残酷な描写あり
R-15
117 決意
通常の倍の時間をかけて無事に砂漠を越えることはできたが、気が緩んだのか砂漠の入り口である森林神の町でレリアが熱を出して寝込んでしまった。
ビスタークはつきっきりでレリアの看病をしていた。額を冷やすための濡れタオルをこまめに変えたり、食欲が無くても食べられそうなものを用意したり、レリアのために思い付くことは何でもやった。ストロワ達が驚くほど甲斐甲斐しく世話を焼いていた。そのおかげか段々とレリアの体調は回復していった。
数日経ちある程度回復した日、レリアが父親のストロワと二人で話をしたいと言い出した。ビスタークがしばらくの間部屋の外で待っていると、ストロワにキナノスとエクレシアを呼んできてくれと頼まれた。二人は隣の部屋で待機していたのですぐに伝えると、ビスタークだけ部屋の外で待たされることになった。一人だけ仲間外れにされた苛立ちと、元々他人であるから仕方がないという諦めが入り交じった複雑な感情を抱いていると、中からキナノスの何を言っているのかよくわからない大声が聞こえてきた。何事かと思った矢先に入室を許された。ビスタークが近づくとストロワが困った様子でビスタークに告げる。
「レリアが旅を諦めて私たちと別れ、君の地元で暮らすと言うんだよ」
「はあ!?」
なるほど、キナノスが大声を出すわけだと思いレリアを見る。彼女は回復してベッドに座っているものの、その笑顔は弱々しい。手話で色々話しているようだがビスタークには少ししかわからない。エクレシアが通訳する。
「身体が弱くてみんなに負担をかけているって。私がいなければもっと早く動けるから自分は抜けたほうがいいって言うの。そんなことないのにね」
「今までだってずっとそうしてきたのに何で今さらそんなこと言うんだよ。考え直せ」
キナノスもレリアを説得しようとしている。
「……つらいのかい?」
ストロワがすまなそうに聞いた。レリアは手話で話そうとしたが、ビスタークを見て筆談に変えた。
【体調はもちろんそうですが、心のほうもです】
「え……」
エクレシアが顔色を変えた。それを見てレリアは首を振る。
【私が勝手に心苦しいと感じているだけ。家族のみんなはとても優しくていつも感謝してるよ。ただ、今回もそうだけど、私のせいでとてもお金がかかってるの。宿の料金が私の動けない日数×人数分かかるでしょう? いつも本当に申し訳なくて】
「それが、心の負担になっているんだね?」
ストロワが言うとレリアは頷いた。
「気にしなくていいといつも言っているが、それも心の負担になってしまうのかい?」
【ごめんなさい】
これは手話で伝えた。簡単なのでビスタークにも手話で伝わるからだ。
「それは一旦置いといて、身体のほうはどうかな? やっぱり移動生活はきついかい?」
【やっぱり砂漠が大変でした】
「俺たちだってキツかったからな。レリアが寝込んで当然だ」
キナノスが納得したように言う。
「……落ち着いた生活がしたいのかい?」
慈しむような寂しげにも聞こえる声でストロワが聞くと、レリアは頷いた。そしてまた文字を書く。
【赤ちゃんができたら移動するのも大変だと思いますし】
「だからそれはまだ早いって言ったろ!」
先日わからなかった手話がどんな意味だったのかこれで大体察した。キナノスが文句を言った後、エクレシアが爆弾発言をかました。
「まさか……お腹にいるの?」
「「はぁっ!?」」
キナノスとビスタークが同時に声を出し、キナノスはビスタークを睨む。
「お前……」
「俺はまだ何にもしてねえ! お前らに見張られてるのに出来るわけねえだろ!」
結婚したのに咎められるのもおかしな話なのだが今はそこには触れないでおいた。レリアは手話で否定し、紙に説明を書いていた。
【将来的な話です。早とちりしないで兄さん。心配してくれてるのはわかるけど、せっかくビスタークと結婚出来たのに正直言って邪魔です】
はっきりと「邪魔」と言われてしまったキナノスはショックを受けた表情で絶句している。それを見て少し愉快に思い、そして初めて名前を呼ばれたことを少し感慨深く思う。呼ばれた、といっても紙に書かれただけであるが。今までは「貴方」と呼ばれてばかりであった。そういえば手話で人の名前を言うときはどうやって表現するのだろう。後で聞いてみようと思った。
「そもそもお前……子どもなんか産めるのか?」
「確かに」
「そ、そうだぞ。身体が弱いのに無理して産むことないだろ」
少し気を取り直したキナノスがそう言うと、レリアはむきになったように文字を書きなぐる。
【好きな人の子どもがほしいんです。私はビスタークの子どもを産むために生まれてきたんです】
「またそういう恥ずかしいことをいう」
【でもほんとにそんな気がするんです】
「体力ついたらな。俺は別に子どもなんかいらねえし」
ビスタークがそう言うとレリアは悲しそうな表情になった。
「お前! レリアを傷つけるんじゃねえ!」
「忙しい奴だな、怒ったり落ち込んだり」
「だから、旅をやめたい、ということか……」
ストロワが考え込んでいる。その間にビスタークがレリアに忠告する。
「俺の町に来ても嫌な思いをするだけだって前にも言っただろ」
【でも私を家族や神様に紹介したいって言ってましたよね?】
筆談でそう伝えてきた。
「確かにそれは言ったけど、別にあの町で暮らしたいわけじゃない」
【でも一度は行ってみたいです。他の都よりここからが一番距離が近いでしょ?】
その筆談を見たストロワが口を挟んだ。
「では一度、飛翔神の町に行ってまず挨拶をして、しばらくそこで暮らしてみてはどうかね。もし、町に馴染めなかったりつらい思いをするようならこちらに合流する。これでどうだろう」
その提案にキナノスが苦言を呈する。
「でも親父、俺たちは移動するじゃないか」
「手紙を書くさ。何処の都には何日まで滞在する予定で次は何処の都へ行くという手紙をね」
「あたしたち宛の手紙は大神殿に留め置いて渡してもらえるようにすればいいのか」
この世界の手紙は神殿経由で送られる。町から町へ移動する仕事をしている者は必ずいるので、そこへ委託している。大抵は信用できる馴染みのある者へ任せるが、そうでない場合は契約石で縛りを入れている。
「どうする? それでいいか?」
ビスタークがレリアに聞くと、レリアは困ったような笑みを浮かべて頷いた。次に兄と姉を見て聞く。
「お前たちはいいのかよ」
「よくねえよ!」
キナノスは悲痛な表情をして即答した。しかしエクレシアは思案顔で兄を諭す。
「レリアと離れたことないし、あたしだって嫌だよ。でもね、レリアはこうなったら絶対曲げない子だって知ってるでしょ」
「知ってるさ。だからこそ、心配なんだよ! 何かあったら傷つくのはレリアだ。そのとき俺たちはそばにいてやれないんだぞ!」
それを聞いたレリアが二人に何か手話で伝えていた。
「ははっ、そうだね」
「確かにそうだな」
「何て言ったんだ?」
「心はあんたより強いから大丈夫だって」
「なっ……」
ビスタークがレリアを見ると困ったような笑みを浮かべている。
「実際そうだろ」
「傷つくのを恐れて行動できないような男だもんね。そりゃレリアのほうが強いでしょ」
「……」
確かにそうかもしれないが人に言われるのは癪だった。レリアはまた手話で二人に何か伝えている。
「ビスタークがつらそうだったら私たちのところへ戻るって」
「お前のほうが心が弱いんだからしょうがねえよなあ」
「……」
レリアは気を遣ったのだろうがこの二人は明らかにバカにしている。文句を言いたかったがレリアがまだ二人に何か伝えている途中だったので言うのをやめた。
「……うん。あたしたちは離れててもずっと家族だよ」
「後から追って来いよ。待ってるからな」
おそらく家族に対する気持ちであろう。兄と姉が今にも泣きそうな顔をしてそう言うとストロワが口を出した。
「まあまあ、今から別れるわけじゃない。港までは一緒に行こう。それくらいはいいね?」
レリアはにこやかに二回頷いた。
ビスタークはつきっきりでレリアの看病をしていた。額を冷やすための濡れタオルをこまめに変えたり、食欲が無くても食べられそうなものを用意したり、レリアのために思い付くことは何でもやった。ストロワ達が驚くほど甲斐甲斐しく世話を焼いていた。そのおかげか段々とレリアの体調は回復していった。
数日経ちある程度回復した日、レリアが父親のストロワと二人で話をしたいと言い出した。ビスタークがしばらくの間部屋の外で待っていると、ストロワにキナノスとエクレシアを呼んできてくれと頼まれた。二人は隣の部屋で待機していたのですぐに伝えると、ビスタークだけ部屋の外で待たされることになった。一人だけ仲間外れにされた苛立ちと、元々他人であるから仕方がないという諦めが入り交じった複雑な感情を抱いていると、中からキナノスの何を言っているのかよくわからない大声が聞こえてきた。何事かと思った矢先に入室を許された。ビスタークが近づくとストロワが困った様子でビスタークに告げる。
「レリアが旅を諦めて私たちと別れ、君の地元で暮らすと言うんだよ」
「はあ!?」
なるほど、キナノスが大声を出すわけだと思いレリアを見る。彼女は回復してベッドに座っているものの、その笑顔は弱々しい。手話で色々話しているようだがビスタークには少ししかわからない。エクレシアが通訳する。
「身体が弱くてみんなに負担をかけているって。私がいなければもっと早く動けるから自分は抜けたほうがいいって言うの。そんなことないのにね」
「今までだってずっとそうしてきたのに何で今さらそんなこと言うんだよ。考え直せ」
キナノスもレリアを説得しようとしている。
「……つらいのかい?」
ストロワがすまなそうに聞いた。レリアは手話で話そうとしたが、ビスタークを見て筆談に変えた。
【体調はもちろんそうですが、心のほうもです】
「え……」
エクレシアが顔色を変えた。それを見てレリアは首を振る。
【私が勝手に心苦しいと感じているだけ。家族のみんなはとても優しくていつも感謝してるよ。ただ、今回もそうだけど、私のせいでとてもお金がかかってるの。宿の料金が私の動けない日数×人数分かかるでしょう? いつも本当に申し訳なくて】
「それが、心の負担になっているんだね?」
ストロワが言うとレリアは頷いた。
「気にしなくていいといつも言っているが、それも心の負担になってしまうのかい?」
【ごめんなさい】
これは手話で伝えた。簡単なのでビスタークにも手話で伝わるからだ。
「それは一旦置いといて、身体のほうはどうかな? やっぱり移動生活はきついかい?」
【やっぱり砂漠が大変でした】
「俺たちだってキツかったからな。レリアが寝込んで当然だ」
キナノスが納得したように言う。
「……落ち着いた生活がしたいのかい?」
慈しむような寂しげにも聞こえる声でストロワが聞くと、レリアは頷いた。そしてまた文字を書く。
【赤ちゃんができたら移動するのも大変だと思いますし】
「だからそれはまだ早いって言ったろ!」
先日わからなかった手話がどんな意味だったのかこれで大体察した。キナノスが文句を言った後、エクレシアが爆弾発言をかました。
「まさか……お腹にいるの?」
「「はぁっ!?」」
キナノスとビスタークが同時に声を出し、キナノスはビスタークを睨む。
「お前……」
「俺はまだ何にもしてねえ! お前らに見張られてるのに出来るわけねえだろ!」
結婚したのに咎められるのもおかしな話なのだが今はそこには触れないでおいた。レリアは手話で否定し、紙に説明を書いていた。
【将来的な話です。早とちりしないで兄さん。心配してくれてるのはわかるけど、せっかくビスタークと結婚出来たのに正直言って邪魔です】
はっきりと「邪魔」と言われてしまったキナノスはショックを受けた表情で絶句している。それを見て少し愉快に思い、そして初めて名前を呼ばれたことを少し感慨深く思う。呼ばれた、といっても紙に書かれただけであるが。今までは「貴方」と呼ばれてばかりであった。そういえば手話で人の名前を言うときはどうやって表現するのだろう。後で聞いてみようと思った。
「そもそもお前……子どもなんか産めるのか?」
「確かに」
「そ、そうだぞ。身体が弱いのに無理して産むことないだろ」
少し気を取り直したキナノスがそう言うと、レリアはむきになったように文字を書きなぐる。
【好きな人の子どもがほしいんです。私はビスタークの子どもを産むために生まれてきたんです】
「またそういう恥ずかしいことをいう」
【でもほんとにそんな気がするんです】
「体力ついたらな。俺は別に子どもなんかいらねえし」
ビスタークがそう言うとレリアは悲しそうな表情になった。
「お前! レリアを傷つけるんじゃねえ!」
「忙しい奴だな、怒ったり落ち込んだり」
「だから、旅をやめたい、ということか……」
ストロワが考え込んでいる。その間にビスタークがレリアに忠告する。
「俺の町に来ても嫌な思いをするだけだって前にも言っただろ」
【でも私を家族や神様に紹介したいって言ってましたよね?】
筆談でそう伝えてきた。
「確かにそれは言ったけど、別にあの町で暮らしたいわけじゃない」
【でも一度は行ってみたいです。他の都よりここからが一番距離が近いでしょ?】
その筆談を見たストロワが口を挟んだ。
「では一度、飛翔神の町に行ってまず挨拶をして、しばらくそこで暮らしてみてはどうかね。もし、町に馴染めなかったりつらい思いをするようならこちらに合流する。これでどうだろう」
その提案にキナノスが苦言を呈する。
「でも親父、俺たちは移動するじゃないか」
「手紙を書くさ。何処の都には何日まで滞在する予定で次は何処の都へ行くという手紙をね」
「あたしたち宛の手紙は大神殿に留め置いて渡してもらえるようにすればいいのか」
この世界の手紙は神殿経由で送られる。町から町へ移動する仕事をしている者は必ずいるので、そこへ委託している。大抵は信用できる馴染みのある者へ任せるが、そうでない場合は契約石で縛りを入れている。
「どうする? それでいいか?」
ビスタークがレリアに聞くと、レリアは困ったような笑みを浮かべて頷いた。次に兄と姉を見て聞く。
「お前たちはいいのかよ」
「よくねえよ!」
キナノスは悲痛な表情をして即答した。しかしエクレシアは思案顔で兄を諭す。
「レリアと離れたことないし、あたしだって嫌だよ。でもね、レリアはこうなったら絶対曲げない子だって知ってるでしょ」
「知ってるさ。だからこそ、心配なんだよ! 何かあったら傷つくのはレリアだ。そのとき俺たちはそばにいてやれないんだぞ!」
それを聞いたレリアが二人に何か手話で伝えていた。
「ははっ、そうだね」
「確かにそうだな」
「何て言ったんだ?」
「心はあんたより強いから大丈夫だって」
「なっ……」
ビスタークがレリアを見ると困ったような笑みを浮かべている。
「実際そうだろ」
「傷つくのを恐れて行動できないような男だもんね。そりゃレリアのほうが強いでしょ」
「……」
確かにそうかもしれないが人に言われるのは癪だった。レリアはまた手話で二人に何か伝えている。
「ビスタークがつらそうだったら私たちのところへ戻るって」
「お前のほうが心が弱いんだからしょうがねえよなあ」
「……」
レリアは気を遣ったのだろうがこの二人は明らかにバカにしている。文句を言いたかったがレリアがまだ二人に何か伝えている途中だったので言うのをやめた。
「……うん。あたしたちは離れててもずっと家族だよ」
「後から追って来いよ。待ってるからな」
おそらく家族に対する気持ちであろう。兄と姉が今にも泣きそうな顔をしてそう言うとストロワが口を出した。
「まあまあ、今から別れるわけじゃない。港までは一緒に行こう。それくらいはいいね?」
レリアはにこやかに二回頷いた。