残酷な描写あり
R-15
第32話「〝勇者争奪戦〟」
■■【黒箱城】客間■■
純が「よっくらせ」と僕の膝から立ち上がり、そのまま隣に座った。
『資料を読みづらいから』と散々抗議してもどかなかったくせに、僕が手元の紙束から顔を上げるのをちょうど見計らったかのようなタイミングだった。
僕が資料を熟読する間、シアさんとフェレライ大公は一時的に離席している。
昔シアさんが使っていたという装備品一式を確認してくるのだそうだ。
「――んで、実際どうなんだよ、純。王都と【五大貴族】の〝勇者争奪戦〟はどんな様相を呈してるんだ」
「はは、〝争奪戦〟ね。戦いはいつだって火蓋が切って落とされるよりも前から始まっているものだ。その表現はなかなかに的を射ているかもしれない」
純は嗜虐的に口の端を吊り上げながら云った。
「まず工作抜きで考えるなら、王都に与しそうなのは【愚勇】【峨々】、【五大貴族】に与しそうなのは【鬼骨】【華煙】【悪童】【連環】、中立が【銀狼】【蒼穹】【紅雲】【操奇】といったところかな」
「僕と純は中立なんだな」
「ああ、そもそも諍いが起こることそれ自体を回避することが我々の目的だからね。暫定的には中立という立場だと考えていいだろう。王都の命令って建前で動いちゃあいるが、あの〝放蕩息子〟の第三王子がボクらの親玉という時点で『あとはお察し』というやつさ」
「まあ、そりゃそうか……。しかし、そうすると今のところ軍配は【五大貴族】側に上がってるってことだな」
「あ?」
「え?」
素っ頓狂な声をあげて顔を見合わせる僕と純。
あれ、僕なんか変なこと云ったか。
「ええっと……君、もしかして〝勇者争奪戦〟はたくさん【勇者】を抱き込めた方の勝利だとか思ってる?」
「え……、あっ」
その言葉で自分の考えが不十分だったことに気付いた。
「ごめん、考えてた……」
「――だろうと思ったよ。まあ、君、会話しながら同時並行で思考を巡らせられるタイプでもないしな」
純は「やれやれ」とこれ見よがしに嘆息して見せた。
僕を小馬鹿にできるときはいつだって楽しそうなこの従妹である。
「【勇者】というのは単純な〝攻撃力〟としての戦力ではない。そして、戦争には目的や目標というものがあり、兵力のぶつかり合いのみによってその結果が左右されるものでもない」
僕は押し黙って、純がこれから述べることを想像する。
〝勇者争奪戦〟が、ただの人数取り合戦ではないその理由を。
「【五大貴族】にはいくつかの目標が存在する。一つ目は『騎士団の制圧』、二つ目は『王城の占拠』、三つ目は『王家の身柄の確保』だ。こう仮定するのであれば、【五大貴族】の手持ちの【勇者】では役不足と云えるだろう。【鬼骨】は対個人では圧倒的な能力を発揮するが、集団の制圧には向かず、【愚勇】の対抗馬としても一枚劣る。【悪童】は右に同じで、彼個人ではなく、その配下たちに着目したとしても【峨々】によって強化された騎士団相手には分が悪い。【華煙】は最初からその能力を当てにするには、あまりにもネガティブなイメージが強すぎて大義に悖る。【連環】は論外だ。敵の足止めには長けるが、敗走を前提とした役回りにしか演じえない」
「いや、【愚勇】に関しては対抗しうるんじゃないか」
「ん、なんだい。云っておくけど、君がいくら【鬼骨】と【悪童】と懇意にしているからって身内贔屓はなしだぜ。なんだったら、彼らが二人で組んだ際の戦闘力ですら、きっと【愚勇】には届かない。〝今代最強〟の看板は伊達じゃないってことだ」
「えっと、そうではなくて……」
僕は少し間をおいてやや自信のないことを云った。
「椎葉がいるじゃん」
「……は?」
あまりにも突飛な発言だったのか、純は目を丸くしている。
「【連環】を【愚勇】にぶつけるって……? 君、それは贔屓を通り越して、ただの無茶振りだぞ。幼気な女の子を労わる気持ちとかないのか君には」
「でも、アイツ不死身だろ。割といいセン行くと思うんだけど」
「それは『負けない』ということであって、『勝てる』ということではない」
「負けなければいつかは勝つだろ」
「……かもしれないが、それは個人の戦いの範囲での話だ。下手すれば何百年の時間を要するような話を一時の会戦に持ち込んでどうする……。それに、低めに見積もって『打倒』ではなく彼女の得意な『足止め』をその戦いの勝利条件としても、【愚勇】の火力は彼女の回復力を十二分に上回る。片手間よりも低いコストで素通りされて終わりだ」
「まあ、それはそうか……」
とか云いつつ、やや内心納得しきれない部分がある。
僕は個人的にすごいやつだと思ってるんだけど、なにかにつけて過小評価され過ぎている気がするんだよな、勇者シーヴァ。
とはいえ、再評価されるほどの活動を本人がしていないのもあるから、仕方のない話ではあるんだけども。
「じゃあ話を戻すが――そういった理由で、【五大貴族】は〝勇者争奪戦〟において後手に回っていると云える。【勇者】はそれぞれが一定の目的に特化した一種の〝人間兵器〟だと考えるべきだ。彼らが獲得すべき人材は、まだその手中に納まっていない」
「人材?」
「うん。【銀狼】と【操奇】だ」
「え、僕?」
「そう、君」
純は続けた。
「おおよその流れはこうだ。目標を考えるならば、【愚勇】の打倒は必須ではない。故に、【銀狼】を当て馬として【愚勇】を抑え込みつつ、突破力のある【鬼骨】と【悪童】の連携で【峨々】を直接叩いて無力化。それによって弱体化した騎士団を【操奇】の対集団戦に特化したスキルで即座に制圧して、後は本隊がユーバ王を確保する。もちろん王都には【勇者】だけではなく英雄格の騎士や【固有スキル】を持つ人間はいるから、【蒼穹】まで抱き込めれば理想的ではあるんだが……まあ、そこに関しては【五大貴族】側も条件は同じだ。むしろ王都サイドには各貴族の領地に囲われている立地上の不利もあることだし、【銀狼】と君が揃った段階で、【五大貴族】側の勝利がほぼ確定したものとなるだろう」
「そういう意味での僕か」
「ああ。フェレライ殿が君をこの件に引き込んだのは、実は【五大貴族】に君を奪われないための思惑もあったということさ。まあ、あの世話焼きな御仁のことだから、半分は君への個人的な興味もあったんだろうが」
「ところで……こう訊くのもなんだけど、お前が引き込まれる可能性はないのか? 王都側にせよ、【五大貴族】側にせよ」
「いや、ボクに関しては誰も手を出したがらないに決まってるだろ。ボクは気に入らなければお味方だろうと迷いなく背中から手をかけるし、『そういうことをするやつだ』とこの国中の人間に思わせるような演出もしてきた。ボクがこの件に関わっていることだって、ヒース王子からはくれぐれも内密にと厳命されている事項なんだぜ?」
「なるほど……」
「まあ、たしかにボクは市街地戦を得意とする部類の【勇者】ではあるが、希求度を考えれば、リスクのほうがよっぽど上回るというわけさ。その点、君に関してはその扱いやすさが一部で知れ渡っているし」
「あ、扱いやすさ……?」
「ああ。だって、君、相手に困ってる顔でもされたら断れない性質だろ? 小賢しい悪人よりも、馬鹿で善良な人間のほうが騙しやすいこともある。戦争なんて出来事では特にそうだ」
「……それは……そうかもしれないな」
なんとはなしに前世のことが脳裏を過ぎる。
――『扱いやすく、騙しやすい』。
まるで古傷を抉られたような気分だ。
「あとさ、【五大貴族】の目標の話はさっき聞いたけど、その目的はなんなんだ?」
「うむ、それに関しては今のところ結論を留保中だ。理屈で考えれば『これしかない』というものはあるが、根拠に乏しいってやつでね。先ほどフェレライ大公が『ほぼほぼクロ』というボヤけた云い方をしていたのも、つまりはそれが理由さ」
「根拠に乏しい? なんの根拠だ」
「うーんとね、【五大貴族】が『彼ら』に接触した証拠でも見つかれば、話は別なんだが……。なかなかしっぽを掴めていないというのが現状だ」
純は肝心なところをはぐらかすような云い方をする。
僕は少し眉をひそめて抗議の声を上げた。
「……あのさ」
「なんだい」
「なんか僕、なにかにつけて蚊帳の外感がすごいんだけど」
「そうだよ? だって君、こういうのうっかり口滑らすじゃん」
「う……」
思いのほか、はっきりと肯定されてしまった……。
こうなると立つ瀬がない。
「はは、そうしょげるなよ。余計なことは考えさせず、とにかく目の前のことに集中させることが君の運用における最適解だ。それは君自身も心得ていることだろう?」
「心得てはいるけど、僕にだって一応人並みの劣等感はあるんだぜ……」
「だろうともさ。だから……なにも隠し通そうってわけじゃない。機会が来れば自ずと知ることになる」
「じゃあ、そうなるととにかく……僕たちの当面の目的は【五大貴族】の体制が整わないようにするってところか。それって具体的にはどうするつもりなんだ」
「うん? ああ、その話か。それについてなら――」
そして、純はこともなげにとんでもないことを云った。
「まず取っかかりとして――【銀狼】を拉致します」
「え?」
思わず目をパチクリとさせる僕。
その心境を最初から予測していたように、純はもう一度繰り返した。
「――勇者ターナカとクルオスで〝最強格〟の【勇者】に挑むのさ」
▲▲~了~▲▲