残酷な描写あり
R-15
044 再会
眼神アークルスの町は眼鏡の町である。
眼神の石である眼力石は透明で丸い板状の形をしており眼鏡のレンズとして扱われる。量産品の眼鏡は一定複数の拡大率で売られるが、眼鏡をかける本人が神殿の聖堂で祈りを捧げて手に入れる眼力石は本人の視力にぴったり合わせた物となる。視力が変わっても常に石が合わせてくれるのだ。一度手に入れば一生使えるので世界中の視力に悩む人々がこの町を訪れる。故にこの半島で一番栄えている町となり、半島の名前にもなったのだ。
人が集まるということは、宿泊施設や飲食店、祈りの順番待ちの間の暇を潰すための娯楽施設等も造られ充実していく。神殿の横には大きな公園があり、大きな商店街はもちろん、劇場や夜の商売の店が集まる歓楽街もある。大神の都程では無いものの、都会と言える場所となっている。
道中また骨の悪霊に襲われたりしたが、他には特に問題なく眼神の町へたどり着いた。フォスター達が町に着いたのは夕方だったがそれにもかかわらず町の中がだいぶ騒がしい。何か大きな行事でもあるようだった。騒がしい原因は広場の聴衆の喧騒で、そこでは町長と思われる人物が演説を行っていた。
「ああ、選挙が近いのか」
「だからうるさいんだね」
面倒な時期に来てしまったと思った。騒がしいのはいいとしても食事をするような店が混みあいそうだからだ。
それぞれの神の町は大神官と町長の二元首制で政治を行っている。大神官は能力重視もしくは世襲制など神殿内で決められるが、町長は町民による選挙で決められる。飛翔神の町のような小さい町では面倒がって対立候補がまず出てこないため承認投票をするだけだが、大きい町では民衆の声を反映させるため選挙に熱が入るのだ。ちなみに議会は無い。神殿の内部に神官の試験を受けていない一般人が入る感じである。
ビスタークは街並みを観察しながら兄妹に道案内をする。
『建物はほぼ同じだが、店の種類が昔とだいぶ変わってるからまだあるかどうか……お、まだあるな』
フォスター達はビスタークの言っていた宿を探してたどり着いた。友神の町側の端から少し通りを入った辺りに位置している三階建ての大きい建物で、一階の一部が食堂になっていた。確かにあまり一泊の値段は高くなく、部屋数が多いためかすんなり一部屋取れた。部屋に行き、建物の中なら大丈夫だろうということで鎧を脱いで食堂へと向かう。良い匂いが漂ってくるためリューナが催促してくる。
「早く何か食べようよー」
「そう言われてもな」
「大衆食堂」と看板を掲げている店は危惧していたとおりとても混んでいた。店はかなり広く空席があるように見えても食器が片付けられておらず、勝手に座っていいものか悩む。客に対して店員の数が少なすぎるようだ。フォスターが手伝ってやりたいと思ったくらいだ。
「やっぱり。フォスターとリューナじゃないか?」
どうしようかと思っていると急に声をかけられた。
「えっ、ウォルシフじゃないか」
聞き覚えのある声の方を見ると、そこにはニアタとマフティロの末っ子ウォルシフがいた。顔は父親似だが眼鏡はかけておらず髪色は母親と同じだ。身長はフォスターより高く筋肉質であるため、神官より神衛兵のような体格をしている。
「久しぶりだなあ。巡礼の帰りか? 無事合格したのか?」
「そうだよ。俺は兄貴より頭悪いから時間はかかったけどちゃんと合格したよ。そっちこそどうしたんだ、兄妹二人して。神衛の巡礼? ついになることにしたのか?」
「ちょっと色々あって。コーシェルは?」
「あっち。席探してるのかと思って、本当にお前たちなのか見にきたんだ。俺たちのとこ来いよ」
「じゃあ行こうかな。いいよな?」
「う、うん」
リューナはフォスターの服を掴んで少し戸惑いつつ了承した。人見知りが発動している。嫌いなわけでは無いのだが、身体と声が大きいためウォルシフ本人にその気がなくても威圧感があるのだ。大声が上から降ってくる感覚がするため少々苦手としていた。
ウォルシフの向かう先ではコーシェルが座って待っていた。コーシェルは顔、特に目元が祖父のソレムにそっくりで、髪色はマフティロと同じ焦げ茶色である。
「おー、久しぶりじゃのう。本当にフォスター達じゃったか」
コーシェルは顔だけでなく口調もソレムにそっくりである。
『こいつ、大神官の爺さんまんまじゃねえか』
ビスタークがゲラゲラ笑いながら言う。勿論聞こえているのはフォスターだけだ。
「リューナちゃん……大きくなったのう……」
コーシェルの動きが固まりリューナの全身を見回して衝撃を受けたように言った。
「どこ見て言った?」
フォスターに睨まれるように言われて慌ててセクハラでは無いと否定する。
「ち、違う違う! ほら!」
コーシェルは立ち上がりリューナの側に立つ。
「ああっ、やっぱり! 身長負けとる!」
ほんの少しだけだが、コーシェルよりリューナの身長のほうが高かった。
「たった一年の間に、追い越されとる……。そんなとこまでじいちゃんに似なくてよかったんじゃ……」
肩を落として悲嘆にくれている。
「まあまあ! 兄貴はほっといて二人とも座れよ! 腹減ってるんだろ?」
ウォルシフはコーシェルの落ち込み具合を笑い飛ばしながら兄妹に席を勧めた。丸い四人用のテーブル席に時計回りの順でウォルシフ、コーシェル、リューナ、フォスターと座った。二人が座るとメニューが書かれた紙をリューナへ渡す。目が見えないリューナに渡しても読めないのはわかっているはずなので怪訝に思っていると、一緒に見覚えのある橙色の平べったい石を出してきた。
「これ、文字の書いてある紙を石でなぞるようにしていくと、書いてある内容が直接頭の中に聞こえてくるんだ」
「言文石?」
「あれ、もう持ってた?」
「ううん、一度貸してもらったことがあって」
「じゃあリューナちゃんにあげるよ。お土産だ」
ウォルシフはニカっと笑って正面に座っているリューナに言文石をプレゼントした。
「あ、ありがとう……」
リューナは思いがけない贈り物に戸惑いながらも嬉しそうであった。
「え、いいのか? 今度探して買おうと思ってたところなんだ」
「じゃあ丁度良かった。水の都で安く売ってたからさ、あったら便利かなと思って」
笑いながらウォルシフが言った。
「そうじゃ。その石を売ってた店でな、お前に言われてたストロワって女の人のこと聞いたらな、『男なら心当たりがあるんだけど』って言われたんじゃ。それくらいしかわからんかった」
身長のことが相当堪えているのと力になれなかったことを詫びるように、小さい声でコーシェルはそう言ったのだがフォスターとビスタークはその言葉に食い付いた。
「えっ!?」
『本当か!?』
「そ、それどこの店? 詳しく教えてくれないか?」
「女の人じゃないのにか? リューナちゃんのお母さんじゃなかったんか?」
「あー。……お爺さんらしいよ」
リューナを気にしながらそう答えた。リューナは貰った言文石でメニューを読むことに集中しているようで聞いていない様子だった。
「わしらがいない間に何か新しくわかったことでもあるんか」
「たくさんある」
「へえ。色々あったってそういうこと?」
「あー、まあ詳しくは神殿に帰ったら聞いてくれ」
フォスターは言うべきか少し迷ったあげく、言うことにした。
「……実はさ、俺の死んだ親父がさ」
「うん?」
「霊になってここにいるんだよ」
「は?」
コーシェルとウォルシフは言われた意味がわからないという顔をした。
「口で説明してもわかってもらえないと思うから、ちょっとこれ握ってみて」
そう言いながら帯の端を二人に握らせた。コーシェルは正面にいるので長さがギリギリだ。
『よう、クソガキども。俺のこと覚えてるか?』
「うわっ」
「なんだこれっ! 気持ち悪!」
ウォルシフが「気持ち悪い」と言ったことに対してフォスターは吹き出した。最近は慣れてしまったが確かに普通の感覚では気持ち悪いだろう。
「なんじゃ、これ死んだビスタークおじさんなんか?」
「浄化する? 教わったけど一度も実践してないから一回やってみたいし」
『悪霊扱いすんな! お前らの親たちは普通に受け入れてたぞ!』
すんなり受け入れたニアタ達の方が変なのかもしれないとフォスターは思った。
「俺おじさんのこと覚えてないし」
『下のほうは小さかったから覚えてねえか』
「わしはものすごい勢いで怒られて追いかけ回された恐怖の記憶しかないのう」
『あれはお前がレリアの尻を触ったからだ!』
「コーシェル、そんなことしてたの……」
フォスターは呆れたように口を挟んだ。
「全く覚えとらん。ビスタークおじさんは子どものすることに大人げないのう。その頃五歳くらいじゃったぞ」
『ガキでもやっていいことと悪いことがある。俺はクソガキに教育してやっただけだ』
フォスターはふと思ったことを口にした。
「親父ってちゃんと母さんのこと好きだったんだな」
『なんだそれ。当たり前じゃねえか。そうじゃなかったらお前は存在してねえよ』
「まあそうだけどさ」
それを聞いたフォスターはそう答えながらも心の中に暖かいものが広がるのを感じた。
眼神の石である眼力石は透明で丸い板状の形をしており眼鏡のレンズとして扱われる。量産品の眼鏡は一定複数の拡大率で売られるが、眼鏡をかける本人が神殿の聖堂で祈りを捧げて手に入れる眼力石は本人の視力にぴったり合わせた物となる。視力が変わっても常に石が合わせてくれるのだ。一度手に入れば一生使えるので世界中の視力に悩む人々がこの町を訪れる。故にこの半島で一番栄えている町となり、半島の名前にもなったのだ。
人が集まるということは、宿泊施設や飲食店、祈りの順番待ちの間の暇を潰すための娯楽施設等も造られ充実していく。神殿の横には大きな公園があり、大きな商店街はもちろん、劇場や夜の商売の店が集まる歓楽街もある。大神の都程では無いものの、都会と言える場所となっている。
道中また骨の悪霊に襲われたりしたが、他には特に問題なく眼神の町へたどり着いた。フォスター達が町に着いたのは夕方だったがそれにもかかわらず町の中がだいぶ騒がしい。何か大きな行事でもあるようだった。騒がしい原因は広場の聴衆の喧騒で、そこでは町長と思われる人物が演説を行っていた。
「ああ、選挙が近いのか」
「だからうるさいんだね」
面倒な時期に来てしまったと思った。騒がしいのはいいとしても食事をするような店が混みあいそうだからだ。
それぞれの神の町は大神官と町長の二元首制で政治を行っている。大神官は能力重視もしくは世襲制など神殿内で決められるが、町長は町民による選挙で決められる。飛翔神の町のような小さい町では面倒がって対立候補がまず出てこないため承認投票をするだけだが、大きい町では民衆の声を反映させるため選挙に熱が入るのだ。ちなみに議会は無い。神殿の内部に神官の試験を受けていない一般人が入る感じである。
ビスタークは街並みを観察しながら兄妹に道案内をする。
『建物はほぼ同じだが、店の種類が昔とだいぶ変わってるからまだあるかどうか……お、まだあるな』
フォスター達はビスタークの言っていた宿を探してたどり着いた。友神の町側の端から少し通りを入った辺りに位置している三階建ての大きい建物で、一階の一部が食堂になっていた。確かにあまり一泊の値段は高くなく、部屋数が多いためかすんなり一部屋取れた。部屋に行き、建物の中なら大丈夫だろうということで鎧を脱いで食堂へと向かう。良い匂いが漂ってくるためリューナが催促してくる。
「早く何か食べようよー」
「そう言われてもな」
「大衆食堂」と看板を掲げている店は危惧していたとおりとても混んでいた。店はかなり広く空席があるように見えても食器が片付けられておらず、勝手に座っていいものか悩む。客に対して店員の数が少なすぎるようだ。フォスターが手伝ってやりたいと思ったくらいだ。
「やっぱり。フォスターとリューナじゃないか?」
どうしようかと思っていると急に声をかけられた。
「えっ、ウォルシフじゃないか」
聞き覚えのある声の方を見ると、そこにはニアタとマフティロの末っ子ウォルシフがいた。顔は父親似だが眼鏡はかけておらず髪色は母親と同じだ。身長はフォスターより高く筋肉質であるため、神官より神衛兵のような体格をしている。
「久しぶりだなあ。巡礼の帰りか? 無事合格したのか?」
「そうだよ。俺は兄貴より頭悪いから時間はかかったけどちゃんと合格したよ。そっちこそどうしたんだ、兄妹二人して。神衛の巡礼? ついになることにしたのか?」
「ちょっと色々あって。コーシェルは?」
「あっち。席探してるのかと思って、本当にお前たちなのか見にきたんだ。俺たちのとこ来いよ」
「じゃあ行こうかな。いいよな?」
「う、うん」
リューナはフォスターの服を掴んで少し戸惑いつつ了承した。人見知りが発動している。嫌いなわけでは無いのだが、身体と声が大きいためウォルシフ本人にその気がなくても威圧感があるのだ。大声が上から降ってくる感覚がするため少々苦手としていた。
ウォルシフの向かう先ではコーシェルが座って待っていた。コーシェルは顔、特に目元が祖父のソレムにそっくりで、髪色はマフティロと同じ焦げ茶色である。
「おー、久しぶりじゃのう。本当にフォスター達じゃったか」
コーシェルは顔だけでなく口調もソレムにそっくりである。
『こいつ、大神官の爺さんまんまじゃねえか』
ビスタークがゲラゲラ笑いながら言う。勿論聞こえているのはフォスターだけだ。
「リューナちゃん……大きくなったのう……」
コーシェルの動きが固まりリューナの全身を見回して衝撃を受けたように言った。
「どこ見て言った?」
フォスターに睨まれるように言われて慌ててセクハラでは無いと否定する。
「ち、違う違う! ほら!」
コーシェルは立ち上がりリューナの側に立つ。
「ああっ、やっぱり! 身長負けとる!」
ほんの少しだけだが、コーシェルよりリューナの身長のほうが高かった。
「たった一年の間に、追い越されとる……。そんなとこまでじいちゃんに似なくてよかったんじゃ……」
肩を落として悲嘆にくれている。
「まあまあ! 兄貴はほっといて二人とも座れよ! 腹減ってるんだろ?」
ウォルシフはコーシェルの落ち込み具合を笑い飛ばしながら兄妹に席を勧めた。丸い四人用のテーブル席に時計回りの順でウォルシフ、コーシェル、リューナ、フォスターと座った。二人が座るとメニューが書かれた紙をリューナへ渡す。目が見えないリューナに渡しても読めないのはわかっているはずなので怪訝に思っていると、一緒に見覚えのある橙色の平べったい石を出してきた。
「これ、文字の書いてある紙を石でなぞるようにしていくと、書いてある内容が直接頭の中に聞こえてくるんだ」
「言文石?」
「あれ、もう持ってた?」
「ううん、一度貸してもらったことがあって」
「じゃあリューナちゃんにあげるよ。お土産だ」
ウォルシフはニカっと笑って正面に座っているリューナに言文石をプレゼントした。
「あ、ありがとう……」
リューナは思いがけない贈り物に戸惑いながらも嬉しそうであった。
「え、いいのか? 今度探して買おうと思ってたところなんだ」
「じゃあ丁度良かった。水の都で安く売ってたからさ、あったら便利かなと思って」
笑いながらウォルシフが言った。
「そうじゃ。その石を売ってた店でな、お前に言われてたストロワって女の人のこと聞いたらな、『男なら心当たりがあるんだけど』って言われたんじゃ。それくらいしかわからんかった」
身長のことが相当堪えているのと力になれなかったことを詫びるように、小さい声でコーシェルはそう言ったのだがフォスターとビスタークはその言葉に食い付いた。
「えっ!?」
『本当か!?』
「そ、それどこの店? 詳しく教えてくれないか?」
「女の人じゃないのにか? リューナちゃんのお母さんじゃなかったんか?」
「あー。……お爺さんらしいよ」
リューナを気にしながらそう答えた。リューナは貰った言文石でメニューを読むことに集中しているようで聞いていない様子だった。
「わしらがいない間に何か新しくわかったことでもあるんか」
「たくさんある」
「へえ。色々あったってそういうこと?」
「あー、まあ詳しくは神殿に帰ったら聞いてくれ」
フォスターは言うべきか少し迷ったあげく、言うことにした。
「……実はさ、俺の死んだ親父がさ」
「うん?」
「霊になってここにいるんだよ」
「は?」
コーシェルとウォルシフは言われた意味がわからないという顔をした。
「口で説明してもわかってもらえないと思うから、ちょっとこれ握ってみて」
そう言いながら帯の端を二人に握らせた。コーシェルは正面にいるので長さがギリギリだ。
『よう、クソガキども。俺のこと覚えてるか?』
「うわっ」
「なんだこれっ! 気持ち悪!」
ウォルシフが「気持ち悪い」と言ったことに対してフォスターは吹き出した。最近は慣れてしまったが確かに普通の感覚では気持ち悪いだろう。
「なんじゃ、これ死んだビスタークおじさんなんか?」
「浄化する? 教わったけど一度も実践してないから一回やってみたいし」
『悪霊扱いすんな! お前らの親たちは普通に受け入れてたぞ!』
すんなり受け入れたニアタ達の方が変なのかもしれないとフォスターは思った。
「俺おじさんのこと覚えてないし」
『下のほうは小さかったから覚えてねえか』
「わしはものすごい勢いで怒られて追いかけ回された恐怖の記憶しかないのう」
『あれはお前がレリアの尻を触ったからだ!』
「コーシェル、そんなことしてたの……」
フォスターは呆れたように口を挟んだ。
「全く覚えとらん。ビスタークおじさんは子どものすることに大人げないのう。その頃五歳くらいじゃったぞ」
『ガキでもやっていいことと悪いことがある。俺はクソガキに教育してやっただけだ』
フォスターはふと思ったことを口にした。
「親父ってちゃんと母さんのこと好きだったんだな」
『なんだそれ。当たり前じゃねえか。そうじゃなかったらお前は存在してねえよ』
「まあそうだけどさ」
それを聞いたフォスターはそう答えながらも心の中に暖かいものが広がるのを感じた。