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作者: 泗水 眞刀
5-2


 守備形態をとっている騎士たちの間から、エネジェルスがゆっくりと出て来る。
「いいのですかこんなことをして、無理して付き合うことはないんですよ。こんな状況でわたしの要求を無視しても貴公の恥にはならない、わたしの身勝手なんだから」

「いいってことよ、あんたみたいな男を前にして背中は見せられねえんだよ。俺の性分だ、受けて立とうじゃねえかい」
「かたじけないなガーム殿」
 十分に馬間を取ると、エネジェルスが繊細な彫刻が施されている白銀柄の槍を脇に構える。

「じゃあやろうぜ」
〝ぶうんっ!〟
 ガームが飾り一つない黒槍を頭上で豪快にひと回しして、脇に抱え込むと馬を駈けさせる。

「吧っ!」
 一瞬遅れて、エネジェルスが馬腹を蹴る。

 すれ違いざまに銀槍が、ほんの僅か先にガームの胸部を狙う。
 それを間一髪で躱すと、黒槍がエネジェルスの腹を掠める。

〝ざりゅっ〟
 ガームの穂先が、甲冑を引き裂く。

 互いにそのまま馬を駈け抜けさせ、馬首を巡らす。
 今度はエネジェルスの方が先に動き出した。
 右脇腹からは血が飛び散っている。

 二つの馬影が接近する。
 ガームは繰り出される槍を逸らすのではなく、自分の槍で上方へとはね飛ばす。
 馬を急停止させ、反転して相手の背へ向けて追い迫って行く。

 エネジェルスは跳ね上げられた槍を力で抑え構え直すのではなく、そのまま右手でくるりと縦回転させ柄を逆手に持ち、後方へ穂先を突き出す。
 すぐ後ろまでガームが接近していた。

 意表を突かれたガームは慌てて大きく馬を巡らせ、突き出された穂先を躱す。
 態勢を整えたエネジェルスが、怒涛の攻めを見せる。

 駈け抜けざまの打ち合いと違い、接近戦となると力で押すガームに対して、細かい技を繰り出すエネジェルスに分があるように見える。
 一進一退の攻防を、両軍の兵たちは声も出せずに見守っている。
 ガームの左頬がぱっくりと口を開け、おびただしい鮮血が流れ出す。

「やるな、傷を負うなどなん年ぶりだろうか。このヒリヒリとした感触が堪らんな、あんたもそうだろエネジェルス」
 初手の駈け違いざまに受けたエネジェルスの右わき腹の傷からは、止まることなく血が噴き出している。

「貴公こそ豪快な攻めをなさる、こんな深手を受けたのは生まれて初めてだ。このままでは体力がいつまで持つか分からん、この辺りで決着をつけさせて頂こう」
 エネジェルスが、今日もっとも速い速度で馬を疾走させる。

「かかって来やがれ」
 ガームはその場に馬を留めたまま、巨大な山のように待ち構える。
 あっという間に相手が迫ってくる。
 ぎりぎりの距離で身体を右に動かし、すれ違いざま相手へ槍を横から繰り出す。

 そこにあるはずのエネジェルスの姿が、馬上から消えていた。
〝!〟
 ガームはわが目を疑った。

〝消えた?〟
 ガームは相手が落馬したのかと思った。

 馬が駆けて来た後に目をやるが、人影は見えない。
 エネジェルスは身体を完全に左の馬側へへばり着かせ、鐙に駆けた左脚一本で体重を支えていた。草原の騎馬の民が得意とする、曲乗りの一種である。

 軽装の騎馬の民とは違い、甲冑を付けてしかも槍を握ったままでこの体制を維持するなど、常人の為せる業ではなかった。
 エネジェルスはそのままの態勢を保ちながら、最小半径で左回りに馬を巡らせ、ガームの後ろに付く。
 そこでやっと馬上に姿を見せる。

 相手の姿を見失っていたガームが馬首を巡らせた刹那、エネジェルスが渾身の一撃で槍を突き出す。
 そこは百戦錬磨のガームである、躊躇うことなく反射的に自分も槍を繰り出す。

〝ずん!〟
 みぞおちの辺りを深々と刺し貫かれ、弾かれたようにガームの身体が地へと落ちて行く。

 戦場に衝撃が走った。

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