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 正面にトリオを見据えながら、僕は疑問を口にした。

「でも、当時何で倒したんだろう。今は、どう考えてもニルレンとアルバートさんの間にアリアが立っているよ。倒す前に知ってたら、倒さなくないかな?」
「マグスは様子から言って多分知らんかったとは思うんじゃが……。ニルレンは倒さなきゃいけなかったんじゃろ。そもそも、ワシはニルレンにマグスを倒させる気はなかったからな」

 世界を救った英雄のパートナーのなかなかな発言に僕は驚き、聞き返した。

「どういうこと? 王命でしょ?」
「王命ゆうても、命じられたんは他にも数え切れんほどおったからのぅ。ニルレンを危険な目に合わせたくなかったし、他がどうにかしちゃるじゃろうと、事が終わるまでやり過ごすつもりじゃった」

 始終一貫してニルレン第一なトリオは続ける。

「ワシはその時の上司には嫌われちょったから、厄介払いついでじゃったんだけど、あいつは他と無理矢理交代して一緒に行くことになった。あいつは研究所付きじゃから、そういう所属じゃなかったのに無理矢理……」

 当時を思い出したらしく、トリオは両方の翼で頭を抱えた。苦労してそうだ。
 彼女が無鉄砲なところは今と変わらないのだろう。その行動は情熱的というべきかもしれない。マグスを倒したいのもあったかもしれないけど、トリオと会えなくなるのが嫌だったのかもね。
 今の馬鹿らしい口喧嘩を見る分には全然想像つかない。

 しかし話を聞いてる感じ、トリオはニルレンと出会ってからずっと彼女の面倒を見続けていたと思われる。出会った当初十九歳なのに。僕にとって十九歳は物凄く大人とはいえ、やっぱり凄いな。

 一人っ子の僕には五歳下の女の子の世話なんて未知の世界でしかない。無理だ。
 トリオは両翼をしまい、話を続けた。

「まあ、そういうことで、ワシらが動かんくても大丈夫と思う程度には立派な隊は多かった。そもそもそんな一大事、二人だけで旅立たせるわけないじゃろ」
「確かに」

 僕は頷いた。
 内職しながら聞いていた歴史の授業ではニルレンとトリオの名前しか聞かなかったからそんなものかと思っていた。でも、現実ではそりゃあトリオの言う通りだ。大きな力を倒すには数で勝負するものだろう。

「戦いが本職ではないニルレンを危険な目に合わせたくなかったし、どうせ他の大きな隊が倒すじゃろうと、時間稼ぎばっかりしちょったな」
「へぇ」
「まあ給料分位は働こうかと、一応国付きの騎士じゃし、行き着いた先で何か問題があったら手助けくらいはしちょったけどな。タマとベンにあったのはその時じゃ。打倒マグスでやる気まんまんのニルレンを誤魔化しつつ、そんな感じで話が終わるのをずっと待っちょった」

 やる気まんまんで突き進もうとするマチルダさんと引き留めるトリオ。それは今でもたまに見る光景だ。今だとそこから二人で口喧嘩をするわけだけど。

 彼が語る思い出話の中で、はじめて二人の姿が想像ついた。とはいえ、トリオの姿は鳥のままか、もやもやした想像の姿のため曖昧ではある。
 それにしても、寄り道していても、給料分位は一応何かしらするというのはやっぱり真面目だなこの鳥。

 トリオはひとつため息をつく。

「そうしちょったにも関わらず、マグスの情報は勝手に集まってくる。しまいにはアリアと出会った後、一本道ができた。力を得るための神殿、魔王を倒すため必要な装備品といった、倒さざるを得ない位きれいに舗装され整備された一本道がな」
「……アリア」

 当時の呼び方は知らないけど、本人は認めない聖女という役割を持った少女の名前を、僕は呟いた。
 かつてニルレンとトリオと一緒にいたとき、彼女は勇者を魔王まで導く役割を担っていたのだろうか。
 今もその力や役割を持っているのだろうか。

 それとも。
 僕は首を振って考えを吹き飛ばす。

「あの時アリアは、ニルレンをどうにか動かそうとしていたんじゃろうな。ワシがニルレンを連れて逃げようとする中、どうにかマグスを倒させる道を歩ませるために」

 勇者が魔王を倒す物語の舞台を作るために。
 僕は倒される役割を持っていた当時の魔王の事が気になった。

「そういえば、マグスってやっぱりそんなに酷かったの? そんな沢山の人が倒す命令を受けるくらいに」

 アルバートさんがその気にならないおかげで、今はそれなりに平和だ。たまに魔物が暴れていることはあるけど、騎士や冒険者が何とかすれば十分な程度だ。僕はウヅキ村で魔物に出くわすこともほとんどなく、平和に暮らしている。
 少し首を捻りながら、翼で身体を包み込みながらトリオは言う。

「まあ、そうじゃな。恐ろしい存在じゃったよ。魔物の動きは集団として統率されちょって、今とは明らかに違っちょった」
「へぇ。想像できない世界だね」
「想像する必要はない。そんな恐ろしいもん想像できない、本や劇で楽しむだけの世の中なのが一番じゃ」

 うんうん頷くトリオに僕は聞く。

「でもさ、ニルレンがマグスを倒すことにやる気まんまんだったのは、世界を救いたいという正義感? 危険をやり過ごしたいトリオとは違ってさ」

 マチルダさんもたまに「正義」がどうとか言っているし、彼女のままならそういう発想になるのも頷ける。
 しかし、トリオは首を振った。

「……いや、ニルレンは国に命じられたからでなく、個人的な恨みで倒した。自分の故郷をマグスによって滅ぼされたと聞いちょったからな」

 ここまでの彼の説明を聞いてからの今の発言は、明らかに違和感があった。

「随分変な言い方だね?」

 一息間がある。

「これは、今回の話の本題には関係ない、あまり、気分いい話ではない」

 物凄く歯切れの悪い言い方で、物凄く気になる態度のトリオだったが、物凄く言いたくなさそうだった。だから、僕は追求はしないことにした。
 もちろん気になりはするんだけど、今夜しか色々話せる時間はない訳で、本題でないことについて話す時間はないのだ。

 ただ、トリオはニルレンに対して何らかの負い目があるんだろうし、トリオが妙にニルレンを優先しようとする理由はそれなんだろうなとは思う。

「まあ、あれも仕組まれたものだったんじゃろうな。……あんな思いさせて、腹が立つ」

 トリオはぶつぶつ文句を言っている。
 世界を救った勇者とそのパートナー。それぞれ自身の故郷を失っている。その中の一人は故郷がマグスによって滅ぼされたと考えていた。

 両親な友達に囲まれ平和に過ごし、故郷がなくなるなんて思ったこともない僕には、全く分からない世界ではあった。
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