残酷な描写あり
R-15
027 出発
「もう忘れ物はない?」
「大丈夫だよ。もう何度も確認したもん」
ホノーラが何度もリューナを心配して確認していた。
今から旅へと出発するフォスターとリューナの見送りをしようと、店の前に光の刻から親しい人達が集まっていた。
この世界では明るくなる時刻と暗くなる時刻がどの場所でも毎日同じである。光の刻から少しずつ明るくなり、次の空の刻で完全に明るくなる。
時の大神の石は二種類あり、一つは時停石、もう一つは時計の元になった時刻石である。一刻ごとに色が変わるため、それで大まかな時間がわかるのである。今は光の刻なので石は白くなっている。
「……気をつけてな」
「……うん」
ジーニェルは何か言いたげだったが、リューナを一瞥して言うのをやめたようだった。
今日のリューナは先日出来上がったばかりのパージェが作った服を着ていた。大きな襟がついていて、袖は穴が大きく開けてあり肩が出るようになっている。スカートはいわゆるキュロットスカートで丈は短く、長い靴下には襟のような物がついていた。少し肌が露出しすぎてないかとジーニェルが文句を言ったが女性陣に可愛いと褒められたリューナは気に入っているようだった。
「本当に、気をつけて……」
昨日は新しい服を着たリューナを可愛いと褒めてニコニコしていたホノーラが泣き出してしまった。
「お母さん、そんな泣かなくても……ちょっと留守にするだけなんだから……」
フォスターとジーニェルは苦渋の表情を浮かべていた。
「そ、そうね、ごめんなさい。こんなに離れることなんて無かったから……」
ホノーラはそう言って誤魔化した。
「それに、何かあったら転移石っていうのですぐに帰って来れるっていうし、大丈夫だよ」
「そうね、そうだったわね」
話題を変えるようにフォスターがソレムに話しかけた。
「今日は大神官だけなんですね」
「ニアタもマフティロも今日は授業があるからのう。よろしく言っとったよ。マフティロが水の都に連絡したと言っていたから、向こうで受付すれば色々と便宜を図ってくれるじゃろう」
ソレムはリューナの方を横目で見ながら大事なことは伏せてそう言った。
「そんなことよりこれを渡しに来たんじゃ」
ソレムが小袋を渡してきた。
「これは?」
「反力石じゃ。今朝、聖堂でいつもの礼拝をしたら普段より多く出てきたんじゃよ。神様がお前に持って行けって言ってるんじゃろう。旅費の足しにするといい」
神の石は神殿奥にある普段一般人には入れない聖堂で神官が祈りを捧げると出現する。聖堂は建物の裏側、世界の果ての崖を少し掘り洞窟となっているところにある。洞壁には大きな紋章付きの反力石がくっついており、神官はそこで神に祈りを捧げている。この町では一般人も引っ越して住民になる時、結婚した時、子どもが産まれた時、特別に許可を得た時だけは聖堂で祈るため出入りを許される。その時も祈りを捧げると神からの祝福として石が出現するのだ。
フォスターはありがたく反力石の入った袋を受け取った。
「ありがとうございます」
「この半島では大した金額にならんじゃろうから、あっちの大陸に渡ってから換金したほうがいいじゃろうな」
神の石には換金レートのようなものがある。神の町までの距離と石自体の便利さ、流通量で金額が上下するのだ。神殿の収入源にもなっている。
「お金」として使われている貨幣も神の石だ。貨幣石という名前があるのだが、正式名称で呼ばれることはまず無い。貨幣神レヴリスの町で厳しく管理されている。偽物が作れないよう石の中が少しだけ光っており、金額によって色分けされている。また、単位は神の名前をそのまま使っている。
「お土産買ってこいよー」
「だから遊びに行くわけじゃないんだって」
カイルが軽くそう言ってきた。授業があるので見送りに妹弟はいない。
「もし孫たちに会ったらよろしくの」
「はい」
フォスターが盾を組み立てながら返事をすると、ソレムはその様子を見てこう言った。
「これは……よくこんなもの作ったのう」
「なかなかいいでしょ? 俺の作ったやつ」
「……言い方を間違えたようじゃ。よくうちの町に一つしか無い骨董品を使って実験作を作ったのう」
ソレムの言葉にはたっぷりと嫌味が込められていた。
「あは、ははは……いや、あの、この金属が作れるように努力しますんで……」
「すみません、大神官。気が付いたらもう作った後で一日以上経ってて、どうにもならなかったです……」
カイルの両親のクワインとパージェが謝った。一日経っていなければ時修石で直せたのだ。
「じゃあ、そろそろ行きます」
説教が始まりかけたので話を反らしてやった。浮いた盾の上に片足を乗せる。リューナはフォスターの腰に手を回し背中にひっついている。
「リューナ、ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
「本当に気をつけてね」
「いつでも帰ってこいよ」
両親が心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ。行ってきまーす」
「じゃあ」
リューナが笑顔で答え、フォスターが短く挨拶した。盾がフワッと更に浮き上がり、速度を上げて走り去って行った。
「行っちゃった……」
ホノーラが今にも泣き崩れそうだったが、涙を堪えながら見えなくなるまでずっと見送っていた。
盾の乗り物はカイルの作った物なので、あまり速度を出すと危険な気がした。しかし長旅に便利な物には間違いないので、壊れないよう速さは控えめで走ることにしていた。もしリューナが急に手を離しても擦り傷程度で済むくらいの速さだ。速度が控えめなので風圧で声が聞こえないということも無く、二人は盾に乗りながら会話をしていた。
「リューナも隣町とその先の眼神アークルスの町には行ったことあったよな?」
「うん。眼神の町は小さい頃に一回だけだから全然覚えてないけど、隣町は四、五回くらいかなあ」
「確か迷子になったことあったよな」
笑いながらフォスターが言うとリューナがむくれる。
「だって前に数えた通りの歩数で歩いたのに全然違っちゃってたんだもん!」
「そりゃあ成長期に何年か前の歩数で数えたら全然違うだろ」
「だからそういうことが無いように私から離れないでね、フォスター」
「いや、いつも勝手にいなくなるのはお前のほうだろ」
そう自分で言い、思考が暗くなった。
――そう、いつもいなくなるのはお前のほうなんだ……。
急にフォスターの雰囲気が変わったことにリューナが気付いた。
「フォスター?」
「あ、いや、何でもない」
「……フォスターが手を繋いでくれれば迷子にならなくて済むんだよ?」
「やだね。子どもじゃないんだから妹と手を繋ぐとか恥ずかしいだろ」
フォスターはあまりリューナの誘導のために手を繋いだりしない。どこか服などを掴ませる程度である。リューナが勝手に抱きついてきたりしても振り払う。何故なら恥ずかしいからだ。思春期くらいからやらなくなった。
そしてフォスターは思い出したように話を続けた。
「そうだ。何のために髪伸ばしてると思ってんだ。元々はお前の迷子ひも代わりだっただろ」
「そうだけどさあ……」
「あ、親父の帯を握ってればいいじゃないか。こっちのほうが長いだろ」
「や、だ!」
リューナは力強く嫌がった。
「……いい加減仲直りしてくれよ……。間に挟まれる俺の立場にもなってくれ」
「……」
見なくても後ろで掴まっているリューナがむくれているのがわかる。
「何か親父に聞きたいことがあるって言ってなかったか?」
「んー……別に、いい」
『なんか呼んだか』
そういえば先程からビスタークの反応が全然無かった。
「今日は親父おとなしいな」
『たまには休まないとな。結構疲れるんだぜ。魂だけで意識を保つってのは。かと言って油断して休むだけだと自我が消えていくしな』
「ふーん。自我が消えると天に還るのか?」
『いや、悪霊化する』
「げ、マジかよ。そうなったらどうすりゃいいんだよ」
『神官に頼んで浄化してもらうしかねえな。身体ごと悪霊化してるんなら燃やせば済むんだけどな』
「……お前が巻かれてる俺はどうなるんだよ?」
『さあ?』
「無責任だな!」
「フォスター、一人で喋ってると不気味だから、町に行ったら気を付けたほうがいいよ」
リューナが指摘した。
「……そういう時はお前が話し相手のふりしてくれよ」
「えー。お父さんの身代わりなんてやだ」
嫌そうに言う。ビスタークと関わりたくないようだ。自分の身体に憑依されていたことを知ったらどうなるだろうか。想像しただけで胃が痛くなりそうだった。間違いなく滅茶苦茶に怒るであろう。
――絶対に知られないようにしよう……。
とフォスターは思った。
「大丈夫だよ。もう何度も確認したもん」
ホノーラが何度もリューナを心配して確認していた。
今から旅へと出発するフォスターとリューナの見送りをしようと、店の前に光の刻から親しい人達が集まっていた。
この世界では明るくなる時刻と暗くなる時刻がどの場所でも毎日同じである。光の刻から少しずつ明るくなり、次の空の刻で完全に明るくなる。
時の大神の石は二種類あり、一つは時停石、もう一つは時計の元になった時刻石である。一刻ごとに色が変わるため、それで大まかな時間がわかるのである。今は光の刻なので石は白くなっている。
「……気をつけてな」
「……うん」
ジーニェルは何か言いたげだったが、リューナを一瞥して言うのをやめたようだった。
今日のリューナは先日出来上がったばかりのパージェが作った服を着ていた。大きな襟がついていて、袖は穴が大きく開けてあり肩が出るようになっている。スカートはいわゆるキュロットスカートで丈は短く、長い靴下には襟のような物がついていた。少し肌が露出しすぎてないかとジーニェルが文句を言ったが女性陣に可愛いと褒められたリューナは気に入っているようだった。
「本当に、気をつけて……」
昨日は新しい服を着たリューナを可愛いと褒めてニコニコしていたホノーラが泣き出してしまった。
「お母さん、そんな泣かなくても……ちょっと留守にするだけなんだから……」
フォスターとジーニェルは苦渋の表情を浮かべていた。
「そ、そうね、ごめんなさい。こんなに離れることなんて無かったから……」
ホノーラはそう言って誤魔化した。
「それに、何かあったら転移石っていうのですぐに帰って来れるっていうし、大丈夫だよ」
「そうね、そうだったわね」
話題を変えるようにフォスターがソレムに話しかけた。
「今日は大神官だけなんですね」
「ニアタもマフティロも今日は授業があるからのう。よろしく言っとったよ。マフティロが水の都に連絡したと言っていたから、向こうで受付すれば色々と便宜を図ってくれるじゃろう」
ソレムはリューナの方を横目で見ながら大事なことは伏せてそう言った。
「そんなことよりこれを渡しに来たんじゃ」
ソレムが小袋を渡してきた。
「これは?」
「反力石じゃ。今朝、聖堂でいつもの礼拝をしたら普段より多く出てきたんじゃよ。神様がお前に持って行けって言ってるんじゃろう。旅費の足しにするといい」
神の石は神殿奥にある普段一般人には入れない聖堂で神官が祈りを捧げると出現する。聖堂は建物の裏側、世界の果ての崖を少し掘り洞窟となっているところにある。洞壁には大きな紋章付きの反力石がくっついており、神官はそこで神に祈りを捧げている。この町では一般人も引っ越して住民になる時、結婚した時、子どもが産まれた時、特別に許可を得た時だけは聖堂で祈るため出入りを許される。その時も祈りを捧げると神からの祝福として石が出現するのだ。
フォスターはありがたく反力石の入った袋を受け取った。
「ありがとうございます」
「この半島では大した金額にならんじゃろうから、あっちの大陸に渡ってから換金したほうがいいじゃろうな」
神の石には換金レートのようなものがある。神の町までの距離と石自体の便利さ、流通量で金額が上下するのだ。神殿の収入源にもなっている。
「お金」として使われている貨幣も神の石だ。貨幣石という名前があるのだが、正式名称で呼ばれることはまず無い。貨幣神レヴリスの町で厳しく管理されている。偽物が作れないよう石の中が少しだけ光っており、金額によって色分けされている。また、単位は神の名前をそのまま使っている。
「お土産買ってこいよー」
「だから遊びに行くわけじゃないんだって」
カイルが軽くそう言ってきた。授業があるので見送りに妹弟はいない。
「もし孫たちに会ったらよろしくの」
「はい」
フォスターが盾を組み立てながら返事をすると、ソレムはその様子を見てこう言った。
「これは……よくこんなもの作ったのう」
「なかなかいいでしょ? 俺の作ったやつ」
「……言い方を間違えたようじゃ。よくうちの町に一つしか無い骨董品を使って実験作を作ったのう」
ソレムの言葉にはたっぷりと嫌味が込められていた。
「あは、ははは……いや、あの、この金属が作れるように努力しますんで……」
「すみません、大神官。気が付いたらもう作った後で一日以上経ってて、どうにもならなかったです……」
カイルの両親のクワインとパージェが謝った。一日経っていなければ時修石で直せたのだ。
「じゃあ、そろそろ行きます」
説教が始まりかけたので話を反らしてやった。浮いた盾の上に片足を乗せる。リューナはフォスターの腰に手を回し背中にひっついている。
「リューナ、ちゃんと掴まってろよ」
「うん」
「本当に気をつけてね」
「いつでも帰ってこいよ」
両親が心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ。行ってきまーす」
「じゃあ」
リューナが笑顔で答え、フォスターが短く挨拶した。盾がフワッと更に浮き上がり、速度を上げて走り去って行った。
「行っちゃった……」
ホノーラが今にも泣き崩れそうだったが、涙を堪えながら見えなくなるまでずっと見送っていた。
盾の乗り物はカイルの作った物なので、あまり速度を出すと危険な気がした。しかし長旅に便利な物には間違いないので、壊れないよう速さは控えめで走ることにしていた。もしリューナが急に手を離しても擦り傷程度で済むくらいの速さだ。速度が控えめなので風圧で声が聞こえないということも無く、二人は盾に乗りながら会話をしていた。
「リューナも隣町とその先の眼神アークルスの町には行ったことあったよな?」
「うん。眼神の町は小さい頃に一回だけだから全然覚えてないけど、隣町は四、五回くらいかなあ」
「確か迷子になったことあったよな」
笑いながらフォスターが言うとリューナがむくれる。
「だって前に数えた通りの歩数で歩いたのに全然違っちゃってたんだもん!」
「そりゃあ成長期に何年か前の歩数で数えたら全然違うだろ」
「だからそういうことが無いように私から離れないでね、フォスター」
「いや、いつも勝手にいなくなるのはお前のほうだろ」
そう自分で言い、思考が暗くなった。
――そう、いつもいなくなるのはお前のほうなんだ……。
急にフォスターの雰囲気が変わったことにリューナが気付いた。
「フォスター?」
「あ、いや、何でもない」
「……フォスターが手を繋いでくれれば迷子にならなくて済むんだよ?」
「やだね。子どもじゃないんだから妹と手を繋ぐとか恥ずかしいだろ」
フォスターはあまりリューナの誘導のために手を繋いだりしない。どこか服などを掴ませる程度である。リューナが勝手に抱きついてきたりしても振り払う。何故なら恥ずかしいからだ。思春期くらいからやらなくなった。
そしてフォスターは思い出したように話を続けた。
「そうだ。何のために髪伸ばしてると思ってんだ。元々はお前の迷子ひも代わりだっただろ」
「そうだけどさあ……」
「あ、親父の帯を握ってればいいじゃないか。こっちのほうが長いだろ」
「や、だ!」
リューナは力強く嫌がった。
「……いい加減仲直りしてくれよ……。間に挟まれる俺の立場にもなってくれ」
「……」
見なくても後ろで掴まっているリューナがむくれているのがわかる。
「何か親父に聞きたいことがあるって言ってなかったか?」
「んー……別に、いい」
『なんか呼んだか』
そういえば先程からビスタークの反応が全然無かった。
「今日は親父おとなしいな」
『たまには休まないとな。結構疲れるんだぜ。魂だけで意識を保つってのは。かと言って油断して休むだけだと自我が消えていくしな』
「ふーん。自我が消えると天に還るのか?」
『いや、悪霊化する』
「げ、マジかよ。そうなったらどうすりゃいいんだよ」
『神官に頼んで浄化してもらうしかねえな。身体ごと悪霊化してるんなら燃やせば済むんだけどな』
「……お前が巻かれてる俺はどうなるんだよ?」
『さあ?』
「無責任だな!」
「フォスター、一人で喋ってると不気味だから、町に行ったら気を付けたほうがいいよ」
リューナが指摘した。
「……そういう時はお前が話し相手のふりしてくれよ」
「えー。お父さんの身代わりなんてやだ」
嫌そうに言う。ビスタークと関わりたくないようだ。自分の身体に憑依されていたことを知ったらどうなるだろうか。想像しただけで胃が痛くなりそうだった。間違いなく滅茶苦茶に怒るであろう。
――絶対に知られないようにしよう……。
とフォスターは思った。