残酷な描写あり
R-15
118 下戸
ストロワ達は命の都へ向かい、ビスタークとレリアは飛翔神の町へ行くことになった。泳神の町から命の都へ出航する船には小島を巡って向かう航路とアークルス半島の錨神の町経由がある。別れる家族とできるだけ長い時間を過ごしたいとのことでストロワ達はビスターク達と一緒に錨神の町経由の船に乗った。町に着くと船から降りて地上で二泊ほどする。船の整備や補給があるので少し待つ時間があるのだ。ビスタークとレリアも二泊し、ストロワ達の船を見送ることにした。
エクレシアとキナノスはレリアにくっついたまま離れなかった。いつもは鬱陶しいという態度のレリアも別れのときが近づいているので邪険にはしなかった。
船が出航する別れの日、エクレシアはレリアに抱きついて泣いていた。
「身体に気をつけてね。無理しちゃだめだからね」
【大丈夫、そのうちまた会えるから。心配しないで】
キナノスはビスタークへ釘を刺す。
「お前、レリアを絶対に守れよ。不幸にしたら許さねえからな!」
「わかってるよ。ヤバそうならすぐそっちを追いかける。俺はむしろそうしたかったんだからな」
ストロワは慈しむような眼差しでレリアを見つめている。
「レリアはレリアの好きなように生きなさい。ただ、できれば心身ともに楽なほうを選ぶんだよ」
レリアは涙を浮かべながら頷いている。家族四人抱き合って別れを惜しんでいた。
この場にいた誰もがまた会えることを疑っていなかった。これが最後になるとは誰も思っていなかったのである。
船を見送った後、レリアは笑顔になってビスタークに手話で伝えてくる。
【やっと二人になれた】
もうこのくらいの意味なら手話でもわかるようになっていた。レリアはおずおずと腕を掴むように組んでくる。
「お前……まさかそのためにわざとじゃないだろうな?」
レリアはびっくりしたように目を見開いて首と手を振る。その様子からどうやら意図したものではないことがわかった。
「それならいいんだ。まあそうだったとしても責める気はねえよ」
レリアはほっとしたような表情になった。
「さて……どうするか。さっさと進むか、もう一日ここにいるか、どっちがいい?」
【行くんじゃなかったの?】
「思ってたより船が出るの遅かったからな。今からだと乗合馬車があるかどうか。歩きでも行けるが、そうなるとお前の体力が持たねえんじゃねえかと思ってな」
それを聞いたレリアが微笑む。
【やっぱり優しい】
「そんなこと言うのはお前くらいだ」
照れくさいので目を逸らしながらそう言った。
「同じ宿にしようかと思ったが……移動するのも疲れるだろうからそこの宿でいいか? 部屋をとったらゆっくり散歩しよう」
【はい】
レリアの体力に合わせ休み休み海辺を散歩したり店に入ったりしてゆっくりと過ごした。
夕食のためにレリアが興味を示した食堂へ入った。今までは過保護な家族が清潔感のある少し良い感じの店を選んでいたらしく、レリアが選ぶ店は庶民的な店が多かった。今までも気になっていたが入ったことがなかったのだそうだ。
ビスタークは食事と一緒に酒を注文した。飲んでいるところをレリアが興味津々の様子で見つめている。
「酒が気になるのか?」
レリアは頷いて文字で伝えてくる。
【ビスタークは飲めるんですね】
二人の会話はビスタークが喋りレリアは手話と筆談である。レリアは筆談だと敬語になり名前を呼ぶが、手話だとそれがない。と言うより手話では動きの丁寧さによって敬語的な表現になるらしいが、ビスタークは手話初心者のためそういった細かいことまで伝わらないのだ。
手話では人の名前のような固有名詞は基本的に使わない。「あなた」などの代名詞を利用する。どうしても使う場合は文字の手話を連続するか渾名のように自分で動きを考えて表現するのだという。
エクレシアとの会話でレリアがビスタークの渾名として使っていたのは右頬にある傷のような痣を意味して右頬を指で一直線になぞる動作だったそうだ。二人で自分のことを何と話していたのか聞いたが、恥ずかしいから秘密、とはぐらかされてしまった。
「俺は酒好きなんだ。今まではお前らが全然飲まなかったから遠慮してたんだよ」
【父は飲めるようなのですが、今は巡礼中だからと禁酒しているようでした。私や兄達も巡礼を始めたときは子どもでしたからまだ飲んだことがありません】
レリアは書いた文字を見せながらビスタークの持っているグラスを見ていた。今飲んでいるのは白の葡萄酒である。
「飲みたいのか?」
【美味しそうに飲んでるから】
「うーん……飲めるかどうかわかんねえし、しっかり食べて腹が膨れたら少しだけ試してみな。腹が減ってると悪酔いするって言うし」
そう言うと頷いて食べ始めた。
レリアの食は細い。しかしこれでも出会ったときに比べれば少しは増えている。まあ急にたくさん食べられるようになるはずもない。無理せず少しずつ増えるならそれでいい。そして体力をつければ健康になっていくだろう、とビスタークは考えている。酒も少しだけなら薬になると聞いたことがある。それにつられて食べてくれるのであれば良い、そう思っていた。
もうビスタークはとっくに食事を終えている。ちびちびと飲みながらレリアがいつもより頑張って食べているのを見ていた。そんなに酒に興味があったのかと思いつつ褒めてやった。
「今日はだいぶ食べられたな。よく頑張った」
レリアは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、飲むか? ひとくち」
にっこりと笑ってレリアはビスタークの飲んでいたグラスを受け取る。そうっと大事そうに両手でグラスを持ち、口へと運んだ。くぴっとひとくちだけ飲んでグラスを置き、ほおっと息をついた。
「どうだ? いけそうか?」
レリアは目を合わせて微笑んだ直後、テーブルへ崩れ落ちた。それを見てビスタークは血の気が引いた。慌てて立ち上がり向かい合わせの席から横へと移動する。
「お、おい! しっかりしろ!」
身体を揺するとうっすらと目を開けて口元が動いた。「ごめんなさい」という口の形をしていた。
「水飲め! 水!」
身体を起こしなんとか飲ませる。直後「眠い」と手話で伝えられ、身体をビスタークへと預け眠ってしまった。息はあるしただ眠っただけに思える。嘔吐するかもしれないので息を詰まらせないように横にして寝かせると良いと店員から聞き、抱きかかえて宿へと戻った。女一人を抱えて移動していると目立つため、途中で「兄ちゃんお持ち帰りかー?」などという野次をとばされたが、怒りの形相で「嫁だ!」と怒鳴り黙らせた。
宿のベッドへ横向きに寝かせて様子をうかがう。少し顔色が悪いが、今のところ息は落ち着いているし、水を飲ませるため揺すると反応する。急変に気をつければ良いだけのようでほっと胸を撫で下ろす。もうこんなことにならないよう酒は厳禁だと起きたら厳しく言おう、そう思った。
翌朝、レリアが目を覚ました。その気配に隣のベッドで寝ていたビスタークも起きる。
「気分はどうだ?」
レリアは沈んだ表情をして手話で伝える。
【ごめんなさい。最悪。頭が痛い】
「もう酒は禁止な」
【はい】
レリアは書くものを探している様子だったので筆記用具を渡した。
【本当にごめんなさい。一口飲んだだけで酔い潰れてしまうとは思いませんでした。初めての夜だったのにこんなことになって】
そう書かれて気づいた。そういえばそうであった。レリアはまだ文字を書いている。
【少し緊張をほぐそうと思ってお酒を飲んだのですが余計なことをしてしまいました】
ビスタークは思わず吹き出してしまった。
【笑わないで!】
レリアは焦った様子で手話を使って訴えてくる。
「お前、そんなこと考えてたのか」
笑いながらそう言うと、みるみるうちにレリアの顔が真っ赤になっていった。
「そんなことより頭が痛いんならまだ寝てろ。あ、その前にトイレ行って水飲んどけ。起きれるか?」
恥ずかしそうに頷いてレリアは言われた通りにし、再度寝た。具合が良くなったのは昼過ぎだったので、町を出発するのがまた一日延びた。
エクレシアとキナノスはレリアにくっついたまま離れなかった。いつもは鬱陶しいという態度のレリアも別れのときが近づいているので邪険にはしなかった。
船が出航する別れの日、エクレシアはレリアに抱きついて泣いていた。
「身体に気をつけてね。無理しちゃだめだからね」
【大丈夫、そのうちまた会えるから。心配しないで】
キナノスはビスタークへ釘を刺す。
「お前、レリアを絶対に守れよ。不幸にしたら許さねえからな!」
「わかってるよ。ヤバそうならすぐそっちを追いかける。俺はむしろそうしたかったんだからな」
ストロワは慈しむような眼差しでレリアを見つめている。
「レリアはレリアの好きなように生きなさい。ただ、できれば心身ともに楽なほうを選ぶんだよ」
レリアは涙を浮かべながら頷いている。家族四人抱き合って別れを惜しんでいた。
この場にいた誰もがまた会えることを疑っていなかった。これが最後になるとは誰も思っていなかったのである。
船を見送った後、レリアは笑顔になってビスタークに手話で伝えてくる。
【やっと二人になれた】
もうこのくらいの意味なら手話でもわかるようになっていた。レリアはおずおずと腕を掴むように組んでくる。
「お前……まさかそのためにわざとじゃないだろうな?」
レリアはびっくりしたように目を見開いて首と手を振る。その様子からどうやら意図したものではないことがわかった。
「それならいいんだ。まあそうだったとしても責める気はねえよ」
レリアはほっとしたような表情になった。
「さて……どうするか。さっさと進むか、もう一日ここにいるか、どっちがいい?」
【行くんじゃなかったの?】
「思ってたより船が出るの遅かったからな。今からだと乗合馬車があるかどうか。歩きでも行けるが、そうなるとお前の体力が持たねえんじゃねえかと思ってな」
それを聞いたレリアが微笑む。
【やっぱり優しい】
「そんなこと言うのはお前くらいだ」
照れくさいので目を逸らしながらそう言った。
「同じ宿にしようかと思ったが……移動するのも疲れるだろうからそこの宿でいいか? 部屋をとったらゆっくり散歩しよう」
【はい】
レリアの体力に合わせ休み休み海辺を散歩したり店に入ったりしてゆっくりと過ごした。
夕食のためにレリアが興味を示した食堂へ入った。今までは過保護な家族が清潔感のある少し良い感じの店を選んでいたらしく、レリアが選ぶ店は庶民的な店が多かった。今までも気になっていたが入ったことがなかったのだそうだ。
ビスタークは食事と一緒に酒を注文した。飲んでいるところをレリアが興味津々の様子で見つめている。
「酒が気になるのか?」
レリアは頷いて文字で伝えてくる。
【ビスタークは飲めるんですね】
二人の会話はビスタークが喋りレリアは手話と筆談である。レリアは筆談だと敬語になり名前を呼ぶが、手話だとそれがない。と言うより手話では動きの丁寧さによって敬語的な表現になるらしいが、ビスタークは手話初心者のためそういった細かいことまで伝わらないのだ。
手話では人の名前のような固有名詞は基本的に使わない。「あなた」などの代名詞を利用する。どうしても使う場合は文字の手話を連続するか渾名のように自分で動きを考えて表現するのだという。
エクレシアとの会話でレリアがビスタークの渾名として使っていたのは右頬にある傷のような痣を意味して右頬を指で一直線になぞる動作だったそうだ。二人で自分のことを何と話していたのか聞いたが、恥ずかしいから秘密、とはぐらかされてしまった。
「俺は酒好きなんだ。今まではお前らが全然飲まなかったから遠慮してたんだよ」
【父は飲めるようなのですが、今は巡礼中だからと禁酒しているようでした。私や兄達も巡礼を始めたときは子どもでしたからまだ飲んだことがありません】
レリアは書いた文字を見せながらビスタークの持っているグラスを見ていた。今飲んでいるのは白の葡萄酒である。
「飲みたいのか?」
【美味しそうに飲んでるから】
「うーん……飲めるかどうかわかんねえし、しっかり食べて腹が膨れたら少しだけ試してみな。腹が減ってると悪酔いするって言うし」
そう言うと頷いて食べ始めた。
レリアの食は細い。しかしこれでも出会ったときに比べれば少しは増えている。まあ急にたくさん食べられるようになるはずもない。無理せず少しずつ増えるならそれでいい。そして体力をつければ健康になっていくだろう、とビスタークは考えている。酒も少しだけなら薬になると聞いたことがある。それにつられて食べてくれるのであれば良い、そう思っていた。
もうビスタークはとっくに食事を終えている。ちびちびと飲みながらレリアがいつもより頑張って食べているのを見ていた。そんなに酒に興味があったのかと思いつつ褒めてやった。
「今日はだいぶ食べられたな。よく頑張った」
レリアは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、飲むか? ひとくち」
にっこりと笑ってレリアはビスタークの飲んでいたグラスを受け取る。そうっと大事そうに両手でグラスを持ち、口へと運んだ。くぴっとひとくちだけ飲んでグラスを置き、ほおっと息をついた。
「どうだ? いけそうか?」
レリアは目を合わせて微笑んだ直後、テーブルへ崩れ落ちた。それを見てビスタークは血の気が引いた。慌てて立ち上がり向かい合わせの席から横へと移動する。
「お、おい! しっかりしろ!」
身体を揺するとうっすらと目を開けて口元が動いた。「ごめんなさい」という口の形をしていた。
「水飲め! 水!」
身体を起こしなんとか飲ませる。直後「眠い」と手話で伝えられ、身体をビスタークへと預け眠ってしまった。息はあるしただ眠っただけに思える。嘔吐するかもしれないので息を詰まらせないように横にして寝かせると良いと店員から聞き、抱きかかえて宿へと戻った。女一人を抱えて移動していると目立つため、途中で「兄ちゃんお持ち帰りかー?」などという野次をとばされたが、怒りの形相で「嫁だ!」と怒鳴り黙らせた。
宿のベッドへ横向きに寝かせて様子をうかがう。少し顔色が悪いが、今のところ息は落ち着いているし、水を飲ませるため揺すると反応する。急変に気をつければ良いだけのようでほっと胸を撫で下ろす。もうこんなことにならないよう酒は厳禁だと起きたら厳しく言おう、そう思った。
翌朝、レリアが目を覚ました。その気配に隣のベッドで寝ていたビスタークも起きる。
「気分はどうだ?」
レリアは沈んだ表情をして手話で伝える。
【ごめんなさい。最悪。頭が痛い】
「もう酒は禁止な」
【はい】
レリアは書くものを探している様子だったので筆記用具を渡した。
【本当にごめんなさい。一口飲んだだけで酔い潰れてしまうとは思いませんでした。初めての夜だったのにこんなことになって】
そう書かれて気づいた。そういえばそうであった。レリアはまだ文字を書いている。
【少し緊張をほぐそうと思ってお酒を飲んだのですが余計なことをしてしまいました】
ビスタークは思わず吹き出してしまった。
【笑わないで!】
レリアは焦った様子で手話を使って訴えてくる。
「お前、そんなこと考えてたのか」
笑いながらそう言うと、みるみるうちにレリアの顔が真っ赤になっていった。
「そんなことより頭が痛いんならまだ寝てろ。あ、その前にトイレ行って水飲んどけ。起きれるか?」
恥ずかしそうに頷いてレリアは言われた通りにし、再度寝た。具合が良くなったのは昼過ぎだったので、町を出発するのがまた一日延びた。