残酷な描写あり
R-15
144 起床
フォスターは長い夢から目覚めた。起き上がったとき、目からは涙が流れていた。
しばらくの間、呆然として状況がわからなかった。自分はビスタークではなくフォスターだということを認識するまでしばらくかかった。あれは夢だ。自分は死んでいない、生きている。記憶の最後のほうで見た赤ん坊を渡した子どもが自分で、赤ん坊は妹のリューナであるとフォスターは改めて認識した。
手のひらにはいつも二の腕につけているベルトに貼り付けられた記憶石がある。そうだ、エクレシアに頼まれたのだ。父親であるビスタークの記憶を見てきてくれないか、と。本人がいるところで記憶を見ることにフォスターが躊躇っているのを見て、エクレシアがビスタークの宿る鉢巻きを預かってくれたのだった。それで夜、記憶石を握って眠りについたのだ。そうフォスターは昨夜のことを思い出し、ようやく現在の状況と現実を認識できた。
ここは水の都の神殿で警備の関係もあり大神官室の近くの部屋に泊まらせてもらっていて、隣の部屋にはリューナがいる。先日リューナを攫おうとした二人を捕まえ、都の神衛兵達が他にも怪しい者達を炙り出してくれたばかりである。
自分の現在の状況を確認してからフォスターは改めて夢で見たビスタークの生涯を思い返した。
当時はルナと呼んでいたリューナを抱えながら正体不明の神衛兵達を大勢殺していた。以前、悪霊を相手にしているときに気軽に殺人をしているように感じたことがあるが、そんなことはなかった。出来なかったのだ。脚が折れても首が折れても追ってくるあの状況では、そうするしか無かったのだ。もし、同じ立場だったら、自分にそんなことが出来るだろうか。あの覚悟は自分には無い。フォスターは忘却石を所持しているので今のところ殺さずに済んでいる。あの時ビスタークが忘却石を貰いに行く提案をしてくれなければどうなっていただろうか。
思っていたより自分の父親の人生はずっと厳しかった。言われているより悪い人間では無かったと思う。幼少期の事件の印象と、反抗期のやらかしと、そして妻亡き後血の繋がった息子を人に預けてすぐいなくなり、子どもを作って帰ってきたというところが町の人々の印象を悪くしたのだろうとフォスターは思った。
情報量が多かったのでまだ混乱しているが、一つ確実にわかったことがある。
「……親父、母さんのことものすごく好きだったんだな……」
以前、リューナに気付かれないように紙に文字を書いて見せたことがあった。何か言いたげだったのは母レリアのことを思い出したからなのだろう。フォスターは口元が緩んだ。
レリアと結婚する前までのビスタークの女性関係に関しては褒められたものでは無かったが、結婚後は一途であった。その母レリアの死因はフォスターを産んだことである。何も言われたことは無かったが、恨まれていてもおかしくなかった。母が亡くなった直後、殺してしまうかもしれないとフォスターを遠ざけたくらいである。
しかし恨まれていたとしても、その想いに顔がにやける。まさか自分の名前が母の旧姓だったとは。いつもからかわれてばかりなのでたまには自分がからかう側にまわりたかった。だが、このネタでからかうと、記憶を見たことがバレてしまう。
「……記憶見たって言ったら怒るかな。まあ、機嫌は悪くなるだろうな」
フォスターは嘘をつくのが苦手だ。問い詰められたらすぐバレるだろう。しかしそれも母親似だとは知らなかった。母親の顔すら初めて見たのだ。ビスタークの記憶によれば生まれた直後に見ているはずなのだが、さすがに全く覚えていない。自分と見た目で似ているところは髪の毛くらいだったが、嘘がつけないところと酒が飲めないところは遺伝なのだなと感じていた。
「それよりエクレシアさんに言われたことを思い出さないと」
ビスタークがリューナを受け取った時のことを見てきて欲しいと頼まれて記憶を見たのである。
「光の神衛兵に追われてて……。桑神の町で別れて、行き先が被らないように別の道を行くって言ってたな」
そうなると、ストロワは時の都のあるティメロス大陸には行っていないことになる。命の都や炎の都方面の船に乗ったのかと推測する。闇の都方面も考えたがそちらから逃げてきたはずなのでまた戻るとは考えにくい。風の都や空の都は単純に遠回りすぎるので可能性はあるが後回しにしても良いだろう。
夢の内容を思い返している途中で朝食に呼ばれた。そういえば昨日リューナは嘘の出生を聞かされて元気が無かった。まあその後キナノスに夫婦の馴れ初めを聞いて少し機嫌を直していたが。今朝はどうだろうか。
「おはよう、フォスター。良く眠れた?」
声の調子からリューナの機嫌はそれほど悪くないように思えた。
「んー……夢見が悪かったかな」
「お父さんはいないんだよね?」
「親父はいないよ。今日あっちの店に行って返してもらうつもりだよ」
「帰ってこなくてもいいけど」
フォスターは苦笑する。記憶では赤ん坊のリューナを面倒だと言いながらもルナと名前をつけて可愛がっていた。成長した今は嫌われているが、父親役としてどんな気持ちだろうか。
「キナノスさんたちのお店、行ってみたいな」
「うーん……神殿の中はもう大丈夫だけど、外はどうかなあ……」
しばらく神殿の中だけで過ごしていたのでリューナはいい加減外の空気を吸いたいようだ。フォスターはビスタークの鉢巻きを返してもらう予定があるので今日の神衛兵の訓練とその後の仕事には不参加である。
「大神官かティリューダさんに聞いてみよう」
「うん!」
「でも断られるかもしれないからな。あまり期待しないでくれよ」
「……はぁい」
少ししゅんとしてしまった。可哀想だが安全面を考えると外出不可は有り得ることだ。
食べ終わった頃に扉がノックされたので開けると食器を回収に来たティリューダだった。早速リューナの希望を伝えた。
「ちょっと母に相談してみます」
そう言って聞きに行ってくれた。結果、護衛付きで変装をするならという条件で外出許可が貰えた。リューナは髪を上に上げて纏め、その上から茶色の肩までの長さのかつらを被り、ヨマリーから貰った丸眼鏡をかけた。フォスターも砂漠で着ていたフード付きのマントを被り髪の毛を隠した。ダスタムが護衛として付き、その婚約者のティリューダも何かあった時のために付き添うそうだ。
「相変わらず奴らはだんまりだよ」
神殿の中でダスタムがそう教えてくれた。奴ら、とはリューナを攫おうとした自由意思の無さそうな神衛兵達のことである。
「やっぱり雑談は出来ないんですか?」
「そうみたいだ。ただ、自分の名前や出身地くらいなら言えるようだ」
「まあそれくらいは言えないと都に入れないですしね」
フォスターが納得しているとダスタムに協力を依頼された。
「今、一人くらい記憶を消して正気に戻そうという話が出てきている。そのためにそっちの持っている忘却石を一個使ってもらうことになりそうだ」
「ああ、はい。いいですよ。そのために石を手に入れたんですし」
「正気に戻ると攫おうとしたときのことは忘れるんだよな?」
「多分……。石を使った後はどうなったかわからないんですよ。一緒にいなかったので」
「あー、そっか。これは別の町から聞いた話だったな」
「友神の町と泳神の町ですか?」
「そうそう」
「あなた達。もう階段下りるからその話はやめてくれる?」
ティリューダに注意されてしまった。確かに外で誰に聞かれるかわからないのにこんな会話をするべきではない。
「後で正式な報告の場を設けますので」
「あ、はい。お願いします」
一個くらいなら許容範囲だが、忘却石を手に入れるためフォスター達は労働をしており、さらに残りの代金は地元の大神官であるソレムに立て替えて貰っているはずなのだ。全ての忘却石を使われると困る。交渉しなければな、と考えた。
しばらくの間、呆然として状況がわからなかった。自分はビスタークではなくフォスターだということを認識するまでしばらくかかった。あれは夢だ。自分は死んでいない、生きている。記憶の最後のほうで見た赤ん坊を渡した子どもが自分で、赤ん坊は妹のリューナであるとフォスターは改めて認識した。
手のひらにはいつも二の腕につけているベルトに貼り付けられた記憶石がある。そうだ、エクレシアに頼まれたのだ。父親であるビスタークの記憶を見てきてくれないか、と。本人がいるところで記憶を見ることにフォスターが躊躇っているのを見て、エクレシアがビスタークの宿る鉢巻きを預かってくれたのだった。それで夜、記憶石を握って眠りについたのだ。そうフォスターは昨夜のことを思い出し、ようやく現在の状況と現実を認識できた。
ここは水の都の神殿で警備の関係もあり大神官室の近くの部屋に泊まらせてもらっていて、隣の部屋にはリューナがいる。先日リューナを攫おうとした二人を捕まえ、都の神衛兵達が他にも怪しい者達を炙り出してくれたばかりである。
自分の現在の状況を確認してからフォスターは改めて夢で見たビスタークの生涯を思い返した。
当時はルナと呼んでいたリューナを抱えながら正体不明の神衛兵達を大勢殺していた。以前、悪霊を相手にしているときに気軽に殺人をしているように感じたことがあるが、そんなことはなかった。出来なかったのだ。脚が折れても首が折れても追ってくるあの状況では、そうするしか無かったのだ。もし、同じ立場だったら、自分にそんなことが出来るだろうか。あの覚悟は自分には無い。フォスターは忘却石を所持しているので今のところ殺さずに済んでいる。あの時ビスタークが忘却石を貰いに行く提案をしてくれなければどうなっていただろうか。
思っていたより自分の父親の人生はずっと厳しかった。言われているより悪い人間では無かったと思う。幼少期の事件の印象と、反抗期のやらかしと、そして妻亡き後血の繋がった息子を人に預けてすぐいなくなり、子どもを作って帰ってきたというところが町の人々の印象を悪くしたのだろうとフォスターは思った。
情報量が多かったのでまだ混乱しているが、一つ確実にわかったことがある。
「……親父、母さんのことものすごく好きだったんだな……」
以前、リューナに気付かれないように紙に文字を書いて見せたことがあった。何か言いたげだったのは母レリアのことを思い出したからなのだろう。フォスターは口元が緩んだ。
レリアと結婚する前までのビスタークの女性関係に関しては褒められたものでは無かったが、結婚後は一途であった。その母レリアの死因はフォスターを産んだことである。何も言われたことは無かったが、恨まれていてもおかしくなかった。母が亡くなった直後、殺してしまうかもしれないとフォスターを遠ざけたくらいである。
しかし恨まれていたとしても、その想いに顔がにやける。まさか自分の名前が母の旧姓だったとは。いつもからかわれてばかりなのでたまには自分がからかう側にまわりたかった。だが、このネタでからかうと、記憶を見たことがバレてしまう。
「……記憶見たって言ったら怒るかな。まあ、機嫌は悪くなるだろうな」
フォスターは嘘をつくのが苦手だ。問い詰められたらすぐバレるだろう。しかしそれも母親似だとは知らなかった。母親の顔すら初めて見たのだ。ビスタークの記憶によれば生まれた直後に見ているはずなのだが、さすがに全く覚えていない。自分と見た目で似ているところは髪の毛くらいだったが、嘘がつけないところと酒が飲めないところは遺伝なのだなと感じていた。
「それよりエクレシアさんに言われたことを思い出さないと」
ビスタークがリューナを受け取った時のことを見てきて欲しいと頼まれて記憶を見たのである。
「光の神衛兵に追われてて……。桑神の町で別れて、行き先が被らないように別の道を行くって言ってたな」
そうなると、ストロワは時の都のあるティメロス大陸には行っていないことになる。命の都や炎の都方面の船に乗ったのかと推測する。闇の都方面も考えたがそちらから逃げてきたはずなのでまた戻るとは考えにくい。風の都や空の都は単純に遠回りすぎるので可能性はあるが後回しにしても良いだろう。
夢の内容を思い返している途中で朝食に呼ばれた。そういえば昨日リューナは嘘の出生を聞かされて元気が無かった。まあその後キナノスに夫婦の馴れ初めを聞いて少し機嫌を直していたが。今朝はどうだろうか。
「おはよう、フォスター。良く眠れた?」
声の調子からリューナの機嫌はそれほど悪くないように思えた。
「んー……夢見が悪かったかな」
「お父さんはいないんだよね?」
「親父はいないよ。今日あっちの店に行って返してもらうつもりだよ」
「帰ってこなくてもいいけど」
フォスターは苦笑する。記憶では赤ん坊のリューナを面倒だと言いながらもルナと名前をつけて可愛がっていた。成長した今は嫌われているが、父親役としてどんな気持ちだろうか。
「キナノスさんたちのお店、行ってみたいな」
「うーん……神殿の中はもう大丈夫だけど、外はどうかなあ……」
しばらく神殿の中だけで過ごしていたのでリューナはいい加減外の空気を吸いたいようだ。フォスターはビスタークの鉢巻きを返してもらう予定があるので今日の神衛兵の訓練とその後の仕事には不参加である。
「大神官かティリューダさんに聞いてみよう」
「うん!」
「でも断られるかもしれないからな。あまり期待しないでくれよ」
「……はぁい」
少ししゅんとしてしまった。可哀想だが安全面を考えると外出不可は有り得ることだ。
食べ終わった頃に扉がノックされたので開けると食器を回収に来たティリューダだった。早速リューナの希望を伝えた。
「ちょっと母に相談してみます」
そう言って聞きに行ってくれた。結果、護衛付きで変装をするならという条件で外出許可が貰えた。リューナは髪を上に上げて纏め、その上から茶色の肩までの長さのかつらを被り、ヨマリーから貰った丸眼鏡をかけた。フォスターも砂漠で着ていたフード付きのマントを被り髪の毛を隠した。ダスタムが護衛として付き、その婚約者のティリューダも何かあった時のために付き添うそうだ。
「相変わらず奴らはだんまりだよ」
神殿の中でダスタムがそう教えてくれた。奴ら、とはリューナを攫おうとした自由意思の無さそうな神衛兵達のことである。
「やっぱり雑談は出来ないんですか?」
「そうみたいだ。ただ、自分の名前や出身地くらいなら言えるようだ」
「まあそれくらいは言えないと都に入れないですしね」
フォスターが納得しているとダスタムに協力を依頼された。
「今、一人くらい記憶を消して正気に戻そうという話が出てきている。そのためにそっちの持っている忘却石を一個使ってもらうことになりそうだ」
「ああ、はい。いいですよ。そのために石を手に入れたんですし」
「正気に戻ると攫おうとしたときのことは忘れるんだよな?」
「多分……。石を使った後はどうなったかわからないんですよ。一緒にいなかったので」
「あー、そっか。これは別の町から聞いた話だったな」
「友神の町と泳神の町ですか?」
「そうそう」
「あなた達。もう階段下りるからその話はやめてくれる?」
ティリューダに注意されてしまった。確かに外で誰に聞かれるかわからないのにこんな会話をするべきではない。
「後で正式な報告の場を設けますので」
「あ、はい。お願いします」
一個くらいなら許容範囲だが、忘却石を手に入れるためフォスター達は労働をしており、さらに残りの代金は地元の大神官であるソレムに立て替えて貰っているはずなのだ。全ての忘却石を使われると困る。交渉しなければな、と考えた。