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8.(3)
 僕の継続参加と明日は休みという話が決まった後、僕はアルバートさんとの会話を思い出した。

 一通り話した後、僕は魔石ポットで沸かし直した湯で、新しく淹れてもらったお茶を啜っていた。膝にはノートと筆記用具をおいているので、こぼれないように気をつけてはいる。

 一応入学直後の試験の勉強用に鞄の奥底に入れたものだけど、最近はすっかりトリオとマチルダさんによる剣術のメモ帳にはなっていた。この度新しくアルバートさんとの会話もまとめることになった。
 ……支障がない程度だろうから、伏せ字ばっかりだけど。

 ふうと、ひと息ついた僕に、アルバートさんはこう言った。

「君を戻すのは流石になかなかの強攻策だったから、綻びが出来ている。その副産物として、こうして君と儂は語らうことができているわけだ」
「へえ、僕とこういう話をするのが目的だと思ってたけど、想定外だったんですね」
「まあ、何らかの手段で近づきたいとは思っていたが、今夜はそのつもりはなかったな。用事もあったし」
「それは何だかすみません」

 さっきから話している内に、何だか恐ろしい空気にも、ぞくぞくと冷えて震える背筋にも慣れてきた。旅に出てから、僕は案外環境に順応しやすい方なんじゃないかと気付きはしている。
 まあ、仲間があれだし、そもそも親もあれだから、慣れているのかな。

「しかし、そのおかげで彼もこの影響を受けただろう。好都合だ」
「彼って、トリオですか?」
「ああ、彼女は持っている情報が少ないだろうからなんとも言えないが、彼は自分がここまで来た一部始終を把握している。彼ならすぐに分かるだろう」

 妙に後ろ向きで引いたことばっかり言う黄緑色の鳥であるトリオ。割と真面目で真っ当だけど、今まで僕が気付いたことを気付けなかった訳で、それで本当に頭がいいのかはよく分からない。確かに、マチルダさんに対して悪態たれる瞬発力がすごいとは思うし、剣術の教え方も分かりやすいんだけどね。
 アルバートさんは頷いた。

「マグスの本拠地に乗り込んだときの彼は、敵ながら見事だった。ニルレンは純粋に魔法に力を入れればいい状況にして、彼が色々ことを片付けていたな。随分と聡い先を読める男だぞ」
「ええー。そりゃあトリオはちゃんとしてるし、頭も多分悪くないとは思いますけど、そんな冴え渡るほどかなぁ」
「気付けなかったのはしょうがない。彼は本意ではない様々なものを無理矢理持たされているからな」

 僕は頬をかいた。元魔王自ら教えてくれる、旅の仲間の過去の話だが、今の姿しか知らない僕にはちょっとよく分からない。せめて鳥の姿でないえろう男前な姿なら、想像つくかもしれないけど、何せ黄緑色の鳥だし。

「綻びは後で誤魔化してはおくので、明日の朝にはまた余計なことは話せなくなる。我々が話したことを彼に伝えるのは任せた。彼ならうまくやるだろう」
「はい。ちゃんと伝えます。少なくとも、トリオは人間性は信用できるのは確かだし、多分トリオも知りたいと思います」

 ちょっとよく分からないところは多い。でも、アルバートさんは僕を助けてくれるから、僕はアルバートさんがやりたいことには協力する。




 今夜は解散だ。僕はトリオと部屋へ戻った。アルバートさんは自宅へ、マチルダさんとアリアは女性陣の部屋へ戻った。
 扉を閉めて、真っ先に僕はこういった。

「トリオ、ありがとう。何から何まで。僕には何も出来なかった」

 礼を言われたトリオはゆらりと寝台の上に乗る。僕も隣に座る。

「大したことは何もしちょらんわ。ワシが言わんでも、ユウも意見を通すつもりじゃったんじゃろ?」
「まあそうだけど、トリオが言ってくれたのは大きいよ。僕の言葉だけじゃ、アリアは無理矢理でも帰したと思う。トリオのおかげだ」

 トリオとアリアの会話は僕が倒れる前とは明らかに変わっていた。
 二人の会話には、僕が入り込めないような、互いへの信頼感があった。多分、この数週間では培われない、もっと長い間のものが。僕には出来なかったアリアへの説得を、その信頼感と、彼の洞察力がしてくれた。

「そういえばトリオ、普通に方言以外も使えるんだね」

 あと敬語も。僕の親とは何やら話している時は全く聞く気がなかったので知らないけど、最初会った時は、方言の混じった丁寧語が主だった。
 トリオは尾っぽを軽く振る。

「失礼じゃな。故郷におったのは十代半ばまでじゃし、それからは宮仕えしちょったから普通に標準語も敬語も使えるぞ。頭が働かんかった最初以外は、ユウのご両親には普通に敬語で対応しちょったのに、聞いちょらんのか?」
「え、そうなの?」
「……親に対して本当に無関心じゃな」

 トリオはため息をつく。そりゃあ、僕は十五歳男子だからな。

「まあ、故郷がのうなってから戻ったこともないから、少しかわってきているかもしれんな。子供じゃったから、あちらの敬語もよう使わんし」
「えー、じゃあ、そんなエセ方言でなくて、こっちの言葉で喋ればいいじゃん」

 僕なんか、もうバリバリ首都寄りの言葉遣いだ。そんな僕の言葉を聞いて、トリオはうーんと言いながら首を傾けた。

「いや、まあ、この姿なら別に問題ないんじゃが、元の姿でこちらの言葉で喋ると色々と弊害があったから、田舎者として振る舞った方がまだマシかなとやっちょるのがそのまま……」

 元の姿。
 本人曰くしょんべんちびるほどの凜々しい美形だっけ。
 僕は両手で耳を塞ぎ、目を閉じた。

「うわー。その理由、細かく聞きたくないやつかよ」

 いつものように自慢げに凜々しいやら格好良いやら言うよりも、なかなか信憑性の高くなる逸話じゃないか! それ! 僕のような褒められるほど良くも、多分ののしられるほど悪くもない、その他大勢代表の陰に入るようなぱっとしない見かけの人間には毒な内容だ。

 ちなみに、マチルダさんの言う可愛いは、年下の少年全般に対する発言だということを「若い子が沢山食べるのみるのいいわよねー。かわいいー」という言葉で知った。
 くそっ。別にマチルダさんとどうにかしたい訳ではないけどさ!

 トリオは塞いだ耳の側で、一気に言葉を吐く。

「知らんわ! 故郷じゃワシなんて並みじゃったわ! それに、そんなもてはやされる見かけだからってええ思いできると思ったら大間違いじゃぞ! 九割九分九厘以上面倒なことばっかりじゃったわ! ワシの性格考えろ!」

 顔のいいやつの気持ちなんて知るか。
 鳥の姿じゃ分からないし、何だか腹がたつし、この話は終えることにしよう。先ほどのトリオの発言で新しい情報があったので確認するか。僕は耳を離すことにした。
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