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8.(5)
 さて、話を進めることにする。

「で、アリア、仲間だったんでしょ?」

 その問いにゆっくりとトリオは頷く。

「そうじゃな。もう一人のニルレンの仲間じゃ。一緒にいたのは一年弱くらいか。三人と二匹でマグスの所に向かった。あの時は違う名前じゃったけどな」
「違う名前?」
「今と似たような名前じゃけどな。言っていいのかよう分からんから、言わんでおく。話し方も仕草も全く一緒じゃが、見かけも声も全くの別人じゃ」

 天井を見上げながら、トリオは言う。そこに浮かぶのは当時の彼女なのだろう。
 どんな声でどんな見かけなのか知ってみたいけど、僕は知りようがない。
 だから、僕は今可愛いと思っている女の子の姿を思い浮かべることにした。

 そしてもう一人。

「……マチルダさんとは逆だね」
「そうじゃな」
「マチルダさんのこと、気付いたんだよね?」
「……むしろ、何で今まで気づかなかったんじゃろうな。ずっと側におったのに」

 その言葉の後、今日何回目かわからないため息を、トリオはつく。

「僕とトリオは持っているものが違うらしい。だからしょうがないよ」

 何のなぐさめにもならない言葉だとは分かっている。それでもそれをトリオにかけるしかない。
 そう、例え腰骨近くのあざの形が全く同じだと認識していても気付けないようにされていたのがトリオなのだ。

 腰骨。
 ウエスト。
 ……年上のオトナのお姉さんの腰骨近くのあざ。

 うん。年頃の少年にとっては実に心がざわめく言葉ではある。

 アリアばっかり見てたし、ほとんど覚えてないけど、マチルダさんもふわふわ透ける生地の服で、すらっとした体型がよく映えてた気もしなくはない。
 どんなだったけなと思いだそうとした瞬間、それが余計なことだと気付いた僕は、脳内から追い出すべく頭を振った。

 この緩急の動きにトリオは驚いたようだった。

「ユウ、どうした? また気分悪くなったか?」
「だっ、大丈夫っ!」

 優しく声をかけてくれるこの鳥の婚約者の腰回りを想像したとはもちろん言えないので、僕は勢いで誤魔化した。

「そ、そんなことより! アリアの話!」

 そうだ。僕にとってはアリアが一番可愛いわけで、他の女性を――いや、今それを主張している時間の余裕すらない!
 僕の心の大騒動に気付かないトリオは遠くを見ながら説明する。

「ああ。コヨミ神殿の情報を調べようとしているときに、神殿をクビになってあてがないから情報を売りたいと来ちゃった。異国出身の元神官見習いで、聖なる力の使い手じゃ」

 そしてため息をつく。

「……一応聖女というやつか?」

 言いにくそうに、トリオは最後の言葉を放った。

「聖女? ニルレンのときもいたんだ」

 過去の勇者はニルレンだけではない。もっと古い時代に世界を救った勇者はいるし、その仲間に聖女という聖なる力の使い手が存在したことはある。
 ただ、ニルレンの時代にその名前を聞いたことがない。僕が知っているニルレンの歴史では、勇者と魔法剣士の名前しか刻まれていない。歴史は苦手なので絶対とは言い切れないけど、多分歴代最少人数だ。

「まあ一応な、とはいえ性格が聖とは正反対の俗の塊じゃからか何なのか、呼ばれたくないみたいじゃが」
「え、ぞく?」
「い、いや、気にせんでええ。まだ夢みとけ」

 トリオは慌てたように訂正した。何だ、ぞくって何だ。何の夢だ。

「でも、昔も怪しかったんだね」

 彼女についてのトリオの評価はちょっと良くわからないけど、仲間への経緯については今回と同じく随分と唐突だ。トリオはこくりと頷いた。

「そう。今となってはどう考えても怪しい。ただ、ワシらは何の疑いもせずに信用した。ニルレンとは初対面から随分気が合ったようじゃしな」

 トリオは寝台の上からぴょんと僕の肩に飛び乗った。

「そして、その情報は正しかった。ニルレンはあいつの手助けで、神殿でマグスを倒すための強い力を得た。ワシも装備を手に入れる時は世話にはなったんじゃが、特にニルレンのが影響は多かったな」
「ニルレンが」

 頬の下で、赤いちょんまげがしゃもしゃしながら動く。

「ああ、もともと常人では考えられない力を持っちょったが、以前とは比較できんほど強うなった」

 魔王マグスと戦うための力。
 それを彼らに手に入れさせるということが、その時の彼女の役目だったのだろうか。

「ただ、ニルレンはその力の強さにおびえている節はあった。神殿以降、よく戸惑うような表情は見せていたし、不安がっていた」
「そんな状況で、よく、一緒に旅したね。アリアと」

 僕は右肩に向かって感想を言う。
 当時、恋仲ではないとはいえ、元々親しいずっと面倒を見ていた年下の女の子が不安になっていて、それをさせたかもしれない相手とよく旅を続けたもんだ。
 トリオは唸る。

「うーん、まあ、怪しいんじゃけど、ニルレンはあいつと離れたがってなかったからのぅ。あの二人は物凄く仲が良かった。あと、あそこまでマグスへの一本道へ連れて行かれると、騙される覚悟で乗るしかないというか逃げられんと言うか……」

 僕は、マチルダさんにくっついているアリアを思い出した。そういう時、アリアは僕には見せないような柔らかい表情をして、僕はそれが羨ましかった。
 アリアはニルレンととにかく一緒にいたかったようで、ニルレンもそれを受け入れていたようだ。

「怪しい背景しかないんじゃが、少なくとも、二人が仲が良いゆうんは本当の話じゃし、あいつがニルレンのことを好きゆうのも嘘じゃないと思う」

 軽くうつむきながら、トリオは続けた。

「何を企んでいるかは知らんが、あいつ自身は悪いやつでは……いや、性格は悪いか」
「え、アリア優しくない?」
「……見せたいもんが見えてるならええか」

 ぼそりと呟き、トリオは軽く頭を振った。耳元で呟くから全部聞こえるし、頬も引き続きもしゃもしゃする。

「アリアじゃが、マグスを倒した後、あいつは気がついたらのうなっておった。城に報告に上がる前にな。だから、記録にはニルレンとワシの名前しかない」

 僕は教科書の一ページを思い出す。

「当時はワシの名前も残して欲しくなかったんじゃけどな……。結果としてはユウのご両親に説明しやすくて良かったんじゃけど……」

 ぶつぶつ文句を言い始めたトリオの要望はどうでもいい。僕が無意識に旅の仲間の人間は二人と認識したように、彼女は自分という存在を明らかに消したがっていたようだった。

 それに、トリオの記憶は消していないみたいだけど、少なくともアリアは自分がかつての仲間だと言うことをトリオに気付かせないようにもしていた。多分アルバートさんの力の影響がなかったら、ずっと気付かなかったんだろう。

「で、その一ヶ月後くらいに再会した。ニルレンがいない場で会ったんじゃが、結婚祝いだのなんだのいいながら、それとよく似たものをくれた。ニルレンが帰ってくるまで絶対外すなとな」

 僕が首からかけてる小さなお守り袋を、肩の上からトリオは示した。僕をこの世界に留めているものの一つ。アリアがくれたものだ。
 トリオの首にかかっている、僕の母親作のピカピカの布のお守り袋と、アリアが渡した金色の鎖を確認する。その時彼は、このお守り袋や金色の鎖のような感じでそのお守り袋をかけていたのだろうか。
 僕は、自分のお守り袋を左手で握った。シャツの袖にはトリオのお守り袋と同じ色をしたワッペンが縫い付けられている。どちらも最近手芸にハマった母さんの作品だ。
 
「これは多分、僕を消そうとする存在から、僕の存在を気付かれにくくするものだと思うよ。僕とトリオは違うけど、トリオにも効くものなのかな」
「さあな。中身は違うかもしれんな。どちらにせよ、効果を確かめる前に、こちらに連れてこられたわけじゃけどな」

 トリオは軽く息を吐いた。

「今思うと、ニルレンはアルバートと同じことをどこかで気付いたのかもしれん。マグスを倒す力ということは、今のアルバート以上の力を操ることができたということじゃろうからな。事実も気付くことが出来る」
「同感だね」

 僕はトリオを肩から寝台に下ろし、向き合った。
「〜来ちゃった」は「来ちゃった☆(テヘペロ)」でなく、「来なさった」みたいな山口弁の尊敬語ですね。
「ちゃ」にアクセントがつきます。
他所の地方の方に「〜ちゃった」が尊敬語だと伝わらず、他所から嫁いだお嫁さんが「妊娠しちゃったかね」と言われまくってショックを受けたという話をXか掲示板まとめで見たことがあります。
アクセント違うのにな〜。
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