残酷な描写あり
R-15
026 音楽
ヴァーリオの葬儀の次の日、フォスターは神殿に供物用の酒を運ぶ仕事があったので畑の養土石と降雨石に理力を補充してから向かった。重い荷物を運ぶのに反力石は使えない。着地したとき重さが一気に腕や手首にくるからだ。高い所から落ちてきた荷物を受け止めるようなものである。
神殿に着くと、ニアタにビスタークの帯と小袋を渡された。小袋には神の石と思われる石が複数入っていた。
『俺が生前集めた石だ。ありがたく大事に使えよ』
恩着せがましくビスタークがそう言ってきた。神の石は確かにありがたいのだが素直に感謝したくないのは何故だろうか。額にまた帯を巻くのも憂鬱である。そう思い、巻かずに持ったままでいると案の定文句を言われる。
『お前なんで俺を巻かねえんだよ』
「旅に出るときにはつけるから、まだ勘弁してくれ。心から休めない」
ビスタークと共にずっと行動するということは、プライバシーが無くなるということだ。常に監視がついている生活は誰だって嫌であろう。帯の端をまだ持っていたニアタが加勢した。
「そうよ。トイレにもお風呂にも付いてくるとか最悪よ」
「ニアタさん、また被害に?」
「今回はうちの人よ。『お酒には強いつもりだったんだけどなあ』って言いながら臥せってるわ」
ニアタは肩をすくめながら半笑いで言った。
『マフティロが身体貸してくれるって言ったんだからいいだろ』
「よくそんな許可くれたな」
「取り憑かれたらどうなるのかって知的好奇心からそうしたらしいわ」
「へえ……」
『質問責めだったぞ。霊体で何が出来るのか興味があるらしくてな。まあ、あいつ昔から変な奴だからな』
「……」
マフティロもビスタークにだけは言われたくないだろう、とフォスターは思った。
取り敢えず旅へ出る時にはちゃんと額に巻くと決まってビスタークは納得した。その後神殿から帰ろうとすると階段の途中でカイルとすれ違った。
「あれ、どうしたカイル? 神殿に用事か?」
「あー、ちょっとな。お前は?」
フォスターは答えながら疑問に思ったことを質問する。
「酒の配達と死んだ親父が使ってた物を取りに来たんだ。そういやお前よく神殿にいるよな? 仕事か?」
「うーん、仕事っていうか……趣味、かな」
「ふーん?」
また何か改造でもしているのだろうか。神殿で試作品の道具を使って火事を起こさなければいいが、と思いつつ家に戻った。
家に戻り石の入った小袋を自分の部屋の机の上に置いたところでリューナがドアをノックしてきた。リューナはフォスターが返事をする前にドアをそうっと開けてきた。
「今戻ったばかりのとこ悪いんだけど……」
「何だ?」
遠慮がちにリューナが頼みを伝える。
「お墓参りに行きたくて。付き合ってくれる?」
フォスターが予想していなかったことを言われた。空腹で何か作ってくれと言われるのかと思っていた。
「別にいいけど……誰の? 親父?」
「お父さんなんてここにいるんだから、お墓参りなんかしたってしょうがないじゃない」
少し不機嫌そうにリューナは言った。
『こいつ、すっかり俺のこと嫌いになったな』
「……」
そりゃそうだろ、としか思えなかった。初めて話したことが目のことを諦めろ、だったのだから。
「お父さんって呼ぶのも何かヤダ。うちのお父さんに悪い気がするし。帯の人とか悪霊とかでいいんじゃないかな」
『コイツ俺にケンカ売ってるのか?』
「ケンカするなら直接やってくれ。俺を挟むな」
これから三人で旅することを考えると先が思いやられるなと思い、フォスターは深くため息をついた。
なんとか二人をなだめ、リューナの付き添いで神殿向かって右側にある墓場へとやって来た。リューナは階段の数を数えながら上り、フォスターに頼む。
「左から四番目のお墓まで連れて行って」
言われた通りそこまで歩いて教えてやり、墓石に書かれている「オードラ」という名前を見てフォスターはようやく誰の墓参りなのかがわかった。
「カイルのお祖母さんの墓参りだったのか」
「うん。最近お参りしてなかったし、移動するときにあまりお墓をベタベタ触るのも良くないかと思って……最悪蹴っちゃうかもしれないし」
そう言うと両手を合わせて死者に祈りを捧げた。何を祈っているのかわからないが真剣に祈っていた。
「うん。付き合ってくれてありがとう。もういいよ」
しゃがんで祈っていたリューナが立ち上がりそう言った。
「あ、フォスターのお母さんのお墓参りはしておこうかな」
『なんだ。俺への当て付けか?』
「またかよ。やめろよな……」
さっき宥めたばかりなのにまたか、とフォスターが思った時、急にリューナが何かに気付き不思議そうな顔をした。
「ん? どうした、リューナ?」
「何か聞こえない?」
「え、そうか?」
「すごく、なつかしい音……」
リューナは目が見えないかわりに耳が良いので他の人にはわからないような音でもわかることが多々ある。リューナに促され、音のする方向へ向かうと神殿の入口だった。いつもなら常時開け放たれている扉が閉まっている。
「あれ? なんで閉まってるんだ?」
疑問に思い、フォスターは扉を開けた。
そのとたん、曲が一気に耳へと押し寄せてきた。礼拝堂いっぱいに音楽が拡がっていた。
正面にあるパイプオルガンを弾いている者がいる。黄緑色の髪をした男――カイルだった。
「あら、リューナ。ちょうどよかった。いらっしゃい」
その場にいたニアタが声をかけた。
「あの後からずっと練習してたのよ」
「この曲だけをずーっとな。弾けるのはこの曲だけなんじゃよ。まだオードラには全然及ばないと言ってのう。儂は十分だと思うんじゃが」
ソレムもその場にいて一緒に聴いていた。この曲とは、昔リューナがオードラによく弾いてもらっていた曲だった。
「そろそろ、許してあげたら?」
ニアタがそう言った言葉を聞いているのかどうかはわからないが、リューナはゆっくりとカイルの方へ向かって歩きだした。一番前の長椅子に腰掛け、演奏を聴いている。
演奏が終わるとカイルは疲れたのか肩を回し始めた。
「カイル」
いると思っていなかった声が聞こえ、カイルはびっくりして振り返る。声の主であるリューナがそこにいた。
「え、リューナ、なんで……あ、聴いちゃったのか……」
カイルが動揺して言葉を続けていく。リューナは黙ったままだ。
「参ったな……もっと上手くなって完璧になったら、ちゃんと招待して聴いてもらうつもりだったのに」
「……」
リューナは黙ってカイルの話を聞いている。カイルは立ち上がりなんともいえない表情を浮かべて次の言葉を探していた。
「…………ごめん、リューナ! 本当にごめんなさい!」
気の効いた言葉など思い付かなかった。気が付くと、ずっと言えなかった言葉を口にしていた。
「俺、おばあちゃんが目の前で死んじゃって、何にもわかんなくなっちゃって……今さら謝っても遅いかもしれないけど……でも、リューナが旅へ出る前にちゃんと言っておきたかったんだ」
リューナの近くに歩み寄り、背筋を伸ばした。
「あの時は、本当にごめんなさい」
カイルは背筋を伸ばしたまま深々と頭を下げた。
「……もういいよ。ありがとう、カイル。私のためにこの曲を弾けるようになってくれて」
リューナも長椅子から立ち上がり頭を下げた。
「私も……ごめんなさい」
「え?」
「私……あの時、ちゃんと謝ってなかったから……」
リューナの目に涙が浮かぶ。
「私の……私のせいだったのに……」
「いや違う! 違うから! ごめん、リューナのせいじゃないから!」
泣き始めたリューナを見てカイルは焦った。
「もう泣かないで、ね?」
「うん……」
リューナは涙を拭った。
「でも、もう一つ……。今までカイルのこと避けてて……ごめんね……」
リューナのポケットの中とカイルのベルトには加工された友情石がぶら下がっていた。
神殿に着くと、ニアタにビスタークの帯と小袋を渡された。小袋には神の石と思われる石が複数入っていた。
『俺が生前集めた石だ。ありがたく大事に使えよ』
恩着せがましくビスタークがそう言ってきた。神の石は確かにありがたいのだが素直に感謝したくないのは何故だろうか。額にまた帯を巻くのも憂鬱である。そう思い、巻かずに持ったままでいると案の定文句を言われる。
『お前なんで俺を巻かねえんだよ』
「旅に出るときにはつけるから、まだ勘弁してくれ。心から休めない」
ビスタークと共にずっと行動するということは、プライバシーが無くなるということだ。常に監視がついている生活は誰だって嫌であろう。帯の端をまだ持っていたニアタが加勢した。
「そうよ。トイレにもお風呂にも付いてくるとか最悪よ」
「ニアタさん、また被害に?」
「今回はうちの人よ。『お酒には強いつもりだったんだけどなあ』って言いながら臥せってるわ」
ニアタは肩をすくめながら半笑いで言った。
『マフティロが身体貸してくれるって言ったんだからいいだろ』
「よくそんな許可くれたな」
「取り憑かれたらどうなるのかって知的好奇心からそうしたらしいわ」
「へえ……」
『質問責めだったぞ。霊体で何が出来るのか興味があるらしくてな。まあ、あいつ昔から変な奴だからな』
「……」
マフティロもビスタークにだけは言われたくないだろう、とフォスターは思った。
取り敢えず旅へ出る時にはちゃんと額に巻くと決まってビスタークは納得した。その後神殿から帰ろうとすると階段の途中でカイルとすれ違った。
「あれ、どうしたカイル? 神殿に用事か?」
「あー、ちょっとな。お前は?」
フォスターは答えながら疑問に思ったことを質問する。
「酒の配達と死んだ親父が使ってた物を取りに来たんだ。そういやお前よく神殿にいるよな? 仕事か?」
「うーん、仕事っていうか……趣味、かな」
「ふーん?」
また何か改造でもしているのだろうか。神殿で試作品の道具を使って火事を起こさなければいいが、と思いつつ家に戻った。
家に戻り石の入った小袋を自分の部屋の机の上に置いたところでリューナがドアをノックしてきた。リューナはフォスターが返事をする前にドアをそうっと開けてきた。
「今戻ったばかりのとこ悪いんだけど……」
「何だ?」
遠慮がちにリューナが頼みを伝える。
「お墓参りに行きたくて。付き合ってくれる?」
フォスターが予想していなかったことを言われた。空腹で何か作ってくれと言われるのかと思っていた。
「別にいいけど……誰の? 親父?」
「お父さんなんてここにいるんだから、お墓参りなんかしたってしょうがないじゃない」
少し不機嫌そうにリューナは言った。
『こいつ、すっかり俺のこと嫌いになったな』
「……」
そりゃそうだろ、としか思えなかった。初めて話したことが目のことを諦めろ、だったのだから。
「お父さんって呼ぶのも何かヤダ。うちのお父さんに悪い気がするし。帯の人とか悪霊とかでいいんじゃないかな」
『コイツ俺にケンカ売ってるのか?』
「ケンカするなら直接やってくれ。俺を挟むな」
これから三人で旅することを考えると先が思いやられるなと思い、フォスターは深くため息をついた。
なんとか二人をなだめ、リューナの付き添いで神殿向かって右側にある墓場へとやって来た。リューナは階段の数を数えながら上り、フォスターに頼む。
「左から四番目のお墓まで連れて行って」
言われた通りそこまで歩いて教えてやり、墓石に書かれている「オードラ」という名前を見てフォスターはようやく誰の墓参りなのかがわかった。
「カイルのお祖母さんの墓参りだったのか」
「うん。最近お参りしてなかったし、移動するときにあまりお墓をベタベタ触るのも良くないかと思って……最悪蹴っちゃうかもしれないし」
そう言うと両手を合わせて死者に祈りを捧げた。何を祈っているのかわからないが真剣に祈っていた。
「うん。付き合ってくれてありがとう。もういいよ」
しゃがんで祈っていたリューナが立ち上がりそう言った。
「あ、フォスターのお母さんのお墓参りはしておこうかな」
『なんだ。俺への当て付けか?』
「またかよ。やめろよな……」
さっき宥めたばかりなのにまたか、とフォスターが思った時、急にリューナが何かに気付き不思議そうな顔をした。
「ん? どうした、リューナ?」
「何か聞こえない?」
「え、そうか?」
「すごく、なつかしい音……」
リューナは目が見えないかわりに耳が良いので他の人にはわからないような音でもわかることが多々ある。リューナに促され、音のする方向へ向かうと神殿の入口だった。いつもなら常時開け放たれている扉が閉まっている。
「あれ? なんで閉まってるんだ?」
疑問に思い、フォスターは扉を開けた。
そのとたん、曲が一気に耳へと押し寄せてきた。礼拝堂いっぱいに音楽が拡がっていた。
正面にあるパイプオルガンを弾いている者がいる。黄緑色の髪をした男――カイルだった。
「あら、リューナ。ちょうどよかった。いらっしゃい」
その場にいたニアタが声をかけた。
「あの後からずっと練習してたのよ」
「この曲だけをずーっとな。弾けるのはこの曲だけなんじゃよ。まだオードラには全然及ばないと言ってのう。儂は十分だと思うんじゃが」
ソレムもその場にいて一緒に聴いていた。この曲とは、昔リューナがオードラによく弾いてもらっていた曲だった。
「そろそろ、許してあげたら?」
ニアタがそう言った言葉を聞いているのかどうかはわからないが、リューナはゆっくりとカイルの方へ向かって歩きだした。一番前の長椅子に腰掛け、演奏を聴いている。
演奏が終わるとカイルは疲れたのか肩を回し始めた。
「カイル」
いると思っていなかった声が聞こえ、カイルはびっくりして振り返る。声の主であるリューナがそこにいた。
「え、リューナ、なんで……あ、聴いちゃったのか……」
カイルが動揺して言葉を続けていく。リューナは黙ったままだ。
「参ったな……もっと上手くなって完璧になったら、ちゃんと招待して聴いてもらうつもりだったのに」
「……」
リューナは黙ってカイルの話を聞いている。カイルは立ち上がりなんともいえない表情を浮かべて次の言葉を探していた。
「…………ごめん、リューナ! 本当にごめんなさい!」
気の効いた言葉など思い付かなかった。気が付くと、ずっと言えなかった言葉を口にしていた。
「俺、おばあちゃんが目の前で死んじゃって、何にもわかんなくなっちゃって……今さら謝っても遅いかもしれないけど……でも、リューナが旅へ出る前にちゃんと言っておきたかったんだ」
リューナの近くに歩み寄り、背筋を伸ばした。
「あの時は、本当にごめんなさい」
カイルは背筋を伸ばしたまま深々と頭を下げた。
「……もういいよ。ありがとう、カイル。私のためにこの曲を弾けるようになってくれて」
リューナも長椅子から立ち上がり頭を下げた。
「私も……ごめんなさい」
「え?」
「私……あの時、ちゃんと謝ってなかったから……」
リューナの目に涙が浮かぶ。
「私の……私のせいだったのに……」
「いや違う! 違うから! ごめん、リューナのせいじゃないから!」
泣き始めたリューナを見てカイルは焦った。
「もう泣かないで、ね?」
「うん……」
リューナは涙を拭った。
「でも、もう一つ……。今までカイルのこと避けてて……ごめんね……」
リューナのポケットの中とカイルのベルトには加工された友情石がぶら下がっていた。