エルフと新たな異世界人
新しいオトモダチを紹介します
「よろしく」
スラリとした体躯。腰まで伸びる髪。ここにいる女の子のなかではいちばん大きくて、もしかしたらスプリットくんより背が高いかもしれない。
「私の名前はビシェル。貴方がチャールズですね。ウワサはよく存じています」
ビシェルと名乗ったその人は、わたしのとなりで佇むオジサンの姿を射止めた。
「いかにも。しかし驚いた。異世界人といえば勇者以来戦の心得がない者たちが訪れるものだと――かの勇者でさえはじめは見習い騎士より弱かったと聞くが」
「こちらで仕込んだ。しかし思いのほか飲み込みが早くてな。数ヶ月の間ミッチリ鍛えさせてもらった。今ではエルフ並に敏感な耳をしている」
ツンツンエルフは誇らしげだ。ビシェルさんは堂々とした佇まいで視線をこちらに映していく。
「そちらのふたりは貴方の従者ですか?」
「従者ぁ? ちげーよ」
スプリットくんがソッコー否定する。向かい合うふたりを見比べてみると、やっぱスプリットくんよりちょっとおねーさんのほうが背が高いかな?
(なんていうか、その、なんだろう……いろいろ敗北感を感じる)
とくにおムネのあたりとか。いやいやわたしだって平均くらいはあると思うよ? けどもうちょっと、せめてCとか目指したいなぁっていやどうやったら大きくできるのか知らんけど。
そんな立派なのにさ、垂れないでツン! と盛り上がってるのまじすごい。ぜったいアレだよね、なんかスポーツやってた人だよね。バレーボール? バスケ? 格闘技とか?
「オレはスプリット。異世界からこっちに飛ばされたらしい」
「ほう? つまり同胞か」
それを聞いたビシェルが、やっぱり堂々とした佇まいでこちらに歩み寄り、少年の胸元に手を差し伸べた。
「これから世話になるな」
「お…………おぅ」
相手の顔と手を交互に見つめながら手を握り返した。なんかすっごいギクシャクしてる。へんなの。
「わたしグレース。オトモダチになろ!」
「フフッ、そうだな。キミの背中は私が護ろう」
つづけてこっちもあくしゅっしゅなのです。よし、オトモダチの輪がまたひとつ増えました。
「じゃあじゃあこれから何してあそぶ?」
「異世界人積もる話もあるだろうが、ここは我らの聖域である。戯れなら"外"でやってもらろうか?」
「それは承知の上だ。元来エルフの棲まう森は神聖にして厳格。土足で足を踏み入れて申し訳ない」
オジサンが心臓に手のひらを当てるジェスチャーをした。なにそれ敬礼?
「……人間にそれをされても何とも思わんが、貴殿は先の戦いにおいて世話になったな。礼儀を尽くしてくれたことを感謝しよう」
「なんだそれ?」
「なんだスプリット知らんのか? ――これはエルフ流の挨拶みたいなものだ。エルフと取引してる商人らもやるはずだぞ?」
「しらねー。オレそういうの興味ないし、おっちゃんが商談してたときは馬の世話してたり荷物運んだりしてたから」
「はは、そうか――さて、ビシェルとやらこちらに同行する形で良いのかな?」
「なんでービシェルさんずっとこの森にいたんでしょ? じゃあいーじゃん!」
だってここすっごくいいトコだよ? 何がって聞かれても困るけど、なんかこう、くうき? が澄んでるし気持ちいいっていうか、なんか力が溢れてくる感じがする。
「わがまま言うな……帰りはそちらで送り返してくれるのかな?」
「うむ近頃はマモノたちの出現数が多い。この周辺にも目撃情報がでている」
「神聖なエルフの森近くまで? 女神の護りがあるはずでは」
「それに関しては現在調査中だ。いずれにしても気をつけられよ」
ツンツンが森の入口に手をかざす。そしたらなんかふわ~って空気が揺れて、なんかブラックホールみたいな穴ができた。
(やっば、すっごい異世界って感じがする)
「森の出口までは案内しよう。あとは人のつけた目印をたどるがいい」
ツンツンエルフさんとは一時のおつきあいだったようです。んで今はまた森の中。だれが作ったのか知らないケモノ道を延々と歩き続けてます。
「いやーびっくりしたぜ、マジでワープできちまったんだもんな」
両手を頭の上に組んだスプリットくん。だからその姿勢やりにくくない? 男子ってなんでわざわざこんな難しいカッコするの?
「逆に異世界人はどうやって移動するんだ? まさかすべて徒歩というワケでもあるまい?」
「んなワケあるかよ。まあ走るのは好きだけど」
わたしも好きだよ! みんなと走ってるとめっちゃ楽しいよね!
「異世界では車と呼ばれる乗り物があるんだ」
「ほう。ビシェルよ、それは馬車とはちがうのか?」
「似ているが速さとパワーがケタ違いだ。馬車で日をまたぐような距離でも車ならあっという間に到着する」
「それは便利だな」
「ああ。異世界ではそれを使って様々なところへ行けるのだ。たとえば病院とか……病院、びょう、いん」
「? ビーちゃんどーしたの?」
「いや、スマン。なぜか頭が……それよりその"ビーちゃん"というのはやめてくれないか? なんかこそばゆい」
「ええ、いーじゃんかわいいし」
「ははは。諦めろビシェル。私も何度か説得したのだが、結局オジサン呼ばわりは変わらんかった」
「だってオジサンはオジサンでしょ」
「まだそんな年じゃないわい」
「じゃあオッサンで」
「こンのガキども」
「……苦労なさってるようですね」
ビーちゃんが同情じみた視線をオジサンに向ける。おデコに血管を浮き上がらせつつガッカリしたオジサンのようすは、うん、やっぱり"オジサン"だよね。
「しかし立て続けに三人か」
オジサンはパーティーメンバーを順々に見回した。
「例年であれば一年に数人である異世界人の到来であるはずだが……グレースは数日前、スプリットは半年ほどだったな」
「ああ」
「ビシェルよ。お主はいつごろこちらに流れ着いた?」
「数ヶ月、少なくとも半年は経っていない」
それから少し考える素振りをみせた。
「気付いた時には深い森の中にいた。以前までの記憶がなく、だがこの世界が自分が知ってる世界ではないことだけは理解できた」
「森のなか――わたしやスプリットくんと違う?」
「異世界人は基本だれもいない開けた場所、たとえば草原などで見つかるそうだ。しかし稀に森の中や絶海の孤島などの極地で発見されることもある」
「なるほど、私は稀有な例に引っかかったというわけか。それで、アテもなく彷徨っていたところマモノの襲撃に遭遇した」
「自力で倒したのか!?」
「いや、エルフたちに助けてもらった。それから彼らの世話になり、自力で生きられるようエルフ流の弓術を教えてもらった。表ではああ言っているが、実際のところエルフは親切な者ばかりなのだ」
「そうなんだ」
「信じられないか? 貴方方を案内したあのエルフだって、普段からよく笑い、この世界のことをいろいろ教えてくれたものだ」
「なん……だと……ッ!」
あのツンツンの奥にはモーレツなデレデレが潜んでいたのか!
「本人にはナイショにしてくれと頼まれたが、エルフという種族を勘違いしてほしくなくてな――まって」
ビーちゃんが歩みを止めた。
「うぉっと。あぶねーないきなり止まんなよ」
「どうした」
「……」
様子の変化に気付いたオジサンが尋ねる。けどそれに言葉を返すことなく、逆に声を出さないよう彼女は手を上げて示した。
「……どうやら、マモノたちは私たちにヒマを与えてはくれないようだ」
森の狩人は、静かに背中の弓矢へ手をかけた。
スラリとした体躯。腰まで伸びる髪。ここにいる女の子のなかではいちばん大きくて、もしかしたらスプリットくんより背が高いかもしれない。
「私の名前はビシェル。貴方がチャールズですね。ウワサはよく存じています」
ビシェルと名乗ったその人は、わたしのとなりで佇むオジサンの姿を射止めた。
「いかにも。しかし驚いた。異世界人といえば勇者以来戦の心得がない者たちが訪れるものだと――かの勇者でさえはじめは見習い騎士より弱かったと聞くが」
「こちらで仕込んだ。しかし思いのほか飲み込みが早くてな。数ヶ月の間ミッチリ鍛えさせてもらった。今ではエルフ並に敏感な耳をしている」
ツンツンエルフは誇らしげだ。ビシェルさんは堂々とした佇まいで視線をこちらに映していく。
「そちらのふたりは貴方の従者ですか?」
「従者ぁ? ちげーよ」
スプリットくんがソッコー否定する。向かい合うふたりを見比べてみると、やっぱスプリットくんよりちょっとおねーさんのほうが背が高いかな?
(なんていうか、その、なんだろう……いろいろ敗北感を感じる)
とくにおムネのあたりとか。いやいやわたしだって平均くらいはあると思うよ? けどもうちょっと、せめてCとか目指したいなぁっていやどうやったら大きくできるのか知らんけど。
そんな立派なのにさ、垂れないでツン! と盛り上がってるのまじすごい。ぜったいアレだよね、なんかスポーツやってた人だよね。バレーボール? バスケ? 格闘技とか?
「オレはスプリット。異世界からこっちに飛ばされたらしい」
「ほう? つまり同胞か」
それを聞いたビシェルが、やっぱり堂々とした佇まいでこちらに歩み寄り、少年の胸元に手を差し伸べた。
「これから世話になるな」
「お…………おぅ」
相手の顔と手を交互に見つめながら手を握り返した。なんかすっごいギクシャクしてる。へんなの。
「わたしグレース。オトモダチになろ!」
「フフッ、そうだな。キミの背中は私が護ろう」
つづけてこっちもあくしゅっしゅなのです。よし、オトモダチの輪がまたひとつ増えました。
「じゃあじゃあこれから何してあそぶ?」
「異世界人積もる話もあるだろうが、ここは我らの聖域である。戯れなら"外"でやってもらろうか?」
「それは承知の上だ。元来エルフの棲まう森は神聖にして厳格。土足で足を踏み入れて申し訳ない」
オジサンが心臓に手のひらを当てるジェスチャーをした。なにそれ敬礼?
「……人間にそれをされても何とも思わんが、貴殿は先の戦いにおいて世話になったな。礼儀を尽くしてくれたことを感謝しよう」
「なんだそれ?」
「なんだスプリット知らんのか? ――これはエルフ流の挨拶みたいなものだ。エルフと取引してる商人らもやるはずだぞ?」
「しらねー。オレそういうの興味ないし、おっちゃんが商談してたときは馬の世話してたり荷物運んだりしてたから」
「はは、そうか――さて、ビシェルとやらこちらに同行する形で良いのかな?」
「なんでービシェルさんずっとこの森にいたんでしょ? じゃあいーじゃん!」
だってここすっごくいいトコだよ? 何がって聞かれても困るけど、なんかこう、くうき? が澄んでるし気持ちいいっていうか、なんか力が溢れてくる感じがする。
「わがまま言うな……帰りはそちらで送り返してくれるのかな?」
「うむ近頃はマモノたちの出現数が多い。この周辺にも目撃情報がでている」
「神聖なエルフの森近くまで? 女神の護りがあるはずでは」
「それに関しては現在調査中だ。いずれにしても気をつけられよ」
ツンツンが森の入口に手をかざす。そしたらなんかふわ~って空気が揺れて、なんかブラックホールみたいな穴ができた。
(やっば、すっごい異世界って感じがする)
「森の出口までは案内しよう。あとは人のつけた目印をたどるがいい」
ツンツンエルフさんとは一時のおつきあいだったようです。んで今はまた森の中。だれが作ったのか知らないケモノ道を延々と歩き続けてます。
「いやーびっくりしたぜ、マジでワープできちまったんだもんな」
両手を頭の上に組んだスプリットくん。だからその姿勢やりにくくない? 男子ってなんでわざわざこんな難しいカッコするの?
「逆に異世界人はどうやって移動するんだ? まさかすべて徒歩というワケでもあるまい?」
「んなワケあるかよ。まあ走るのは好きだけど」
わたしも好きだよ! みんなと走ってるとめっちゃ楽しいよね!
「異世界では車と呼ばれる乗り物があるんだ」
「ほう。ビシェルよ、それは馬車とはちがうのか?」
「似ているが速さとパワーがケタ違いだ。馬車で日をまたぐような距離でも車ならあっという間に到着する」
「それは便利だな」
「ああ。異世界ではそれを使って様々なところへ行けるのだ。たとえば病院とか……病院、びょう、いん」
「? ビーちゃんどーしたの?」
「いや、スマン。なぜか頭が……それよりその"ビーちゃん"というのはやめてくれないか? なんかこそばゆい」
「ええ、いーじゃんかわいいし」
「ははは。諦めろビシェル。私も何度か説得したのだが、結局オジサン呼ばわりは変わらんかった」
「だってオジサンはオジサンでしょ」
「まだそんな年じゃないわい」
「じゃあオッサンで」
「こンのガキども」
「……苦労なさってるようですね」
ビーちゃんが同情じみた視線をオジサンに向ける。おデコに血管を浮き上がらせつつガッカリしたオジサンのようすは、うん、やっぱり"オジサン"だよね。
「しかし立て続けに三人か」
オジサンはパーティーメンバーを順々に見回した。
「例年であれば一年に数人である異世界人の到来であるはずだが……グレースは数日前、スプリットは半年ほどだったな」
「ああ」
「ビシェルよ。お主はいつごろこちらに流れ着いた?」
「数ヶ月、少なくとも半年は経っていない」
それから少し考える素振りをみせた。
「気付いた時には深い森の中にいた。以前までの記憶がなく、だがこの世界が自分が知ってる世界ではないことだけは理解できた」
「森のなか――わたしやスプリットくんと違う?」
「異世界人は基本だれもいない開けた場所、たとえば草原などで見つかるそうだ。しかし稀に森の中や絶海の孤島などの極地で発見されることもある」
「なるほど、私は稀有な例に引っかかったというわけか。それで、アテもなく彷徨っていたところマモノの襲撃に遭遇した」
「自力で倒したのか!?」
「いや、エルフたちに助けてもらった。それから彼らの世話になり、自力で生きられるようエルフ流の弓術を教えてもらった。表ではああ言っているが、実際のところエルフは親切な者ばかりなのだ」
「そうなんだ」
「信じられないか? 貴方方を案内したあのエルフだって、普段からよく笑い、この世界のことをいろいろ教えてくれたものだ」
「なん……だと……ッ!」
あのツンツンの奥にはモーレツなデレデレが潜んでいたのか!
「本人にはナイショにしてくれと頼まれたが、エルフという種族を勘違いしてほしくなくてな――まって」
ビーちゃんが歩みを止めた。
「うぉっと。あぶねーないきなり止まんなよ」
「どうした」
「……」
様子の変化に気付いたオジサンが尋ねる。けどそれに言葉を返すことなく、逆に声を出さないよう彼女は手を上げて示した。
「……どうやら、マモノたちは私たちにヒマを与えてはくれないようだ」
森の狩人は、静かに背中の弓矢へ手をかけた。