残酷な描写あり
R-15
072 女性
フォスターとリューナが町を出た三日後、忘却神の町に行っている頃だ。二人の養母であるホノーラは飛翔神の町の神殿へと赴いた。ニアタと二人だけで相談したいことがあったからである。男性には話しにくい内容だったため、夫のジーニェルならまだしもソレムやマフティロの前では言えなかった。子ども達が旅へ出る前に相談するべきだったのかもしれないが、怖かった。娘が神の子だと確認してしまうのが怖かったのである。
二人が旅立った当日と次の日は泣いていたのでそんな気にはなれなかった。さらに次の日は心に穴が空いたような気持ちでいつの間にか時間が過ぎていた。このままではいけないと自分を奮起させたのである。
「はあー、昔は軽々と階段上れたのに年々しんどくなるわね」
独り言をつい言ってしまうのも歳を取った証拠だなあ、とも思った。
礼拝堂には誰もいなかった。それなら近くの執務室にいるだろうと思い奥へと進む。他の町の神殿なら礼拝堂が無人などあり得ないことなのだが、人の少ないこの町では普通のことだった。
執務室の扉をノックするとニアタから返事があった。
「どうぞ。あら、ホノーラさんじゃない。どうしたの?」
「こんにちは、ニアタ。良かった、貴女一人よね?」
部屋の中を見渡してホノーラはそう尋ねた。
「ええ」
「突然ごめんなさいね。ちょっと女同士で話がしたくて……」
「どうしたんですか? とにかく、こちらへ座って」
ニアタは自分の執務机から立ち上がり、側の二人掛けの応接用の椅子を勧めた。
「ありがとう」
「ちょっと待っててください。お茶を入れてきます」
「あらお気遣いなく」
「私が喉乾いちゃったのよ。ごめんね、急いで戻るから」
そこへノックする音が聞こえた。ホノーラが誰だろうと思っていると、扉の外にいたのはマフティロだった。マフティロは二人分のお茶のセットを持っていた。
「今お茶入れに行こうと思ってたところだったから丁度よかったわ。ありがとう」
「うん。そろそろ休憩したい頃だと思って持ってきた。僕もここで休憩しようかと……あれ、こんにちは」
そこでマフティロはホノーラがいることに気が付いたらしい。
「いらしてたんですか。すみません、お邪魔でしたね」
「うん、そうね。あなた、授業は?」
「あ、だから休憩しようと思って」
「悪いけど女だけの話があるの。あなたは一人かお父さんと一緒に休憩してくれる?」
「え、そんな」
「じゃあね。お茶の用意ありがとうね~」
ニアタは笑顔でセットを受け取ってマフティロに退席を促した。マフティロはすがるような目をしてニアタを見ていたが、ニアタはさっさとドアを閉めてしまった。
「相変わらずマフティロはニアタのことが大好きなのねえ」
「恥ずかしながら……」
本当に恥ずかしそうにニアタは言った。
かくしてマフティロがニアタと二人で飲もうと持ってきたのであろうポットとカップはホノーラのために使われた。ちょっとしたお菓子までついていた。
「今日はちょうどよかったわね」
「……いいのかしら、私が食べて。マフティロに悪いことしちゃったわね」
「いいわよ。どうせ昨日届いた荷物に入ってた物だろうからまだあるわよ。毎日同じようなことしてるんだし」
ニアタはそう言ってから姿勢を正して言う。神官としてホノーラと向き合う。
「それで、お話って何でしょう?」
「……うん。その……リューナのことでね……」
ニアタはたぶんそうだろうとは思っていた。きっとあれから泣いて暮らしていたのだろうと思っていた。顔色があまり良くなかったからだ。ホノーラはお茶を出されたものの手をつけず、次に何と言葉を繋いだらいいか考えている。
「この前は男の人がいたから言えなかったんだけど……」
ニアタは頷きホノーラの次の言葉を待った。
「……リューナね、『アレ』がまだなかったの……」
「『アレ』って……もしかして……つまり生理のことですか?」
「ええ、それよ」
「ああ……それは言いづらいわね……」
ニアタは苦い表情になった。
「神の子って聞いて、もしかしてそのせいで? と思ったの。もし人間じゃないとしたら……」
「神様は子孫を残す必要が無い、というか魂から直接新しい生命を作れるという話なので生殖能力が無いんだそうです。本当なら性別も必要が無いらしいんですが、生まれ変わった際、人に落とされたりその逆もあるので残しているのだとか」
「ああ、やっぱり……」
ホノーラは顔を両手で覆った。
「先天性の病気、という可能性もあるけど……」
「あんなに健康そうなのに?」
「……そういうのは見た目ではわかりませんから。それに、まだ十六歳ですし、これから始まる可能性もありますし」
「そうだったら、良いわね……」
しばらく気まずい沈黙が続いた。ニアタが質問をすることでその沈黙を破った。
「ジーニェルやフォスターはこのことを知ってるんですか?」
「ジーニェルには発育のことで相談したことがあるから知ってるわ。でも、フォスターには……」
「ああ、言えなかったんですね……」
娘のデリケートな話題を息子には言えないのは良くわかる。ニアタにも娘と息子がいるからだ。
「無ければ無いで楽だけどね」
「それはまあ、そうですね」
女性にとって生理とはとても嫌なものである。大抵は体調不良になり気分も落ち込む。面倒なことこの上ない。
「……水の都へ行く途中に女性神の町があるんですよ」
「そうなの? 私、この半島から出たこと無いから。フォスター、そこで気がつくかしらね……」
ニアタは懸念を話す。
「ビスタークが余計なことを言う想像しかできません……」
「それは……ありそうね……」
「うちの弟がすみません……」
二人とも苦笑いをした。
フォスター達は発酵神の町から女性神の町へと移動していた。あれからリューナが目覚めてまた沢山食べた以外は特に問題なく過ごした。
「もう少しで着くぞ」
「うん」
今日もリューナが前だ。食べ過ぎたため理力を消費することで相殺しようという魂胆らしい。理力を消費すれば太らないなどという話は聞いたことが無いが、疲れるので何もしないよりかはいいのだろう。
『そういえば』
「ん?」
ビスタークが突然話し始めた。リューナには聞こえていない。
『こいつ生理あんのか?』
「は!?」
リューナには突然フォスターが大声を出したようにしか聞こえないが、またビスタークが何か変なことを言ったのだろうと思ってこう言うに留めた。
「フォスター、お父さんに何か変なこと言われてもいちいち反応しないほうがいいよ」
「あ、う、うん」
急に何を言い出すのかと苛つきながら黙っているとビスタークが続けてこう言ってくる。
『いや、今まで考えたことなかったんだが、もし無いなら神の子確定だと思ってな』
「……」
話の内容が内容なため返事をすることができない。ビスタークは構わず話を続ける。
『次の町の石、普通の女なら必要だろ。買い足すかって聞いてみろよ』
フォスターは「聞けるかーっ!」と心の中で叫んだ。
女性神の石である女性石は生理用品として使うものである。膣の中に入れておくと経血を吸い取ってくれるのだ。吸い取るのは経血だけでは無いため避妊にも使える。女性石に限った話ではないが、神の石には寿命があるので需要はずっと続く。町の経営は甘藍神の町のような問題が起こらない限り安泰である。
そんな女の子のデリケートな話など向こうから言われるのも恥ずかしいというのにフォスターから聞けるはずもなかった。
『聞けないんなら俺が聞いてやるよ』
嫌な予感しかしない。操縦していた右手を左手に触れさせ「いいえ」の合図を送った。
『じゃあお前が聞けよな』
そう言われたが肯定も否定もできなかった。
「次の町ではかつらを買うんだよな?」
「髪の色を変えたほうがいいって話だったからね。私には色とかわかんないけど」
「何色がいいかな……まあ、かつらが売ってるかどうかもわからないんだけどな」
「フォスターとお揃いの色がいいな」
「うーん、それは変装の意味が無いんじゃないか?」
「そっか、残念」
そんなとりとめのない話だけで肝心なことは聞けないまま、夕方前に女性神の町へ到着した。
二人が旅立った当日と次の日は泣いていたのでそんな気にはなれなかった。さらに次の日は心に穴が空いたような気持ちでいつの間にか時間が過ぎていた。このままではいけないと自分を奮起させたのである。
「はあー、昔は軽々と階段上れたのに年々しんどくなるわね」
独り言をつい言ってしまうのも歳を取った証拠だなあ、とも思った。
礼拝堂には誰もいなかった。それなら近くの執務室にいるだろうと思い奥へと進む。他の町の神殿なら礼拝堂が無人などあり得ないことなのだが、人の少ないこの町では普通のことだった。
執務室の扉をノックするとニアタから返事があった。
「どうぞ。あら、ホノーラさんじゃない。どうしたの?」
「こんにちは、ニアタ。良かった、貴女一人よね?」
部屋の中を見渡してホノーラはそう尋ねた。
「ええ」
「突然ごめんなさいね。ちょっと女同士で話がしたくて……」
「どうしたんですか? とにかく、こちらへ座って」
ニアタは自分の執務机から立ち上がり、側の二人掛けの応接用の椅子を勧めた。
「ありがとう」
「ちょっと待っててください。お茶を入れてきます」
「あらお気遣いなく」
「私が喉乾いちゃったのよ。ごめんね、急いで戻るから」
そこへノックする音が聞こえた。ホノーラが誰だろうと思っていると、扉の外にいたのはマフティロだった。マフティロは二人分のお茶のセットを持っていた。
「今お茶入れに行こうと思ってたところだったから丁度よかったわ。ありがとう」
「うん。そろそろ休憩したい頃だと思って持ってきた。僕もここで休憩しようかと……あれ、こんにちは」
そこでマフティロはホノーラがいることに気が付いたらしい。
「いらしてたんですか。すみません、お邪魔でしたね」
「うん、そうね。あなた、授業は?」
「あ、だから休憩しようと思って」
「悪いけど女だけの話があるの。あなたは一人かお父さんと一緒に休憩してくれる?」
「え、そんな」
「じゃあね。お茶の用意ありがとうね~」
ニアタは笑顔でセットを受け取ってマフティロに退席を促した。マフティロはすがるような目をしてニアタを見ていたが、ニアタはさっさとドアを閉めてしまった。
「相変わらずマフティロはニアタのことが大好きなのねえ」
「恥ずかしながら……」
本当に恥ずかしそうにニアタは言った。
かくしてマフティロがニアタと二人で飲もうと持ってきたのであろうポットとカップはホノーラのために使われた。ちょっとしたお菓子までついていた。
「今日はちょうどよかったわね」
「……いいのかしら、私が食べて。マフティロに悪いことしちゃったわね」
「いいわよ。どうせ昨日届いた荷物に入ってた物だろうからまだあるわよ。毎日同じようなことしてるんだし」
ニアタはそう言ってから姿勢を正して言う。神官としてホノーラと向き合う。
「それで、お話って何でしょう?」
「……うん。その……リューナのことでね……」
ニアタはたぶんそうだろうとは思っていた。きっとあれから泣いて暮らしていたのだろうと思っていた。顔色があまり良くなかったからだ。ホノーラはお茶を出されたものの手をつけず、次に何と言葉を繋いだらいいか考えている。
「この前は男の人がいたから言えなかったんだけど……」
ニアタは頷きホノーラの次の言葉を待った。
「……リューナね、『アレ』がまだなかったの……」
「『アレ』って……もしかして……つまり生理のことですか?」
「ええ、それよ」
「ああ……それは言いづらいわね……」
ニアタは苦い表情になった。
「神の子って聞いて、もしかしてそのせいで? と思ったの。もし人間じゃないとしたら……」
「神様は子孫を残す必要が無い、というか魂から直接新しい生命を作れるという話なので生殖能力が無いんだそうです。本当なら性別も必要が無いらしいんですが、生まれ変わった際、人に落とされたりその逆もあるので残しているのだとか」
「ああ、やっぱり……」
ホノーラは顔を両手で覆った。
「先天性の病気、という可能性もあるけど……」
「あんなに健康そうなのに?」
「……そういうのは見た目ではわかりませんから。それに、まだ十六歳ですし、これから始まる可能性もありますし」
「そうだったら、良いわね……」
しばらく気まずい沈黙が続いた。ニアタが質問をすることでその沈黙を破った。
「ジーニェルやフォスターはこのことを知ってるんですか?」
「ジーニェルには発育のことで相談したことがあるから知ってるわ。でも、フォスターには……」
「ああ、言えなかったんですね……」
娘のデリケートな話題を息子には言えないのは良くわかる。ニアタにも娘と息子がいるからだ。
「無ければ無いで楽だけどね」
「それはまあ、そうですね」
女性にとって生理とはとても嫌なものである。大抵は体調不良になり気分も落ち込む。面倒なことこの上ない。
「……水の都へ行く途中に女性神の町があるんですよ」
「そうなの? 私、この半島から出たこと無いから。フォスター、そこで気がつくかしらね……」
ニアタは懸念を話す。
「ビスタークが余計なことを言う想像しかできません……」
「それは……ありそうね……」
「うちの弟がすみません……」
二人とも苦笑いをした。
フォスター達は発酵神の町から女性神の町へと移動していた。あれからリューナが目覚めてまた沢山食べた以外は特に問題なく過ごした。
「もう少しで着くぞ」
「うん」
今日もリューナが前だ。食べ過ぎたため理力を消費することで相殺しようという魂胆らしい。理力を消費すれば太らないなどという話は聞いたことが無いが、疲れるので何もしないよりかはいいのだろう。
『そういえば』
「ん?」
ビスタークが突然話し始めた。リューナには聞こえていない。
『こいつ生理あんのか?』
「は!?」
リューナには突然フォスターが大声を出したようにしか聞こえないが、またビスタークが何か変なことを言ったのだろうと思ってこう言うに留めた。
「フォスター、お父さんに何か変なこと言われてもいちいち反応しないほうがいいよ」
「あ、う、うん」
急に何を言い出すのかと苛つきながら黙っているとビスタークが続けてこう言ってくる。
『いや、今まで考えたことなかったんだが、もし無いなら神の子確定だと思ってな』
「……」
話の内容が内容なため返事をすることができない。ビスタークは構わず話を続ける。
『次の町の石、普通の女なら必要だろ。買い足すかって聞いてみろよ』
フォスターは「聞けるかーっ!」と心の中で叫んだ。
女性神の石である女性石は生理用品として使うものである。膣の中に入れておくと経血を吸い取ってくれるのだ。吸い取るのは経血だけでは無いため避妊にも使える。女性石に限った話ではないが、神の石には寿命があるので需要はずっと続く。町の経営は甘藍神の町のような問題が起こらない限り安泰である。
そんな女の子のデリケートな話など向こうから言われるのも恥ずかしいというのにフォスターから聞けるはずもなかった。
『聞けないんなら俺が聞いてやるよ』
嫌な予感しかしない。操縦していた右手を左手に触れさせ「いいえ」の合図を送った。
『じゃあお前が聞けよな』
そう言われたが肯定も否定もできなかった。
「次の町ではかつらを買うんだよな?」
「髪の色を変えたほうがいいって話だったからね。私には色とかわかんないけど」
「何色がいいかな……まあ、かつらが売ってるかどうかもわからないんだけどな」
「フォスターとお揃いの色がいいな」
「うーん、それは変装の意味が無いんじゃないか?」
「そっか、残念」
そんなとりとめのない話だけで肝心なことは聞けないまま、夕方前に女性神の町へ到着した。