残酷な描写あり
R-15
028 怪異
フォスター達は途中で何度か休憩をしつつ走り続ける。隣町の友神フリアンスの町へ続く山道のちょうど真ん中辺りには休憩用の簡素な木造小屋がある。馬車に乗って隣町に行く時もほとんどの者がこの小屋で一泊するのだ。
暗くなり始めた炎の刻にその小屋へ到着した。毎日の日課である訓練をこなさないとならないので、完全に暗くなる前に済ませてしまおうとフォスターは思った。
「じゃあ私は中を掃除しておくね」
リューナは小屋の中なら一人にしても大丈夫だろう。小屋の周りで訓練していれば不審者の監視も兼ねられる。
「もし何かあったら大声出せよ」
念のためそう言っておいた。
ビスタークに「たまには鎧を着けたまま訓練をこなしてみろ」と言われそのようにした以外特に何事もなく、日課の訓練が終わる頃には完全に夜の暗さとなっていた。
リューナはフォスターの訓練中、小屋の中で拭き掃除をしていた。寝たり座ったりする所くらいは少しでも綺麗にしておきたかった。
他に特にすることも無いので掃除ばかりして時間を潰していると、変な気配に気が付いた。少し離れた場所からこちらへゆっくりと少しずつ近づいてくる音がする。目が見えないリューナだからこそ気付けた。
最初は何かの動物……蛇あたりかな、と思った。しかしそれにしては金属が地面に触れて擦れるような音がする。リューナは背筋に寒いものを感じた。また誰かが自分を攫おうとしてやって来たのかと警戒したが、しかしそれとも少し違う気がする。何か普通では無いものが近づいてきた感じがした。こんな気配は初めだ。フォスターを呼ぶにはまだ気配が遠く、不安に震えながら日課の訓練が終わるのを待っていた。
フォスターが訓練を終えて小屋の中へ戻ると、リューナが待ち構えていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「よくわかんない。何かがこっちに向かってくる感じがするの」
リューナの様子がおかしいので理由を聞くと、その気配のことを知らされた。
外に出てリューナの言っていた方向を眼を凝らして見てみると、何か蠢いているモノが見えた。動きはゆっくりだがだいぶ近づいて来ている。しかし暗くて何なのかまではわからない。
『俺の小袋の中に大きい光源石があるはずだ。それで照らしてみろ』
ビスタークにそう言われ一度小屋の中へ戻るとリューナに預けていた小袋から光源石を取り衝撃を与えて光らせた。反力石で飛び上がり小屋の屋根の上に乗ると、蠢くモノが見えるように光源石を一番高い場所へ置いた。
光で照らされ、そこに見えたものは動く薄汚れた白骨だった。しかも鎧を着けていて剣と盾を持っていた。
「何だあれ!? 前にここを通ったときはあんなのいなかったぞ!」
『ん? あれは……』
ビスタークが何か気付いたようだった。
「何か知ってるのか?」
『あの鎧に見覚えがある』
「そうなのか? どこで? いつ?」
『俺がリューナを連れて町に向かってるとき襲ってきた奴があんな鎧を着けていた……ような気がする』
「……そいつはどうなった?」
フォスターは答えがわかっていたが一応聞いてみた。
『……殺した』
「あれが出てきたのって、つまりお前のせいじゃねえか」
『俺だけじゃねえ。リューナも一緒にいるからだ』
「リューナだけの時には出てこなかったんだからお前のせいだよ!」
言いたいことは言ったので、取り敢えず排除するためにどうするのがいいか屋根の上から様子を窺う。
「あれはつまり悪霊化した奴ってことか?」
『そうだ』
「燃やせばいいのかな」
『その前に動かないようにしないと小屋が火事になるぞ』
「……確かに」
『弱いからお前の訓練にはちょうどいいかもな』
明らかに馬鹿にされているのはわかっていたがフォスターはビスタークより確実に弱いので反論できなかった。
まずは小手調べに屋根の上から剣圧を与えてみた。骨はバラバラに分解されてまた元に戻っていく。
「うわ、再生しやがった」
『弱いがこれがあるから面倒なんだよな。お前ならどうする?』
フォスターは少し考えてから地面に降り立った。剣圧で白骨が飛んで行かないように頭の上から剣を振り下ろし相手をバラバラにする。元へ戻る前に剣の柄で腰骨を徹底的に砕いた。年数が経っているからかあまり堅くなかった。腰骨が無くなってしまえば脚の骨が元に戻れず歩き回ることはない。首、肩、肘、膝、手首、足首も同様に砕いていった。
小屋の中にいろと言ってあったのだが、リューナが外に出てきていた。様子をうかがいに来たらしい。悲痛な表情をしていた。
「どうした? 一人でいたから怖くなったのか?」
「ううん。この人を早く空へ送ってあげようと思って……。なんだか苦しそうだから」
まだ「人」と呼ぶのか。気味悪がっていたのに、とフォスターは思った。リューナはビスタークの神の石が入った小袋を持ってきていた。中には炎焼石が入っている。しかしこれは薄い円盤状をしておりその円盤部分に満遍なく火が出てきてコンロのように使うものである。手に持って火を着けるのには向いていない。薪を組んで一緒に燃やすかと思っているとビスタークが言った。
『その中に火葬石も入っているはずだ』
「……なんで持ってるんだよ」
『こういう時に使う用だ。最初のうちはちゃんと火葬してやってたんだが、数が多くなってそのうちやらなくなった』
普通、火葬石というものは神官が持っているもので一般人は持っていないのである。
はあ、とため息をつきながらこういうのが今後も出てくる可能性を考えて気が重くなった。一体一体は弱いが、大量に出てきたら大変なのではないだろうか。
まだゆらゆらと揺れて動いている頭蓋骨に火葬石を乗せ、炎焼石で火をつけた薪を置いた。そのとたん、赤かった火が青白い炎へ変化し白骨を包んだ。揺れ動いていた頭蓋骨が動かなくなり、形が崩れてゆく。フォスターとリューナは手を合わせて名前もわからない死者へ祈った。魂が明るく光りながら空へと昇っていく。
この白骨も操られていたのだろうが、原因は一体誰なのだろう。ザイステルかと思ったが、十五年も前である。歳を取っていても推定で三十歳くらいだと考えると十五年前は十五歳、もしくはもっと若い。その年齢でこんなことが出来るだろうか。後ろで何かを企んでいる者が他にいるのだろうか。
フォスターはそんなことを考えながら魂を見送った。
その後、小屋へと入る前に思い出したことがあり、フォスターはビスタークに質問した。
「そうだ。ついでに母さんの星を教えてくれよ」
『あー、そうだったな。じゃあその袋から輝星石を出せ』
「どれ?」
『銀色の球体だ』
小袋の中には神の石らしき物がじゃらじゃらと入っていた。掻き分けてそれらしい石を取り出す。
「これか? あ……」
聞くまでもなかった。石に触ったとたん輝いて見える星があった。飛翔神の町の上でうっすら紫色を帯びて輝いていた。
「あれが母さんか……」
『やっぱりお前が見えるのもそれか』
自分が産まれて数日後に死んでしまったので全く覚えていないが、それでもフォスターはなんだか嬉しい気持ちになった。リューナには悪いと思いながら。
そこでそれまで黙っていたリューナが口を挟んだ。
「私は見えないからその石に触っても何もわからないのかなあ?」
「……どうだろう。試しに触ってみな」
フォスターはリューナに輝星石を渡した。
「……わかんないや」
少し悲しげにリューナが輝星石をフォスターに返した。
「おばあちゃんの星がわかるかもって思ったんだけどなあ」
「……」
フォスターは無言で泣きそうな表情をしているリューナの頭を撫でてやった。おばあちゃんとはカイルの祖母のことだ。おそらく同じように町の上空にいるのだろうが、目の見えないリューナにはわからなかった。
「なんとなく、なんだけど……」
「ん?」
「……ううん。たぶん気のせい。何でもない」
リューナは何か言いかけて、やめた。
暗くなり始めた炎の刻にその小屋へ到着した。毎日の日課である訓練をこなさないとならないので、完全に暗くなる前に済ませてしまおうとフォスターは思った。
「じゃあ私は中を掃除しておくね」
リューナは小屋の中なら一人にしても大丈夫だろう。小屋の周りで訓練していれば不審者の監視も兼ねられる。
「もし何かあったら大声出せよ」
念のためそう言っておいた。
ビスタークに「たまには鎧を着けたまま訓練をこなしてみろ」と言われそのようにした以外特に何事もなく、日課の訓練が終わる頃には完全に夜の暗さとなっていた。
リューナはフォスターの訓練中、小屋の中で拭き掃除をしていた。寝たり座ったりする所くらいは少しでも綺麗にしておきたかった。
他に特にすることも無いので掃除ばかりして時間を潰していると、変な気配に気が付いた。少し離れた場所からこちらへゆっくりと少しずつ近づいてくる音がする。目が見えないリューナだからこそ気付けた。
最初は何かの動物……蛇あたりかな、と思った。しかしそれにしては金属が地面に触れて擦れるような音がする。リューナは背筋に寒いものを感じた。また誰かが自分を攫おうとしてやって来たのかと警戒したが、しかしそれとも少し違う気がする。何か普通では無いものが近づいてきた感じがした。こんな気配は初めだ。フォスターを呼ぶにはまだ気配が遠く、不安に震えながら日課の訓練が終わるのを待っていた。
フォスターが訓練を終えて小屋の中へ戻ると、リューナが待ち構えていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「よくわかんない。何かがこっちに向かってくる感じがするの」
リューナの様子がおかしいので理由を聞くと、その気配のことを知らされた。
外に出てリューナの言っていた方向を眼を凝らして見てみると、何か蠢いているモノが見えた。動きはゆっくりだがだいぶ近づいて来ている。しかし暗くて何なのかまではわからない。
『俺の小袋の中に大きい光源石があるはずだ。それで照らしてみろ』
ビスタークにそう言われ一度小屋の中へ戻るとリューナに預けていた小袋から光源石を取り衝撃を与えて光らせた。反力石で飛び上がり小屋の屋根の上に乗ると、蠢くモノが見えるように光源石を一番高い場所へ置いた。
光で照らされ、そこに見えたものは動く薄汚れた白骨だった。しかも鎧を着けていて剣と盾を持っていた。
「何だあれ!? 前にここを通ったときはあんなのいなかったぞ!」
『ん? あれは……』
ビスタークが何か気付いたようだった。
「何か知ってるのか?」
『あの鎧に見覚えがある』
「そうなのか? どこで? いつ?」
『俺がリューナを連れて町に向かってるとき襲ってきた奴があんな鎧を着けていた……ような気がする』
「……そいつはどうなった?」
フォスターは答えがわかっていたが一応聞いてみた。
『……殺した』
「あれが出てきたのって、つまりお前のせいじゃねえか」
『俺だけじゃねえ。リューナも一緒にいるからだ』
「リューナだけの時には出てこなかったんだからお前のせいだよ!」
言いたいことは言ったので、取り敢えず排除するためにどうするのがいいか屋根の上から様子を窺う。
「あれはつまり悪霊化した奴ってことか?」
『そうだ』
「燃やせばいいのかな」
『その前に動かないようにしないと小屋が火事になるぞ』
「……確かに」
『弱いからお前の訓練にはちょうどいいかもな』
明らかに馬鹿にされているのはわかっていたがフォスターはビスタークより確実に弱いので反論できなかった。
まずは小手調べに屋根の上から剣圧を与えてみた。骨はバラバラに分解されてまた元に戻っていく。
「うわ、再生しやがった」
『弱いがこれがあるから面倒なんだよな。お前ならどうする?』
フォスターは少し考えてから地面に降り立った。剣圧で白骨が飛んで行かないように頭の上から剣を振り下ろし相手をバラバラにする。元へ戻る前に剣の柄で腰骨を徹底的に砕いた。年数が経っているからかあまり堅くなかった。腰骨が無くなってしまえば脚の骨が元に戻れず歩き回ることはない。首、肩、肘、膝、手首、足首も同様に砕いていった。
小屋の中にいろと言ってあったのだが、リューナが外に出てきていた。様子をうかがいに来たらしい。悲痛な表情をしていた。
「どうした? 一人でいたから怖くなったのか?」
「ううん。この人を早く空へ送ってあげようと思って……。なんだか苦しそうだから」
まだ「人」と呼ぶのか。気味悪がっていたのに、とフォスターは思った。リューナはビスタークの神の石が入った小袋を持ってきていた。中には炎焼石が入っている。しかしこれは薄い円盤状をしておりその円盤部分に満遍なく火が出てきてコンロのように使うものである。手に持って火を着けるのには向いていない。薪を組んで一緒に燃やすかと思っているとビスタークが言った。
『その中に火葬石も入っているはずだ』
「……なんで持ってるんだよ」
『こういう時に使う用だ。最初のうちはちゃんと火葬してやってたんだが、数が多くなってそのうちやらなくなった』
普通、火葬石というものは神官が持っているもので一般人は持っていないのである。
はあ、とため息をつきながらこういうのが今後も出てくる可能性を考えて気が重くなった。一体一体は弱いが、大量に出てきたら大変なのではないだろうか。
まだゆらゆらと揺れて動いている頭蓋骨に火葬石を乗せ、炎焼石で火をつけた薪を置いた。そのとたん、赤かった火が青白い炎へ変化し白骨を包んだ。揺れ動いていた頭蓋骨が動かなくなり、形が崩れてゆく。フォスターとリューナは手を合わせて名前もわからない死者へ祈った。魂が明るく光りながら空へと昇っていく。
この白骨も操られていたのだろうが、原因は一体誰なのだろう。ザイステルかと思ったが、十五年も前である。歳を取っていても推定で三十歳くらいだと考えると十五年前は十五歳、もしくはもっと若い。その年齢でこんなことが出来るだろうか。後ろで何かを企んでいる者が他にいるのだろうか。
フォスターはそんなことを考えながら魂を見送った。
その後、小屋へと入る前に思い出したことがあり、フォスターはビスタークに質問した。
「そうだ。ついでに母さんの星を教えてくれよ」
『あー、そうだったな。じゃあその袋から輝星石を出せ』
「どれ?」
『銀色の球体だ』
小袋の中には神の石らしき物がじゃらじゃらと入っていた。掻き分けてそれらしい石を取り出す。
「これか? あ……」
聞くまでもなかった。石に触ったとたん輝いて見える星があった。飛翔神の町の上でうっすら紫色を帯びて輝いていた。
「あれが母さんか……」
『やっぱりお前が見えるのもそれか』
自分が産まれて数日後に死んでしまったので全く覚えていないが、それでもフォスターはなんだか嬉しい気持ちになった。リューナには悪いと思いながら。
そこでそれまで黙っていたリューナが口を挟んだ。
「私は見えないからその石に触っても何もわからないのかなあ?」
「……どうだろう。試しに触ってみな」
フォスターはリューナに輝星石を渡した。
「……わかんないや」
少し悲しげにリューナが輝星石をフォスターに返した。
「おばあちゃんの星がわかるかもって思ったんだけどなあ」
「……」
フォスターは無言で泣きそうな表情をしているリューナの頭を撫でてやった。おばあちゃんとはカイルの祖母のことだ。おそらく同じように町の上空にいるのだろうが、目の見えないリューナにはわからなかった。
「なんとなく、なんだけど……」
「ん?」
「……ううん。たぶん気のせい。何でもない」
リューナは何か言いかけて、やめた。