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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
142 帰路
 地元へ帰る道中、同じような神衛兵かのえへい達に襲われ、何人も殺すことになった。襲ってきた者達は全員ビスタークの質問には答えなかった。殺すことを躊躇うと自分達が危ない、そう考えてもう容赦はしなかった。時々、輝星石ソウライトを握りレリアの星に許しを求めた。

 ルナと呼んでいる神の子は相変わらず良く飲み良く眠る赤ん坊だった。ビスタークが話しかけると反応するようになっていた。実の子であるフォスターよりずっと一緒の時間を過ごしている。笑顔を向けられると日々の緊張が少し和らぐ。だんだん夜中もよく眠るようになってきた。

 しかし今度は寝返りが出来るようになり、這いずりまわることが出来るようにもなり、より目が離せなくなった。怪我をしてもすぐに治るし死ぬことも無いとわかってはいるが、神の子でも痛みは感じるらしくそうなると大声で泣かれてしまう。追われているこの状況では目立ってしまい困ることこの上ない。そのため普通の赤ん坊と同じように怪我をしないよう気を遣った。

 ルナは歯も生え始め、もう離乳食程度のものを食べられるようになっていた。ビスタークはその辺のことは全く考えていなかったのだが、赤ん坊に話しかけてくる町の女性たちからそのような話を聞いた。ルナは言葉になっていない声を出し良く笑ったので知らない通りすがりの町民によくかまわれていた。パンをちぎって薄めたスープや果汁に浸して与えるようになっていった。

 船に乗るときは細心の注意を払った。船の中で襲われたら逃げ場も無く人前で殺人を犯す可能性があるからだ。海へ落としても大問題になり拘束されてしまうだろう。乗る直前まで屋根の上で乗客となる人間を観察し、ギリギリのタイミングで乗り込んだ。そのおかげか出来るだけ自分達だけの船室に籠っていたからかもしれないが、リグテュラス大陸からティメロス大陸までの船では襲われることはなかった。

 手配書でも出回っているのか、陸地へ上がったとたんまた狙われるようになった。赤ん坊を連れている神衛兵など普通はいないので目立つのかもしれない。森の中などに静寂石キューアイトと一緒に隠しておいて買い出しに行くことも考えたが、戻ってきたらいなくなっているかもしれないと考えるととても出来なかった。荷物のように袋に入れて持ち歩くことも考えたが、人攫いに間違えられても面倒なのでやらなかった。ましてやここは時の都ティメロスのある大陸である。一度目をつけられているので、破壊神の子など連れていては面倒なことになるのは目に見えている。それもあって都は避けて別の道を通った。

 追ってくる神衛兵達は全て排除したが、殺した相手を全員空へと送ることは叶わなかった。夜に火葬石カンドライトを使うと星が昇っていくのが分かりやすいので「誰かが死体を処理した」ことがばれるからだ。ティメロス大陸の陸路はかなり長かったが、なんとかアークルス半島へ向かう船が出ている港町へたどり着いた。前回と同じように乗船時は細心の注意を払い、怪しげな神衛兵がいる船には乗らなかった。そのため本来行きたかった錨神の町エンコルス行きの船ではなく途中の島々を巡る船に乗ることとなった。

 船をずらしたのが良かったのか、商人や一般人ばかりで神衛兵らしき人間は全くいなかった。島では海の幸を肴に酒を飲むくらいゆっくり過ごせた。その島の中に清浄神の町クレアリスがあり、町の神殿で洗浄石クレアイトをたくさん買ったとき商人専用の船があると耳にした。錨神の町エンコルスではなくその隣町であるアークルス半島の右側に位置する蟶貝神の町ネバヤスへ買い付けと半島の商会へ石を卸しに行く予定だと言う。頼み込んで一緒の船に乗せてもらうことになった。

 穏やかな日を過ごせていたため、もう追手は全て撒いたのかもしれないと考え始めた。ストロワのほうはどうなっただろうか。無事に逃げ切れただろうか。赤ん坊が目的なのだから人形だとわかれば命までは取らないのではないか。無茶をしていなければ良いが、と思う。もしものことがあったらレリアに申し訳ない。ただ、今は祈ることしか出来なかった。

 蟶貝神の町ネバヤスに着いて一泊した後、眼神の町アークルス錨神の町エンコルスの間の宿泊所集落を目指すことにした。眼神の町アークルス錨神の町エンコルスの間は開けていて身を隠す物がたまに生えている木くらいしか無いので、森のあるこちらの道は好都合だった。宿泊所までは特に問題なくたどり着いたのだが、宿が一部屋も空いていなかった。最近は大分余裕のある旅になっていたのでまあいいかと思い、夜中に歩いて眼神の町アークルスへ向かうことにした。

 それが間違いだった。

 宿泊所と眼神の町アークルスの間で神衛兵達に襲われた。後ろから急にナイフが飛んできたのだ。咄嗟に避けたが首筋に傷を作ってしまった。神衛兵は五人おり、一斉にこちらへ向かってくる。宿泊所集落へ行ったときに見つかったのかもしれない。この半島にいることを知られるのは大変まずい。殲滅するしかないと思った。

 出来るだけ距離があくように、各個撃破しやすいようにと一人ひとり別々の方向へ剣を振って弾き飛ばした。出来れば街道からも遠くで処理したいので一人を森の方向へ飛ばしそこで始末した。残りの神衛兵四人はそれぞれ別の方向から此方へ向かってくる。各人の時間差が取れるように移動し、最終的に全員を片付けた。もう、慣れたものだ。何の感情もわかなかった。返り血の汚れを落とすのが面倒なだけであった。洗浄石クレアイトはこのために多く買ったようなものである。

 その後、眼神の町アークルスの宿で気が付いた。首についた傷から血が出続けていることに。そこまで大きな傷ではないが血が止まらないためベッドを汚してしまった。洗浄石クレアイトで汚れは落としたが、服やマントの汚れは落としてもすぐに血で汚れてしまう。まあそのうち止まるだろうと考え、小さいタオルを当てておいた。そしてまた歩いて友神の町フリアンスへ向けて出発した。もう見慣れぬ鎧の神衛兵は見かけなかった。

 途中の休憩小屋でも、友神の町フリアンスに着いても、小さな傷の血は止まらなかった。大きな傷なら医者にかかることも考えたのだが、大したことのない傷だったことと診療所を覗いたときに混んでいたため行かなかったのである。それにあと二日歩けば帰れるのだ。自分の部屋でしっかり休めば回復するだろう、と考えていた。この時ビスタークは少し目眩がしていた。血が足りなくて冷静な判断が出来ない状態だったのかもしれない。

 友神の町フリアンス飛翔神の町リフェイオスの間の休憩小屋辺りで体調が悪化し始めた。血が止まらないことに加え口からも血を吐くようになってしまった。首からの出血も増えている。これは毒だ――そう思ったときにはもう遅かった。ゆっくりと身体を蝕んでゆくこの毒は、大したことないと思わせておいて確実に命を奪うものだったようだ。

 ビスタークは焦った。小屋で寝ていては起き上がれずに死んでしまうかもしれない。そう思い、全く休憩を取らずに動きが鈍くなってきている身体を懸命に動かした。

 リフェイオス山脈を下りる途中で、この辺りでは珍しい雨が降ってきた。防雨石ホルナイトを取り出し自分と赤ん坊を濡れないようにした。それでも少し顔が濡れたようで、ルナがぐずり始めた。軽く顔を拭いてやり、買っておいた柔らかいパンを千切って口の中に入れてやった。この子は腹さえ満たしておけばあまり泣かない。少し機嫌が直ったようで何か意味のわからない言葉を歌うように言い始めた。それを聞いていると少し気が紛れる。

「もうすぐだ。町に着けば大事に育ててもらえるからな」

 ルナのおかげで気持ちは少し明るくなったが、防雨石ホルナイトで理力を使ったのが良くなかったのか疲労が激しい。体内の血液が減っているせいなのか、とても寒く眠くなっていた。ビスタークはマントのフードを被り少しでも体温を下げないようにした。
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