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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
057 出港
 四人で船内を見て回った。風呂は一人用の小さい個室がいくつかあり、扉の前に立って警備すればいいだけなので問題なさそうだった。

「風呂は大浴場じゃないんだな」
「そういうのもあるみたいだけど、最近は個室のほうが多いみたいだよ」

 ヨマリーがそう言った。ビスタークが乗った頃とは変わっていたらしい。フォスター達にとってはそのほうがありがたかった。

 食堂はいくつかの出店が並んでいる。それなりの広さの場所にテーブルと椅子が並んでおり、それぞれの店で買ったものをその場で食べられるようになっている。持ち込んだ食事もここで食べていいようだ。日程全ての食事を作ったわけでは無いので販売している物も食べるつもりである。

 階段を上り甲板へと出た。船員達はまだ小舟で乗客と荷運びの途中である。船内の部屋は狭く空気が留まっていて何だか息苦しいが、甲板の上は心地よい風が吹いていて気持ちが良かった。

『合図を決めとこうぜ』

 突然ビスタークが話しかけてきた。いきなりのことで意味がわからないし、すぐそばにヨマリーとユヴィラがいるので無視していると続けてこう言ってきた。

『肯定と否定だけでいい。返事が無いとお前が聞こえてんのかどうかわかんなくてこっちはイライラすんだよ』

 そう言われてもどうすればいいのかと思っていると勝手に決められた。

『お前が髪の毛に触れたら「はい」、手に触れたら「いいえ」な。試しに「はい」って返事してみろ』

 そう言われて仕方なく髪の毛に触った。

『よし。じゃあ「いいえ」をしてみろ』

 右手で左手に触れた。

『そうだ。今後はそれが合図な』

 そうやってビスタークに気を取られていると、リューナが服を引っ張ってきた。

「小舟の移動が終わったみたいだって」
「じゃあそろそろ出港するのかな」

 海が初めてなのだから当然船に乗るのも生まれて初めてである。興味津々で様子をうかがう。船員は相変わらず慌ただしく、あちこち動き回って確認をしているようだ。

 帆のところでは宙に浮きながら帆と設置されている換気石ウィブライトを確認している。張られているロープで横へ移動しているところをみるとこれもおそらく反力石リーペイトを使っているのだろう。船でこんなに反力石リーペイトが活躍しているとは思っていなかった。別の場所で飛翔神の町リフェイオスの人間ではない者が反力石リーペイトを使っているところを今日初めて見たのだ。町から出発する際にソレムから反力石リーペイトをたくさんもらったが、需要が無くてそんなに高く売れないのではないかと実は心配していたのである。でもここでこうして使われているなら売れるのだろう。少し安心した。

「あそこでも宙に浮いてる! いいなーあれ欲しいなー」

 ヨマリーがそう言ったのでフォスターは持ち歩いていた小袋から反力石リーペイトを掌へ二つ出してヨマリー達に渡した。フォスターは手袋をしているので浮いたりしない。

「欲しいならあげるよ」
「えっ、いいの? やったあ! ありがとう! でもなんで持って……って、そうか、あれ飛翔神の石なんだね」

 つまみあげたとたん宙へ浮き出した。

「わ! 触っただけで浮いちゃうんだ!」
「使わないときは布越しに持ったほうがいいよ。意識して理力を止められるなら大丈夫だけど」
「そんなの神官じゃないんだから無理だよー」

 それを聞いてユヴィラは袖を伸ばしてつまんだ。

「リューナのそのブローチは反力石リーペイトなんだね」
「そうです。ペンダントとかにしてうちの町ではみんな持ってるんですよ」

 胸元のブローチを示しながらリューナが答えた。

「もらっちゃっていいの?」
「リューナと仲良くしてくれてるし、この前は風呂も世話になったんでそのお礼ってことで」
「ありがとう」

 ユヴィラは服のポケットにしまいこんだ。ヨマリーは少し浮いたりして楽しそうに遊んでいる。

「うちの町の石は個人で持つような物じゃないからあげられないんだ。ごめんね」
「どんな石? 図書神って言ってたよね?」

 ヨマリーが謝った後リューナは石の能力を聞いた。

複写石イプカイトっていってね、紙とかに書いてある文字とか絵を写し取って別の紙に書き出す石なんだ。印刷事業で使っててあまり外に出すとうちの町の仕事が無くなっちゃうからさ、制限してるんだよね」
「へえー」
「昔は図書神じゃなくて複写の神様だったんだけど、石の力で本を作り始めてから図書の神様になったんだってさ」

 それを聞いてビスタークが口を出してきた。

『飛翔神も元々は重力の神だったらしいぞ。空に町を浮かせたあたりから飛翔神と呼ばれるようになったらしい』

 フォスターは髪の毛を触りながら同じことを三人に伝えた。

「そうなんだ。知らなかった」
「結構神様も変わっていくもんなんだねー」

 フォスターも知らなかったのだが黙っておいた。


 そうやって喋っていると笛のような大きな音が聞こえた。出港の合図のようだ。船は旋回し陸から離れていく。いよいよ航海だ。

『右奥と左奥、左後ろに神衛かのえがいる。それぞれ一人だ。遠くて表情もよくわからんからな、警戒しろ』

 ビスタークにそう言われ、先ほど決めた合図に従い自分の髪の毛に触れた。

 しばらく皆で離れていく陸地を見ていた。リューナには見えないが、鳥の鳴き声が遠ざかっていくのを聞いて船が海の上を走っているのを実感したらしい。感慨深い表情をしていた。

 湿気が多いのか陸がよく見えなくなると警戒していた三人の神衛兵たちはそれぞれ船の中へと降りていった。

『行っちまったな。違うのか……?』

 ただの巡礼の神衛兵だったのだろうか。操られているような者がいないならそれに越したことはない。

「さあ、どうしようか。これからヒマになるよ~」
「そっか。何もすることがなくなっちゃうんだ。どうやって暇つぶししよう?」

 リューナが困っているとヨマリーが間髪入れずに答えた。

「やっぱりお喋りが一番だよね! 部屋で女子会しよう!」
「女子会?」
「女の子だけで集まって、何か食べたり飲んだりしながらお喋りするの。やったことない……のか。女の子がほとんどいなかったって言ってたもんね」
「うん」
「じゃあ決まりね! 部屋に戻ろ!」

 ヨマリーがリューナの手を引っ張り階段へ向かう。慌てて追いかけた。

「ホントごめんね。うちのが強引で」

 ユヴィラが困ったように謝ってきた。でも人見知りのリューナにはこれくらいのほうが相性はいいのかもしれない。そう思った。

「じゃあ、私のベッドでお喋りしよ!」

 部屋に入るなりヨマリーはそう言って上の段の自分のベッドにリューナを押し込んだ。

「兄貴ー何かおやつちょうだい!」

 ベッドから顔を出してヨマリーがユヴィラに要求した。

「えー……何かあったかな……」

 ユヴィラは鞄の中をごそごそと漁る。フォスターも思い出したことがあり荷物の大袋を漁った。

「じゃあ、これ食べなよ」

 そう言ってフォスターが渡したのは忘却神の町フォルゲスでもらったクッキーと昨日錨神の町エンコルスで買っておいた干した果物だった。

「わあーお兄さん、ありがと! リューナ、美味しそうなのもらったよ!」
「フォスター、いいの?」
「大丈夫。俺たちの分は別にしてあるから。ただ、船にいる間のおやつはそれで全部だからな」
「え……」

 リューナのテンションがとたんに下がった。

「俺のほうは酒のつまみみたいなのしか無いなあ。干し肉いる?」
「……女子会っぽくない」
「あ、そうだ。檸檬の風味をつけた水ならあるよ。ただの水よりかはいいんじゃない」

 そう言ってユヴィラはヨマリーに檸檬の入った瓶を渡した。

「ほんとはお茶とかジュースがいいけど、船の中じゃしょうがないか」

 そして男二人に言う。

「じゃあ兄貴たちは部屋から出てってもらえる?」
「えっ?」
「ええっ?」

 驚いて聞き返す。

「な、どうして?」
「女の子同士じゃないと話せないことがあるんだよ、お兄さん。盗み聞きとかやらしいよ!」
「え……」

 「やらしい」と言われてフォスターはショックを受けた。

「うちのがホント、ごめん……」

 ユヴィラはヨマリーの行動に対して代わりに謝罪する係のようだ。リューナはぽかーんとしている。

静寂石キューアイトとか使えば……」
「ダメダメ! この部屋狭いから丸ごと範囲内! 意味無いよ!」
「そうなんだ……」

 ヨマリーに気圧されているとユヴィラが現実的に話をすすめた。

「じゃあ、時間を決めよう。お昼ご飯まででいいかな?」
「そうだね。そうしよう」

 フォスターも気を取り直して言う。

「じゃあ、水の刻になったらここへ来るよ。それまではしっかり戸締まりして、ここから出ないでくれ。誘拐されるかもしれないから」
「えっ、そんな大袈裟な」
「……大袈裟じゃないんだ。油断しないでくれ」
「う、うん」

 念を押して男二人は部屋の外へと出た。そのとたん、廊下の端にいた人影が動いたのをフォスターは視界の隅で捉えていた。
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