残酷な描写あり
R-15
071 酒
リューナが完全に眠りに落ちてからビスタークはその身体を乗っ取りゆっくり起き上がった。
「ふう。じゃあ飲みに行くか!」
眼鏡も帽子も着けずにそのまま出て行こうとしたのでフォスターが慌ててひきとめる。
「ちょっと待て。帽子と眼鏡!」
「あ? 中身は俺だからいいだろ。逆に奴らをおびき寄せようぜ」
「え、それは……」
襲ってくる神衛兵を減らすのに好都合という考え方もできるのか、と思考を巡らせる。
「それも有り、なのか……?」
「いるんならさっさと見つけたほうがいいだろ。ほら、行くぞ」
「じゃあ俺もこのマントいらないな」
「寝ている間にしか飲めないんだから早くしろ」
フード付きのマントを脱ぐ。被ったままだと食べにくかったのだ。その後急いで外へと連れ出された。買う店の目星は先ほど練り歩いていたときにつけておいたらしい。迷うことなく歩いていった。
「よし、じゃあここのビールと串焼き買ってくれ」
「えっ、俺が?」
「当たり前だろ、財布はお前が持ってるんだから」
リューナに取り憑くという心配だけでビスタークの飲み代のことを全く考えていなかった。確かに自分以外払えるわけがない。取り敢えずは払っておいたが手持ちの金が心許ない。
「ヤバい……」
財布の中を覗きながらそう呟くとビスタークが指差した。
「あそこに石屋があるからもう一杯買ってから換金してこい。ついでに砂漠行くんだから水源石を一人二つ以上になるように買っておけ。今じゃ無くていいが水筒も後で買っとけよ。ここで待ってる」
丁度道の脇にあるテーブル席が空いたのでビスタークはそこへ座って飲むことにした。フォスターは慌てて人混みを縫うように店へと向かった。ビスタークはそれを見ながらリューナの身体で一気に一杯目のビールを飲み干した。
「あー、何年ぶりだ? 久々のビールは超旨いな!」
そう呟いて串焼きにかぶりつく。先程リューナ達が食べていた牛串である。身体の胃は満たされているのだが、ビスタークの空腹感は満たされていない。
今は味覚のある喜びを噛み締めている。やはり身体が無いというのはつまらない。特に「飲食」という行動は生きるために必要なだけでなく娯楽でもあるのだ。息子たちが食事をするのをずっと羨ましく眺めていた。たまに勝手にフォスターの身体を使って息子の作り置きした料理をつまみ食いしたりしていたが、酒だけは飲めなかった。最初にフォスターの身体で一度酒を飲んだら動けなくなってしまったからだ。身体が受け付けないというのはこういうことか、と思った。
フォスターが戻って来ないと次が飲めないのでちびちびとビールを飲み肉を齧りながら石屋から出てくるのを待っていると、ガラの悪そうな二人組の男に絡まれた。
「お嬢ちゃん、イイ飲みっぷりだねぇ~」
嬢ちゃん? と思ったが、自分のことだった。そうだ、見た目は女だったとようやく自覚したのだが、口から出たのは威嚇だった。
「あァ!?」
睨み付け、ビスタークの声でそう言ったので男達は怯んだ。
「ず、随分声が低いんだね……」
「酒焼けだ。なんか用か」
しれっと嘘を吐いた。
「いやー、一人で飲んでるから、俺たちと遊んでくれないかと思ってさあ」
「奢ってくれんのか?」
「いいよー、俺たちに勝ったらね」
「何で勝ったらだ?」
「そりゃー酒でしょ!」
「いいね、その勝負のった」
男二人はニヤリと笑みを浮かべて強い酒を瓶で持ってきた。酔い潰して女を好きなようにしようという魂胆が丸見えである。しかしそれは無理であることがわかっている。リューナの身体は酔わないのだ。酔った感覚が無いのは残念であるが味と高揚感だけで満足していた。
テーブルに瓶が置かれる。男が持っているコップにそれを注ごうとするのを止め、瓶ごとゴクゴクと飲んでやった。
「あれ? お前らは飲まねえのか?」
途中でそう男達を煽ると心配そうに見ていた周りの人々が囃し立てた。
「そうだ! いいぞ嬢ちゃん! お前らも瓶ごと行け! 瓶ごと!」
男達はそれに乗せられ瓶ごと酒を呷り、そして潰れた。
フォスターが人混みを掻き分けて戻ってきたときには酔い潰れた男達が積み上がっていた。他にも挑戦者があらわれそちらも潰したのだ。大体察したが一応聞いてみた。
「……何があった」
「親切な野郎共に奢ってもらっただけだ」
「どうすんだ、これ」
「ほっとけばいいだろ。そのうち神衛にでも回収されるさ。それが世の中のためってもんだ」
そうやって話をしている間に気がついた。周りからものすごく注目を浴びていることに。
「ちょ、ちょっと移動するぞ」
「あー?」
周りに囃し立てられながら急いでその場を離れた。
「さすがに目立ちすぎだろ!」
「目立ったらおびき寄せられるかなと思ってな」
「……それっぽいのはいたのか?」
「いや、いなかったな。素行が悪いって感じの奴ばかりだ」
早足で別の場所へと移動する。
「リューナの身体なんだから危ないことするなよ。大体飲み過ぎじゃないか?」
「こいつの身体、全く酔わねえんだよ。やっぱり神の子だな」
フォスターが苦言を呈するとビスタークが事実を伝えてきた。それを忌々しく思い反論する。
「……ただ単に酒が強いだけかもしれないだろ」
「本当に認めたくないんだな」
「はっきりわかるまで希望は捨てないことにしてるんだ」
神の子だという証拠らしきものを何度言われても、ただの人間だと信じたかった。
「じゃあこの辺で飲み直すとするか」
「は? まだ飲むのか?」
「当たり前だろ。さっきはろくに味わって飲めなかったんだからな」
丁度空いている席を見つけた。
「あそこで売ってる酒とつまみに何か買ってきてくれ。お前もゆっくり食ってなかったろ。好きなもん買ってこい。席とっとくから」
「わかった」
確かに歩きながら買い物をしてリューナに食べさせるのに忙しく、最初と他に少し食べた程度だった。意外と人の行動を見ているんだな、と思った。
フォスターを買い物に行かせて少しするとビスタークはまた男に絡まれた。今度は酔っぱらいの中年男だった。ウンザリした。女だと一人でゆっくり酒を楽しむこともできないのか、と。暴力を奮ってくるなら喜んで相手をするのだが、あくまでも世間話の体で酒臭い息をさせながら話しかけてくるだけなので対処に困る。いきなり殴ったらこちらが悪いことになってしまうからだ。
慌ててフォスターが戻ってきた。買ったものをテーブルに置きながら中年男に告げる。
「うちのに何か用ですか」
そう言うと中年男はなんだ男連れか、というような文句をブツブツ言いながら去っていった。
「よく我慢したな、親父。暴力沙汰になると思ってヒヤヒヤしたよ」
「向こうに手を出されてないのに殴りかかったらこっちが悪いことになるからな」
「ちゃんと考えてんだな」
「当たり前だ。そんなことより食って飲もうぜ。早くしないとこいつが起きちまう」
ビスタークはフォスターに座るよう促した。
「一度、息子と飲むってのをやってみたかったんだよな」
「俺のは炭酸りんご水だけど」
木でできたコップに氷と一緒に入っている。氷源石という氷を作る神の石があるのでおそらくそれを使っているのだろう。
「中身はなんだっていいんだよ。こういうのは雰囲気だ」
そう言って乾杯した。リューナはいつ起きるかわからない。眠っている今、これからについて話をする絶好の機会だ。
「水の都に着いたら、まずコーシェル達に教えてもらった石屋に行くんだよな?」
「そうだな。おそらくそこにいるのはレリアの姉のエクレシアだと思う。兄のキナノスと父親のストロワもいれば完璧だ」
フォスターは思い詰めた表情でその先を聞く。
「そしたら……その後はどうなるんだ?」
「それは話し合ってみないことにはわからない。水の神殿にも相談しないとならないだろうな。あの従姉が状況を把握しているようだからな」
「この先どうなるのかわからないのか……」
従姉とは一昨日出会ったマフティロの従姉のリジェンダのことだ。
「あ、あれ小屋にいた家族じゃねえか?」
フォスターの後ろの少し離れたところに別のテーブル席で子どもたちに屋台で買ったものを食べさせる奥さんが見えた。
「ほんとだ。子どもが多いと大変そうだな」
「ああいう普通の人生を送ってみたかったな」
ビスタークはぼそっとそう呟いた。遠い目をしているような感じだった。意外な言葉にフォスターは率直に告げた。
「……親父がそんなこと言うなんて思わなかった」
「まあそれなりに楽しい人生だったけどな。色々あって大変だったが」
破壊神の子を連れて逃げてきたのだから確かにそうだろう。
「だからたまに普通っぽいことをしたくなるのさ。親子水入らずってやつに付き合え。ほら、遠慮せずに食え」
「……まるでお前が奢るような言い方だけど、これ俺が買ったんだからな?」
少し父親の寂しさに触れた気がしたが、突っ込みをせずにはいられなかった。
「ふう。じゃあ飲みに行くか!」
眼鏡も帽子も着けずにそのまま出て行こうとしたのでフォスターが慌ててひきとめる。
「ちょっと待て。帽子と眼鏡!」
「あ? 中身は俺だからいいだろ。逆に奴らをおびき寄せようぜ」
「え、それは……」
襲ってくる神衛兵を減らすのに好都合という考え方もできるのか、と思考を巡らせる。
「それも有り、なのか……?」
「いるんならさっさと見つけたほうがいいだろ。ほら、行くぞ」
「じゃあ俺もこのマントいらないな」
「寝ている間にしか飲めないんだから早くしろ」
フード付きのマントを脱ぐ。被ったままだと食べにくかったのだ。その後急いで外へと連れ出された。買う店の目星は先ほど練り歩いていたときにつけておいたらしい。迷うことなく歩いていった。
「よし、じゃあここのビールと串焼き買ってくれ」
「えっ、俺が?」
「当たり前だろ、財布はお前が持ってるんだから」
リューナに取り憑くという心配だけでビスタークの飲み代のことを全く考えていなかった。確かに自分以外払えるわけがない。取り敢えずは払っておいたが手持ちの金が心許ない。
「ヤバい……」
財布の中を覗きながらそう呟くとビスタークが指差した。
「あそこに石屋があるからもう一杯買ってから換金してこい。ついでに砂漠行くんだから水源石を一人二つ以上になるように買っておけ。今じゃ無くていいが水筒も後で買っとけよ。ここで待ってる」
丁度道の脇にあるテーブル席が空いたのでビスタークはそこへ座って飲むことにした。フォスターは慌てて人混みを縫うように店へと向かった。ビスタークはそれを見ながらリューナの身体で一気に一杯目のビールを飲み干した。
「あー、何年ぶりだ? 久々のビールは超旨いな!」
そう呟いて串焼きにかぶりつく。先程リューナ達が食べていた牛串である。身体の胃は満たされているのだが、ビスタークの空腹感は満たされていない。
今は味覚のある喜びを噛み締めている。やはり身体が無いというのはつまらない。特に「飲食」という行動は生きるために必要なだけでなく娯楽でもあるのだ。息子たちが食事をするのをずっと羨ましく眺めていた。たまに勝手にフォスターの身体を使って息子の作り置きした料理をつまみ食いしたりしていたが、酒だけは飲めなかった。最初にフォスターの身体で一度酒を飲んだら動けなくなってしまったからだ。身体が受け付けないというのはこういうことか、と思った。
フォスターが戻って来ないと次が飲めないのでちびちびとビールを飲み肉を齧りながら石屋から出てくるのを待っていると、ガラの悪そうな二人組の男に絡まれた。
「お嬢ちゃん、イイ飲みっぷりだねぇ~」
嬢ちゃん? と思ったが、自分のことだった。そうだ、見た目は女だったとようやく自覚したのだが、口から出たのは威嚇だった。
「あァ!?」
睨み付け、ビスタークの声でそう言ったので男達は怯んだ。
「ず、随分声が低いんだね……」
「酒焼けだ。なんか用か」
しれっと嘘を吐いた。
「いやー、一人で飲んでるから、俺たちと遊んでくれないかと思ってさあ」
「奢ってくれんのか?」
「いいよー、俺たちに勝ったらね」
「何で勝ったらだ?」
「そりゃー酒でしょ!」
「いいね、その勝負のった」
男二人はニヤリと笑みを浮かべて強い酒を瓶で持ってきた。酔い潰して女を好きなようにしようという魂胆が丸見えである。しかしそれは無理であることがわかっている。リューナの身体は酔わないのだ。酔った感覚が無いのは残念であるが味と高揚感だけで満足していた。
テーブルに瓶が置かれる。男が持っているコップにそれを注ごうとするのを止め、瓶ごとゴクゴクと飲んでやった。
「あれ? お前らは飲まねえのか?」
途中でそう男達を煽ると心配そうに見ていた周りの人々が囃し立てた。
「そうだ! いいぞ嬢ちゃん! お前らも瓶ごと行け! 瓶ごと!」
男達はそれに乗せられ瓶ごと酒を呷り、そして潰れた。
フォスターが人混みを掻き分けて戻ってきたときには酔い潰れた男達が積み上がっていた。他にも挑戦者があらわれそちらも潰したのだ。大体察したが一応聞いてみた。
「……何があった」
「親切な野郎共に奢ってもらっただけだ」
「どうすんだ、これ」
「ほっとけばいいだろ。そのうち神衛にでも回収されるさ。それが世の中のためってもんだ」
そうやって話をしている間に気がついた。周りからものすごく注目を浴びていることに。
「ちょ、ちょっと移動するぞ」
「あー?」
周りに囃し立てられながら急いでその場を離れた。
「さすがに目立ちすぎだろ!」
「目立ったらおびき寄せられるかなと思ってな」
「……それっぽいのはいたのか?」
「いや、いなかったな。素行が悪いって感じの奴ばかりだ」
早足で別の場所へと移動する。
「リューナの身体なんだから危ないことするなよ。大体飲み過ぎじゃないか?」
「こいつの身体、全く酔わねえんだよ。やっぱり神の子だな」
フォスターが苦言を呈するとビスタークが事実を伝えてきた。それを忌々しく思い反論する。
「……ただ単に酒が強いだけかもしれないだろ」
「本当に認めたくないんだな」
「はっきりわかるまで希望は捨てないことにしてるんだ」
神の子だという証拠らしきものを何度言われても、ただの人間だと信じたかった。
「じゃあこの辺で飲み直すとするか」
「は? まだ飲むのか?」
「当たり前だろ。さっきはろくに味わって飲めなかったんだからな」
丁度空いている席を見つけた。
「あそこで売ってる酒とつまみに何か買ってきてくれ。お前もゆっくり食ってなかったろ。好きなもん買ってこい。席とっとくから」
「わかった」
確かに歩きながら買い物をしてリューナに食べさせるのに忙しく、最初と他に少し食べた程度だった。意外と人の行動を見ているんだな、と思った。
フォスターを買い物に行かせて少しするとビスタークはまた男に絡まれた。今度は酔っぱらいの中年男だった。ウンザリした。女だと一人でゆっくり酒を楽しむこともできないのか、と。暴力を奮ってくるなら喜んで相手をするのだが、あくまでも世間話の体で酒臭い息をさせながら話しかけてくるだけなので対処に困る。いきなり殴ったらこちらが悪いことになってしまうからだ。
慌ててフォスターが戻ってきた。買ったものをテーブルに置きながら中年男に告げる。
「うちのに何か用ですか」
そう言うと中年男はなんだ男連れか、というような文句をブツブツ言いながら去っていった。
「よく我慢したな、親父。暴力沙汰になると思ってヒヤヒヤしたよ」
「向こうに手を出されてないのに殴りかかったらこっちが悪いことになるからな」
「ちゃんと考えてんだな」
「当たり前だ。そんなことより食って飲もうぜ。早くしないとこいつが起きちまう」
ビスタークはフォスターに座るよう促した。
「一度、息子と飲むってのをやってみたかったんだよな」
「俺のは炭酸りんご水だけど」
木でできたコップに氷と一緒に入っている。氷源石という氷を作る神の石があるのでおそらくそれを使っているのだろう。
「中身はなんだっていいんだよ。こういうのは雰囲気だ」
そう言って乾杯した。リューナはいつ起きるかわからない。眠っている今、これからについて話をする絶好の機会だ。
「水の都に着いたら、まずコーシェル達に教えてもらった石屋に行くんだよな?」
「そうだな。おそらくそこにいるのはレリアの姉のエクレシアだと思う。兄のキナノスと父親のストロワもいれば完璧だ」
フォスターは思い詰めた表情でその先を聞く。
「そしたら……その後はどうなるんだ?」
「それは話し合ってみないことにはわからない。水の神殿にも相談しないとならないだろうな。あの従姉が状況を把握しているようだからな」
「この先どうなるのかわからないのか……」
従姉とは一昨日出会ったマフティロの従姉のリジェンダのことだ。
「あ、あれ小屋にいた家族じゃねえか?」
フォスターの後ろの少し離れたところに別のテーブル席で子どもたちに屋台で買ったものを食べさせる奥さんが見えた。
「ほんとだ。子どもが多いと大変そうだな」
「ああいう普通の人生を送ってみたかったな」
ビスタークはぼそっとそう呟いた。遠い目をしているような感じだった。意外な言葉にフォスターは率直に告げた。
「……親父がそんなこと言うなんて思わなかった」
「まあそれなりに楽しい人生だったけどな。色々あって大変だったが」
破壊神の子を連れて逃げてきたのだから確かにそうだろう。
「だからたまに普通っぽいことをしたくなるのさ。親子水入らずってやつに付き合え。ほら、遠慮せずに食え」
「……まるでお前が奢るような言い方だけど、これ俺が買ったんだからな?」
少し父親の寂しさに触れた気がしたが、突っ込みをせずにはいられなかった。