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作者: 犬物語
異世界人とマモノ
なぜ異世界人がいるのか?

召喚されたのか? 超常現象なのか? あるいは神の意志か?
 マモノたちが完全に討滅された後、わたしたちはみんなと協力して宿を修復したり、ケガをした人を助けたりした。

 崩れて飛び散った角材をあつめたり、広場にけが人を寝かせたり、宿屋のおじいさんおばあさんは運良く無事でいて、緊急事態だからと飲食物や休める場所を無料で開放してくれた。

 ある程度収集がついたタイミングで、わたしとスプリットくんはオジサンに呼び出された。で、今は食堂だった広場にテーブルを囲んでいるところなんだけど……。

「異世界の漂流者はそれを"スキル"と呼んでいた」

 ユージーンオジサン、もといオジサンのともだちのオジサンは商人のすがたにもどっている。さっきまで剣と魔法でドンパチやってた人とは思えないくらい、今はただの冴えないオジサンっぽく見える。

言霊ことだまというらしい。力を与えることばを口にして発動し、唱えたことばにより多くの恩恵を得られるそうだ」

「でも、わたしスキルを使おうなんて思ってなかった。ただスプリットくんを助けたくて、気付いたら身体がアツくなって、それで」

「詳しいことは知らん。我々はスキルを仕えないからな。ただ、かつての勇者はそれを駆使して魔王と激しい戦いを繰り広げた。はるか昔の伝説だ。逆を言えば、異世界人はそのような時代からこの世界を訪れていて、今もここにいるということ」

 オジサンが向かい側にいる若いふたりを見つめる。交互に見つめられ、その視線が絡み合うのを恐れてうつむいてしまった。

 いきなりそんなこと言われてもわかんない。だってほんとにあの時はいっぱいいっぱいだったんだもん。

 でも、わたしは実際にスキルっていうのを使って、とてもはやくなって、スプリットくんといっしょに逃げることができた。

「……ほんとに魔王がいる世界なんだ」

「はるか昔の話と言ったろ」

「えっ、じゃあもう魔王って討伐されたの?」

 それだと異世界にならなくない? そんなことを言う前に、となりの少年が目を細めた。

「人間と魔王は仲良しこよしなんだってよ」

「え?」

 バカっぽくに頭のうしろでウデを組むオトコの子。ってかそーゆー姿勢する男子多すぎない? そのかっこいろいろ辛いと思うけど。

「うむ。勇者と戦った魔王は人類の味方となった。それから今まで友好関係が続く故、人間社会には多くの魔族が存在している。もちろんその逆もしかり」

「え、でも……」

 いままで集落で会った人たちはみーんな"にんげん"だったよ?

「おっきなみみの人もいなかったし、へビっぽいおねーさんもいなかったしはねが生えたオンナの子もいなかったしイケメンオオカミさんもいなかったし」

「なんでオスメスまで絞るんだよ」

「ははっ、ムリもない。人類が魔族と共存して長いが、ここは魔族の土地よりはるか遠いのでな。なかなか人気が無いのだよ」

「にんき」

 なんて聞いてるうちにユージーンオジサンの苦労話がはじまった。いわく、首都は勇者生誕の地としてすっごい観光名所なんだけどそれ以外はカラッキシで、自然が豊かな国土だからそれをプッシュしたいんだけど魔族の土地のほうがめっちゃ自然たっぷりだからどーしよーもなくて、じゃあいっそのことアミューズメント施設つくったら? っていう提案は住民の猛反対で頓挫しちゃってうんぬん。

「……異世界もいろいろあるんだね」

 わたしは苦労人オジサンの肩をたたいた。

「ユージーン……なんか、スマン。おれも引退撤回して協力してやったほうがいいか?」

「まあ、おまえが来てくれれば伝説の帰還だとかいって少しは盛り上がるだろうが、引退撤回はそれはそれで問題だからな」

「すまん、勝手なことばかりして」

「いいんだ。こういうのは国のしごと。おまえは先の戦いで充分活躍した。これ以上頼るわけにもいかんだろ。ああすまん、話が逸れたな」

 よっこいしょ。なんてつかれたオジサンみたいなことばを吐きながら、オジサンはつかれた様子であたりを見回した。

「異世界人については国の占星術師に聞いてくれ、そっちのが我々より何倍も詳しい」

「せんせーじゅつし? そのひとってどこにいるの?」

「それは――」

「どうやら騒ぎが収まったようじゃな」

「ッ!!」

「おわっ!」

「ふぇ?」

 背後からかけられる女性の声色。ふたりのオジサンは驚愕して腰に手をまわし、スプリットくんはびっくりしたような声をあげた。

「なんじゃぶっそうな。妾は争いにきたわけではないぞ? ――それとも、ここでひと踊りしてさしあげましょうか?」

 妙齢の女性がいた。その唇からは妖艶な声を響かせている。

 深い光沢ある緑の髪。それが彼女の臀部までを覆っていた。

 艶やかな目がすべてを見透かすように順番に対象を流し見る。純白の肌に漆黒のドレス。そこから見える素肌がキズひとつなく、出で立ちは敬虔な淑女のようだった。

 ひと目で「魅力がある人だ」というのがわかる。男性だったら思わず振り向いてしまいそうな――けどこっちの枯れたオジサンたちはその色香に惑わされなかったようだ。

「エコー殿か、こんな時にイタズラが過ぎる。気配なく近づかんでもらいたいな」

 半ば光が見えていた剣をもとのさやにもどした。

「戯れじゃ。それに、妾は踊りより唄うほうが好みよ」

「貴殿がわざわざ姿を見せたとは――助けが得られるということでよろしい?」

「たすけ、というには不足かもしれんが……まあ、その話は後々にするとしよう。それよりも大事な話がある。そちらの旅人異世界人も共においでなさい」

「わたし? うんわかった。行こうスプリットくん……どしたの?」

「え、あ、ああ」

 スプリットくんはちょっぴり顔を赤らめていた。へんなの。





 マモノの襲撃から避難した場所。あの丘の向こうには森が広がっていた。

 すべての生き物たちが気持ちよく遊べるようなお天気と温かさ。そんな日は虫さんたちもゲンキいっぱいで虫刺されがこわいってなるはずなんだけど、森に入ってからかゆみを訴える人はいなくて、とても茂っているのにしけっぽさもなにも感じなかった。

 木々のひとつひとつが、来訪者を歓迎しているように見えた。

「ここは草葉のいちまいまで妾のもの。あまり乱雑に扱わぬように」

(はーい、と言われましてもですよ?)

 道を歩けばどーしたって草葉を踏んでしまいますニンフさま。

 ユージーンオジサンは「部下の指揮がある」と言って集落にとどまった。ってことで、いまここにいるのはキレイなニンフ? のおねーさんと、オジサンと、あっちこっち興味深そうにキョロキョロしてるスプリットくんだけ。

「エコー殿。さきほどの話は」

「先程? なにか世間話でもしたかえ?」

「貴方には先の戦いにおいても助力をいただいた。正直いえば、その力があったからこそ我々の勝利に終わったと言えるでしょう。その貴方が"不足"とは」

「文字通りの意味じゃ。実を言うと我が領域内にもマモノが現れてのぅ――だいぶ犠牲がでた」

「まさか」

 オジサンの表情が険しくなる。

「だが、そこでひとつわかったことがある」

 やや黄みがかった鈍色にびいろの瞳がわたしを貫いた。

「異界からの旅人が放つ攻撃はマモノに有効的だった」

「それは、つまりスキルが効くということですか? それならば――」

「否。確かに旅人がもつスキルは強力じゃが、それだけでなくただの攻撃も……そうなぁ」

 艶っぽい声が途切れ、彼女はこちらに振り向く。そして春の日差しのように温かい手を差し伸べた。

「そなたの武器を」

「え? これ?」

 言われるがままに短剣を差し出す。マモノに斬りつけるため使ったはずだけど、その切っ先には刃こぼれひとつついてない。

 つまりとてもいい短剣なのだ。

「やっぱりナマクラね」

「えっ」

 自己評価が真っ向否定された!

「エコー殿。それは訓練用の武器であって実践モノでは――いや待て」

「気付いた?」

「?」

 え、ちょっとまって。なんか勝手にふたりとも納得した風でわるいんだけどなんの話?

「グレースおまえ、コレ・・でマモノと戦ったのか?」

「え、うんそうだけど」

「そんなまさか、ありえん。わたしならともかく、これでは一般兵ですらマモノに傷をつけられるかどうか」

「あー、そっか」

 そんな様子を見てたスプリットくんがナットクしたような表情を見せる。

「なんかオレもおかしーなと思ってたんだ」

「ちょっとまって、どゆこと?」

「……察しが悪いのぅ」

 おねーさんはちょっとだけ肩をすくめた。そういう挙動もキレーなんだからヒキョーだ。

「そなた、この武器でどれだけのマモノを消滅させたのかしら?」

「それはたくさん、ってあわわ!」

 ぽんと投げ返された。で、まちがって刃物に触れた。

「いたっ――くない」

 刺さった! っと思ったら刺さってなかった!

「異世界人の攻撃はマモノに有効。対して妾の攻撃はマモノに通らなかった。だから直接の助力はできない。だけど――」

 突然、辺りに光が射した。

「間接的に"力"を与えることはできる」

 ついさっきまで、わたしたちは遠くが見えないような深い森の中にいた。

 けど今はちがう。深い深い森の中、そこにぽっかりと開いたような場所があって、ちいさな小川が流れてて、家があって、木漏れ日があって、澄み切った空気があって、

 耳の長い人がいた。

「普段であれば、エルフは外来者そとさまを歓迎せんのじゃがな――ムリを言った。ついでにそなたらの同胞と顔合わせするがよい」

 とおくまで響くような声を残して、彼女はすぅーっと消えてしまった。ほんとうに陰のように、その向こう側が透けていく。

 はじめから、彼女はいなかったとでも言うように。

「来たか」

 泡沫のように消えた声色と打って変わって、こちらに近づく人の声はツンツンしてた。これはわかりやすいツンツンだ。

(よし、彼女をツンツンエルフガールと名付けよう。あ、でも見た目若そーだけど実際のエルフっておばさ――)

「そこの女、いま失礼なことを考えなかったか?」

「いえいえぜんぜん!」

 前言撤回。初対面のひととは仲良くしなきゃね☆

「まあいい。話はエコー様から聞いているだろう。ついてこい、余計なことはするなよ」

 ツンツンした女のひとはツンツンした態度で背中を向ける。で、そのまま歩き出した。

(やっぱツンツンエルフガールだ。しかも最後までデレないタイプのやつ。ってかさっきっからメッチャ睨んでくるんですけど? 失礼なこと考えてるってバレた? なにそれこわいオンナのカン?)

「ふたりとも」

 そんなツンツンエルフに聞こえないよう小声でささやいてくるオジサン。

「エルフは森の民だ。交流が無いとは言わんが必要最低限しか我々と関わってこない。ましてや自身のテリトリーに侵入を許すのは前例なきことだ……余計なことはしないでくれよ?」

「ああ、うんだいたい知ってる"エルフ像"といっしょだ」

 ながーい金髪で青目でながいお耳でみーんな美形。

「なに? 異世界にもエルフがいるのか?」

「ううんこっちの話」

 必要最低限の距離だけ歩かされて、なんか木の柱でたかいところに家を作ってる建物があった。えーっとなんだっけこれ、えーっとたかゆかしき? わすれた。とにかく高いトコにある建物に連れてかれました。

「ここで待て」

 おうちの中に入るワケでもなく、わたしたち三人はその手前で待たされることになった。そのおうちに入るためのはしごがあって、でもツンツンエルフはひとっとびで入口までジャンプした。

 で、時間もたたないうちにまた出てきた。こんどはとなりにもう一人のおんなの人がいた。

 エルフじゃない。だって耳みじかいもん。

「……」

 エルフがまたジャンプした。それはわかる。けどもうひとりの方もおなじようにジャンプして、数メートルはある距離を落下して。

(えっ)

 ズドン! ――って音もなく静かに着地した。

「こやつも放浪者だ」

「よろしく」

 ツンツンエルフより背が高い。すらりとしたモデル体系のようなおねーさんが無表情で手を差し伸べてきた。
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