残酷な描写あり
R-15
112 吐露
ストロワが借りた会議室に入り全員席へとついた。レリアはビスタークの正面に座り、その横に家族たちが並んで座っている。まるで取り調べや面接でもするかのようだ。静寂石を起動し、周りに声が漏れないようにする。
静まり返った会議室で、ビスタークは一度大きく深呼吸してできるだけ簡潔に収めようと話し始める。
「……俺は四歳で人を殺している」
皆の目が大きく開き息を呑んだのがわかった。キナノスあたりに何か言われるかと思ったが、神官は人の相談を聞く練習をするらしいのでこの時点では何も言われなかった。
できるだけ感情が入らないよう淡々と話すように努めた。
生まれたときから頬の痣のせいで呪われた子と言われていたこと、それが原因で薬中毒の者に両親を殺され自分も殺されそうになり相手を殺したこと。神の子が庇ってくれたがもういないこと、姉が結婚したことでより孤独感が増して道を外してしまったこと。そんな自分は幸せになってはいけないのだと話して聞かせた。
「だから俺とは関わらないほうがいい。不幸になるぞ」
言うだけ言ったので何と言えばいいか言葉を探している連中を置いて部屋を出ていこうと立ち上がろうとした。するとレリアが急いで紙に字を書きなぐって見せてきた。
【それなら私が貴方を幸せにします】
それを見たビスタークの動きが止まった。他の全員の動きも止まった。ビスタークはあまりのことに理解が追い付かず紙に書かれた文字を凝視して動けずにいると、キナノスが声を出した。
「な、何言ってるんだレリア! こいつは駄目だ! 俺は反対だからな!」
明らかに非難的な声色にレリアが手話で何かを話している。それはものすごく早い動きで、まるで早口で捲し立てているように思えた。呆気にとられてその様子を見ているとエクレシアが話しかけてきた。
「あんたはレリアのこと、どう思ってんのよ?」
「え」
その言葉にレリアは手話をするのをやめた。耳をそばだてているようだ。キナノスもビスタークのほうへ向き直した。
「どうって……」
「前も聞いたのに答えなかったよね? 女の子のほうから求婚されてんだからなんとか言ったらどうなのよ!」
「えっ? 求婚!?」
まさか本当にそういう意味なのかと思ってレリアのほうを見た。レリアは顔を赤くしてもじもじとしている。キナノスはレリアに何を言われたのかわからないが黙ったまま睨むようにこちらを見ている。
「いや……お前……俺の話を聞いてなかったのか?」
レリアは首を振る。そしてまた文字を書き始めた。
【貴方が幸せになっちゃいけないなんて誰が決めたんですか】
普段にこやかなレリアが怒っている様子だったので少したじろいだ。
「え、いや……俺だけど……だって、そう思うだろ?」
レリアだけでなく周りも見た。皆難しい顔をしている。
【思いません。正当防衛ではないですか。貴方は自分で自分に幸せにならないような呪いをかけていると思います】
レリアは急いでそう書いた。そしてエクレシアが言う。
「その前にさ、あたしの質問に答えてないよね?」
「……」
「誤魔化さないでちゃんと答えなよ」
別に誤魔化したわけではなかったのだが、求婚された驚きでこのまま答えないで済むかと思ってはいた。
「で、あたしの妹のこと、どう思ってんの?」
追い詰められてしまった。仕方なく嫌われる為に嘘をつく。
「……嫌いだ。だから結婚は出来ない」
そう言ったとたん、キナノスにまた殴られた。正直なところ、神官の拳など神衛兵に比べたら大した威力ではないのだが、レリアが悲しそうな顔をしているのが目に入ったので身体より心が痛んだ。
「嘘つき。嫌いな相手を医務室まで運んだり今こうやって会おうとしないでしょ。わざと嫌われようとしてない?」
それを聞いたレリアの表情が少しだけ明るくなった。
「訓練のときだっていつもレリアが見てるかどうか確認してるの知ってるんだからね!」
「なっ……」
ビスタークの顔に少し照れが入ったのを見て、レリアの表情がさらに明るくなった。
「証拠はあがってんのよ。認めなさいよ。レリアのこと好きなんでしょ?」
その場を誤魔化そうと向こうにとって都合の悪い部分を指摘する。
「お前ら、レリアが……神官見習いが離脱したら困るんじゃないのか?」
それまで黙って聞いていたストロワが口を出す。
「そうだね。でも、娘の恋路を邪魔するつもりはないよ。子どもたちに神官の職を強制するつもりもない。私たちは今まであまり一つの場所に定住しないで旅ばかりしていたから、身体の弱いレリアには負担だったと思う。結婚を機に落ち着けばだいぶ楽になるんじゃないかと思うんだよ」
結婚する前提で話をされている気がする。何と答えようかと少しの間考えているとエクレシアに続けてこう言われた。
「レリアのこと嫌いじゃないんでしょ?」
「…………ああ」
「なら、よし」
キナノスが口を挟んだのでビスタークは疑問に思い聞いてみる。
「……お前は結婚反対なんだよな?」
「勿論だ」
「なんか矛盾してねえか?」
「お前がレリアのことを嫌って結婚しないのは腹が立つから、レリアがお前を嫌って結婚しないのが一番良いと思っている」
「なるほど。こっぴどくフラれろってことだな。俺もそれが一番穏便に済むと思っている」
そう言うと今度はエクレシアが口を出す。
「あんたはレリアのことは好きだけど結婚したくはないってこと?」
「……そうなるな」
「良かったね、レリア。向こうも好きだってよ」
答えを誘導された気がした。だがもう認めるしかなかった。足の遅いことが気にならなかったのも、ミドルネームの頭文字の項目を辞書で調べてしまったのも、もらったハチマキを額に巻いて話をしに来たのも、全部自分がレリアを好きだからだ。ビスタークは自分の気持ちを認めざるを得なかった。そう思ってレリアを見ると目が合ってしまいにっこりと微笑まれた。気まずいので目を反らしてからこう言った。
「俺と一緒になっても嫌な目に合うし、不幸になるから考え直せ。好きな女が不幸になるのを見たくないんだ」
またレリアは笑みを浮かべながら何か書いている。
【私が嫌な思いをしないように配慮してくださってたんですね。やっぱり貴方は優しいです】
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。好意がばれたことより優しいと言われたことに対してだ。
「やめとけレリア。こいつは浮気するぞ!」
キナノスがレリアを諦めさせるのに必死である。ビスタークもそれに同調する。
「そうだな。俺は女にだらしないからな、やめといたほうがいいぞ。嫌な思いをしたくないだろ?」
【私を諦めさせるために嘘をついてますね?】
「そんなことないぞ。こいつはこの前一夜の遊びのほうが良いとか言ったんだ。絶対泣くことになるからやめとけ!」
そのやり取りを黙って聞いていたストロワが話に割り込んだ。
「それが本当なら黙っていられないな。娘が悲しむのは見たくないからね」
「そうだろう。じゃあこの話は無しってことでいいな」
やっと解放されると思いビスタークは立ち上がった。
【寂しくてぬくもりを求めていたからではないですか?】
また文字を書いてレリアが見せてきた。本当にこいつは心が読めるのではと思った。実際そうだったからだ。
「帰る。そいつにまた殴られそうだからな」
そう言うとレリアがまだ話を続けたい素振りを無視して逃げるように会議室から脱出した。キナノスは怒りの形相のままだったので殴られそうなのは間違いなかった。
空腹感に昼食をとっていなかったことに気付いたがまた神官見習い達と顔を合わせたく無かったので神殿の外へ食べに向かった。
静まり返った会議室で、ビスタークは一度大きく深呼吸してできるだけ簡潔に収めようと話し始める。
「……俺は四歳で人を殺している」
皆の目が大きく開き息を呑んだのがわかった。キナノスあたりに何か言われるかと思ったが、神官は人の相談を聞く練習をするらしいのでこの時点では何も言われなかった。
できるだけ感情が入らないよう淡々と話すように努めた。
生まれたときから頬の痣のせいで呪われた子と言われていたこと、それが原因で薬中毒の者に両親を殺され自分も殺されそうになり相手を殺したこと。神の子が庇ってくれたがもういないこと、姉が結婚したことでより孤独感が増して道を外してしまったこと。そんな自分は幸せになってはいけないのだと話して聞かせた。
「だから俺とは関わらないほうがいい。不幸になるぞ」
言うだけ言ったので何と言えばいいか言葉を探している連中を置いて部屋を出ていこうと立ち上がろうとした。するとレリアが急いで紙に字を書きなぐって見せてきた。
【それなら私が貴方を幸せにします】
それを見たビスタークの動きが止まった。他の全員の動きも止まった。ビスタークはあまりのことに理解が追い付かず紙に書かれた文字を凝視して動けずにいると、キナノスが声を出した。
「な、何言ってるんだレリア! こいつは駄目だ! 俺は反対だからな!」
明らかに非難的な声色にレリアが手話で何かを話している。それはものすごく早い動きで、まるで早口で捲し立てているように思えた。呆気にとられてその様子を見ているとエクレシアが話しかけてきた。
「あんたはレリアのこと、どう思ってんのよ?」
「え」
その言葉にレリアは手話をするのをやめた。耳をそばだてているようだ。キナノスもビスタークのほうへ向き直した。
「どうって……」
「前も聞いたのに答えなかったよね? 女の子のほうから求婚されてんだからなんとか言ったらどうなのよ!」
「えっ? 求婚!?」
まさか本当にそういう意味なのかと思ってレリアのほうを見た。レリアは顔を赤くしてもじもじとしている。キナノスはレリアに何を言われたのかわからないが黙ったまま睨むようにこちらを見ている。
「いや……お前……俺の話を聞いてなかったのか?」
レリアは首を振る。そしてまた文字を書き始めた。
【貴方が幸せになっちゃいけないなんて誰が決めたんですか】
普段にこやかなレリアが怒っている様子だったので少したじろいだ。
「え、いや……俺だけど……だって、そう思うだろ?」
レリアだけでなく周りも見た。皆難しい顔をしている。
【思いません。正当防衛ではないですか。貴方は自分で自分に幸せにならないような呪いをかけていると思います】
レリアは急いでそう書いた。そしてエクレシアが言う。
「その前にさ、あたしの質問に答えてないよね?」
「……」
「誤魔化さないでちゃんと答えなよ」
別に誤魔化したわけではなかったのだが、求婚された驚きでこのまま答えないで済むかと思ってはいた。
「で、あたしの妹のこと、どう思ってんの?」
追い詰められてしまった。仕方なく嫌われる為に嘘をつく。
「……嫌いだ。だから結婚は出来ない」
そう言ったとたん、キナノスにまた殴られた。正直なところ、神官の拳など神衛兵に比べたら大した威力ではないのだが、レリアが悲しそうな顔をしているのが目に入ったので身体より心が痛んだ。
「嘘つき。嫌いな相手を医務室まで運んだり今こうやって会おうとしないでしょ。わざと嫌われようとしてない?」
それを聞いたレリアの表情が少しだけ明るくなった。
「訓練のときだっていつもレリアが見てるかどうか確認してるの知ってるんだからね!」
「なっ……」
ビスタークの顔に少し照れが入ったのを見て、レリアの表情がさらに明るくなった。
「証拠はあがってんのよ。認めなさいよ。レリアのこと好きなんでしょ?」
その場を誤魔化そうと向こうにとって都合の悪い部分を指摘する。
「お前ら、レリアが……神官見習いが離脱したら困るんじゃないのか?」
それまで黙って聞いていたストロワが口を出す。
「そうだね。でも、娘の恋路を邪魔するつもりはないよ。子どもたちに神官の職を強制するつもりもない。私たちは今まであまり一つの場所に定住しないで旅ばかりしていたから、身体の弱いレリアには負担だったと思う。結婚を機に落ち着けばだいぶ楽になるんじゃないかと思うんだよ」
結婚する前提で話をされている気がする。何と答えようかと少しの間考えているとエクレシアに続けてこう言われた。
「レリアのこと嫌いじゃないんでしょ?」
「…………ああ」
「なら、よし」
キナノスが口を挟んだのでビスタークは疑問に思い聞いてみる。
「……お前は結婚反対なんだよな?」
「勿論だ」
「なんか矛盾してねえか?」
「お前がレリアのことを嫌って結婚しないのは腹が立つから、レリアがお前を嫌って結婚しないのが一番良いと思っている」
「なるほど。こっぴどくフラれろってことだな。俺もそれが一番穏便に済むと思っている」
そう言うと今度はエクレシアが口を出す。
「あんたはレリアのことは好きだけど結婚したくはないってこと?」
「……そうなるな」
「良かったね、レリア。向こうも好きだってよ」
答えを誘導された気がした。だがもう認めるしかなかった。足の遅いことが気にならなかったのも、ミドルネームの頭文字の項目を辞書で調べてしまったのも、もらったハチマキを額に巻いて話をしに来たのも、全部自分がレリアを好きだからだ。ビスタークは自分の気持ちを認めざるを得なかった。そう思ってレリアを見ると目が合ってしまいにっこりと微笑まれた。気まずいので目を反らしてからこう言った。
「俺と一緒になっても嫌な目に合うし、不幸になるから考え直せ。好きな女が不幸になるのを見たくないんだ」
またレリアは笑みを浮かべながら何か書いている。
【私が嫌な思いをしないように配慮してくださってたんですね。やっぱり貴方は優しいです】
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。好意がばれたことより優しいと言われたことに対してだ。
「やめとけレリア。こいつは浮気するぞ!」
キナノスがレリアを諦めさせるのに必死である。ビスタークもそれに同調する。
「そうだな。俺は女にだらしないからな、やめといたほうがいいぞ。嫌な思いをしたくないだろ?」
【私を諦めさせるために嘘をついてますね?】
「そんなことないぞ。こいつはこの前一夜の遊びのほうが良いとか言ったんだ。絶対泣くことになるからやめとけ!」
そのやり取りを黙って聞いていたストロワが話に割り込んだ。
「それが本当なら黙っていられないな。娘が悲しむのは見たくないからね」
「そうだろう。じゃあこの話は無しってことでいいな」
やっと解放されると思いビスタークは立ち上がった。
【寂しくてぬくもりを求めていたからではないですか?】
また文字を書いてレリアが見せてきた。本当にこいつは心が読めるのではと思った。実際そうだったからだ。
「帰る。そいつにまた殴られそうだからな」
そう言うとレリアがまだ話を続けたい素振りを無視して逃げるように会議室から脱出した。キナノスは怒りの形相のままだったので殴られそうなのは間違いなかった。
空腹感に昼食をとっていなかったことに気付いたがまた神官見習い達と顔を合わせたく無かったので神殿の外へ食べに向かった。