ただいまとオンナノコの会話
ビシェルは弓兵です
「まって」
「どうした」
ウッソーと茂る森の中。ピンと張り詰めた空気を出して、背中の弓矢へ手をかけるおねーさんがいた。
おねーさん、って感じだけど実際の年齢はどうなんだろう? わたしとおんなじくらいじゃないかな? なんて考えてるうちに、我がパーティーメンバーの最年長者がワントーン抑えた色で確認する。
マモノの襲来を告げたあの時と同じ声だ。
「なにかいる」
ビーちゃんの手がこっちに向けられる。でも空いたほうの手が矢じりをつまんでいて、いつでもつがえるよう準備してた。
戦う姿勢と仲間への合図。ビーちゃんはその両方を同時にやってるんだ。
「近いか?」
「ほう? 信じてくれるのだな」
「頑固者で有名なエルフが"エルフ並に敏感な耳"と言ったんだ。それよりお前たちしっかり準備しておけ。ここは見晴らしが悪い森の中。我らは今格好の的になってるのだから」
オジサンが腰をかがめ、その動きを模倣してスプリットくんも低い姿勢になり辺りを見渡す。一方でビシェルさんは堂々とした佇まいのまま微動だにしない。
それは集中してナニカの存在を追っているようで、その姿はどこかわたしに通じるような感覚があって――。
(あれ?)
なんだろ?
(なんか、あたまのなかがボヤーっとしてて……この景色、どこかで見たような気がする)
深い藪の中、エモノを追いかけて走り回る感覚。遠くへ逃げたエモノを驚かせて、隠れ家から追い出して、追い込んで、そして――。
「なにかいる」
「近い」
「いっぱいいる」
「囲まれてるな」
「ねえ、いい?」
「待て――ウラ手は任せた。こちらは奥のマモノを撃つ」
「もうガマンできなーい!」
マモノさーん追いかけっ子しよー!
「そこッ!」
ビーちゃんがヤをつがえて虚空へと放つ。ナニカの叫び声がした。
「あのバカッ、またやりやがった!」
「いんやアレでいいんだぜオッサン!」
スプリットくんとオジサンが一斉に動き出す。
「グレースが吠えたせいでマモノたちがびっくりしてらぁ!」
思わず茂みから出てきたマモノを切りつけていく。スプリットくんは素早く乱暴に、オジサンは最短距離で接近してマモノたちを薙ぎ払っていく。
ビーちゃんは物言わぬ表情のまま矢を射ちつづける。眉間、胸部、そのどれもが正確無比すぎて、見る人によっては一種の芸術に見えるようだった。
で、わたしはナニしてるかっていうと。
「わーい!」
マモノさんと追いかけっ子! さっきまでめっちゃ殺気マシマシモードだったのに逃げてばっかりなのなんで?
「追いかけっ子なら得意だよ! とゥ!」
おしりを見せるマモノを飛び越えた。ギョッとした表情のマモノさんはぁ、なんかタヌキみたいな顔してる。
「わひゃあ!」
マモノの全力疾走パンチ! グレースはかわした!
「バカ遊んでんじゃねえ戦え!」
「わかってるもん! ――ごめんね」
わたしは腰に手をかけた。
「このような所にまでマモノが……20年前に掃討されたはずなのだが」
マモノたちを撃退し、森を抜けた先はお宿と商人さんたちがいるあの場所だった。
まだケガ人の手当や崩壊した建物の修繕が続いている。でも、それほど時間が経ってないにも関わらず、兵士さんたちの手配で緊急用のテントが設営されていて、その中では白っぽい服装の人が、倒れてる人に手を当ててピカピカさせていた。
「ねえねえ、マモノってなんなの?」
「知らね。おっちゃんから聞いた話じゃどこからともなく現れる異形の存在だとか、あとは大昔に人間が犯した罪に対する呪いって言ってたな――ってかオレに聞くなよ。それだったらオッサンのが知ってるだろ」
「ふふっ、商人たちの間ではそのように伝えられてるのか」
「オジサンは知ってるの?」
「私も詳しいことは知らん。それ以前に、マモノがどこからやってきて、なぜ人間を襲うのかすらもわかってないのだ」
わたしたちはユージーンおじさんに案内され、設営テントの一角で腰を休めていた。
「まったく謎の存在。ただわかってるのは滅多に魔族を襲わないこと、性質が魔族と酷似してること、そしていくら斬っても斬ってもキリがないこと」
「それは……つまり魔族が」
オジサンは、そう言いかけたビシェルの口を挟んだ。
「その線はない」
「なんでだよ」
「すでに魔族と関係ないことは実証済みなのだ。二十年前の戦いでな」
「なんだよその二十年前の戦いって。おっちゃんもあまり詳しく語ろうとしなかったんだよなぁ」
オジサンは自嘲気味にわらった。
「それもそうだろうな……20年前の災厄は人間と魔族にとって、とくに人間にとっては記憶と記録どちらからも抹消したい思い出だ」
「なにがあったの?」
「話せば長くなる。それよりも傷病者の手当を進めなければなるまい。小僧は私といっしょに力仕事だ。ふたりは手当てを手伝ってやりなさい」
「よっしゃ」
言うが早く、男子ふたりは早々にテントから飛び出していった。
「では、こちらも作業にとりかかるとしよう」
「はーい。ところでビーちゃんってさいしょからそのカッコだったの?」
「ん? ああ、この衣装のことか」
手を広げて自分が着てるそれを広げる。
「エルフの衣装だ。もとの服はボロボロになってしまったのでな」
「へーそうなんだ」
「グレースはその格好のままなんだな」
「うん。気づいたら異世界にいて、おさんぽしてたら小屋があってオジサンとこんにちはしたの」
かんたんな経緯を説明していく。オジサンのおうちに泊めてもらったこと。いっしょに狩りをしたこと。そしてこの集落にやってきたこと。
「……とても猟師には見えないが」
「でもすっごく上手だったんだよ!」
「っていうかこの世界に囲炉裏? しかもマタギ用の衣装を身にまとっていただと? 見間違いじゃないのか?」
「ううん。だってずっと着てたもん」
「なんだこの世界は、まるでゲームだな。とにかく、今は傷病者の看護をしないといけないな――ああそうだ」
「ん?」
ビーちゃんが懐からなんか取り出した。
「はいこれアナタに」
「なにこれ?」
「男ばかりのパーティーだとタイヘンでしょ? これを使うといいわ」
羊毛のもこもこな綿。水をよく吸ってくれそうな感じがする。
(なるほど、これはまくらか! ――にしてはかわいすぎるよね。えーっと?)
「使うって、なにに?」
「えっ」
お互いのあたまにクエッションマークが浮かんだ。
「いやだって、いろいろと必要でしょオンナノコなんだから」
「? うん、わたしおんなのこだよ?」
「いやだから――アナタまさかまだなの?」
言いつつ、ビーちゃんはわたしの全身をくまなく舐め回すように見つめた。
「? え、なになに、身体になにかついてる?」
「……そ、そう。わからないならいいわ」
ビーちゃんはそろそろとモコわたをしまい込んだ。
へんなの。っていうかその綿なんだったの?
「どうした」
ウッソーと茂る森の中。ピンと張り詰めた空気を出して、背中の弓矢へ手をかけるおねーさんがいた。
おねーさん、って感じだけど実際の年齢はどうなんだろう? わたしとおんなじくらいじゃないかな? なんて考えてるうちに、我がパーティーメンバーの最年長者がワントーン抑えた色で確認する。
マモノの襲来を告げたあの時と同じ声だ。
「なにかいる」
ビーちゃんの手がこっちに向けられる。でも空いたほうの手が矢じりをつまんでいて、いつでもつがえるよう準備してた。
戦う姿勢と仲間への合図。ビーちゃんはその両方を同時にやってるんだ。
「近いか?」
「ほう? 信じてくれるのだな」
「頑固者で有名なエルフが"エルフ並に敏感な耳"と言ったんだ。それよりお前たちしっかり準備しておけ。ここは見晴らしが悪い森の中。我らは今格好の的になってるのだから」
オジサンが腰をかがめ、その動きを模倣してスプリットくんも低い姿勢になり辺りを見渡す。一方でビシェルさんは堂々とした佇まいのまま微動だにしない。
それは集中してナニカの存在を追っているようで、その姿はどこかわたしに通じるような感覚があって――。
(あれ?)
なんだろ?
(なんか、あたまのなかがボヤーっとしてて……この景色、どこかで見たような気がする)
深い藪の中、エモノを追いかけて走り回る感覚。遠くへ逃げたエモノを驚かせて、隠れ家から追い出して、追い込んで、そして――。
「なにかいる」
「近い」
「いっぱいいる」
「囲まれてるな」
「ねえ、いい?」
「待て――ウラ手は任せた。こちらは奥のマモノを撃つ」
「もうガマンできなーい!」
マモノさーん追いかけっ子しよー!
「そこッ!」
ビーちゃんがヤをつがえて虚空へと放つ。ナニカの叫び声がした。
「あのバカッ、またやりやがった!」
「いんやアレでいいんだぜオッサン!」
スプリットくんとオジサンが一斉に動き出す。
「グレースが吠えたせいでマモノたちがびっくりしてらぁ!」
思わず茂みから出てきたマモノを切りつけていく。スプリットくんは素早く乱暴に、オジサンは最短距離で接近してマモノたちを薙ぎ払っていく。
ビーちゃんは物言わぬ表情のまま矢を射ちつづける。眉間、胸部、そのどれもが正確無比すぎて、見る人によっては一種の芸術に見えるようだった。
で、わたしはナニしてるかっていうと。
「わーい!」
マモノさんと追いかけっ子! さっきまでめっちゃ殺気マシマシモードだったのに逃げてばっかりなのなんで?
「追いかけっ子なら得意だよ! とゥ!」
おしりを見せるマモノを飛び越えた。ギョッとした表情のマモノさんはぁ、なんかタヌキみたいな顔してる。
「わひゃあ!」
マモノの全力疾走パンチ! グレースはかわした!
「バカ遊んでんじゃねえ戦え!」
「わかってるもん! ――ごめんね」
わたしは腰に手をかけた。
「このような所にまでマモノが……20年前に掃討されたはずなのだが」
マモノたちを撃退し、森を抜けた先はお宿と商人さんたちがいるあの場所だった。
まだケガ人の手当や崩壊した建物の修繕が続いている。でも、それほど時間が経ってないにも関わらず、兵士さんたちの手配で緊急用のテントが設営されていて、その中では白っぽい服装の人が、倒れてる人に手を当ててピカピカさせていた。
「ねえねえ、マモノってなんなの?」
「知らね。おっちゃんから聞いた話じゃどこからともなく現れる異形の存在だとか、あとは大昔に人間が犯した罪に対する呪いって言ってたな――ってかオレに聞くなよ。それだったらオッサンのが知ってるだろ」
「ふふっ、商人たちの間ではそのように伝えられてるのか」
「オジサンは知ってるの?」
「私も詳しいことは知らん。それ以前に、マモノがどこからやってきて、なぜ人間を襲うのかすらもわかってないのだ」
わたしたちはユージーンおじさんに案内され、設営テントの一角で腰を休めていた。
「まったく謎の存在。ただわかってるのは滅多に魔族を襲わないこと、性質が魔族と酷似してること、そしていくら斬っても斬ってもキリがないこと」
「それは……つまり魔族が」
オジサンは、そう言いかけたビシェルの口を挟んだ。
「その線はない」
「なんでだよ」
「すでに魔族と関係ないことは実証済みなのだ。二十年前の戦いでな」
「なんだよその二十年前の戦いって。おっちゃんもあまり詳しく語ろうとしなかったんだよなぁ」
オジサンは自嘲気味にわらった。
「それもそうだろうな……20年前の災厄は人間と魔族にとって、とくに人間にとっては記憶と記録どちらからも抹消したい思い出だ」
「なにがあったの?」
「話せば長くなる。それよりも傷病者の手当を進めなければなるまい。小僧は私といっしょに力仕事だ。ふたりは手当てを手伝ってやりなさい」
「よっしゃ」
言うが早く、男子ふたりは早々にテントから飛び出していった。
「では、こちらも作業にとりかかるとしよう」
「はーい。ところでビーちゃんってさいしょからそのカッコだったの?」
「ん? ああ、この衣装のことか」
手を広げて自分が着てるそれを広げる。
「エルフの衣装だ。もとの服はボロボロになってしまったのでな」
「へーそうなんだ」
「グレースはその格好のままなんだな」
「うん。気づいたら異世界にいて、おさんぽしてたら小屋があってオジサンとこんにちはしたの」
かんたんな経緯を説明していく。オジサンのおうちに泊めてもらったこと。いっしょに狩りをしたこと。そしてこの集落にやってきたこと。
「……とても猟師には見えないが」
「でもすっごく上手だったんだよ!」
「っていうかこの世界に囲炉裏? しかもマタギ用の衣装を身にまとっていただと? 見間違いじゃないのか?」
「ううん。だってずっと着てたもん」
「なんだこの世界は、まるでゲームだな。とにかく、今は傷病者の看護をしないといけないな――ああそうだ」
「ん?」
ビーちゃんが懐からなんか取り出した。
「はいこれアナタに」
「なにこれ?」
「男ばかりのパーティーだとタイヘンでしょ? これを使うといいわ」
羊毛のもこもこな綿。水をよく吸ってくれそうな感じがする。
(なるほど、これはまくらか! ――にしてはかわいすぎるよね。えーっと?)
「使うって、なにに?」
「えっ」
お互いのあたまにクエッションマークが浮かんだ。
「いやだって、いろいろと必要でしょオンナノコなんだから」
「? うん、わたしおんなのこだよ?」
「いやだから――アナタまさかまだなの?」
言いつつ、ビーちゃんはわたしの全身をくまなく舐め回すように見つめた。
「? え、なになに、身体になにかついてる?」
「……そ、そう。わからないならいいわ」
ビーちゃんはそろそろとモコわたをしまい込んだ。
へんなの。っていうかその綿なんだったの?