!」

「無事だ。それよりグレースは!」

「トゥーサ! スプリット!」

 すべてが光に満ちる。白一色となった世界に狂声が轟いた。

「出迎えごくろーさん。ちっと遊びすぎたが楽しかったぜジジイ」

「逃がすか!」

この借りウデ一本は必ず返すからァ!」

 そう言って、男は光の中に消えた。やがて、再び静けさと闇が支配する世界が訪れる。

「チャールズ殿、今の光はいったい?」

「例のヒーラーだろう。ありったけの魔力で光を生み出したか、あるいは別の魔法か、詳しくは知らんが、魔法であればあのくらい造作もないことだろう」

「んなこたいーからグレースをどうにかしようぜ!」

「アタイが運ぶよ」

「助かる。ヤツらを追跡したいが自体は一刻を争う。まずはグレースを助けるぞ」





「で、熟睡してる老婆をたたき起こしたワケかい」

 昼間に訪れた薬屋。店を構える場とは別の部屋にて、ひとりの老婆と四人の旅人が顔を合わせていた。

「スマンな。だが緊急だ」

 それぞれの視線の先にはひとりの少女がいる。安静にしているが苦悶の表情で訴えている。

「そのようだね……どれ」

 老婆はおずおずと少女の胸をはだけた。

「あついと言ってたからね。冷えからくる症状なら厚着させてたところだがどうやら違うようだ」

「それで、良くなるのかよ?」

「急ぐな。判断を誤れば死につながる。薬を間違えても同じこと」

「なんだよハッキリしろよ!」

「スプリット、もっと自制しろ。いちばん辛いのはグレースなんだぞ」

「そうは言ってもよぉ」

「気持ちはわかるけどねぇ……龍脈の湧き水を飲まされたか、これはこれは」

「厳しいのか?」

 旅人のなかでもとりわけ年長の者に尋ねられ、老婆はしぶりつつも唇を開く。

「いいわけがない」

 絶望を示す言葉。言霊が部屋を包み込み、それを耳にした者は一様に苦悶の表情を浮かべた。
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