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作者: 泗水 眞刀
5-3


「隊長っ!」
 少年時代からガームに付き従い、共に戦って来た分隊長のマーシューが叫ぶ。
 地に斃れたガームが、なんとか身体を動かし仰向けになった。
 雲一つない青空が、目の前に広がっていた。

〝この俺が敗けたのか──〟
 ぼんやりとした意識の中で、ガームは思った。

〝腹の辺りがやたらと熱いぜ〟
 それまで青空だけであったガームの視界の中に、男の影が入って来た。
 なんとも言えない顔で、自分を覗き込んでいる。
 男はしゃがみ込むと、ガームを抱き起こした。

〝ぐふぉっ〟
 胸が苦しくなり咳き込むと、口から大量の血が噴き出る。

「よい勝負でござった、勝敗は紙一重どちらが勝っても不思議はなかった。命令一つで捻りつぶせたのに、一騎打ちを受けてくだされた貴公の心意気に感謝いたす、わたしに同じことができるかどうか自信がござらん。できれば別の形で出逢いたかった、さぞや気が合ったことでしょう」

「ふふん、敗者に言葉は要らねえよ、あんたが強くて俺が弱かったってだけだ。しかしよ、俺はここで死ぬのも悪くねえと思ってるんだ、アームフェル殿が矢の雨を浴びて死ぬのを見ねえですむからな。あの人は俺の命の恩人だ、俺にはあの人を殺すなんてどうせできなかったんだよ」

「なに、アームフェルをご存じだったのですか」
「ご存じもなにもアーカム戦役の時に、敵陣深く入り過ぎて周りを取り囲まれ俺は死を覚悟した。俺一人が死ぬんなら仕方ねえことだが、自分の判断の間違いで、部下たちを道連れにすることが悔やまれた」

〝ごふっ〟
 再びガームが血を吐く。

 苦し気に血にまみれた唇を歪めながら、なおも言葉を続ける。
「そこに天からの援けが来た──。颯爽とした聖龍騎士団の上級将校の甲冑を纏った騎馬武者が、敵兵を蹴散らしながらただ一騎駈け入って来たんだ。それに続き数百の騎馬隊が敵陣形を崩し俺たちの隊を救出してくれた、それがアームフェル殿だった。後で知ったがサイレン軍総帥のカーベリオス将軍の命令を、無視して来てくれたとのことだった。命令違反でその後三月の間、厩の掃除をやらされたと聞いている」
「おお、その時のことはよく覚えている。あやつが救った隊とは、貴公たちだったのか」
 エネジェルスの顔に笑みが浮かんだ。

「あの方は俺と俺の仲間の命の恩人だ、そのくせ礼の一つも欲しがらねえ。男の中の男とはああいう人のことを言うんだな、初めて男惚れしたよ」
 ガームの顔が、急速に青ざめてゆく。

「そうだったのか、あいつらしいな。安心してくれ、アームフェルはわたしたちが守る。サイレンにとって死なせてはならん人間だ、貴公がここで死ぬことにより、この作戦は大きく後退するだろう、アームフェルに矢など当てさせはせんよ」
「分かってねえな、これは魔術師ヴィンロッドが仕掛けた完璧な絵図だ。必ずアームフェル殿は仕留められる、テンペルス率いる長弓隊を甘く見るな。いままで狙った標的を射損じたことはない」
 血の気のなくなったガームの顔が、苦痛で歪められる。

「大丈夫だ、長弓の射程には決して近づけん」
「だから甘く見るなっといっているだろう、テンペルス隊の放つ矢は通常の二倍以上の距離を飛ばすことができる、もうほんのわずか陣が前進すれば十分に射程に入る」

「な、なにぃ、それほどの弓隊が存在するのか。すぐに知らせねば手遅れになってしまう、敵にこんな重要な情報を与えて大丈夫なのか──」
「どうせすぐにあの世へ行くんだ、たとえ主人に背いても俺は男として心のままに生き、そして死んでゆきたい。悔いはねえよ」
 エネジェルスが、ガームの手を握り締めた。

「これでお別れでござる、わたしは陣に戻る」
「アームフェル殿に、テームスの郷士ガームが感謝していたとお伝えしてくれ」
「必ず伝えよう」

「おいおい、なにをのんびりと見ているんだ馬鹿どもめが」
 そのとき甲高い声が響いた。

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