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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
113 決闘
 ビスタークは最近視線を感じていた。大体の見当はついている。あの破壊神の神官見習いたちだろう。おそらくレリアを任せられるかどうかを見極めようとしているのだ。それなら女をひっかけて遊んでいるところを見せれば向こうは強引にレリアを諦めさせるだろうと思った。思ったのだが、何故かそうする気にはなれなかった。好きな女がいるのに別の女にそんなことをする気にはなれなかった。レリアが悲しむ顔を想像して心が苦しくなったからだ。

 ビスタークはあの日レリアを好きだと自覚してから自分がおかしいと感じていた。そもそもちゃんとした恋愛感情を持ったのは初めてだったのかもしれない。それに加えて自分の過去を責められなかったことが何よりも嬉しかった。

 身の上話をしたあの日、外へ昼食をとりに行き、そのまま何故かレリアの喉の傷を隠せるようにと以前目をつけていたスカーフを買ってしまった。先ほど強引に話を終わらせて会議室を出てきたばかりだというのにいつ渡すというのか。自分は何をしているのかと困惑した。

 訓練にも例のもらったハチマキを着け続けていた。窓からレリアが見ていることを確認し、いた場合は挨拶がわりに軽く手を上げた。自分は嫌われようとしていたはずなのに、好きだという想いと不幸にしたくないという考えが自分の中でぶつかり合い、どうしたらいいのかわからなくなっていた。今更会いたいなどとどうして言えよう。


 ビスタークが悩んでいるのを全く意に介さずスヴィルが文句を言いに来た。

「お前のせいでフレリが俺に決闘を申し込んで来たんだが?」
「何言ってんだ。俺のせいじゃねえよ。元々お前を負かしたかったらしいからな」
「なんでだよ」
「知らねえよ」

 本人から理由は全く聞いていないので知る由もない。

「あいつ昔から俺につっかかってくるんだよな」
「ふーん」
「すげえどうでもよさそうだな!」
「ああ、どうでもいい。さっさと負けろ」
「ひでえなお前!」

 そう言ってから不安そうにスヴィルが言う。

「……俺、もし負けたらどうなんの?」
「なんかお前に言いたいことがあるらしいぞ」
「言いたいことがあんならすぐ言えばいいじゃねえか! 意味わかんねえ」

 スヴィルが不安がっているその日のうちに、フレリとスヴィルの決闘が行われた。神衛兵かのえへい達は皆興味津々の様子で見守っている。

 フレリはビスタークの言った通りにスヴィルを速さで翻弄した。スヴィルは戸惑っている様子だった。幼なじみの女と戦いたくないようだ。そのせいかフレリの攻撃を防ぐばかりで自分から斬りつけようとしない。

「あんた本気でやりなさいよ!」
「本気だよ!」

 実際速さが劣るため防ぐのに忙しく攻撃できないでいるようだ。

「言いたいことってなんだよ? こんなことしなくても今すぐ言えばいいじゃねえか!」

 喋っていて防御が甘くなったところへフレリの一撃が入った。

「あんたより強いって証明してからじゃないと意味ないの!」

 スヴィルは少し考えた様子で剣を下ろした。

「……わかった、俺の負けだ。話を聞こう」
「まだ勝負はついてないでしょ!」
「一撃くらったんだから俺の負けだよ」
「納得できない!」
「女に斬りつける趣味はねえんだよ。納得してくれよ。速さについてけなかったのは本当なんだから」
「……」
「それに何言われるのか気になって集中できねえし。何だよ言いたいことって?」

 そうスヴィルに言われ、フレリは口を尖らせて目を反らした。

「ここじゃ、ちょっと……後でもいい?」
「え? ……まあ、いいけど」

 何か誤魔化したように見えたがスヴィルは構わないようだ。

 訓練が終わるとスヴィルが一緒に来るようビスタークへ頼んできた。正直なところ面倒だったが負けたスヴィルにフレリが何を言うのか興味はあったのでついていくことにした。

「……ビスタークもいるんだ……」
「何言われるのか怖いから来てもらったんだよ!」
「そう言われたからついてきたんだが。邪魔なら帰るぞ」

 少しだけ考えてフレリは承知した。

「うーん……まあ、ビスタークには色々教えてもらったし、いいか」
「で、俺これから何言われんの……?」
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ、たぶん」
「たぶん?」
「うん、たぶん」
「怖い」

 フレリは怖がっているスヴィルを見て軽くため息をついて口を動かそうとした。

「……あのね、ええと、その」

 上手く言えないようで挙動不審気味である。ビスタークはなんとなく何を言おうとしているのか察したが、何故勝ってから言おうとしているのかまでは理解できなかった。

「なんだよ、早く言えよ。こっちは覚悟して来てるんだよ」
「……覚悟。覚悟か。確かに覚悟しなきゃね」

 スヴィルが身構え、フレリが大きく息を吸い込んでから小さな声で少し早口に言った。

「好きです。ずっと好きだった。結婚してください」
「……は?」

 スヴィルは何を言われたのか理解できていないようだった。フレリは少しだけムッとした様子で言う。

「聞こえなかった? 好きだって言ったの!」
「えっ、本当にそう言ったのか!?」
「……うん」
「じゃあ俺は帰るわ」

 ビスタークが空気を読んだのか読めていないのかという言葉を発して去ろうとしたが二人に呼び止められた。

「ちょっと待って! 何かあったときの仲裁役としてここにいて!」
「賛成!」
「あー?」

 めんどくさいことに巻き込まれたな、とは思ったが、どうなるのか見届けたい気持ちもあったので残ることにした。

「で、えっと、返事は?」
「返事?」
「付き合ってくれるのかどうかよ!」

 スヴィルは理解が追い付いていないようだ。

「ちょっと待て! その前に色々と確認していいか?」
「なによ」
「お前、ホントに俺のこと好きなの?」
「だから、そう言ったじゃない! 恥ずかしいんだから何度も言わせないで!」

 混乱して納得もしていないスヴィルが今までのことを思い出している。

「だって、お前昔っから俺に文句言ってきたり叩いたりしてきたじゃねえか。だからてっきり嫌われてるんだとばかり」
「それはまあ、照れ隠しというかなんというか……。それに、あんたが強い人が好きだって言ってたから……」

 スヴィルは疑問を口にした。先ほどから口は半開きにしたままだ。
 
「へ? そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ! どんな人が好きなのって聞いたときに!」
「えー? んー……よく憶えてないけど……それって子どもの頃の話か?」
「うん」

 少し考えてからスヴィルは思い当たることを言う。

「じゃあそれ女の子の好みじゃなくて単に強い人に憧れてたからそう言ったんだと思うぞ」
「お前の好みは大人しそうなだって言ってたもんな」

 ビスタークは以前聞いていたことをばらす。

「よ、余計なこと言うな!」
「そう、なんだ」

 フレリは悲しそうな顔をして黙り込んでしまった。

「お前、だから俺に勝ったらって言ってたのか?」
「うん。強くないと告白できないと思って」
「バカだなー」
「そうだね。バカだね……」

 フレリは泣きそうな表情をしていたのでビスタークはつい口を出してしまった。

「で、お前の返事は?」
「えっ」
「女から求婚されてんのにはっきりしないとか情けねえだろ」

 それはそのまま自分自身にも当てはまった。ビスタークは自分で言ってからそれに気付いてこう思った。

 ――俺も、情けねえな。あいつは俺を幸せにするとまで言ったのに。

「返事は、うん。結婚を前提にお付き合いしてくださいってことでいいか? 色々想定外で混乱してて、もっとよくお前と話がしたい。嫌われてるんだと思ってたからな」
「うん……ありがとう」

 フレリは感極まった様子で泣いていた。

「普段からそういう態度ならよかったのにようー。可愛いじゃねえかこいつめー」

 フレリの頭を優しく撫でるスヴィルを見ながらビスタークは黙ってその場から去っていった。
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