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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
043 石
 フォスター達は忘却神フォルゲスの町を出発した。寄り道をしてしまったが一度友神フリアンスの町を経由して眼神アークルスの町を目指す。鱈神モルエスの町を経由して海沿いに進んでも港町である錨神エンコルスの町に行けるのだが、眼神の町アークルスで買い物がしたかったこともあり元々の予定通り進むことにした。

 途中で一泊する簡易宿泊用の小屋まではフォスターが操縦し、そこから友神の町フリアンスまではリューナに交替した。リューナはまた調子に乗ったのか速度を上げていた。

「おい、また速くなってるぞ」

 後ろにいるフォスターが文句を言った。

「あー、あのね、なんかちょっと湿気が出てきた気がするから、早く町まで行ったほうがいいと思うんだよね」
「湿気?」
「雨、降りそうだったりしない?」

 そう言われてフォスターは空を見上げた。こちらへ来るかどうかはわからないが、離れたところに灰色の雲が見える。飛翔神の町リフェイオスはあまり雨が降らないため失念していたが、移動中に雨が降ることもあるのは当たり前だった。

「確かに降るかもしれないな」
「やっぱり」
「雨に降られたら濡れるしか無いか」
「やだよそんなの。だから急ごう!」
「うーん……まあ、壊れてもまだうちに戻れる距離か……わかった。いいぞ」
「じゃあ行くよー! わーい! 楽しいー!」

 リューナは速度を最大まで上げて風の圧力を楽しんでいたが、フォスターは生きた心地がしなかった。
 
 途中、昼休憩を挟んだ他は全速力で走り、町に到着したところでポツポツと雨が降ってきた。宿に到着したところで降りが強くなり、ぎりぎり間に合ってほっとした。しかし理力不足とは別の意味でフォスターは精神的に疲れた。

 今日の宿は前回とは別の場所である。前回、風呂がないとリューナに文句を言われたからだ。ここは炊事場が自由に使えず料金も高い。五日くらい料理をしていないのでそろそろ何か作りたい欲が出てきているが、どうにもできないので当分我慢である。

『着いたのか。まだ明るいじゃねえか』

 ビスタークが起きてきた。

「雨が降りそうだったから急いだんだ。強く降りだしたのは着いてからだったから良かったよ」
『あ、そうか。忘れてた』
「何が?」
『俺の石の中に防雨石ホルナイトがあるんだ。それに理力流しとけば雨に濡れないぞ』
「そんな便利なもんあるなら先に言っとけよ!」
「? どうしたの?」

 ビスタークの言葉をリューナにも伝える。

「この石袋に便利な石が入ってるのに全然教えてもらってないから文句言ったんだ」
『後で教えてやるからそれ使って訓練してこい』
「もう終わらせてるよ。それにどの石だよ」
『紫の石だ。入ってないか?』
「……あった。これ?」
『そうだ。試しにそれ使って外に出てみな』
「えー」

 渋々防雨石ホルナイトを握りリューナを連れて外へ出た。

「あれ、これすごいな」
 
 確かに濡れないのだ。上からだけでなく足元から跳ねる水滴や泥もつかなかった。雨の中なのに晴れている時と同じ感覚でいられる。手を繋ぐなど触れ合っていればリューナも濡れない。服や荷物も同様だ。

「何の神様の石なの?」

 リューナはビスタークの帯を掴んでいた。怒っていたことは忘れたのだろうか。

『旅神ホールニスだ』
「ふーん。そこには本当に行ったんだね」

 言葉に棘がある。色々と根に持ってはいるようだ。また追及が始まるかと危惧したがそれはなかった。

「本当になんで先にこれを教えてくれなかったのか……」

 雨に濡れず行動できることを確かめて宿の部屋へと戻る。

『十五年も昔のことだからな、何を持ってたかなんて記憶の彼方だ。お前はそんな昔のこと事細かに覚えてるのか?』
「子どもだったんだから覚えてないよ」
『大人も同じだ。覚えてるのだけは教えてやるけどよ。礼にと貰った物が多くてな。受けとる時にちょっと聞いたくらいじゃ全部覚えきれねえよ。作物系の石なんて使えないしな』

 作物系の石とは鱈神モルエスのような衣食住に使う物を司る神の石のことである。そのような神の石は大抵その収穫物が沢山採れるように最適な環境を作り出す効果を持つ。海はおろか池すら無い飛翔神の町に鱈石モーライトがあっても使えないのである。

「覚えてないのがあるのか……」
『それに死んでるから脳っていう記憶媒体が無いんだぞ。覚えてるほうがすげえだろ』
「そう言われるとそうかもしれないけどさあ」

 そう言いながら部屋のベッドの上に神の石を小袋から取り出して広げた。

「この大きいのは光源石リグタイトだよね」

 リューナも手で触りながら確かめている。

『その青いのは遊泳石ミューライト、黒いのが闇源石ニグータイト。立方体の灰色のやつが静寂石キューアイト火葬石カンドライト輝星石ソウライトはわかるよな?』
「効果は?」
遊泳石ミューライトは口に入れると水の中でも息ができて浮きやすくなる。潜るには意識して理力を強く流す。闇源石ニグータイトは影を作る。砂漠を移動する時は暑いから使うといい。静寂石キューアイトは一定範囲の音を外に漏れなくする』
「この平べったいのは?」

 リューナが適当に触りながら言った。

『それは滝石ファーライト。台所やトイレにあるやつだ。勢いよく水が出る』
「へぇー、これがついてるんだ。知らなかった」

 リューナは他にも摘まんでいた。
 
『あ、その石は罪過石カルパイトだ』
「私が持ってる石?」
『ああ。まあ使い道無いけどな。記念に取っといただけで』
「どんな効果?」
『額に埋め込んで罪を反省しているかどうか見るんだ。通常は白いが反省が無いと黒くなっていく。これが黒くなったら神衛かのえになれねえんだ』
「確かに使うことなんてなさそうだね」

 ビスタークとリューナのやり取りを聞いていたフォスターが思い出したようにビスタークへ質問した。

「そうだ。前から聞こうと思ってて忘れてたんだけど、これ何なんだ? なんか意味あるのか?」

 いつも二の腕に着けているベルトを指差してそう言った。銀色の四角く平べったい石がついているベルトだ。神話画の神衛兵にも描かれているのでこれを着けるのが正式なのは間違いなさそうだが。

『それも神の石らしいんだが、俺も知らねえんだよな。なんか、神話の戦争の時に死体が誰なのか判別する為に使ったって聞いたが。破壊神の石が爆発する物だったらしくて死体がバラバラに飛び散ってたんだとよ』
「えぇ……。俺が着ける意味ある?」
『お前の死体を町に届けてもらえるんじゃないか』
「俺が死ぬ前提で話をするな!」
鑑定石アプラサイトがあれば何の神の石なのかわかるんだけどな。あれ一般には販売されねえからな』
「商人なら持ってるんだろ。頼んで見てもらえば……」
『絶対高い鑑定料取られると思うが』
「あー、じゃあ無理だな……」

 お金が厳しいので諦めた。

「そういや兜が無いなと思ってたんだけど」
「戦争の時にだいぶ無くなって、残ってたやつも金策で好事家に売り払われたりしたって話だ」
「世知辛いな……」

 金が無いという話は身に染みる。

「これが転移石エイライトで……もう一個手に入れたいって言ってたよな」
複製石トラパイトでもいいけどな』
「同じ石に変化するっていうやつか?」
『そうだ。転移石エイライトは複製できたはずだ』

 複製石トラパイトでは忘却石フォルガイト鳥石ビルダイト、お金である貨幣石レヴライトのような神殿の制限や承認が必要な石は複製できないのである。

「あれも欲しいな……手首についてるやつ。えっと格納石ストライトか」
『あれはそんなに珍しくないぞ。眼神の町アークルスでも売ってるんじゃないか?』
「でも高いんだろ?」
『まあ収納神の町ストラージェスが遠いからな。水の都シーウァテレスで買う方が安く済むだろうな』
「やっぱり盾は仕舞っといたほうがいいみたいだから」
『当たり前だ。前も言っただろ、それが普通なんだよ』
忘却神の町フォルゲスでも言われたからなあ……」
「盾仕舞ってくれって言われてたね」
「盾持って歩いてるのって変なのかと自覚した……」

 忘却神の町フォルゲスの警備している神衛兵は誰も剣と盾を持っていなかった。格納石ストライトに仕舞っておくのが神衛兵の普通なのだ。

『その盾はデカイから目立つんだよ。浅はかだったな』
「神衛の普通が俺にはわかんないんだよ。周りにいなかったからな」

 それを聞いたビスタークが同情するようにこう言った。
 
『そうか……お前、田舎育ちで常識が無いんだな……』
「憐れむように言うなよ! お前だって田舎育ちだろ!」
『俺は田舎育ちだが子どもの頃眼神の町アークルスで一年間神衛の訓練に参加してたから神衛の常識はある』

 そこでリューナが興味を持って話に参加した。

「そうなんだ。じゃあ町の中のことは詳しいの?」
『二十五年くらい前の話だぞ。結構変わってるんじゃないのか』
「いい宿無いかって聞こうとしたのに」
『最後に泊まったところがまだあるならそこそこ安かったが、炊事場は確かなかったぞ。大きい食堂が併設されてたからな』
「炊事場のある宿知らないか?」
『知らん。そんな設備気にしたことねえよ』
「そうかー、料理したかったんだけどな」

 フォスターは残念そうに言った。

『お前らは眼神の町アークルスに行ったこと無いのか?』
「リューナが小さい時に家族で一回だけ」
「なんとなく覚えがあるだけ。眼力石アークライトでは全く見えないんじゃどうにもならないって言われたことも後から聞いて知ったくらいだし」
『お前の眼鏡を作ろうとしたのか。まあ……無理だろうな』
「一応また診てもらうか?」
「ん……やめとく。混んでるだろうし、どうせ無駄だと思うから」

 少し悲しそうな顔をしてリューナはそう言った。
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